選挙という『劇場』(4)

【コラム】大原雄の『流儀』

選挙という『劇場』(4)

大原 雄


★与党圧勝!憲法改変の発議ができるようになってしまった

 参院選挙の投票率は何とか50%を超え、54%になったが、それでも与党の組織票の壁を超える水準にはならずで、野党が11議席減り96議席になり、自民党の追加公認を入れて与党が11議席増え146議席になった。野党の維新や無所属などが改憲派となるので、改憲派の当選は、77議席になった。非改選の議員を含む改憲派の総議席は162議席になる、とマスメディアは伝えた。162議席とは改憲(憲法改変)案発議のできる参院議席の3分の2に該当する。改憲派は、民進にもいるので、162+αということか。
 憲法改変のロードマップ作りの動きは、今後、秋の臨時国会から始まりそう。衆参の国会での「憲法審査会へと舞台を移すことになる」、と安部首相は言う。選挙時には、だんまりを決め込んでいた権力者は、次の餌を狙って早速ランランと目を光らせ始めたようだ。選挙結果を見てこんなことになるとは思ってもいなかった、という国民も多いかもしれない。

★政治への無関心がファッショ化を後押し

 46%と半数近くの有権者が棄権をした参院選挙。政治への無関心が日本の戦後史の分岐点を乗り越え、ファショ化の背中を一気に押した形となった。安倍政権が露骨に争点隠し、リスク隠しをし、野党も十分に問題点を有権者に提起できず、また、マスメディアも同様で、結果的にか、意図的にか、安倍政権に「協力」(萎縮、忖度、自粛、自己規制)したので、多くの国民はあまり選挙に関心を持たないまま、選挙戦を終えてしまったようだ。格差社会で生活に追われる若い人たちは、そういうことを考える余裕もなかったかもしれないし、新有権者の18歳から20歳は、自民支持が40%、公明支持が10%(あるマスメディアの世論調査)ということでは、問題点を認識できなかったかもしれない。そういう中で行われた参院選挙は、とんでもない結果になった、と彼らも思っているかもしれない。

 そういう人の目を今からでも覚まさせたい。というのは、安倍政権は既に従来の自民党政権ではない。日本会議政権という極右政権にすりかわっている。日本会議関係議員は、第3次安倍内閣では安倍晋三、麻生太郎、菅義偉、高市早苗ら17人。7割近い。自民党の役員にも谷垣禎一、稲田朋美ら10人いる(いずれも週刊金曜日編集『日本会議と神社本庁』より引用)。彼らは確信犯的に日本会議路線を邁進している。「日本会議国会議員懇談会」というのがある。懇談会所属の国会議員は与野党あわせて、全部で280人を超える、という。民進党にもいる。
 安部政権は、選挙の度に偽りの経済政策を前面に立てて起きながら、選挙が終わると、争点になっていなかった重要政策を国会で強行採決させて来た。秘密保護法、戦争法、今回は憲法改変発議へ。憲法改変とは日本会議系統の言論を見れば、現行憲法廃棄・大日本帝国憲法復活を最終的に目論んでいるだろう、と読める。3回も同じ作者による「書き換え狂言」(先行作品を下敷きに、新たな趣向で狂言(演目)を書くこと)に騙されるなんてこの国の民主主義は未熟なままだ、ということが言える。

★権力を監視すべきマスメディアが権力に監視されている

 選挙という劇場。歌舞伎で言えば、三色の定式幕が開くけれど、舞台は見えず、全面的に浅黄幕が「振り被せ」の状態になっている。争点隠し、政権に都合の悪いリスク隠し。やがて、浅黄幕「振り落とし」で舞台は既に別世界へ、という趣向だ。メディアが権力を監視するのが民主主義社会の大義なのに、この国では権力がメディアの番組を録画(監視)して、日々介入してくる、という。これでは民主主義の社会原理とは真逆の対応になっている。その果てに改憲派の伸長が忍び寄っているようだ。

 参院選挙の結果、政権与党の自公など改憲(憲法改変)派の議席が、衆院参院とも、3分の2に達したことになる。今後、安倍政権は時機を計りながら、有権者の同意を得られそうなものを手始めに、何かの条項から憲法改変の発議をすることが出来るようになる。国会で憲法改変案が成立すると、それについて国民投票が行なわれることになる。そこで過半数が賛成すれば、戦後70年以上も維持されてきた憲法の条項が改変される。

