自殺はどこまで減るものだろうか(上)

落穂拾記(19)                     羽原 清雅

自殺はどこまで減るものだろうか(上)

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 警察庁の発表によると(2013年1月17日付)、2012年の自殺件数は大きく減っ
た、という。 2012年は2万7766人で、ピークだった2003年の3万4427人にくらべ
ると、たしかに大きく減っている。3万人台に増えたのは1998年以降だというの
で、15年ぶりにこの大台を割ったという。

 歓迎すべき結果だが、でも1日平均でみると、ピークでは94人だったものが76
人に減った程度だ。 1時間に日本のどこかで3~4人ずつ消えているのだから、
すごい。
 ちなみに、人口の自然の増減を2012年の統計でみると、1時間に118人生まれ、
142人が死んで、人口は1時間に24人ずつ減り続けていることになる。

 以前、「門司新報」のマイクロフィルムを調べた際にスクラップしておいた
「自分で死ぬ人 一年に八千の命」という記事(明治38=1905=年8月11日付)と
比較してみたい。ちなみに、この新聞は門司港で発行され、九州一体はもとより
海外の朝鮮、中国、台湾などにも送られたので、全国的な記事も多く、発行部数
もかなりのものだった。

 この100年以上前の記事を見ると、こんな数字が紹介されている。

 明治(西暦)  男   女  計  → 今の人口に換算
 ---------------------------------------------------------
  35(1902) 5413  3370  8783 → 2万5207
  34(1901) 5127  3355  8562 → 2万4644
  33(1900) 5177  3256  8433 → 2万4202
  32(1899) 5038  3334  8372 → 2万4027
  31(1898) 5368  3329  8697 → 2万4960
  30(1897) 4625  3033  7658 → 2万1978

 たしかにこの数字は現状とくらべると少ない。しかし、2012年の人口(1億
2805万7352人)は当時のほぼ2.87倍に増えているので、人口を現状並みに増やし
て換算すると、上表の右端の数字になる。毎年2万4000人が自殺しており、今日
ほどではないが、決して少ないとはいえないし、傾向としてはあまり変化がない
ようでもある。

 この時代は、日清戦争から日露戦争の端境期で、官営事業の払い下げにより大
手企業が資本主義的な成長基盤を作り、しだいに戦争景気を招いていくなかで、
足尾鉱毒事件や女工哀史に象徴される労働者層の過酷な生活、寄生地主制の発展
による小作農民の苦衷などが目立ち始める時期にあたる。

 言い換えれば、企業の勃興の反動で近代化した日本が迎えた最初の恐慌(1890
年)から、日清戦争後の反動として起きた企業倒産、銀行休業などの戦後恐慌
(1900年ころ)の時期といえる。社会の情勢が自殺を招く一端が現れてきたよう
でもある。ただ、以下の「精神錯乱」の数値が高いが、その実態はよくつかめて
いない。

 この記事には、自殺の原因別の統計(1902年・上位5番目のみ)もある。

 1. 精神錯乱 4260人
 2. 病苦   1458
 3. 活計困窮 1024
 4. 痴情嫉妬  451
 5. 親族不和  231

 自殺の手段は、縊死が半数を占め、入水が3割。男女差は「女の自殺は男の二
分の一弱なり」とあるが、男6に対して女4の割合になっている。各国の統計でも、
男のほうが多い、というのが定説のようだ。

 世代別では、20~30歳未満を「分別盛り」としてこれが3割、50歳以上の「老
爺酸いも辛いも知り切って居るもの」4割強、「青春時期の男女」0.5割。この小
見出しは「分別と無分別」とあり、末尾にはこの割合について「亦不可思議の現
象ならずや」と締めくくっている。この記事のニュアンスからすると、「自殺は
無分別だ」とでも言いたいようである。

 もうひとつのデータとして、不景気に見舞われていた昭和4年11月5日付の東京
朝日新聞を見ると、 東京だけの自殺者は141人、未集計の10月は160人以上(警
視庁調べ)とある。年間では「東京だけで二千人からに上る」とあるので、いま
の人口に換算すると、東京都内の自殺の2760人(2012年)、3120人(2011年)を
超えそうな数字になるだろう。

 9月分の死亡原因は疾病苦40人、事業の失敗・生計困難16人、家庭の不和14人
など。手段は毒物70件、水死34件、縊死25件、電車飛び込み13件、刃物8件など
と報じている。男の80人に対して、女は61人。ここでも、男の自殺が女を超えて
いる。

 それでは、近年の状況はどうか。最新の分析の出ている2012年の「自殺対策白
書」(警察庁統計による)から拾ってみたい。ここに取り上げられた自殺の総数
は3万0651人(男68.4%、女31.6%)。

