自民党支配の正当性とデモクラシーの危機

自民党支配の正統性とデモクラシーの危機

藤生 健


 戦後70年を見直すに際して最も興味深かったことは、一党独裁のソヴィエト体制が70年で瓦解したのに対して、日本では自民党の一党優位体制が数年の例外を除いて50年以上にわたって今日もなお継続している点にある。民主的選挙が機能している国で1つの政党が1950年以降で50年以上も政権に就いている国は日本以外に存在しないと思われる。現在の自民党の場合、2014年12月の総選挙を例にとると、小選挙区で48%、比例区で33%の得票率で議席の60%強を占有しているため、必ずしも忠実に民意が反映しているとは言えないのだが、それでも相対的に自民党が他党を圧倒していることに変わりはない。その自民党支配の原理を考察しつつ、自民党支配の正統性が揺らぐ中で同時に戦後デモクラシーの基盤が脅かされている原因を考えてみたい。

 関曠野氏は論文「政党制度はまだ生きているか」(「現代思想」2008.1)において、ソ連崩壊の要因を「支配の正統性」と「構造改革の失敗」から説明している。ソ連共産党は、その支配と独裁の正統性を、マルクス=レーニンの教義である「歴史的必然性」に求め、「資本主義の瓦解から共産主義の成立」に至る過程で国家と人民を導く唯一絶対の政党である、とした。

 しかし、1980年代までにはこの教義は説得性を失い、肝心の指導者ですらその正統性を疑うようになってしまった。ペレストロイカに始まった一連の改革は、新たな教義に基づく支配の正統性を設定するに至らず、小手先の改革は国内に混乱をもたらすのみで、徒に教義に対する人民の信頼を失うところとなり、さらには各地の民族運動を弾圧するために必要な理論的正統性をも弱めることになり権力が自壊していった、という。ソ連崩壊は彼らの国家理念と独裁支配の正統性が失われ、それに取って代わるべきものがなかったための自壊に過ぎず、西側世界の通説であるところの「自由民主主義の優越」を証明するものではない。

 また氏は、その教義の説得性が失われたことの最大の要因を、ソ連のポスト工業化の失敗に見る。前近代的な農業国だったロシアを一気に工業化する、という目標のもとでこそ、共産党の独裁が正統化されていたものの、工業化を終えた80年代には、自らの使命を終え、存在理由を失ってしまった。

 その状況は、西側社会でも同じだったが、西側社会が消費社会とグローバル化で克服したのに対し、ソ連は産業構造のシフト先を見つけられないまま自壊していった、という。ただし氏は、西側社会の戦略が市民を消費者に変質させ、民主主義制度の空洞化を促進させているとも説いている。そこで、関曠野氏のモデルを援用して日本の自民党支配を考えてみよう。

 日本では55年体制の成立以降、細川内閣期と民主党政権時を除いて、自民党が50年以上にわたって一党優位の不敗体制を敷いている。もともと自民党は、「10年ももてば十分だ」(三木武吉)という感覚で、左翼全体主義への対抗を目的に中間派から右派に至る今日の政党連合のような形で結党された。55年の結党時には党の使命として、「民生の安定」「公共福祉の増進」「自主独立」「平和の確立」が挙げられ、理念として「議会民主政治」と「個人の自由と人格の尊厳」が掲げられたが、今日の自民党からは到底想像がつかないものだ。

 その背景として、当時の自民党には、戦前から戦時中に至る政党政治や議会政治の衰弱と、国力に見合わない大戦争を行って国土を灰にしてしまったことに対する一定の反省があり、一国平和主義を維持しつつ、戦後復興を果たし、国民生活の向上と民心の安定を図らなければ、共産主義革命の波に飲み込まれるという漠然とした不安があった。

 幸いにして日本の場合、国共内戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争など近隣諸国で行われた戦争に巻き込まれることなく、むしろ戦争特需のような形で恩恵を被りつつ、戦後復興を果たして経済成長を続けた。大多数の国民もまた経済成長の中で生活水準を向上、安定させていった。

 戦後日本の国家理念もまた同じで、米国下で一国の平和を守り、戦後復興を果たし、経済成長を遂げることに主眼が置かれた。但し、ポツダム宣言(休戦条件)の受諾によって、軍部支配と侵略戦争の否定、政治的自由と民主主義の確立が約束させられた。

