途上国と先進国間の経済的格差縮小傾向が足踏み

海外論調短評(85)

途上国と先進国間の経済的格差縮小傾向が足踏み
—戻ってきた逆風—

                                初岡 昌一郎


 ロンドンの『エコノミスト』9月13日号は、同誌の目玉的な常設解説欄「ブリーフィング」で、先進国と開発途上国の経済格差縮小傾向に逆風が吹き始めたことを取り上げている。この論文は、グローバル化が先進・後発世界間経済レベルの収斂を促進しているとみる、これまでの楽観的な予測に疑問を呈している。長文の解説記事を要点のみ紹介する。

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開発途上国の急追は歴史的トレンドではなく異常な時期
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 中国南部の珠江デルタを旅行すると成長格差を目の当たりに観る。河口の香港では生活水準がほとんどの西欧富裕国の水準を凌駕している。さらに北上すると、シンセンのコンテナ港周囲に新しい高層ビルが林立している。その背後に住宅や工場が広がっている。シンセンは驚異的なスピードで発展を遂げ、その生活水準は香港の半分、南・東欧並に達している。

 その東南に位置する広東省都、広州市の水準は香港の4分の1で、アルジェリアやコスタリカ並である。珠江上流の西端にある江西省と雲南省にはまだ開発の恩恵に浴しておらず、平均所得は香港の10分の1で、アンゴラやコンゴ共和国と比較できる。

 これまでの15年年間、発展地域から後背地へ広がる富の流れは前代未聞の速度であった。2000年から2009年の間、発展途上地域の平均年間成長率は7.6%で、先進富裕国の成長率よりも4.5%も高かった。この結果、先進世界と後進世界のギャップは急速に縮まりつつあった。

 爆発的な成長が窮乏を大幅に削減し、途上国人口中、一日平均1.25ドル以下で暮らす貧困層を2000年の30%から10%に引き下げた。開発途上世界が先進国に対し4.5%の成長格差を維持できれば、一人当たり平均所得は30年余りでアメリカ並みになるはずであった。

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薄らぐグローバル格差縮小の期待
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 世界銀行が4月に公表したデータによると、収斂傾向は大幅にスローダウンしている。2008年以後、発展途上世界の成長率が落ち込み、先進諸国並みに近づいている。購買力平価で測定した開発途上国の一人当たり平均GDPは、2013年のアメリカに比較して2.6%伸びているだけである。中国を除けば、1.1%にすぎない。このペースで行けば、途上国の一人当たり所得が先進国並みに収斂するのに、この先115年かかる。

 最近のIMF2015年度成長予測では、見通しがさらに暗くなっている。中国を除くと、途上世界と先進国の成長率の差が今年は僅か0.39%となる。この調子では完全な収斂に300年以上かかり、当分は今日の格差が持続する。15年前に生まれた期待は剥げ落ちた。

 1990年代後半以前をみると、富裕国よりも経済発展の度合いが速い貧困国は少なく、持続的に速い国はさらに稀であった。1945年から1990年代中ごろまでのいかなる時期をとってみても、先進国よりも成長率が高い開発途上国は全体の3分の1以下であった。

 一部アジア諸国の経済は例外で、20世紀初頭、既に工業化していた日本は世界第2位の経済大国に成長した。韓国、台湾やシンガポールと香港の都市国家も富裕国入りした。

 しかし、1960年代と70年代に有望と思われたアフリカとアラブ諸国における成長は先細りした。ラテンアメリカでは、バブルの熱狂が再三の危機で中断、成長・後退が繰り返された。

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開発理論の変遷と無力さ
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 初期の開発理論は、不足する資金と技術を注入すれば途上国が発展すると考えていた。その失敗後の新モデルは、人的資源開発や、統治などの制度整備をカギとみなしている。

 エコノミストの中には、経済中心地から遠隔性や気候条件不良を「宿命的」低成長の説明材料とするものもいた。熱帯地方では、西欧植民地パワーが天然資源の搾取を主眼とし、現地住民の利益と権利を副次的とする制度を構築した。この制度が独立後も引き継がれ、過去の抑圧的統治という遺産が持続している。

 こうした議論を続けていたエコノミストの足元から、開発途上国は1990年代末より急成長を開始した。この最大の要因は製造業大国としての中国の勃興であったが、それだけではなかった。

 財政金融危機が先進諸国の成長をスローダウンさせる以前の2006年には、中国を除外しても、開発途上経済は5%以上のキャッチアップ率を既に達成していた。この成果は均等に及んでいたのではなく、東アジアと東欧が著しい速度でギャップを縮めていた。ただ東欧諸国の場合には、ソ連崩壊後の経済縮小傾向が逆転したに過ぎなかった。

 1998年当時、ポーランドの一人当たりGDPはアメリカの28%、中国は7%であったが、2013年にはそれぞれ44%と22%へと上昇した。他の諸国は、それほど目覚ましいものではなかった。ブラジルの一人当たりGDPは、1998年に既にアメリカの25%であったが、その後の15年間に3%伸びたに過ぎなかった。

 その間、貧困国の成長によるキャッチアップはさらに慎ましいものであった。エチオピアはアメリカの1.3%から2.5%になったが、ベネズエラとジンバブエは逆に低下した。

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開発理論や開発政策よりも中国の牽引力が原動力
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 統治の質と市場改革の導入が一部諸国で成長の功績とされているが、そのパターンは追い風があって初めて効果を上げた。2000年代には利子率が低く、金融緩和で資金が自由に流入した。もう一つの利点は、天然資源の高価格であった。

 それと無関係ではないが、最大のプッシュ要因はグローバルな貿易であった。1980年から1993年までの世界貿易は平均年4.87%伸び、世界的経済成長率の3%を少し上回っていた。しかしながら、1994年から2007年の間に、貿易は世界経済成長率の2倍以上に拡大した。商品輸出がグローバルGDPの4分の1に達した。

