農業は死の床か。再生の時か。50

■農業は死の床か。再生の時か。      濱田 幸生

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  まず、農村の現実から見て頂きましょう。
いったん捨てられた農地には、セイタカアワダチソウが生い茂り、やがて桑の
木が、そしてシノダケが生い茂り、人はもとより小動物ですら生きることので
きない荒廃した土地になっていきます。わずか1年の夏が経過しただけで、雑
草は深く根を張り、草木は灌木にと変わり、イラクサが繁茂し、立ち入ること
すら難しい土地になっていきます。


◇■ 耕作が継続できないわけ


  このような光景は今、私たちの村では決して希ではありません。いや、私たち
の村を今や刻々と冒している病魔のようです。因果は複数ありますが、最も大き
な原因は、農家の平均年齢が上限に達して、もはや働くことができなくなったこ
とです。齢60を超え、継ぐ若者とていません。街の勤め人ならば退職金をも
らい、悠々自適の暮らしの年齢で、いまだ食べるために重労働をせねばならな
い。これでどうして耕作が継続できるのでしょうか。できたら不思議ではない
ですか。


◇■たった一夏で立ち入ることも困難になる。そして2年で原野に還える


  結果、先祖伝来の農地での農耕が継続できず、かといって農地の流動性がゼロ
に等しい現在、これを買う者とてなく、一枚、また一枚と捨てられていっていま
す。
  いったん捨てられればこれを再生することは、言葉の正しい意味での「開墾」
の領域になります。ロータリーはおろか、大型プラウ(鋤)でも歯が立たず、モ
アという大型カッターで地上部を粉砕した後に、ようやく大型ロータリーが入
れられるのです。通常の農家のトラクターなどではまったく歯が立ちません。
2年で原野に戻ります。


◇■5年後の2013年には、わが市の最大の年齢グループは、70歳を超え
耕作放棄地は1000ヘクタールの大台を突破する


  行方市は60歳前後がもっとも多く、全国平均より70~80歳代が多い反
面、20代~40代が少ないのです。これは3年前ですので、今はこの最も多
い高年齢層が60歳代中盤に行きつつあると思われます。これはわが市が、い
わゆる限界集落化しつつあることを示しています。
  1985年には100ヘクタールを切っていたものが、2000年には実に
その6倍に達しています。またその増加率も近年急激な伸びを示しており、9
5年から2000年の5年間で一挙に200ヘクタールが耕作不能に陥ってい
ます。
2008年現在、この増加率が止まらないのなら、800~900ヘクタールが
放棄されていると推定できます。
  すなわち、5年後の2013年には、わが市の人口分布における最大の年齢グ
ループは、70歳を超え、耕作放棄地は1000ヘクタールの大台を軽く突破し
ていると思われます。


◇■5年前には里山の崩壊を憂慮すればよかった


  しかし今は、自分の住む村内の生態系の崩壊すら揺らいでいる。
  今や私たちは、わずか5年前には、里山の荒廃に対してのみ憂慮していればよ
かったことを、懐かしくすら感じます。数年の間に、里山の荒廃は、農村の中に
奔流のように流れ出しました。田や畑があたかも癌細胞のように急激に農村を蝕
んでいます。
  この流れを止めることができないのならば、たぶん5年以内に、里山の崩壊と
呼応するように農村内部の生態系が崩壊を開始します。それは、里山-農村-河
川-湖沼が一体となって成立していた日本型エコシステムが再生不能の事態に立
ち至ることを意味します。


