薄情な中国現代社会 後編

■【北から南から】
  中国 深センから                    佐藤 美和子

『薄情な中国現代社会・後編』

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昨年10月に起きた幼児轢き逃げ事件のあと、中国人の友人からこんな話を聞
きました。
 
「実は私、以前に路上に倒れている女性を発見したことがあるの。私は10月
の轢き逃げ事件の人たちみたいに無視して通り過ぎるなんて思いもよらず、とに
かくびっくりして駆け寄ったの。まず倒れている女性の連れとか知り合いが近く
にいないかと思って、辺りを見渡して声を上げたのね。結局名乗りを上げる連れ
の人はいなかったのだけど、でも代わりに物陰から別の女性が私に声をかけてき
たのよ。

 『ねぇあなた、この人を助けるつもりなの? だったら、私も一緒に手助けす
るわ。なにせこのご時世でしょ、怖くて安易に人助けもできないじゃない? で
も誰かと一緒にだったら、お互いに証人になれるものね』って……。そんなに色
々気を回さなきゃならないだなんて、なんてひどい社会になっちゃったのかしら
ね」

 そしてその後の展開が、また面白いというかなんと言うか。
  「しばらくしてその倒れていた女性、意識を取り戻したの。とりあえず身内を
呼んだ方がいいと思って、本人に連絡すべき人の電話番号を尋ねたのよ。教えら
れた番号に電話して、具合を悪くして倒れている女性の状況を説明したら、電話
に出た男性、なぜだか怒り出しちゃった。その男性が言うには、女性とは離婚後
もう10年近く経っているから無関係だ、なんで赤の他人の自分に連絡してくる
んだって……。そんなの、別れた元ご亭主の連絡先を教えられた私だってびっく
りよ。

 こっちも困っちゃって、携帯を女性に渡して当事者同士で話し合ってもらった
ら、なんか女性も元ご亭主に対してこの薄情者―っ!って怒り出しちゃうし……。
仕方がないから病院に送り届けるところまではしてあげたのだけど、ホント、困
っちゃったわ」

 人助けをしていたつもりが、とうの昔に別れている「元」夫婦喧嘩に巻き込ま
れるとは。うーん、これでは確かに、うかつに人助けは出来ないかも知れません
(笑)。それにしても、行き倒れていたわりに「元」夫婦喧嘩ができるとは、けっ
こう元気ですよね? もしや、元ご亭主に未練があって、連絡を取る口実が欲し
いあまりの演技だったのかも……というのは、穿ち過ぎでしょうか。

 そして、これは先月のことです。お昼ごろ、相方が電話をかけてきました。
  出先で昼食をとっているのだが、そのレストラン前の緑地帯に、ウチのと同じ
犬種の野良がいる。痩せてお腹を空かせているようだし、毛ももつれて泥だらけ、
長らく手入れされていない様子だ。毎週きれいにシャンプーして、ゴハンだオヤ
ツだとぬくぬく過ごしているウチの愛犬に比べ、あまりにも可哀相。ついてはウ
チに連れ帰ろうと思うが、ウチにもう一頭増えても大丈夫か?というハナシでし
た。

 犬が一頭増えると、手間や費用も倍に増えることに一瞬ひるみましたが、たま
たまウチのと同じ犬種だったせいでより同情心が湧いちゃった相方の気持ちもわ
かるので、OKを出しました。ただ、そういう野良は人間不信に陥っていること
が多く、捕まえるのが難しいのでそのコツと、捕まえられたらまず動物病院に連
れて行って、病気や怪我がないか診て貰わないといけないことを教えました。

 その日の午後は、リードやお茶碗など必要なものを買い足す算段や、その仔の
ケージやベッドはどこに置こう?とあれこれ思案しつつ楽しみに待っていたのに、
結局犬は連れ帰ってはこられませんでした。

 逃げられて上手く捕まえられなかったのかとガッカリしたのですが、実はそう
ではなく、その時一緒にいた部下がどうしても犬のところに行かせてくれなかっ
た、と言うのです。その部下の彼は、ここ広東省出身です。彼が言うには、ああ
いう雑種っぽくない野良犬は、ここ広東では強請りタカリに利用されているもの
なのだそうです。

 誰かが野良わんこを可哀相に思って連れ帰ろうとすると、突如茂みに隠れてい
る輩が出てきて、いまオレの犬を攫おうとしただろうと因縁をつけてくるのだと
か。窃盗容疑で公安に通報されたくなければカネを寄越せと強請ってきたり、ど
うしてもこの犬が可哀相で連れ帰りたくば、これまでこの犬にかかった費用を肩
代わりしろと法外な金額を要求してきたりするのです。

 こんな街中にいる野良犬に関わったら絶対ロクなことにならないからダメだ、
可哀相に思う気持ちはわかるが例えあなたが捕まえてきたって、自分は面倒は御
免だから野良犬なんかこの社用車には乗せないとまで強硬に反対されては、どう
しようもありません。

この彼が言うことが本当なら、人の親切心につけ込む悪事に利用され、エサも満
足に与えられずやせ細り、わざと汚れた体のままにされているワンコがなおさら可
哀相です。でも、その部下の彼はウチの相方のためを思って阻止してくれたのです
し、ここは地元の人の言うことに従うべきなのでしょう。

 旧暦で新年を祝う中国では、いま年末の忘年会シーズン真っ最中です(201
2年の春節=旧暦の新年は1月23日)。年末のこのシーズンは、中国で最も治
安が悪化する時期でもあります。

例えば年末は、各地の空港や港・陸路のイミグレーションで、荷物が多すぎて運
べないので手伝って欲しいと頼んでくる人が増えます。親切に荷物を持ってあげ
ると、イミグレ通過時に荷物の中から麻薬や偽ブランド品、海賊版などの違法品
が見つかり、その時には依頼者はいち早くトンズラしており逮捕されるのはお人
好しの自分、という事件が多発するのです。
 
私自身、イミグレ手前で荷物を持って欲しいと声をかけられたことが幾度もあ
ります。特に相手がおばあさんだったりすると心が痛むのですが、犯罪に巻き込
まれるのが怖いので、中国語がわからない振りをして逃げることにしています。

 先の野良犬のことといい、ちょっとした親切心が警察沙汰・裁判沙汰に発展し
かねないのがここ中国の現実です。年末は物騒だから、人の命に関わるようなこ
とでない限り、お互い妙な親切心や道義心は出さないようにしないとね……と相
方と戒め合いました。

(筆者は中国・深セン在住・日本語講師)

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