芦原原発阻止成功の記録

■ 【運動資料】「芦浜」原発阻止成功の記録          高木 一

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(1)三重県は50年前に、熊野灘の「芦浜」原発設置の動きに猛反対し、当時の
知事も、その後継の知事も建設できず「白紙撤回」させました。いま大震災と原
発事故の報道に胸を痛めつつ、当時の戦いの歴史を思い起こし報告します。なお
元首相で当時、科学技術庁長官として、「芦浜」原発設置の視察に来て、漁民、
住民の激しい抵抗に逃げ帰った中曽根康弘氏が、4月26日の朝日新聞に、「原発
建設の政策は推進しなければならない、海辺で高台の所を選べばよい」と発言し
ていますが、安全というなら、東京湾・伊勢湾・大阪湾を何故選ばないのか聞き
たいです。

(2)三重県の原発反対運動
  1963年11月30日の朝刊に、原子力発電所が熊野灘沿岸の何処かに建設と報じら
れ、あわただしい動きとなった。これは、前日、県政記者クラブの記者が、取材
中、或る課で「原子力発電所建設申請書」を発見したことから、明らかになった
のだ。30日夕刻、県労協の呼びかけで社会党、共産党、平和委員会の代表者が県
勤労者福祉会館に緊急に集り、その対応を次のように決めた。

1、自民党政府は原発を国策として進めているから困難だが長期の闘いをする。
2、原発は、知事に建設設置許可権があるから、知事交渉が重要である。 
3、建設予定地域での反対運動が基本になる。 
4、全県、全国の運動で反原発の気運を高めることが必要。 
5、原子力発電についての知識と、危険性について学習し、広めていく。 
6、原発でない自然エネルギーの開発、利用への転換も訴える。 
そして、設置予定地の紀北と伊勢の両地区労にも、共闘参加を呼びかけ、原子力
発電所建設反対の県共闘を結成する。
 


○反対運動の推進


  1964年1月28日、県下の民主団体、労働組合、革新政党が集結し、原子力発電
所設置反対三重県民会議が結成され、具体的な活動に取り組んだ。 2月16日尾
鷹市で原発反対三重県民集会の開催を計画したが尾鷹市内は、どの会場も中電や
県当局の圧力があったのか借りられない。2月15日に漸く、市内のお寺の境内を
予約でき、すべての動員と会場準備が終ったその真夜中に、寺の檀家総代から住
職に、原発反対に貸すなら檀家は寺から一斉に引き上げると圧力がかかった。急
遽、会場を断念、真夜中に広場を求めて車を走らせ、銚子川原に辿り着いた。翌
日、川原使用の許可をとり、県下各地の動員者に連絡をとって16日午後の集会が
ようやく開催された。

 集会は熱気に溢れ、島勝の漁民は、原発反対!海を守れ!のムシロ旗をかつ
ぎ、地元の住民は、原発設置反対のスローガンを書いたプラカードを手に手に参
加した。原発設置に断固反対する決議の後、尾鷹市内までの約2粁のデモで市民
に原発反対を訴えたこの海山大集会は、その後の長期にわたる反原発闘争のはじ
まりとなった。 


○とりまく情勢の特徴


  原発反対闘争をとりまく情勢は厳しかった。60年反安保大闘争で岸内閣が退陣
し、池田内閣が誕生、所得倍増の政策をかかげ、その波に乗って、原発建設が進
められようとした。一方運動の側では、1962年8月に行われたソ連の核実験に対
して、ソ連の核実験は平和のためだから認めるという主張と、いかなる国の核実
験も許せないという主張とで原水爆禁止運動は分裂に向かい、三重県の原発反対
運動にも影響した。中央の分裂に対し三重県では「意見の相違は統一に努力する
が、不統一の部分は保留し一致する点で行動し、行動の中で意見の不一致を克服
しよう」と申し合わせたが、中央からの働きかけが強まり、三重の運動も次第に
分離し、この前後に実施された総選挙と統一地方選挙で、革新勢力の中心社会党
は僅か5議員(推薦含め6名)になるという厳しいものだった。