 実はここが1つの問題点で、明治日本では、有司専制の延長線上に欽定憲法と議会制度がつくられたが、あくまで主権者は天皇個人であり、議会は天皇の立法権の協賛者で、内閣は天皇の行政権の輔弼(助言)者という位置づけだった。そして、天皇は憲法で無答任を保証される一方、運用において主権を行使しない慣習が採られたため、明確な意思決定者も責任者も存在しない権威主義体制にあった。そこに敗戦に伴う休戦条件として天皇から国民へと主権が移行されると同時に、民主的議会による議院内閣制が導入される一方で、権威主義的な官僚システムは完全に温存されたため、日本は根源的に権威主義を志向し、議会とデモクラシーを軽視・軽侮する方向に働きがちになっている。

 また、自民党は戦前の政友会の流れを汲んでおり、その政友会はもともと伊藤博文が天皇の立法大権を輔翼し、民益ではなく国益第一を実現するための議会勢力としてつくったものだった。従って自民党の本質的には政府を輔翼することを第一目的とするが、個々の議員にとっては政府支援の対価として地元に公共事業と補助金を誘致することが目的となったのである。

 つまり、「米国支配下での一国平和による経済成長」こそが戦後日本の国家理念であり、自民党の一党優位支配の正統性を示す「教義」だった。故に経済成長が続く限り、国民もまた自民党支配を許容した。それは、自民党支配が一時的に崩れたのがバブル崩壊後とリーマンショック後の一時期に限られていたことからも理解できよう。
 だが、それには一定の条件があった。一国平和を担保していたのは平和憲法によるところが大きいが、武力の保有を否定する平和憲法が成立する条件として米軍の駐留と日米安保の存在が不可欠だった。その日米安保を維持するために、日本は日ソ共同宣言を反故にして「北方領土問題」という解決不可能な紛争課題をつくることで日ソ対立を決定的にした。

 ところが、ソ連崩壊を経て米国の勢力が減退する中で、米国としては日本に軍を駐留させておく必要が減少すると同時に財政的にも難しくなり、在日米軍の撤収を検討するが、日本側はまず「思いやり予算」によって引き止め、日本側の財政が厳しくなると今度は日中対立を演出することで日米安保と在日米軍の維持を図っている。

 自民党支配の正統性が「経済成長」にある以上、それは自民党にとって至上命題となり、なりふり構わぬ手段で実現しようとする。「アベノミクス」がそれだが、逆を言えば、経済成長が実現している限り、再分配の実態がどうであれ、自民党支配の正統性が示され、国民もまた支持を続ける構図になっている。

 特に日本の場合、デモクラシー自体が休戦条件として導入されたものであるだけに、民主主義の社会的あるいは思想的基盤が非常に脆弱であり、公教育においても「民主主義とは何ぞや」が教えられないため、日本の有権者は民主的共同体の成員であるという自覚が無く、選挙についても「支配者の信任投票」程度にしか捉えていない。国政選挙の投票率が低下し続けて今や50%強しかないことは象徴的だ。

 しかし、「一国平和」は、日米安保を維持するために日中、日露対立を煽り、海外に自衛隊を派兵することで脅かされつつある。「経済成長」もまた日銀が無制限に紙幣を刷り、政府が大量の公共事業を発注するという形で進めている以上、いずれ破綻するだろう。経済成長神話が破綻する時、自民党支配の正統性もまた否定されることになる。それを予期しているからこそ、自民党はパラダイム転換して一党支配の継続を模索している。それを具体化したものが「日本(国家に主権)を取り戻す」という自民党のスローガンであり、改憲案なのだと考えられる。

 では、デモクラシーを支えるための条件とは何であろうか。これは政治哲学の一大テーマであるが、筆者は以下の4要素から構成されていると考えている。

(1)直接民主主義:デモや集会あるいは表現の自由と知る権利が保障され、活発であること。
(2)間接民主主義:公正に民意を反映する選挙制度と議会の存在。市民の政党運動が活発であること。
(3)独立した司法:司法が他の権力から独立し、市民の人権擁護を担保していること。
(4)批判的マスコミ:自立したマスコミが権力を公正かつ客観的に監視する役割を遂行していること。