★争点隠し、リスク隠し

 選挙戦で争点化すべきだったのに、争点化されなかったことがいくつかある。アベノミクスというまやかしの経済政策と年金運用の失敗などのリスク隠しもある。それをマスメディアはきちんと報道しなかった。萎縮→忖度→自粛→自己規制というベクトル。マスメディアは安倍政権の争点隠し、リスク隠しに結果的に「協力」している。安部政権からの番組への介入が怖いのか、いちゃもんが鬱陶しいのか。スポンサーを通じての圧力が怖いのか。だから厄介な選挙報道にはできるだけ触れないようにしているらしい、という。マスメディアの自殺行為のような状況が跋扈している。

 安倍政権は選挙の争点になるのを確信犯的に避けながら母方の祖父・岸信介の悲願であった戦後の安保政策を大転換させる布石を打ってきた。戦前の大日本帝国に直結する戦後日本の別の道を美しいという。軍事大国化を目指すという本音を隠しながら、憲法のどこを変えたいのか具体的には語らず、改憲を選挙の争点にしなかった。伝えられて来る自民党の「本音」では、第一に緊急事態条項の新設(災害での発動を前面にしながら、三権分立を否定する事実上のクーデターも可能にする)、第二に家族保護条項の強化(個人の人権の軽視、家制度の復活)、第三に9条の平和主義の廃止。
 国論を二分している「9条改変」をいきなり提案すれば、イギリスのEU離脱の国民投票同様に国民から否決(そうなれば、安倍政権の命運も尽きる)されるだろうから、これから、発議時期のタイミングを慎重に図るのではないか。安倍政権に残された任期は、2年。憲法改変の問題を野党もマスメディアも選挙の争点には仕切れなかったが、選挙戦後は、当たり前のように議論が始まった。自民ペース。有権者の多くは、本当の争点に気づかぬまま、投票したり、棄権したりして、低投票率となった結果、与党らの組織票の一票の価値を高めてしまった。この後、安倍政権の目論見通り進めば有権者を待っているのは、「明文改憲」への道だろう。「この道しかない」と安倍政権は主張する。

★任期中の改憲のために任期延長か

 安倍首相は参院選挙で憲法改変を争点化するのを避けながら、年初めに明言した在任中の健保改変に引続き意欲を燃やす。改憲発議に必要な3分の2以上の勢力を参院でも衆院でも確保したので、首相は従来のパターン通り、選挙後は、本音をむき出しにした態度を全面に出し、国民投票へ向けたロードマップ作りに動きを加速させてくることだろう。
 民主の野田政権の総選挙勝利による政権交代以降、参院選挙、総選挙、今回の参院選挙と4回とも選挙に勝利した安部政権は、8月早々にも内閣改造をするだろう。歴代屈指の選挙に強い政権として自民党内での評価が高いだろうから、さ来年(18年)9月までの自民党総裁任期も、もう3年延長されることになるかもしれない。そうなれば安倍政権は少なくとも5年は続くことになる。私たちは、今、戦後史の分岐点に立たされ、つい、4年ほど前まで夢想だにしなかったような途へ押し出されてしまった。安部が熱望する「任期中の改憲」のための国民投票へという道へ踏み出さなければならないのか。

★国民投票とは何か

 2016年6月24日、イギリスの国民投票で、EU離脱が過半数(51.8%)という結果が出て、まず、世界経済に激震が走った。EU離脱の是非のような国論を二分する根幹問題を、地道な議論の積み重ねで世論形成せずに、ドラスティックな国民投票で結論を出そうとすれば、イギリスのようなことになる。これはイギリスの権力者の政治判断のミスであろう。日本では、参院選挙の最中だったので、この問題にどう対応するのか、という課題が選挙の争点になるかどうか、見守りたいと思ったが、争点にはならなかった。

 イギリスのEU離脱のよる世界への経済波及となり、日本では、円高株安が直撃。張り子の虎のアベノミクスは、クッションとなる政策もないまま、まともに打撃を受けてしまった。以降、日本経済は円高高止まりが続いている。