○県議会での質問戦


  県共闘は、社会党の福島重之議員に1964年3月の県議会で、田中知事に原発設
置中止を強く求める質問を要請し、紀北地区の漁民、労働者を数百名動員し、議
員への直接反対請願と議会傍聴を行った。入り切れなかった人達は、廊下、階
段、ロビーに座り込んだ。福島議員は満席の傍聴者に見守られ、堂々の質問を展
開し、遂に県会は暫時休憩のまま翌日の答弁となった。 

(3)【福島重之議員の質問】(1964年3月7日三重県議会)(文中、略あり)
                       
「原子力発電所設置については、昨年11月30日の新聞で報道され、すでにボー
リングが始められているが、影響する分野が非常に広いので、以下数点質問する。
第一は、11月30日に報道されるや知事は海山、長島、紀勢の三町長を呼び設置に
協力を要請したが原発の設置は、工場誘致とは全く違い住民の健康、水産漁業、
山林業、自治体の財政などに広く影響を及ぼすものです。県政の最高責任者とし
て事前の準備をどうしたのか。化学工場が放出する亜硫酸ガスに苦しめられる四
日市市民を現実に見ながら、従来の工場誘致と同じ態度で、放射能という極めて
危険の多い原発を許すとはまことに言語道断です。若し発表以前に検討期間があ
ったのなら、なぜ11月30日までに公表しなかったのか。

 原子力基本法の第二条に『原子力の研究、開発、及び利用は、平和の目的に限
り、民主的な運営のもとに自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し云
々』とあるが、全く秘密主義で非民主的なやり方をとっている田中知事と中部電
力の態度はこの法に違反している。まずこの点の所信をお尋ねする。

 1月下旬、西堀栄三郎氏を招いた中部原子力平和利用PRセンターの講演会
や、各種のパンフレット、あるいは新聞社の座談会などでの田中知事の発言は原
発は安全だ、安全だ、という説明と宣伝に終始している。それ程安全なら、なぜ
中電本社がある名古屋市周辺に設置しないのか。危険だから遠い紀州路へ持って
くると理解せざるを得ない。現地の人が傍聴席にいるから、はっきり答えて下さい。

 第二は、原発は安全で固定資産税が入ると宣伝しているが、では、原子炉はど
んな型式の炉で、放射能の防護装置はどうなのか、事故が起きたとき、しかじか
の安全装置を講じている。という具体的な説明がなければ、原子炉が安全だとは
言えない。原子炉の型も知らずに安全だと、逆立ちした宣伝が、恥じらいもなく
やられている。固定資産税が落ちるという宣伝は、県当局と中部電力筋に接した
人々から流されている。
 
  しかし原子炉の取得価格や、所要の敷地の広さもわからないのに何億かの固定
資産税が入るという宣伝がなされ、安全だ、固定資産税が入るんだという安易な
ムードがかもし出されている。こんな本末転倒な話はない。お尋ねする一つは、
原子炉の型とその核燃料物質は何か。二つは、設置予定の発電所は地方税法で言
う固定資産税の課税標準の価格は幾らになる予定かです。

 第三は安全性の問題です。昨年11月2日、伏見康治氏が部会長を勤める原子炉
安全基準専門部会が原子力委員長宛に原子力発電立地審査指針なるものを報告し
たが、これは基準でなく指針です。報告の本文には、現段階に於いて機械的に通
用し得る基準はもちろん、定量的な基準を作成することも困難である、従って今
回作成した指針は定性的なものに止まっており、云々と、定性的で定量的ではな
いとして、敷地基準を具体的な数字をもって示していません。

