【オルタ広場の視点】

見えてきた「アメリカ後」の世界(3)
――トランプ「革命」と習近平「構造改革」が開く新世界――

久保 孝雄

・「イノベーションも言論の自由も市場の健全性もない中国が覇権を握ることはない」「(知財を盗んで肥大化する中国は)20年後は世界で最も貧しい国になる」(ヒラリー・クリントン 12年ハーバード大での講演で Money Voice 18.9.30)

・「革新的企業の数は中国が世界2位。特許件数は米国に次いで2位(特許出願件数の世界1、2位は中国のZTE、ファーウエイ)…中国はすでに知的財産権を創出する大国になった」(華春瑩・外交部報道官 CRI 18.7.13)

・「人工知能やロボティクス、フィンテックなど世界的に注目を集める次世代産業において、中国の存在感が急速に増して(いる)…中国がハイテク業界の覇者になる日は近い」(Money Voice 18.7.29)

◆◇ 1、トランプ対中貿易戦争のもたらすもの

 2017年11月、トランプ大統領はAPECや東アジアサミット出席のため、初のアジア歴訪(日韓中越など)の旅に出たが、ハイライトは中国訪問だった。就任いらい貿易問題で中国を批判し、台湾に肩入れする発言をしていたので、初の訪中で米中関係がどうなるか、世界が注目していた。

 ところがトランプは、中国側が用意した28兆円にのぼる民間ビジネスの成約、習主席自らの故宮案内など手厚い特別待遇に配慮してか、中国批判を封印し、「貿易問題で中国に責任はない。放置してきた歴代大統領の責任だ」と異例の発言をしたうえ、「習近平国家主席は偉大な指導者だ」と称賛するスピーチまでして米中友好を演出して見せた。

 しかし、それから4か月後の18年3月、この友好ムードは一変する。トランプが一転して中国に貿易戦争を仕掛けたからだ。知的財産権侵害に対する制裁を名目に、自動車、半導体など500憶ドル相当の製品に25%の追加関税を課し、さらに7月には6,000品目、2,000億ドル相当の製品に10%(19年1月から25%)の追加関税を課するリストを発表し、9月24日に発動した(対中輸入額の半分に当たる。但し1月からの25%は米中首脳会談で90日間凍結)。

 これに対し中国は「国の核心的利益と国民の利益を守るためには、迫られれば必要な反撃を行わざるを得ない」「米国の(中国)いじめのような貿易覇権主義や、極限まで圧力をかけるやり方に中国は脅かされることはなく、中国経済が崩壊することもない。逆に、我々は試練を発展に変え、中国経済のモデル転換と高度化、及び質の高い発展を押しすすめる考えだ」(商務部高峰報道官 チャイナネット 18.7.8 9.28)との立場を表明し、相応の報復措置を取りつつ一歩も引かぬ構えを示していた。米国が打診した事務レベルの協議再開にも応じなかった。ただし、高峰報道官によると「11月1日両国の元首が電話会談して以降…ハイレベルの接触を既に再開」(日経 18.11.16)していた。それがG20での米中首脳会談(12.1)で一時休戦の合意につながったようだ(各紙 18.12.3)。

 この貿易戦争が中国経済に一定のダメージを与えることは間違いない。中国の対米輸入は1,300憶ドルで報復にも限度がある。事実、株価は下がり、元安や成長率減速(6.7から6.5)、個人消費の落ち込み、雇用情勢の悪化も起きており、下火になっていた「中国崩壊論」がまたぞろ勢いづいている。「中国経済破滅」論や「習近平政権の崩壊」論が花盛りだ。しかし、反対にこれが中国の直面する「構造改革」―産業構造の高度化、国有企業の改革、内需主導型経済への転換、沿海部対内陸部の格差是正など―を促進するアクセルになることも事実だ。

 当然、米側のリスクも大きい。株価も大幅に乱高下している。米NYT紙は「これは両国の工業と消費者に被害をもたらす貿易紛争の重大なエスカレートだ。これらの関税措置は、中国製品に依存する米国の消費者と企業、特に農家と製造メーカーに大きな影響を及ぼす」と書いた(チャイナネット 18.8.6)。製造業の景況感も10年ぶりの大幅下落をみせた(日経 19.1.4)