★与野党とも争点化できず

 自民:先の伊勢志摩サミットで安倍首相は「世界経済が危機に陥る大きなリスクに直面している」と抽象的には表現していたけれど、イギリスのEU離脱を予想し、それによるポンド安からの波及効果としての「円高、株安」を示していたわけではない。安倍首相らは自分たちの見通しを強調し、消費税増税の延期を正しい判断と主張するが、イギリスのEU離脱を的確に予想していたわけではない。国民投票の51.8%が離脱などという僅少差をそもそも予想できる人などいなかっただろう。
 安倍政権の面々は選挙運動から夕方官邸に戻り、急遽、関係閣僚会議を開いて対応を協議しただけだ。円高、株安の動きに歯止めをかけ、実体経済への悪影響を防げるかどうか。難局を乗り切るために、自公の「安定政権」の必要を訴えるだけ。今後の対応を間違えないようにすべきだ、という精神論だけが後に残る。
 6月26日のNHKの番組に出演した自民の稲田政調会長は、イギリスが国民投票でEUからの離脱を選択したことについて、「伊勢志摩サミットで阿部首相が提言して最終合意に至った『世界経済の成長を阻害するリスク』が現実化した。投機的な激しい円高や株価の下落などをしっかりと見極めたうえで、必要とあれば、政府は躊躇なく大胆な政策や対策をとっていくべきだ」と述べた、だけであった。

 野党:こちらも、イギリスのEU離脱など予想できず、結果論として、円高、株安による混乱をアベノミクスの失敗として攻撃するばかり。先の26日の番組で、民進党は、こう述べた。「外的な要因で大きく振れる、為替頼み、株頼みの経済政策を転換して、人への投資をしっかり行ってベースを作り直し、内需を重視した経済政策にしていくべきだ」。その通りだろう。アベノミクスは、政策としても、張り子の虎で、他力本願。

 世界的な為替相場の変動で、円安の時期に遭遇した故に、恰もアベノミクスによる効果と幻想を振りまいただけだ。幻想はいつしか消滅する。その消滅が、イギリスのEU離脱をきっかけに始まったに過ぎない。そういう意味では、民進が言う「宴は終わった」、という認識は正しいかもしれない。共産は、「投機マネー頼みの『円安・株高』政策で脆弱な経済を作ってしまった」という。堅調な内需の拡大政策に裏打ちされていないアベノミクスは必然的に終末期を迎えた、ということだろう。
 共産は、さらにいう。安倍政権のリスク説は、「新興国の下ぶれリスク」を言っていたのであって、イギリスのような「先進国のリスク」予想ではない。その通りだろう。民進が言うように、チェックポイントは、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)への波及」。つまり、国民の年金の減額への波及だろう。ところが、この問題も選挙の争点化がなされずに選挙は終わってしまった。野党も力不足が否めない。

★国民投票では僅少差でも結論逆転

 イギリスの例で見ると、国論を二分する問題についての国民投票の怖さは、僅少差でも正反対の結論が出てしまう、ということだろう。日本の改憲問題でも、憲法改変の条項をまず、どれにするかが決まっていない。というか、安倍政権は本音を隠しているので、不明な部分もあるが、1)緊急事態条項(行政権が立法権を期間限定ながら、兼ねるというシステム。一種のクーデターだろう)であれ、2)家族保護条項(要するに、家意識優先の復活。国民主権、基本的人権の廃止)、3)軍事力保持(平和主義の廃止)などが優先順位をつけて、漏れ聞こえてくる。

 自民党の憲法草案は、2012年4月、野党時代に作った草案だということを忘れてはならない。政権を奪った民主党への対抗心を秘めながら作られた草案は、必要以上に苦みがある。いわば「ビター草案」。いずれ、自公を含めて憲法改変グループですりあわせた新たな草案を出してくることだろう。「お試し草案」か、あるいは、「マイルド草案」をクッションにして来るかもしれない。憲法改変しても、余り変わらないという印象作戦も予想される。それに騙されて憲法改変賛成などへと国民投票が誘導される可能性もある、と思う。そういう点も要注意だろう。

★仮面をつけた政治劇〜安倍政治の正体〜

 アベノミクスという偽りの経済政策を3回も前面に掲げて衆参の選挙戦を繰り広げ、選挙で勝てば、すべての政策が白紙委任されたとばかりに合意形成の努力を怠り、数の力で押し切る政治が安倍政治の正体、ということだろう。3年前、参院選直後の臨時国会で安倍政権が成立を急いだのは、言論の自由を制限する、あるいは、「しかねない」特定秘密保護法を成立させた。2年前、年末の衆院選以後、去年の秋、解釈改憲と言われた憲法を軽視して戦争法案、いわゆる安保法制化関連法を成立させた。今回も選挙直後から憲法審査会云々と早々と口火を切っている。