 この成長の大部分は中国によるものである。中国貿易の急成長は単に自国にとってだけではなく、世界全体にとって極めて重要であった。そのような例は、19世紀におけるイギリスにもみられたが、この度は世界中で貿易が拡大した点で異なる。

 二つの主要因がその変化を牽引した。1995年の世界貿易機構(WTO)の設立および2001年の中国加盟につながる貿易自由化の進展と、技術革新が総合的な供給チェーンの拡張を可能にしたことである。

 これらが速いペースでのキャッチアップを可能にした。日本と韓国が底辺から工業的技術的能力を積み上げてきたのに対し、最近の躍進国は安価な労働力と、産品を工場から迅速に送り出すインフラ以上のものをほとんど必要としなかった。

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製造能力では解決できない諸問題の壁
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 収斂傾向がピークに達した2008年を境に、追い風が凪から逆風に代わり、富裕国をキャッチアップしていた発展途上国多数の成長が急速に落ち込んだ。中国の成長は2007年ピーク時の14%から現在の7%強に低落した。これが商品価格の国際的低下の引き金となった。

富裕国の中央銀行が経済への介入を減少させたので、このところの資金フローが不安定となった。躓いた世界貿易は2010年に回復したが、ここ数年の経済成長よりも歩調が遅れがちである。

 急速なキャッチアップは底が浅く、持続できないものであった。生産能力の安易な拡大はインフラや、デザインやマーケティング、流通など他の能力を伴っていなかった。中国や一部の新興国は急成長期を活用して、技術・経営能力を開発し、インフラに投資したが、そうしなかった国がすくなくない。

 製造業だけに依存した成長が問題と懸念を生んでいる。いかなる発展段階の国においても工業雇用の比率は低下する。今日の中所得国は、1960−80年代の中所得国よりも工業雇用の比率が低い。また、工業雇用のピーク時経済における所得レベルが当時の半分に落ち込んでいる。

 開発途上国の工業セクターが労働生産性を先進国レベルに到達させることは難題ではないとしても、製造能力拡大だけで先進国との距離を縮めることはできない。経済全体に占める製造業の割合が低レベルで頭打ちとなり、途上国は低水準の所得レベルでキャッチアップを足止めされそうだ。

 最低レベルの労働力コストにもかかわらず、インドでは労働集約型製造業が次第に落ち込んでいる。ごく最近までの収斂の波に取り残されてきた国々は、インフラが不備で、政府が腐敗しており、基礎的な治安が常に不在であった。

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再び困難な時代が到来
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 意欲を持つ国にとってさらなる発展の可能性はある。サービスの自由化がグローバリゼーションの新しい波を生むかもしれない。工業における雇用が世界的に重要性を低下させているので、開発が農村から都市のサービス業に労働力をますますシフトさせることになる。

しかし、サービス貿易は極めて制約されている。先進国クラブは1995年の合意を更新しようと交渉しているが、ほとんど進展がない。世界的な貿易規制の簡素化や、亜サハラ地域アフリカのような貧困国が世界貿易に参加するのを促進するインフラ投資が、交易上のバリアーを引き下げる可能性はある。

 このような措置が取られたとしても、今世紀初頭のような原料・産品ブームによるグローバリゼーションの過熱的推進力は生まれないだろう。このようなプッシュが無ければ、キャッチアップが長期かつ困難なことを歴史が示している。労働者の技能向上と制度の成熟は時間を要する。

 過去15年間、予測が楽観論に一変して大きな期待を生んでいた。大幅な格差収斂が当然の成り行きという、誤った幻想を人々に抱かせた。今や世界は、キャッチアップが容易でない現実をあらためて想起させられた。

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■ コメント ■
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 1990年代以降の世界経済の成長は、新興経済諸国(BRICs)を先頭とする開発途上諸国によって牽引されてきた。現下の世界経済の変調もこれら諸国のスローダウンを引き金としている。この変調は景気循環論などの現行経済理論では満足に説明できなくなっている。

 統治の質と民主主義の社会拡大、経済格差と社会的安定、環境の制約と市民意識の変化などのより広い観点から、今後の世界経済の動向が把握されるべきである。経済成長は必ずしも、世界的にみて社会の安定に寄与してこなかった。特に、所得格差が拡大し、政治と統治機構の腐敗が進行したところで、社会が不安定化している。ほとんどの新興経済諸国がこの難題に直面している。その解決は容易ではなく、さらなる成長によってこれを克服することは至難というよりも、不可能である。

 最近の激しい気候変動は、ますます多くの人々に環境の制約と経済成長の限界を意識させている。常に楽観的経済成長論を唱える傾向のあるエコノミストの間からも、低成長ないしゼロ成長論が出始めている。少なくとも、高度成長期待論が影をひそめた。

 経済が停滞すると、社会的不平等や格差がより強く意識され、社会的な緊張が高まる可能性がます。しかし、労働運動や民主主義的な政党が根本的な問題に正面から取り組み、長期的解決策を提示し、世論をリードする英知と勇気をもっているだろうか。それが欠如していれば、敵を外に求める狭いナショナリズムや幻想と甘言を振りまくポピュリズムに政治が屈服する危険が増す。

 経済成長に問題解決を託する安易な思考と決別し、大量な消費と無駄なサービスに依存しない方法で、生活と社会の質を高める道を見つけるほかに将来展望は生まれない。これまでの経済成長のお蔭で、世界的に教育程度と識字率が高まり、グローバルに情報を共有することができるようになっている。これが世界的連帯感を生みだす基礎となりうる。問題は主体と発信される情報コンテンツにある。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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