 GMが突如発表した(18.11.27)5工場閉鎖と従業員1.5万人削減計画は、貿易戦争のブーメラン効果であり、トランプ支持の労働者層を失望させた。また、150の業界団体で組織する「自由貿易支持米国人連盟」はG20へ出発前のトランプに、米国経済と市民生活を傷つける貿易戦争を止めるよう要望した(同上 11.29)。

 米中経済は過去40年間で相互依存を深めており、貿易規模は7,000億ドル、米国企業の中国での営業額も7,000億ドル、利益も500億ドルを超えている。安く品質のいい中国製品は米国家庭に広く浸透し、とくに中低所得者の実質購買力を引き上げている。農業でも17年には農民一人当たり1万ドルを中国に輸出している(大豆は57%)。飛行機の25%、自動車の20%、半導体の14%、綿花の17%がいずれも中国向けだ。サービス貿易でも540億ドルの黒字を稼いでいる(3百万の観光客や42万人の留学生の消費など)。「こうしたことからわかるのは、中米貿易における利益はほぼバランスしており、純利益では米国側が優勢だということだ…<米国大損論>とはいかに説得力なき叫びであろうか」(CRI時評 18.9.25 数字データも同じ)と中国側は見ている。

 世界経済への影響も大きい。英紙「フィナンシャル・タイムス」は「トランプが中米貿易戦争に勝てるという考えは間違いだ。貿易戦争に勝者はいない…その結果はルールに基づいた貿易体制が破壊され、米中関係が損なわれるうえに、世界に不安定要素が多くなる」と書いている(CRI 18.10.5)が、米中貿易戦争が長期化すれば世界経済は混乱し、大不況の引き金になる恐れがある。

 米中国内に起きている深刻な影響、また世界に広がる懸念を受けて、米中首脳は年末、急遽電話会談をして対応を協議し、1月早々の次官級協議の開催を確認した。会談後トランプは「電話で長く、とても良い話をした…取引は非常にうまくいっている。もし(合意が)成立すれば…非常に包括的なものとなるだろう。大きな進展がなされている!」とツイートしている(AFP=時事 18.12.30)

◆◇ 2、「米国一極支配」を崩すトランプ「革命」

 トランプが掲げる第一の政治スローガンは「アメリカ・ファースト」である。国際問題への過剰な関与、干渉を止めるか縮小し、政治、経済、外交、安保などあらゆる面で国益優先、国内優先に重点を置くことだ。確かに、ホームレスが増え、フードスタンプ受給者が人口の21%(6,800万人)を超え、中間層が没落し、格差と分断が深まるなど、米国社会の疲弊ぶりや国家財政の借金漬けを見ると、世界に700か所も軍事基地を置き「世界の警察官」などやっていられない状態であることがわかる。

 最近(12月)マティス国防長官の反対を抑え、シリアからの米軍撤退、アフガン派兵の半減を決定したのもその表れだ。これについてトランプは「米国は中東の警察官になりたいのか。他人を守るのに貴重な命や何兆ドルを費やしても何も得るものはない」とツイートしている(日経 18.12.22)。韓国、日本駐留米軍の縮小、撤退も時間の問題と見られているが、これに対し軍産派が激しく抵抗している。

 対外政策で弱腰と見られれば、軍産派やタカ派から激しく突き上げられ、潰されかねないので、一気には止められない。最近のイランに対する苛酷な制裁をはじめロシアや北朝鮮、トルコ、中南米などへの相次ぐ制裁や干渉、軍事費の増強、さらに今回の対中貿易戦争など、従来からの覇権国型政策もいぜん続いているのはこのためだ。