 特定秘密保護法しかり、戦争法案、いわゆる安保法制化、中でも軸になる集団的自衛権は、「解釈改憲」という非民主的な方法で強行された。安倍政権の怖いところは、選挙で大勝したあとは、経済そっちのけで改憲に向かってくる、ということだろうか。マスメディアの世論調査を見ると改憲に反対する人はそれなりに多くいても、選挙結果には、それが反映されないということがこの問題の難しさだろう。

 新聞が、選挙情勢調査の結果として、与党ら改憲派が改選議席の「3分の2をうかがう」と、大見出しを立てても、「3分の2」の意味が判らない、という人が8割もいる地域があった、という記事を読んだ。不勉強で知らない人もいれば、生活に追われていて、選挙どころではない、という人もいたかもしれない。
 今回の参院選挙が、現行憲法存立の分岐点、つまり、日本の戦後史の分岐点となる重大な選挙だということを認識できないまま、候補者に投票だけはしてしまう。あるいは、棄権してしまう。その結果、低投票率という状況で、与党派の組織票が力を発揮し、選挙結果を大きく左右してしまう。そういうことがこのところ繰り返されて、政治地図を塗り替えてきた。今回も、選挙の公示段階から結果が見えていた。大筋、そのままの結果となっってしまった。

★「仮面はがし」には国際的な眼差しが必要

 いろいろ論点があるだろうが、ここでは、マスメディアと経済の点だけを書いておく。

 マスメディア批判では、ニューヨーク・タイムズ東京支局のマーティン・ファクラー支局長の意見に耳を傾けたい。

*「日本はいま、これまでとは全く異なる国家をつくろうとしている。憲法に基づいた平和主義を守るのではなく、米国や英国の仲間になろうとしている。果たして、それでいいのか。大きな岐路、重要な局面に立っているのに、そうした議論が何もないじゃないですか。これは本当に不思議なことです。恐らく多くの国民は、戦後以来の大きな変化が起こっていることすら知らないんじゃないですか。私は何も新聞に反安倍のキャンペーンをやれと言っているわけではないんです。安倍政権はこういうことをやろうとしているけれども、そこにはこういう問題点や危険性がある。こういう別の意見もある。せめてさまざまな立場の見方を紹介して、幅広い議論を喚起することが必要なんじゃないですか。

——(質問者)しかし、それすら大新聞はめったにやらない。

 何か安全保障の問題はタブー視されているような印象すらありますね」。

★書き換え狂言に何度騙されるのか

 6・1の記者会見。安倍首相は、今回の参院選挙について、「アベノミクスを加速するか、それとも後戻りするか。これが最大の争点だ」と力説した。アベノミクスとは、「トリクル・ダウン」(企業や資産家を儲けさせれば、いずれ国民にも恩恵が廻って来る)という考え方だ。実際にはこの政策は実を結ばず、大手企業は円安効果で最高益を更新したけれど、「利益剰余金」という内部留保に積み上げられるばかりで従業員や国民には利益は廻っては来ない。このため、庶民の生活は疲弊し社会的な格差は広がるばかりだった。選挙後は、アベノミクスのエンジンを吹かす、という。加速する、と安倍政権はいう。加速されるのは、経済では無くて、憲法改変なのではないかと懸念する目がある。以下、ロイターの東京特派員電より引用。

*[東京 6日 ロイター]市場関係者の間では、10日に行われる参院選で安倍晋三首相の目指す憲法改正に賛同する勢力が圧勝した場合、首相の関心が「改憲」にシフトし、経済対策の優先順位が下がってしまうのではないかとの懸念が広がっている。大和証券・チーフ為替ストラテジストは、自民党が大勝して、改憲派が3分の2議席を占めるケースの方が、市場は嫌気しそうだとみている。「経済第一戦略から憲法改正に政策の軸足が移るのではないかと、警戒感が強まりやすいため」だという。さらに同氏は「自民党が大勝しても、アベノミクス政策には手詰まり感が強く、選挙で評価されたとポジティブに受け止める向きは少ないだろう」との見方だ。ウィズダムツリー・ジャパンの最高経営責任者(CEO)も「市場は、安倍首相が強い政権を維持することを望んでいるが、その勢力を、憲法改正ではなく、経済を第一に発揮してほしいと考えている」と言う。

★日本の国際的な孤立

 3年余もアベノミクスを続けてきたために、日本経済は世界の中での地位は低下するばかり。1人当たりのGDP(国内総生産)は、野田政権の2012年に46,705ドルで世界第18位だったのが、安倍政権の2015年には32,485ドルに低下し、世界第26位に後退した。安倍政権になって、世界ランキングが後退したものはGDPばかりではない。