◇■農村点描・農が瓦解する日常風景


  農家にとっての環境問題とは、環境問題一般として平板にあるわけではありま
せん。毎日の農村の日常の裏でゆっくりと進行し、気がつけば取り返しのつかな
いことになっている。皆全体像がわからないので、危機感があるような、ないよ
うな一方、なんとも言えないような沈没していく感覚が支配している、これが今
の農村の実感ではないでしょうか。
  たとえば、こんなことが今の農村の現実です。やや長くなりますが、点描しま
しょう。
  自分の裏山が荒れて竹林が暴れている、もう手がつけられない、先代が植えた
ヒノキ林に手が入っていないので去年の台風でバタバタと倒れて村道を塞いでし
まった。撤去にユニック(レッカー車)を呼んで、えらい物入りだった。
  去年の春にキノコを採りに行ったおばぁが行方不明になった、消防団が4日も
探してようやく遺体を発見した。通夜で、あんな荒れた裏山に行く方が悪いとこ
ぼす者もいる。その男も4日も仕事を放り出して探した奴だった。「けどよ、息子
も嫁も採らなくなった柿や、ユズをひとりで採っては、干し柿にしたりして近所
に配っていたのはあのおばぁだぞ」と弁護する者も捜索4日組のひとりだった。
あるいは、放棄された谷津田が、いつの間にか街から来るゴミ業者によって、電
気製品の捨て場になってしまった。撤去しようにも70のじじぃではどうにもなら
ない、業者は狙ってきているようだ。あの地区の誰それはこっそりと医療廃棄物
を自分の畑に埋めて大儲けしたってさ。

はたまた、新宅のジジイの畑や田んぼがボサになった、ガマの穂がふいて、隣
に飛ぶ。隣地のオヤジは怒りくるっている。いったい来年はやる気があるのか、
迷惑千万やめるならやめろ、区長が間に入って、あそこも若い者がいねぇんだか
ら勘弁してやれと説得したが、うちも親戚に頼んで耕作してもらってるんだ、勝
手なことを言うな、といまだもめ続けている。互いに60を過ぎたじじい同士の争
いだ。
  コザ払い(共有の道の草刈り)に出てくる者が減った、消防団の第○分団がそろそ
ろ危ないようだ、リーダーの誰それが農業やめて鹿島に行くって、当人は消防団
だけはやるって言ってるけど、火事が出ての非常呼集には来られねぇだろう・・・。


◇■環境問題は農民にとって抽象的なことではない


  長々とわが村の「恥」を書きました。こんな瑣末で日常的な悲喜劇の背景に進
行する巨大ななだれ現象は、街に住む皆さんに抽象的に「農の崩壊」などと百回
言っても理解されないと思ったからです。お分かりいただけたでしょうか、これ
こそが私たち農家の「環境問題」なのです。
  農民は、CO2マイレージがどうしたの、地球温暖化がどうしたのという理念的
な問題で、自分の生き方や生産方法を変えません。そのような分かった口をきく
のは、村のごく一部のインテリか行政関係者だけです。
  しかし一方、地球温暖化に最も敏感で身に沁みている存在なのが、去年の40度
を超える熱波に叩かれて打ちのめされた農民であるのは確かです。「環境」、それ
は私たちにとって研究対象でもなければ、もはや理念ですらありません。現実の
生活と生産の基盤の崩壊と正面対決をせざるを得ない切実なことなはずではなか
ったのかと思います。「環境問題」そのものの中に住んで生きているのが私たち農
業に生きる者の、ある意味「宿命」のようなものなのです。


◇■ 日本農業はまるで多臓器不全 悪い連鎖にはまっている


  先の農村点描で見たように農の崩壊現象は、いわば多臓器障害のようにどこが
どこともいえない全身的な病と化しています。土壌の崩壊、農資材の極端な高騰、
後継者の極小化と高齢化、結果としての農業労働力の払底、里山の荒廃、放棄地
の急増・・・エトセトラ、このような状況を前に農民にだけ解決の責任を求める
べきなのでしょうか?いや、誤解を恐れずに言えば、もはや日本農民は解決能力を
急速に失いつつあるのは確かです。
  この患者の枕頭で、ある者は新しい農資材や農法を唱え、農水省は集約化を指
導し、一方野党は直接支払いなどの財政出動を叫んでいます。医者たちは、互い
に胸ぐらを?んで、自分の治療方法のほうが効くと言います。しかし、これらは
すべて正しく、またある意味、すべて誤っていると私たちは考えます。なぜなら、
これらは日本農業が死の床にある時に、病人の枕元で投薬の種類を争っているに
すぎないからです。多臓器不全の患者に即効薬を注射して、自分の保険点数を稼
いでもどうにもならないではないですか。
  農業は政争の具ではありません。