 同時に、他方、トランプは戦後アメリカが主導してきた自由貿易やグローバリズムを「国益を損なう」として否定し、反対に保護主義を強め、TPPから離脱し、NAFTAを自国優位のUSMCAに衣替えし、関税を盾にEUや日本などの同盟国にも強硬姿勢を取り、パリ協定からの離脱や国連軽視(分担金滞納、人権理事会やUNESCOからの脱退など)など、米国が主導してきた世界秩序を自ら弱体化させ、国際協調や多国間主義を嫌い、同盟関係にひびが入ることも辞さない姿勢をとっている。

 昨年9月の国連総会でのトランプ演説に世界は驚いた。国連外交の檜舞台でグローバリズムを拒絶し、米国第一主義を訴え、同盟国や国際機関に恫喝まがいの言葉を浴びせたからだ(朝日 18.9.29)。米ノーベル賞経済学者スティグリッツは「トランプの米国は<ならず者国家>」になったと断じている(日経18.4.10)。

 1昨年(17年)いらい米国の世界的孤立は著しい。「5月の先進国首脳会議(G7)の討議は1対6、7月のG20首脳会合は1対19の構図となった。いずれも米国の孤立である」(東京社説 17.7.20)。昨年のAPECやG20首脳会議でも保護主義と対中牽制を変えず、APECでは共同宣言を出せなくしてしまった。

 とくに「米欧共同体」と見られてきたEUの中核・仏、独との不和が深まっている。仏のマクロン大統領は国連演説で「(国連の原則である)多国間主義を侵食することは認められない」とトランプを厳しく批判したし、独メルケルも「相互依存の関係や伝統的な結びつきを無視する動きが起きている」とトランプに不信感を募らせている(日経 18.11.13)。世論調査でも「トランプ政策によって、世界をより危険にしている」と感じている国民が69%を占めている(毎日 18.9.7)。

 ロシアが支援したアサド政権の勝利で終わったシリア内戦の終焉を機に、中東の覇権もほぼロシアに移った。東アジアでは中国の存在感が圧倒的で、米国のアジア覇権も失われつつある。中南米、アフリカでも米国の影響力が薄れ、中国が存在感を増している(中国と中南米の貿易はこの数年で急増し、2,500億ドル近くなった)。こうしてほぼ一世紀にわたって続いてきた米国の世界覇権、とくに1991年のソ連崩壊後の「米国一極支配」はいたるところで解体しつつある。まさにトランプ「革命」と言ってもいい程の大変化であり、トランプの国連演説での「自画自賛」とは別の意味で、「歴代大統領がなしえなかった」“偉業”であると言っていい。

◆◇ 3、「世界一の強国(軍事・ハイテク)」を死守したい米国

 しかし「アメリカ・ファースト」にはもう一つの面がある。それは「アメリカを再び偉大な国に」のスローガンに表わされている。アメリカは世界覇権崩壊(むしろ放棄)後も、軍事やハイテク面で世界ナンバーワンの地位を守り抜く、他の国が米国に取って代わることは許さないということだ(しかし、米国の国際政治学者イアン・ブレマーは2年前に「(今の世界では)中国が最も実力ある国であり、米国は2位だ」と断言している)(米誌『タイム』 17.10)。

 米国の対中強硬姿勢は、世界ナンバーワンの地位が中国に脅かされていることへの危機感の表れである。ペンス副大統領は「新冷戦宣言」とも呼ばれた昨年10月4日の演説で「<中国が米国の民主主義に干渉している>と強い言葉で非難し、中国が米国の脅威となっている点を強調」したが、すでに「トランプ政権は1昨年(17年)策定した国家安全保障戦略で、中国を<競争国>と位置づけ、経済力、軍事力を動員して封じ込める意思を示し」ていた(朝日 18.10.6)。

 中国を「不倶戴天」の国と言わんばかりに全面攻撃したペンス演説に、中国は「こじつけ且つでたらめで根拠のないものだ」として「断固たる抗議」を表明したが、対応は抑制的で、米中対立が世界を不安定化することを危惧している。ペンス演説には米国内でも批判が多い。キッシンジャー元国務長官も「今は(米国の)根本的国益は何かをはっきりととらえるべき時で、両国間にある紛争に目をふさがれ、問題をとらえる角度を誤るべきではない」と忠告している(CRI時評 18.10.5)。

