辺野古外しで選挙戦勝利を目論む

【沖縄の地鳴り】

「和解」は決着に非ず〜辺野古外しで選挙戦勝利を目論む

大山 哲


 安倍首相は3月4日昼、突如「辺野古の工事を中断し、代執行訴訟を取り下げる」と、福岡高裁那覇支部の和解勧告を受け入れ、県と合意したことを発表した。たまたまテレビのテロップで見た瞬間は「何が起ったのか」と判断しかねて、正直驚いた。このニュースは、またたく間に、沖縄だけでなく、全国に衝撃波として広がり、テレビは街の声を拾い、地元沖縄の新聞は、あわただしく号外を出した。翌日の新聞朝刊は、全国紙や地方紙が、こぞって1面トップ、社説、特集、解説などで取り上げ、久しぶりのビック・ニュース扱いで、反響の大きさをうかがわせた。

 辺野古工事中断の報をキャンプ・シュワブ前の闘争小屋で聞いていた抗議団から、どっと「勝った」の歓声があがり、安堵の表情が広がった。昨年夏の一カ月間の国と県の協議期間中、工事が中断した以外は、新基地工事は強行された。一年有余も連日、工事車両などの基地内出入りを阻止しようと警察機動隊に強制排除されてきた辺野古NOの行動にとって、工事中断の意味は、図り知れず大きい。なぜなら建設工事は、ほぼボーリング調査を終え、本格的な埋め立て工事に移行する段階に入っていたからだ。

 海面の埋め立てが進めば、貴重な生物多様性、豊富なサンゴ群や魚群などが生息する、世界でも評価の高い大浦湾の自然環境が破壊され、一度失われたものは、二度と元には戻らない。瀬戸際での工事中止だったのである。

 喜びも束の間、安倍首相が和解とは無縁の「辺野古が唯一の選択肢」をわざわざ持ち出し、工事は遅れても新基地建設の方針に変わりはない意図を露(あらわ)にしたことで、様相は一変した。巷では「国が譲歩(和解)したのには、何か意図があるのでは」との疑念や憶測が飛び交った。日ましに安倍政権への不信感や警戒心は根強く募っている。和解から一夜明けた3月5日、工事車両や警備陣が姿を消したにも拘わらず、キャンプ・シュワブゲート前には、いつも通り100人ほどの抗議団が現われ、集会を開いた。稲嶺名護市長の「今後も気を緩めず行動していこう」との決意表明に、辺野古NOの民意が象徴されていると思えた。

 では、安倍首相が和解に合意した所以や真意は一体何だろうか。たぶん、第一には、根強い「地方は国に従え」の発想が、この訴訟で誤算を招いたことである。「国と地方は対等・協力の関係である」と規定した地方自治法(1999年改正)の趣旨を無視して、いきなり強権を発動して、代執行訴訟の挙に出たことである。その時点では「裁判では100パーセント国が勝つ」と豪語する政府高官が居たのだ。県が国の代執行の不当性を主張したのを受け、高裁は和解勧告文の中で、国に「敗訴のリスク」を警告した。2月15日の第4回口頭弁論で、翁長知事は、工事の中断を前提に「行政の長として司法判断に従う」と、和解案の受け入れを表明。難色を示していた国側にプレッシャーをかけ、受諾に追い込んだ。当面の“訴訟合戦”は、県側の勝ちとの評価がなされる。

 ところが事はそう簡単にはおさまらない。安倍首相には譲歩を演出しつつ、真の狙いは別にあり、権謀術数で国の方針を貫徹することを考えているというのだ。目前に迫った県議選や参院選まで訴訟合戦を引きずっていると不利になると判断し、和解による辺野古外しで選挙戦を勝利することを至上命令とする。あるいは、圧倒的多数の自民党を基盤に「国は和解したのに、県はいつまで基地反対一辺倒なのか」と、暗に国民に同調を求める意図さえ見え隠れする。

 そのことは、辺野古先延ばしのリスクを負いつつも、時間を稼ぐ中で、翁長知事の屋台骨に揺さぶりをかけ、県政と支持勢力の分断を図る戦法に出ていることも想像に難くない。

 なお、和解合意には「国と県は、円満解決に向け協議する」ことも明記されている。どのような協議になるか予断を許さないが、双方の基本的主張に妥協点を見出すのは、極めて困難である。和解会見で、わざわざ「辺野古が唯一の選択肢」を強調して見せた。強力な国権に対し、翁長知事は、せいいっぱい「絶対に基地はつくらせない」と反論した。基本的には、これまでと何も変わっていない構図である。

 局面打開のため、高裁が和解勧告で国、県に求めたのは、結局、乱雑な訴訟合戦はせず、法手続きを一本化して、裁判の仕切り直しをさせようということである。

 再び振り出しから出直し裁判になるが、最終的に代執行訴訟に持ち込まれれば、国、県ともに「司法の判断に従う」ことを確約した。早くも国サイドからは「最高裁で国が負けることは絶対にない」と自信のほどがもれ聞こえる。そのことを翁長知事は見越して、絶えず「あらゆる手段を講じて阻止する」と決意を述べている。

 基地問題は、極めて政治の課題で、安全保障は全国に及ぶテーマである。司法判断を超えた県内、国内、国際の世論の動向が大きく左右する。翁長知事の言う「あらゆる手段」は、そこに活路を見い出しての展望と理解したい。

 政府は判で押したように、辺野古建設の理由として「基地の負担軽減」を宣伝する。その一方で「海兵隊の抑止力と地理的優位性」を主張するが、新基地は負担軽減どころか、軍事機能の拡充・強化であり、大きな矛盾があることは明らかだ。

 このところ、北朝鮮のミサイル発射を受けた島しょ防衛、中国の軍事増強による尖閣の脅威にどう対抗するか、この手段として「抑止力論と地理的優位性論」が勢いを得ている。「沖縄は国家防衛の先端を担ってほしい」との極端な論さえ耳に入る。

 国際間の平和外交や経済、文化交流を志向する発想や努力を欠いた、軍事偏重の対米従属安保論は、極めて危険性を伴う。日本政府は、米軍施政時代と変わりなく、沖縄を「軍事の要塞」「戦略拠点」と位置付けるつもりなのか問いたい。もしそうなら、これは「沖縄基地は絶対に手放さない」と、アメリカの中にはびこる占領者、植民地意識に日本が連動し、加担することに他ならないからだ。

 沖縄が再び「軍事の要塞」になることなど、まっぴら御免である。

 (元沖縄タイムス編集局長)


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