■【北から南から】

深センから 『迷いハト顛末記@深セン』  佐藤 美和子

───────────────────────────────────

  クリスマス数日前の夜、我が家のベランダでの出来事です。
  なんとなく気配を感じて辺りを見渡すと、ベランダの隅っこにハトが一羽、蹲
っているではありませんか!

 よくよく観察してみると、羽に問題がある様子です。普通に座っている時は、
羽は綺麗に格納されているので折れてはいないようですが、私が近づきすぎると
ジタバタして羽を広げるものの、体が左右にぐらついて飛べません。

 それにしても、よく30階もの高層の我が家に来られたものです。でもウッカリ
中国人の家に行ったら、問答無用で食べられちゃうかも(笑)。ウチにしておいて
良かったね~と声をかけつつ、とりあえずお水とパンくずを置いておきました。

 そこへ出張中の相方から電話があったのでハトのことを話すと、ハトはパンな
んて食べない、米粒となにか豆類をやれと言います。「煮豆じゃなくて、乾物の
豆だ」って、私がハトに煮豆をやるようなお馬鹿だと思っているのかしら。けれ
ど、日本じゃ公園でハトやスズメの小鳥に撒くエサったら、普通パンくずですよ
ねぇ。
 
  とにかく教えられたとおりに生米と、ちょうど家にあった緑豆を追加してみる
と、1時間後にベランダでカツカツ音がしだしました。カーテンの隙間から覗く
と、お豆をついばんでいます! そういやハトって、豆鉄砲食らうんでしたっけ。
あと、マメが欲しいかそらやるぞ~♪ってのもありましたよね。へーえ、あの童
謡って本当だったんだ、と妙なところで感心しちゃいました。
 
  さらに夜中は寒いかもと思い、家にあったひよこ饅頭の空き箱に古新聞とボロ
キレを敷いた巣をご提供。これは、あんまりお気に召さなかったようでしたが。
そして翌日には飛んでっているだろうと思ってゆっくり寝ていると、相方からの
携帯メールで起こされました。「お早う御座います ハトさんまたうちのベラン
ダところで居るか」ですって。
 
  仕方なく起きてベランダに見に行くと、ありゃりゃ、まだいます。ハトの写真
を撮って携帯メールで送ると、出張に同行している広東人の部下にも見せたそう
で、「李君にも写真を見せた。そしたら、『エサだの巣だのとそんなに親切にし
てやったら、ハトはきっともう出て行かないよ。だったらそのまましばらく飼い
続けて、春節(今年は1/23)になったらハト料理のご馳走にして食べるとい
い』って言ってる……」
  ・・・・・さすが広東人です。この人、ウチの飼い犬のことも、小型犬だから
食べではなさそうだが、後ろ足の腿のあたりは身がしっかり付いてて旨そうだと
言った人ですからねぇ(笑)。
 
  その日はまた相方の指示で、予定になかった買い物へ行く羽目になりました。
「ハトさんの主食はトウモロコシだから、『玉米豆(乾燥させたトウモロコシ粒)
』を買ってきてやれ」というのです。足にナンバリングされた輪っかがはめてあ
るから、おそらく伝書鳩として飼われているのだろう、だとしたら帰巣本能はう
ちの犬なんか目じゃないほど強いものだ。トウモロコシを食べれば体力が付くか
ら、元気になったらサッサと出て行くだろう、とのこと。へーえ、そんなもので
すかねぇ。
 
  あいにくウチのマンションのスーパーには玉米豆はなかったので、『玉米砕』
という細かめに粉砕されたものと、ハト繋がりで食べるかな?と、シャレで買っ
てきたハト麦をやってみました。トウモロコシのほうは、やはり粒状じゃないの
が拙かったようであまり食べませんでしたが、ハト麦はお気に召したようでした。
そういえば前日も、緑豆ばかり選って食べていたような。やっぱりハトって、お
豆が好きなんですねぇ。
 
  3日目は、この冬一番の冷え込みでした。夜になってもビュービュー吹きさら
しの中で佇んでいるのがどうにも気になり、使い捨てのビニール手袋をはめて問
答無用でハトを捕まえ、新たに用意したダンボールハウスの中に突っ込んでやり
ました。ただ普通に突っ込んだだけではすぐ出てきちゃうので、顔がでるくらい
の隙間を残し、蓋をかるく押さえておきました。中にはちぎった古新聞とボロキ
レが敷いてあるし、かるくでも蓋がしてあれば、風が防げてちっとは暖かいだろ
うと思ったのです。野良ハトなら暑さ寒さにも慣れているでしょうが、人が飼っ
ている伝書ハトなら普段、暖かい鳩舎で寝ているはずですしね。
 