 こうした米国の強硬な対中姿勢は、21世紀に入って、日本がGDPで中国に追いつき追い越され始めるにつれて、反中、嫌中ナショナリズムが高まり、安倍の中国脅威論がマスコミを席巻し、安倍自ら中国包囲網構築に世界を飛び回った状況に似ている。

 スティグリッツ(前出)は「2014年は米国が世界最大の経済国である最後の年になるだろう。2015年には中国が最大となり、長期にその座を占める」(VANITY FAIR 14年1月号、<孫崎享チャネル 14.12.21>)と言っているが、これは購買力平価での比較で、名目GDPでの交代はまだ10年先と予測されている。一人当たりGDPでは中国はまだ8,000ドル台で世界74位だ(8位の米国が59,500ドル、25位の日本が38,500ドル<IMF 18.4>。中国が自らを「最大の発展途上国」と言っているのはこの意味だ)。しかし、あらゆる面でヒタヒタと追い上げてくる中国に、米国が脅威を感じ、危機感を募らせているとしても不思議ではない。

◆◇ 4、根底にある文明論的危機感

 もう一つ重要な点は、米国(並びに西欧)のエリート支配層には文明転換への危機感があることだ。中国を頭とする新興国・途上国の台頭により、200年にわたる西洋文明の世界支配が終わるのではないか、という危機意識が強まっているのだ。英国の中国研究者マーティン・ジェイクスは次のように書いている。

 「中国の大国化によって最もひどく精神的ダメージを受けているのは西洋である。中国が今まさに超えようとしているものこそ、西洋の歴史的地位なのだから。中国が西洋を超えるという事態が意味するものは極めて大きい。2世紀以上にわたって西洋は…世界に君臨した。(しかしもはや)世界政治の主役ではないのだという事実をヨーロッパは受け入れざるを得なかった…(この)喪失感は、ヨーロッパ諸国に多くの精神的衝撃を与えた」(『中国が世界をリードするとき』NTT出版 2014)

◆◇ 5、安倍・対中政策転換のジレンマ

 最近、遅ればせながら日中関係改善への動きが強まっており、安倍首相の訪中もあったが、その背景は経済界を含む日本の支配層に対中認識で微妙な変化が起きているからだ。21世紀に入り中国のGDPが徐々に日本に迫り、2010年にはついに追い抜かれ、アジア1位、世界2位の地位を失ったが、その差はまだ3,000億ドル程度で、再逆転も可能な規模だったので、「中国何するものぞ」の雰囲気がまだあった。

 しかし、その後年々格差は拡大し、17年には2.5倍以上の開き(中国12兆ドル、日本4.8兆ドル、米は19.5兆ドル)になってしまい、再逆転はありえなくなった。他方、米国との貿易は先細りだ。もはや中国は敵対するどころか、共存して実利を得た方が得だとの判断がつよくなってきた。ドイツの有力誌『デア・シュピ-ゲル』のワーグナー東京支局長も「率直に言って日本が中国と(経済や軍事で)競争するのは無理です。競争しても勝てるはずがない…それよりも、日本の持ち味である平和で魅力的な社会というソフトパワーを発揮することです」と言っている(『サンデー毎日』18.11.25)。

 しかし安倍首相の歴史認識は変わっておらず、背後にはアミテージら軍産派や日本会議などの右派勢力の圧力もあるので、依然「インド太平洋戦略」(最近「構想」に改めた)を提唱し、米・豪・印・ASEANなどと組んで中国牽制を強める姿勢も崩していない(豪、印、ASEANとも中国の急激な勢力拡大には批判的だが対抗する気はない)。

 ペンス副大統領は11月、東アジアサミット(シンガポール)やAPEC(PNG)の場で、「一帯一路」に対抗して600億ドル(6.8兆円)のインフラ投資を表明するとともに、「米国のインド太平洋における関与は揺るがない」と述べ(朝日 18.11.13)、中国への対抗心をむき出しにした。安倍首相もペンスの驥尾に付し1.2兆円の協調投資を約束する一方、水陸機動隊創設、日米合同離島奪還訓練、南シナ海での潜水艦訓練、米の「自由な航行」作戦の支援(戦闘機によるB52の護衛など)、米国高額武器の爆買い、空母2隻保有といった軍備増強など、中国への対抗姿勢を続けており、中国が安倍首相に心を許すはずがない。