 現代日本の場合、この4要素がことごとく限定的で欧米の水準に達していない。直接民主主義で言えば、まずデモと集会は警察の許可制であり、治安維持を理由に限定された自由しか担保されていない。都市設計の上でも、市民が大規模な集会を行えないように、欧米諸国には必ずあるような広場がつくられなかった。つまり、日本の都市は「市民が集まれない」ように設計されており、都市工学的にデモクラシーを阻害している。同時に公園などで集会を行う場合も当局の許可が必要であり、この点もデモクラシーを著しく制限している。

 知る権利については、日本政府の情報公開度はOECD諸国の中で最低レベルであり、福島原発事故の検証に際して行われた吉田所長の調書が秘匿されていたり、事故対応組織の議事録が作成されていなかったことに象徴されるように、政府や政党の情報公開に対する理解は極めて低い。そのため、市民は政府が取捨選択した情報のみしか接することができない環境に置かれており、デモクラシーを阻害している。

 間接民主主義については、まず投票率の低さが問題だろう。国政選挙で50%台、地方選挙で40%前後などという投票率もOECD諸国で最低レベルにあり、要するに有権者の半分から3分の2以下しか主権を行使していないことになる。ところが、間接民主主義は本来100%近い投票率を想定しており、理念と実態が乖離しつつあることと、日本国民のデモクラシーに対する理解と信頼度の低さを示している。

 さらに小選挙区制を導入したことで民意の偽装が進んでいる。例えば、昨年の総選挙を見た場合、選挙区で自民党は得票率48.2%で議席の75.6%を占めている。また、比例区を見た場合、52.7%の投票率に対して自民党が得たのは33.1%、つまり全有権者の17.4%しか自民党に投じていない。民意の反映度が低いシステムが有権者の無関心を促進している面は否定できないだろう。

 司法の後進性について、国連の拷問禁止委員会は、世界各国の人権状況について定期的に勧告を出しており、それに対して各国政府が回答する形式をとっている。日本に対しても無数の勧告がなされているが、中でも「代用監獄」「取調べと自白」「独房への監禁」「死刑」「戦時性奴隷被害者」について、「特に深刻な状態」と指摘している。その他の課題を挙げるならば、「低い保釈率」「公判における被告の再供述の否定」「裁判記録の未公開」「判検交流」「密室状態の検察審査会」「極めて限定的な情報公開制度」「ヘイトスピーチ対策の未整備」「難民認定の圧倒的少なさ」などが挙げられる。

 第4のマスコミや報道のあり様も深刻で、権力に対して親和的で批判能力を有さず、市民に対して客観的な情報を提供するどころか、権力側のプロパガンダを応援する主体になってしまっている。安倍総理が読売新聞社の新社屋竣工パーティーに出席して挨拶する様はおよそ民主主義国のマスコミに値しない。特に「記者クラブ(大本営発表の垂れ流し、権力との癒着)」「電波許可制(国家による電波統制)」「再販制度(既存新聞の特権)」「独占的マスコミ(一部の大手が情報を独占)」「軽減税率に関する陳情(独立意識の欠如)」「実名報道と過剰取材(人権意識の低さ、暴力装置)」などの問題が根深い。

 マスコミが権力に従属した社会では、権力や権力行使に対する監視機能が弱くなり、市民による主権行使の機会を奪うばかりか、逆に権力に同調して市民を攻撃する装置に成り下がる。その最たるものが、原発事故報道であり、中東における人質事件関連の報道であろう。

 「完成された民主主義」なるものが存在しない以上、デモクラシーは常に進化せねばならないと同時に、常に「原理に則っているか」チェックし続ける必要がある。だが、現代日本にはまず「デモクラシーはどうあるべきか」という理念が無く、市民的関心も低いこともあって、進化もチェックも十分に機能していない。ただ、問題は機能が不十分である自体にあるのではない。1945年の敗戦を経て休戦条約を履行し国連体制に加盟するために導入したデモクラシーであるが故に、日本人に「デモクラシーの実現が不十分だ」という当時者意識の欠如こそが、民主主義を限定的なものにし、戦後70年を経て大きな危機を迎えている原因なのではなかろうか。

 (筆者は政治評論家)