 マスメディアの現況も、世界的な視点で見ると順位を下げている。「報道自由度(press freedom)ランキング」。国際NGO「国境なき記者団」(本部パリ)が、4月20日、2016年の「報道自由度ランキング」を発表した。対象となるのは、180の国と地域。日本は、72位。真ん中より、ちょっと上だが、6年前の2010年には、11位だった。09年、17位。民主党政権(09年9月から12年12月)下で徐々に上がったが、それ以前(02年から08年)の従来の自民党政権下でも20位台から50位台であった。こういう点から見ても安部政権は、従来の自民党とは別のものに変質している、ということが判る。

 経済も言論報道の自由度においても、世界の孤児になろうとしている。83年前、1933年国際連盟からの脱退をした大日本帝国時代の日本と同じような国際的な孤立の道を「この道しかない」と思い込んだ人たちが自民党をすっかり変質させ、日本会議党を作って来た。そういう実態をきちんと認識できないまま選挙で結果的に追認する有権者たちは、この国をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。

 安倍政権後、日本の報道の自由度ランキングは、年々急激に順位を下げてきた。2014年は、59位、2015年は、61位。取材の仕方次第で取材者が処罰されかねない特定秘密保護法が報道の自由度ウオッチングにとって悪影響を及ぼしている。安倍政権(内閣は、1次:06年9月26日〜07年8月27日。6年空けて政権交代後の2次:12年12月26日〜。2次改造、14年12月総選挙後の3次、3次改造が現在も続いている。参院選後、さらに内閣改造となるだろう)に対するマスメディアの自主規制(介入されて萎縮、自ら忖度、その結果としての自粛、自ら進んで自主規制)が順位を下げている、というわけだ。今、見てきただけでも安倍政治は、経済を切り下げ、報道の自由を切り下げた。こういう安倍政権を背後で操っている人形遣いのような強力組織が、今、日本を徘徊している。それは、「日本会議」という怪物である。

★「黒幕」は「日本会議」?

 2012年5月、日本会議系列の議員集団「創生『日本』」研修会のビデオが出回っている。以下、ビデオのコメントから。

 「国民主権、基本的人権、平和主義、この三つを無くさないと、本当の自主憲法とはいえないんですよ!」—安倍晋三首相が会長を務める、政治団体の創生「日本」の研修会で飛び出した発言だ。発言の主は、長勢甚遠氏。第1次安倍政権の法務大臣を務めた人物である。
 言うまでもなく、「国民主権」「基本的人権」「平和主義」は現在の憲法の三原則だ。また、いわゆる先進国とされる民主主義国家はいずれも、「国民主権」「基本的人権」をその政治形態のベースとしている。逆に言えば、これらを否定する国は、民主主義国家ではない。
 長勢氏の発言は、自民野党時代の2012年当時のものだが、問題はむしろ、現在の方が深刻だ。安倍政権の参院選圧勝で改憲へ向けて動き出す。その台本となる自民党の憲法草案は「国民主権」「基本的人権」「平和主義」を否定しているからだ。安部政権の黒幕は日本会議。黒幕の語源は、歌舞伎の「黒幕」。

★『日本会議の研究』の研究

 『日本会議の研究』という新書版の小冊子が売れている。4月末に刊行された菅野完(すがのたもつ)『日本会議の研究』という新著が読者の賛否を呼びながらも興味深い。週刊金曜日編集の『日本会議と神社本庁』も読むこともお勧めしたい。類書も相次いで刊行されている。

 それによると日本会議の武器は、マネージメント能力に裏打ちされた動員力、つまり、集票能力(組織選挙力)にある、という。政治家が垂涎するはずだ! 日本会議系では、憲法改定のポイントを優先順位順に3つに絞っている、という。1)「緊急事態条項」=「三権分立」や「基本的人権」の一時的な凍結→首相に独裁権。2)「家族保護条項」=13条、24条の「個人」の削除、「家族保護」というより「家」意識の追加。個人<家<国家が、透けて見える。3)「自衛隊の国軍化」=9条2項の見直しなど。
 こうして見て来ると、先ほどから安倍政権の憲法改変活動を含め自民党の政治家たちは、これを代弁しているに過ぎないように見える。安部政権は自民党政権ではなく、日本会議政権である。日本会議は、もっと、正体を解明されなければならない。表現の自由とメディアを疎外する要因は、この団体の憲法観を見ていると、彼らは憲法の改変を目指しているのではなく、現行憲法廃棄をこそ狙っているように思える。そして、現行憲法廃棄の後に来るものは大日本帝国憲法復活となるのではないか、と思う。自民圧勝で終わった選挙の後に来るもの。改憲のロードマップの早期スケジュール化ではないのか。秋の臨時国会から始まる、という。そこには、日本会議の強い意向があるだろう、と思う。