◆◇ 6、米国が感じる対中「脅威」の2大要因

 ペンス副大統領が憎悪に近い表現まで使って対中強硬論を吐き、議会でも反中派が多数を占め、世論も反中に傾いてきているようだが、米国がここまで危機感を募らせている直接的な要因は2つある。「中国製造2025」と「一帯一路」だ。

(1)「中国製造2025」
 「中国製造2025」は15年に発表された中国の産業政策であり、10の分野(次世代IT、ロボット、航空・宇宙、海洋、新素材、バイオなど)を定め、25年までに「世界の製造強国の一つに」、35年までに「中位に」、49年(建国100周年)までに「製造強国のトップ級に」なることを目標に掲げ、R&D投資の増強、知財の獲得に力を入れようとしている。

 「中国製造2025」は4年も前に発表されたものだが、今回の貿易戦争への引き金になっている。中間選挙後の記者会見で、トランプは「<中国製造2025>はとても無礼だ…2025年に経済面で世界支配を目指している」(日経 18.11.8)と述べている。商務省のピーター・ナバロ局長も「中国は臆面もなく<中国製造2025>を宣言した。これは世界に対し<今後はわれわれがすべての新興産業を牛耳る。お前たちの経済に未来はない>と宣言したのに等しい。該当分野はAI、ロボット、量子コンピュータなどだ…これは米国への<直接的脅威>になる」と警告している(China news 18.7)。

 これに対しこの報告書の作成にもかかわった蘇波(元工業情報化部副部長)は、これは新たな産業革命への中国の対応策をまとめたもので「米国の批判には何の根拠もない」と反論したうえで「今回の貿易戦争はもはや単なる貿易戦争ではない。その実体は貿易の名のもとに、中国のハイエンド製造業の発展に圧力をかけ、中国の台頭を抑制することで、長期にわたり自国の経済的優位と政治的覇権を保とうとするものだ…この戦いはすぐ終わることはなく、今後ますます複雑になり、深刻化、長期化していくだろう…こうした現実を十分認識し、動揺せず、備えていかなければならない」と述べている(前掲誌。最近中国は米側の過剰な反応を懸念し、表現をやわらげ融和を図ろうとしている)。

 確かに米国の製造業はグローバル経済下で空洞化して競争力を失い、工業地帯は「サンベルト」になっている。軍事工場も精密機器やハイテク用の希少物質、部品などをドイツ、中国に依存しており(Money Voice 18.11.18)、このままでは「軍事強国」を維持できなくなる。米国の危機感の根は深い(中国の世界的通信機器企業で5G技術の先頭を走るHUAWEI やZTEに対する取引停止や幹部逮捕などはその表れだ)。

(2)「一帯一路」イニシアティブ
 また2013年に習近平によって提唱された「一帯一路」構想(Belt & Road Initiative)は、アジア、アフリカ、欧州をつなぐ陸と海の現代版シルクロードを再構築し、人類文明の発祥地、世界のハートランド(中心地域)と言われながら低開発地域に甘んじてきたユーラシアを構造改革し、再び世界の中心に変革していこうとする史上空前の壮大な構想であり、これが進めば米国は新世界の辺境にされかねないと受け止められている。

 「一帯一路」の沿線国人口は44億(世界の60%)、GDPは21兆ドル(同30%)だが、広大な低開発地域を抱え、インフラ需要は巨額に達する。中国はこの構想を「中国と全世界との経済協力だけでなく、グローバル・ガバナンスの変革や人類運命共同体の構築を進めるもの」と位置づけ、「共に話し合い、建設し、シェアする」との理念を掲げ、17年5月、北京に30か国の首脳、1,500人の関係者を集めて開かれた「第1回一帯一路国際会議」を機に正式に始動させた。

