自由大学に参加して

■安東自由大学に参加して             井上 定彦

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 第二期安東自由大学(8 月18日~21日) に参加させていただいた。
日本からの参加メンバーの多くは、1995年から続いている初岡昌一郎氏をはじ
めとする「ソーシャル・アジア・フォーラム」( 日本では「ソーシャルアジア研
究会」が主要な構成メンバー) のおなじみの方々であった。今回については、韓
国はむろん、日本、台湾、ロシアにまたがる研究者・社会運動家約40名余があつ
まることとなった。昨年に続く第二回の開催であるが、はじめての参加となる筆
者も、最初のうちはなぜソウルではなく安東での開催なのかと思ったが、その疑
問は当地・安東(ソウルの東南200 キロメートル、慶州北道北部) に着くとすぐ
に氷解した。安東市は儒学を中心とする韓国精神文化の始祖達の地域として、金
暉東市長をはじめその文化伝統を基軸に地域のアイデンティティを立て、地域振
興をおこなっておられ、すでに韓国国学振興院・文化院も設置されている。また
私たちにとっては、おなじみの権重東氏(韓国ILO協会会長)の出身地でもあ
り、名誉総長をお引受けいただき、この安東自由大学の開催に尽力されてこられ
た。

安東という朝鮮儒学の中心地で開催ということではあったが、自由大学の名前
のとおり、儒学の全面的な擁護ということでは無論なく、むしろこれをひとつの
大切な素材として韓国社会を理解し、東アジア社会を理解する、そして現代にお
けるソーシャルアジアの可能性を考えるということであった。権重東(名誉)総
長は「ソーシャル・ヨーロッパ」形成に関わるエラスムス運動やギリシャ市民か
ら世界市民の誕生にいたる思考についても考えを披瀝された。

 この自由大学参加のためにソウルに集合した日本メンバーは、8 月16日から22
日( 帰国) にわたる長丁場の滞在となった( 筆者は所要で中途までの参加でここ
での報告は部分的なものにとどまることをお断りしておきたい) 。韓国が日本に
くらべて夏は意外に涼しいことを知らなかった小生としては、真夏( 北京オリン
ピック開催中) の猛暑を予想していただけに、快適な避暑地( 最高気温摂氏28度
程度) での研修旅行となった。


◇朝鮮儒学とその社会的思想的影響


 まずは基調報告のひとつである金基東氏( 成均館大学教授) は、韓国人の思考
方式において、表面にみえる部分よりは、その「根」とそのつながりを重んずる
ことを指摘した。つまり心を重んじ、形式はそれをあらわすものとして理解され
る。日本にもそのような文化がかつてはみられたと思うが、言葉にだしていわな
くとも分かるはずだ、という。またそこから、欧米的な意味での「個人主義」に
はなれない、「汝と我はもともと他人ではない」という考え方が根っこにあり、
その意味で「ひとつにつながっている根としての韓国儒教」の発想が底にある。

そのことは、苦楽を共にするという温かい人情があるという側面に対して、「分
ける」「区別する」ということが苦手、場合によっては意見の相違をうけいれに
くいということも表裏の関係にあるとされた。「温かい心としての『仁』」の寛
容性は、個人の生死の隔てという絶対的と思えるような壁についても、「自分が
死ぬことは皆が生きること」という意味で死をおだやかに受け入れる、つまり生
命はひきづがれてゆく、世のすべてはありがたいものにあふれている、「仁」を
えて幸せであると理解することとなる。儒学につながるの精神文化の特性につい
て分かりやすい報告であった。

基調報告のもうひとつは「東アジアの人間関係のネットワーク」と題する荒木
重雄氏のものである。非常に系統的にこの儒学の伝統を含め、その普遍性を析出
し、現代的意義と位置づけそれをさらに高め理解してゆくという壮大な思考を披
瀝された。非常に高いレベルのまとまった講演であり、強く印象づけられた( 本
号に収録されるものと期待している) 。


◇ 韓国の文化と「情」


まだ私達の受入れと企画の事務局の役割をつとめていただいた安東祝祭観光組
織委員会の崔宗燮氏は、「韓国の文化と食」と題する報告で、安東は洛東江と太
白山脈に囲まれ、海からも、他の大都市からも遠い位置にあるが故に、独自の文
化と食をはぐくんできた。「食」には単に何を食べるかといことよりも、食の形
式の重視、すなわち食べる序列、男女区別、礼儀作法の重視ということがある。
それは儒学の伝統にある「孝」としての祭礼の側面をもち、その祭礼というのは
、社会的・政治的資源としての血縁関係を確認し維持するという意味があるとし
た。 安東はこれからも伝統食( 「塩サバ」を地域ブランド商品としているよう
な) を地域アイデンティティとするだけでなく、それを合理的に発展させ国際的
な飲食文化にたかめてゆく日常の努力が必要であると指摘した。

また日本人としてはじめて韓国の地方公務員( 安東市職員) に採用された緒方
恵子さんは、2003年以来の安東の仕事と生活について話しをされた。おなじ職場
の職員の日常の「こころづかい」「ゆきとどいた(すぎた)配慮」を強く感じて
いる。日本の大都市型の個人主義的な生活感覚からみるとお節介なところがある
と受け取る人もいるかもしれないが、韓国人の「情」の深さをしみじみと思って
いるということであった。

初日の夜のプログラムでは、これにつながる韓国の映画「情 」( ぺ・チャン
ホ監督作品) をみることができた。これは新進の映画評論家・朱禧さんによる「
映画を通じてみる韓日文化」という報告をうけたもので、おそらくはほんの少し
前の韓国農村社会(1950 ~60年代)、 とても貧しかったが、深い人の「情」をも
った社会を感動的に描いたものである。

これに先立って、到着初日の夜に最初の文化交流企画として、安東地域の民俗
信仰を基礎にした河回別神クッ仮面劇 郷村型仮面劇が上演され、参加者全員
で共に踊ることになった。クツとは巫女(シャーマン)の神にささげる儀礼のこ
とである。これに使われる仮面は高麗中期の作のものが残っており、この劇は朝
鮮半島に古くから存在した山神信仰と中国渡来のソナン神信仰が組み合わされ長
らく伝え続けられてきたものである。これは20世紀になっていったん途絶え失わ
れかけていたものを、1970年代に河回村と安東市の若者たちが地域の伝統文化と
して復活、国の重要無形文化財に指定されたものである。

この仮面劇は、日常性とは別に、西洋の仮面舞踏会のように、勝手次第、言い
たい放題の庶民の気質が表現され、興味深く拝見した。閣氏面、白庁面、老婆面
(不運な)、僧面、学者面、両班面などをかぶった人物がつぎつぎと登場、当時
の仏教や僧の堕落ぶりを痛烈に風刺し、かつ学者・両班のやりとりは、当時の支
配階級の権威意識を風刺したところがあり、形式主義に堕した儒教への皮肉とも
とれる、おおらかなものであった。

 この集まりは韓国の梁世勲氏(元大使)の系統的なお世話なしには成り立たな
かったと感じている。また新たにロシアからコーシキン氏をはじめとする新たな
参加者をえた。
  初岡昌一郎氏が開会の挨拶でふれられたように、東アジアの社会文化交流と相
互理解の上に、未来に向かって切り開かれてゆくべき「ソーシャル・アジア」と
いう社会空間の形成、にとって、誠に有意義な企画であったと思う。
 
                   (筆者は県立島根大学教授)

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