認知症介護を巡る悲劇から何を学ぶか

【コラム】風と土のカルテ(28)

認知症介護を巡る悲劇から何を学ぶか

色平 哲郎


 認知症の介護を巡って、痛ましい事件が起きている。

 今年2月、埼玉県の小さな町で、83歳の夫が認知症の77歳の妻の首を刃物で刺して、殺害した。夫妻は20年前に東京から、その町に移り住んだ。数年前から妻は認知症を発症、夫も病気がちで入退院をくり返していた。福祉関係者が介護サービスの提供を何度かもちかけたが、夫は断ったという。

 入院を控えていた夫は、彫刻に使う小刀で妻を刺し、警察を呼ぶ。逮捕時に「介護に疲れて無理心中を図った」と話した後、夫は留置場から出ようとせず、食事も拒絶。水以外、口にしなかった。警察は衰弱した夫を病院に入院させたが、逮捕から15日後、妻のあとを追うように亡くなった。覚悟の自死だったのだろうか。

 2006年には京都市伏見区で、認知症の母親(当時86歳)を54歳の長男が殺害する事件が起きた。長男は、自らの首を刃物で刺して自死を図ったが、助かった。長男は母親の介護のために会社を辞めて収入が途絶え、アパートの家賃も払えなくなっていた。

 長男が「もう生きられへん。ここで終わりや」と言うと、「あかんか。一緒やで」と母。京都地裁で犯行直前の状況や、やりとりが明らかにされる。裁判官は、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑・懲役3年)を言い渡し、「裁かれているのは日本の介護制度や行政だ」と温情を示した。長男は「母の分まで一生懸命生きたい」と語った。

 が、それから8年後、生活に困窮した長男は自分と母親の「へその緒」を鞄に入れたまま、琵琶湖大橋から飛び降り、自死したという。

 二つの悲劇を思うにつけ、もっと「外」から手を差し伸べる方法はなかったのか、と悔やまれてならない。超高齢社会における認知症の介護問題は、もはや家庭単位では解決できなくなっている。介護をする側が病気だったり、精神的負担から「うつ」状態に陥っていたりすると、苦しみが内へ内へと沈殿する。外からのアプローチが欠かせない。

 最近、認知症ケアの手法として、フランス生まれの「ユマニチュード」が注目されている。「優しさを伝える技術」とも言われ、攻撃的で介護が難しかった人にも有効だという。認知症の人と「目と目の高さ」を合わせて、視線を外さず、やさしく話しかけ、体に触れる。そうすることで状況が著しく改善されたケースもあるらしい。

 日本人のメンタリティにあうのかどうか未知数の部分もあろうが、認知症介護の基本は、つくづくコミュニケーションなのだと思う。

 (筆者は長野県・佐久総合病院・医師)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル(2016年4月27日)から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201604/546679.html


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