  それでも一応は、どうしてもダンボールハウスがイヤな場合、隙間からぐいっ
と蓋を押しのけて出られるようにはしておいてやったのです。でもそれがよほど
気に入らなかったらしく(結局翌朝に脱出するまで、一晩ずっとヌクヌク箱の中
にいたくせに)、私を警戒するようになっちゃいました。ちぇっ、恩知らずめ。

 そして、4日目のこと。いつの間にか羽の不具合は治っていたようで、飛んで
いってしまいました。朝8時前、朝ごはんセット(緑豆・ハト麦・お米・とうも
ろこし粉)を食べさせたあと、なにやらゴソゴソ音がするので窓越しに様子を見
にいくと、私の目の前までヒョコヒョコ歩いてきました。これまでずっと、ベラ
ンダの向こう半分からこっちにはやって来なかったのに、です。
 
  あら、私のこと警戒してたんじゃないの?と不思議に思っていると、こちらの
様子を伺いながら私の目の前でぐるりと小さく一周歩いてみせ、ひょいっとベラ
ンダの柵に飛び乗り、さらに柵の上をちょこちょこ行ったりきたりしたあと、お
もむろにさーっと飛んで行きました。
  あれって、やっぱりお別れの挨拶だったんだろうなぁ……。
 
  しばらくは、やっぱり急にはたくさん飛べない~と泣き言をいって戻ってくる
かと様子をみていましたが、1時間経っても帰ってこなかったので、急いで巣箱
代わりのダンボールや敷き詰めてあった新聞紙なんかを撤去しちゃいました。あ
んまり居心地良くしすぎて、居つかれたら困りますからね。それにそろそろ、洗
濯物だって干したい(笑)! でもちょっとは心配だったので、エサを入れたカッ
プだけ残しておいてやりました。
 
  その日は用事があったので外出し、夕方に家に戻ると……なんで、私よりハト
のほうが先に帰宅しているんでしょう? もしや、ウチを無料のレストランだと
思っている? それに朝のアレも、お別れの挨拶だと思ったのは錯覚だったよう
です。ちょっと感動していたのに……。
 
  結局、飛び立ったと思った日から数日間、朝にはうちのベランダにやってきて
お豆のご飯を食べ、夕方になるとどこかねぐらにしているところに飛んでいくと
いう生活サイクルになったため、エサの量を徐々に減らしていくことにしました。
少しずつ居心地悪くして、本宅への帰宅を促そうというわけです。

 ところがエサを減らすと、私のそばへ何度もクルックー!量が足りーん!と、
オカワリの催促にやってくるように……。 そして一旦飛び立ってから3日目、
いくら催促しても私がオカワリを出してこないことに業を煮やしたのでしょう、
わざわざハトのために角に寄せて、遠慮がちに干していた洗濯物に飛びつくとい
う狼藉を働いたため、とうとうホウキで追い立てて、強制退去させることにしま
した。
 
  ねぐらを用意してやったり、いろんな種類のエサを豊富に与えて親切だった私
の豹変ぶりがよほど怖かったのか、それ以来、姿をまったく見せません。あのま
ま居つかれれば、洗濯物が干せないしベランダもフンで汚すしで困るのですが、
居なくなったら居なくなったで、ちょっぴり心寂しい年末になっちゃいました。
 
  そして後日。我が家の迷いハトのハナシを聞きつけた友人(広東在住北京人)
が、同じく広東に移住している親類が今もハトを10羽ほど飼っているのでぜひ
そのハトを譲って欲しい、と言ってきました。
  いやいや、足に輪っかが嵌めてある人様の飼いハトだから、私が勝手に第三者
に譲ることはできないし、第一もう怪我も治ったようだったので追っ払いました
というと、ひどくガッカリされちゃいました。

 なんでも中国では、昔から北方人にはハトを含む鳥、もしくはコオロギなど昆
虫の飼育という習慣があるのだそうです。けれど広東人にはそういう生物の飼育
趣味はまったくなくて、ハトといえば単純に食材なんですって。相方の勤務先の
広東人と、北京人である私の友人のハトに対する反応の差、ずいぶん違っていて
面白かったです(笑)。
 
  ちなみに、ハトのことを色々ネットで調べていて知ったのですが、日本ではこ
ういう足に輪っかを嵌めた迷い鳩(レース鳩)がいれば、レース鳩協会に連絡す
ればいいのだそうです。もし近くに協会があれば引き取りに来てくれるし、遠け
れば日通がハト輸送サービスをしているとか。日通に連絡すれば、ハト用の空気
穴があいたダンボール箱を持って来てくれるので、それに入れて協会や飼い主に
送れるようです。なるほど~、飛脚にとって伝書鳩は商売敵、黒ネコとは捕食関
係、でもペリカンなら同じ鳥仲間のよしみってことなんでしょうか(笑)。

          (筆者は在中国・深セン・日本語講師)

                                                    目次へ