 最近の実績を見ると、「すでに100以上の国や国際組織が「一帯一路」の建設を支持し、参加しており、中国とこれらの国との貨物貿易総額は5兆ドルを超えている…対外直接投資は600憶ドルを超え、現地に20万人以上の雇用、数十億ドルの税収増をもたらした…(そして)「一帯一路」は国連総会や安保理の決議にも加えられ、国際的に認められている」(CRI 18.8.28)、「中国から欧州に通じる列車も、18年上半期だけで59%増の4,475便に達し、延べ数は9,000便以上になっている」と報告されている。(同 18.8.24)。

 この構想には米欧日中心に批判や否定的意見が多い。「実現可能性が低い」「沿線国を債務奴隷にするものだ」等々だ。事実、財政上の理由から計画を取りやめたり、縮小したりする国も出ている(マレーシア、ミャンマー、スリランカなど)。空前の大構想であり、「百年の計」とも言われる大事業だから数多くの紆余曲折があるのは当然だが、この大構想の意義や価値を貶めるものではない。

 王義桅(中国人民大学教授)の解説(『「一帯一路」詳説』(日本僑報社 17.12)によれば「一帯一路」は政策の意思疎通、インフラの接続、貿易の円滑化、資金の融通、民心の交流の「5通」によって、古代シルクロードの現代化、中国化、大衆化をはかるものであり、中華民族の偉大な復興という「中国の夢」と人類運命共同体という「世界の夢」をつなぐものだ。

(3)「一帯一路」の文明史的意義
 それはさらに、①「中国文明の転換」という歴史的任務を担っており、沿海部対内陸部、都市対農村、海洋対陸地の間の分断、格差、支配と従属の関係を変革し、リバランスを図ること。②ユーラシア大陸を、人類文明の中心に回帰させること。③人類文明を革新し、西洋対東洋、先進国対途上国の分断、格差、支配と被支配の関係を変革し、グローバルリバランスの実現をめざすものである。

 また英国の中国研究者トム・ミラーも「一帯一路」の歴史的意義について次のように書いている。「国家としての中国は、最初に統一されてから2000年後になっても、まだ無傷で残り、ライバルはなかった…中国はまぎれもなくアジアを率いる大国で、陸と海にまたがる広大な地域を支配し、文化的にも影響力をもたらした。つまり、中国はかつて世界が見たことのないスケールの文明を築いていた…しかしそれからほんの数十年間に…中国の地位が崩壊していく(そのきっかけがアヘン戦争だった)」「この<国家的屈辱の世紀>を頭に入れておかないと、習近平主席の<チャイナ・ドリーム>への共鳴を理解することは不可能だろう…(そしていまや)時間をかけて地盤を築いた中国は、ついに現代世界の大国としての地位をつかみ取る決意を固めた(のだ)」(『中国の「一帯一路」構想の真相』原書房 18.5)

◆◇ むすび

 中国の世界史的な台頭は、米欧先進国に対し、米国の世界覇権の崩壊だけでなく200年余にわたる西洋文明、文化の世界支配(それは戦争と略奪、支配と搾取の血塗られた歴史でもある)が衰退し、終焉するかもしれないという危機感を掻き立てている。その意味で、米中新冷戦は単なる貿易戦争ではない。政治、外交、軍事(サイバーや宇宙を含む)、科学技術、世界のリーダーシップをめぐるトータルな「力くらべ(戦争なき覇権戦争)」が最終局面を迎えつつあることを示している。それは同時に、西洋対東洋(非米欧)、先進国対新興国・途上国の「力比べ」の最終局面でもあり、「米国一極支配」後の新しい世界―多極共存型世界(新しい世界秩序・戦争のない世界)への陣痛の苦しみでもある。この痛みはトランプ・米国が、中国の台頭はいかなる力を以てしても抑えがたく、中国の言う「新型の大国間関係」を構築し、世界の平和、安定、繁栄のため、米中が協力して共に大国の責任を果たしていく以外にないことを、はっきり自覚する日まで続くだろう。それにはなお、複数のデケードを要するかもしれない。

 (アジアサイエンスパーク協会名誉会長)

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