 昭和36年2月、アメリカの原子力委員会発表の敷地基準では、150万キロワット
未満の人口中心距離は28.5キロメールです。即ち原子炉から28.5キロ以内に人口
2万5000人以上の都市が入ってはならない、となっている。更に21.3キロ半径以
内には、人口2・000人から3.000人以上の町があってはならないとある。この基
準を仮に採用すると、いずれの予定地に建設するにしろ尾鷹市をはじめ五町二ヶ
村、約10万人が含まれる。これは、どの建設予定地も建ててはいけないことで
す。なぜ中電に建設を許可してよいのか、お尋ねしたい。さらに審査指針解説の
立地条件の考え方の中に、敷地周辺における事象について検討し、大きな事故の
誘因とならないかどうか、判断を求めている。

 例えば、自然条件としては、台風、洪水、津波、地震、陥没、地すべり等とあ
るが、予定地は台風銀座であり、地震、津波については大きな被害を経験ずみで
ある。なぜこの地を選んで許可しようとするのか。次は放射性物質の危険性につ
いて伺いたい。原子炉の運転をはじめると、天然ウラン型にしても、濃縮ウラン
型にしても、アルゴン41をはじめ、多くの種類の放射性ガスが出ることは周知の
事実である。平常運転においても、放射性物質が放出されることを、あまり触れ
たくないとみえて全く無視している。

 昭和21年開設された尾鷹測候所の16年間の風向、風速記録によれば、三ヶ所の
建設予定地の何処であろうと、陸地部はすべて放射性物質がばらまかれ台風など
の時は三重県だけに止まらない。放射性物質は濃度を薄めたら安全という性質の
ものではなく、降下する周辺地域の絶対量が問題である。平常運転中における放
射性物質の飛散を防ぐ具体的な措置を伺いたい。次に死の灰といわれる廃棄物の
処理について交通事故も絶対許せない、構内、構外での運搬とその処理の方法に
ついて具体的に伺いたい、

 第四は建設計画に対する一般的な問題です。一つ、敷地は何坪を予定している
のか。二つ、事故ある場合、退避しなければならない地域の何10万人という市町
村の緊急退避用の車両や防護服など常備しておく物の購入並びに維持費、退避用
の道路建設費、防護服は誰の負担になるのか。三つ、緊急退避の通報手段の具体
的な方法とその設備費は誰の負担か。四つ、四六時中、放射する物質の質と量、
降下による地域住民の健康管理、影響の有無を測定する設備を常置し医療施設な
ど対策はどうするのか、それらの費用と負担についても答えられたい。

 第五は、事故解析の問題です。知事は誘致に熱心ですから、アメリカの事故解
析についても研究されたと思いますので、その内容を発表して貰いたい。米国で
は原子炉設置の場合、会社は重大事故に対し予備措置、仮想事故に対しては、半
径何キロメートルの無人地帯を設置し、緊急避難の車両や道路や防護装置の器具
などを備えたから許可してほしい、という事故解析、ハザードリポートを出して
審査を受けると聞いているが、中電申請の原子炉の事故解析の内容を明らかにさ
れたい。

 第六は、立地審査指針で言う重大事故及び重大事故を超えるような技術的見地
から起り得ない仮想事故の場合、地域住民の財産に対する補償はどのように考え
ているのか伺いたい。第七は、冷却用水の影響について、発電容量30万キロワッ
トの時は一昼夜約173万トン、同様の比率で130万キロワットの時は実に750万ト
ンという大量の海水が取り入れられ、高温で排出され、周辺の水産業に及ぼす影
響は壊滅的と思われるが具体的な計画を伺いたい。第八は、原子炉によっては、
長崎市を破壊した原子爆弾の材料であるプルトニウム239は生産されているのか。

 プルトニウム239がもし生産されるのであれば、日本が自前で核兵器を開発す
る第三次防衛計画修正案の推進に、事もあろうに三重県が協力することとなると
思うが、県政の基調として平和を念願される田中知事はこの事態をどう考えるの
か、明確に所信を伺いたい。  以上。

追記>
  福島議員の質問に対し、田中覚知事は応答できずに暫時休憩となり、再開され
ず答弁も翌日に延された。後日、関係者の話では知事は中電から説明社員を呼び
答弁書を作成したとの事であった。

                 (筆者は九条の会・津会員)

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