 まず2007(平成7)~2011(同23)の5年間の自殺の原因・動機は・・・
<1人3つまでの原因・動機を計上したので、自殺者数と原因・動機の和とは一致
しない>
 ①健康 1万4621人 ②不詳 8070人 ③経済・生活 6406人
 ④家庭 4547人 ⑤勤務問題 2689人 ⑥その他 1621人
 ⑦男女問題 1138人 ⑧学校問題 429人

 健康問題を抱えてのケースが圧倒的に多く、ついで生活苦となっているが、明
治期の傾向との比較は「精神錯乱」の実態がわからず、比較しにくい。

 男女比で見ると、近年は大体、男7に対して、女3のようだ。明治期の統計より
も、さらに男の傾向が強まっている。

 年齢別では、
 ①60歳代 18.1% ②50歳代 17.5% ③40歳代 16.5% ④30歳代 14.5%
 ⑤70歳代 12.0% ⑥20歳代 10.8% ⑦80歳代 7.9% ⑧19歳までの少年
  2.0%

 いわゆる「働き盛り」が多いのは気になる。少年は「数」にすると622人で、
増える傾向にあるという。

 職業別では、②無職者 25.2% ③年金、保険生活者 19.6% ⑥失業者 
6.0%、で、当然ながら職業の有無というか、収入源に関わることが多いと考えら
れる。

 有職業者では、①被雇用・勤め人 26.8% ④自営業・家族従業者 8.8%、ほ
かに⑤主婦 7.7% ⑦学生・生徒 3.4%があげられている。

 手段別で見ると、あまり良い話ではないが、事実として記せば・・・
 男 ①首つり 68.5% ②練炭等 10.2% ③飛び降り 7.2%
 女 ①首つり 62.7% ②飛び降り 11.9% ③入水 6.8% 

 自殺には時代状況の影響も大きい。
 白書によると、1936(昭和11)年の1万5423人だが、戦時中は男性の徴用もあ
ってぐんと減少、戦後は1958(同33)年の2万3641人、1986(同61)年の2万5667
人、1998(平成10)年3万2863人と三つのピークを経て増加傾向にあり、2012年
になって減りだしている。

 その理由として挙げられているのは、自殺防止のためのゲートキーパーなどの
組織活動、2006年の自殺対策基本法の制定などによる行政の取り組み、などが挙
げられている。

 ところで、先進国との比較ではどうか。
 厚生労働省の統計によると、人口10万人あたりの死亡率(2003~6年)を15~
34歳の年代で見ると、日本の死亡率は自殺がトップ、フランス、ドイツ、カナダ、
韓国では事故死がトップで、自殺は2番目、イギリスとイタリアでは ①事故 
②ガンなどの悪性新生物 ③自殺、になっている。

 ちなみに、アメリカでは事故が圧倒的に多い36.3%、ついでビックリする2番目
は「殺人」で12.4%、自殺は3番目の11.2%だった(2005年)。

 10万人あたりの自殺の死亡率は ①日本 18.5人 ②韓国 12.6人 ③米国 
12.4人 ④カナダ 12.2人 ⑤フランス 11.0人 ⑥ドイツ 7.0人 ⑦イギリ
ス 6.8人 ⑧イタリア 5.1人で、日本はダントツの自殺大国である。

 死亡率について別の指標で見ると、2000年の統計では、①ロシア 39.4人 ②
日本 24.1人 ③フランス 18.4人 ④ドイツ 13.5人 ⑤カナダ 11.7人 ⑥
アメリカ 10.4人 ⑦イギリス 7.2人 ⑧イタリア 7.1人 などである。いず
れにせよ、日本は自殺大国のままである。

 個々の自殺にはそれぞれの異なる理由や事情がある。
 それでも、なぜ、日本がとくに多いのか・・・という疑問が残る。
 生活苦、経済的苦境、思春期の悩み、もろもろの精神的圧迫感、男女関係の煩
悶、これらは人間として万国共通の課題だろう。日本で、これらの事情に加味さ
れるとすれば、ハラキリの風潮、改悛など自己責任感の強さ、身を捨てての忠孝
の精神、といった「文化」の名残りだろうか。短気、短絡、狭隘、諦めのよさと
いった、日本的な要素なのか。いずれにしても、狭い日本の歴史のなかで構築、
伝播されてきた伝統的なものが身に染みつき、それが影響していてもおかしくは
あるまい。

 なぜ自殺をいまさらのように書く気になったものか。
 ひとつは、高校時代の同級生2人が卒業から間もなくそれぞれに命を断ち、別
のひとりは病死した。

 その後の職場では、同期のふたりがみずから去っていった。ほかのセクション
の先輩や後輩、先輩の子息も何人か、若いいのちを断ち、嘆く親たちの姿を見た。
個々の動機は、推測か風聞の域を出ない。残念、と思いながらも、その個人の決
断に立ち入ることはできない。

 そんなことがたまって、一度トータルに自死の実態を見ておきたかったのかも
しれない。
 次回もまた、角度を変えて「自死」の姿に触れてみたい。

        (筆者は元朝日新聞政治部長・元帝京大学教授)

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