◇■まずは、負の連鎖を絶つこと


  日本農業に必要なことは、バランスの崩れた身体を回復することです。そのた
めにまずは、病の症状を止めます。ここで負の連鎖を断ち切る努力をして、農民
の中に自己解決能力が未だ生きていることを示さねばなりません。病人が治る気
があるという発信をせねば、世間の誰も振り向いてくれないでしょう。これがこ
の申請書の中心です。ここでくい止めようと努力せねば、誰が農家を助けてくれ
ると言うのでしょうか。


◇■農業経営とリンクした環境再生を


  さて、この申請事業は今まさに病の吹き出している病状に直接に対処すること
です。この申請事業を私たちは、この土地に生き、農生産を続ける、いや、続け
ざるを得ない農業生産者の立場で行いたいと思います。そのような流れの中で耕
作放棄地を考えていきたいと思います。
  農業者は、環境問題や農の崩壊現象に対して、徹頭徹尾、農業者の立場に足を
つけた発想を対置していかねばなりません。そのために、農家の中に環境再生を
することの経営意欲をかきたてる必要があります。簡単にいえば、理念一般では
なく、環境再生事業をすることで農家の「腹の足し」にせねばなりません。農家
が、リアルな経営的な動機で動くこと、この経済的な要素がないと、農村の中で
は何事も始らないのです。
しかしなぜ、と問われるかもしれません。
  「なぜ、農家の私的な経済のために支援せねばならないのか?」と。
このリアリズムがわからなければ、農業とそれにまつわる環境の本質はわからな
いでしょう。簡単にお答えしましょう。それは、農業こそが、日本の環境の護り
手だったからです。


◇■日本の自然を作ったのは農業だ


  かつて米を作るために植林をした先達の上に今、私たちは生きています。米を
作るためにかつての農民は百年かけました。米を作るために不可欠な水を得るた
めに、一本一本植林をし、毎年その手入れをしました。腰が折れ曲がるような労
働が三代あって、ようやく米を作ることが出来ました。
  それを今、わが日本農民はわずか1年、2年の間という極端に短いスパンで潰
していっています。しかし、農地を放棄する老人たちを責めることは誰にもでき
ません。責められるべきは猫の目のように変わる農政であり、魅力ある農業を作
れなかった私たち農家自身にもあるのですから。


◇■耕作放棄地に手を入れることで、 農業収入を生みたい
  収益がなければ農家は取り組まない


  耕作放棄地に手を入れること、言い換えれば、里山や農地の環境保全をするこ
とで、なにがしかの収益が上がる構造を、今、ただちに作らねばすべては遅きに
失するでしょう。荒廃の速度が、新たな経済構造を生むより速く進行してしまう
からです。
  今回の申請において、「農家が耕作放棄地に経営的に取り組めるか」という視点
を重視したのはそのためです。耕作放棄地を再生する主役は、都市住民ではあり
ません。環境NPOでもない。農民そのものです。農民が、耕作放棄地を「腹の
足しにする」ことが真の解決につながる細い道なのです。


◇■調査の重要性


  今回、あえて調査という視点を入れました。これには理由があります。今まで、
私たち現地に住む農業者は、なまじ現場で苦闘しているがために、身近な主観的
現実や思いに引きずられてしまう傾向がありました。いわば樹を見て森を見ない
ような傾向です。
  そこで、今回は耕作放棄地調査に、生物資源経済学専攻の研究者にも加わって
いただき、できうるかぎりの資料の収集、分析を行い、現地の踏査、村落、農家
の聞き取りを実施し、耕作放棄地の実態を掌握したいと思います。


◇■行政との協働


  また、再生実験実施にあたっては、県家畜保健衛生所、鹿行家畜試験場、農業
改良普及所など可能な限り県行政にも支援態勢を要請し、新たな農-学-行の協
働を試みます。
  農業は孤立したら負けます。里山-耕作放棄地の甦りをめざす農-学-行-消
の環を作りたいと思います。このような大きな再生へのうねりを、有機農業推進
法の中でさらなる「地域甦り」のプランとして手渡していきたいと思っています。
以上の構想に基づき、本事業実験を申請致します。
          (筆者は茨城県有機農業推進フオーラム代表)

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