★憲法9条は「非軍事化」の人権宣言

 日本会議に対抗するには、どうすれば良いのか。憲法改変に限らず、政治的なことに於いては、原理的な検討が大事だと私も思うが、第1次安部政権は道半ばで途中退場したが(それでも国民投票法を成立させている)、第2次安倍政権が誕生してからの政治の、この性急な対応ぶりが続く、という流れは、極めて危険なのではないか。憲法改定が必要になったとしても、今の安倍の流儀では危うい、と私は思う。40%程度安倍政権を支持している、といわれる世間の覚醒は、一体何時になるのか? もう、当分覚醒は来ないのか。

 憲法改変問題で与党が俎上にあげているものを検討してみよう。
 まず、9条。私自身は、9条は戦前の軍国日本への決別「宣言」だろうと思う。人権宣言のような意味合いの、「非軍事化」の権利宣言。人類は、軍備を持たない権利がある。戦争をしない権利がある。そういう意味で、憲法9条は単なる条文ではない。非軍事化日本を宣言して国際社会に復帰した功績は大きい。こういう宣言条項は、国際的な平和主義の原点として歴史的な役割を持っているので、その後の状況如何に関係なく保持すべきだと思う。

 「人権宣言」とは、普遍的な人権に関する憲法上の一群の権利宣言。世界最初の人権宣言は、1776年のアメリカの「バージニア権利章典」。その後、1789年のフランスの「人間と市民の権利の宣言」。人間の自由と平等、人民主権、言論の自由、三権分立など17条からなるフランス革命の基本原則を記した。1793年のフランスの「人間と市民の権利の宣言」。1795年のフランスの「人間と市民の権利と義務の宣言」。日本で最初の人権宣言は、1922年の「水平社宣言」。1948年に国際連合の「世界人権宣言」など。憲法9条は、そういう歴史に繋がる権利宣言である、と思う(柄谷行人『憲法の無意識』参照)。

★始まる憲法改変のロードマップ作り

 憲法改変のロードマップ作りが始まっていることだろう。最近、自民党の憲法改変の優先順位が急激に上がってきたのが、「緊急事態条項」である。自民党が野党時代にまとめた憲法草案で、緊急事態条項の新設を明記した。それによると、「緊急事態条項」は、期間限定とは言いながら、近代の民主主義の基本原理である「三権分立の原則」を根底から覆し、軍事力こそ使用させないものの、権力を「行政権」(つまり、内閣)に集中させる(立法機能を内閣に移す)という意味で、軍事クーデターの「戒厳令」のようなものであるが、日本を牛耳る「日本会議」(ここの国会議員懇談会のメンバーには、既に見てきたように安倍、甘利、高市、稲田ら多数の閣僚、閣僚経験者がいる)は、災害=緊急事態などでカムフラージュし、ここを憲法改定の端緒として攻め込むターゲットにしているようだ、という。
 「緊急事態条項」は、ワイマール憲法の下でヒトラーが独裁権を強めて行った時に使われた「小道具」であることは良く知られている。憲法は、なにより権力者の暴走を防ぐために手足を縛るという機能が根本原理だ。憲法の秩序とは、そういうものだろう。その憲法秩序を期間限定的と言えども停止するのが、この緊急事態条項だ。権力者に権限を集中させた結果、万一「暴走」しないように、権力者の権力独占に歯止めをかけるシステムを構築しなければならない。そのためには、マスメディアは、権力の監視という国民のための「番犬」(吠える犬)であり続けるためには、萎縮してはならない。政治家は選挙では命がけで、なりふりかまわず突き進んで来るから、マスメディアも国民のために事実をきちんと報道しようとするなら、それ相応の心構えが必要になる。マスメディアは、報道に命を懸けているか?

★緊急事態とは、フランスの場合

 フランスの「非常事態」対応、テロとの「戦争」が良い例になる。緊急事態とか、非常事態とか。こういう言葉は、だいたい権力側が自分たちの都合の良いように使う言葉だ。「フランスの『非常事態』再延長」という、2月18日の朝日朝刊記事:「パリ同時テロの後に始まったフランスの非常事態宣言の再延長が16日、決まった」という記事。「令状なしでの家宅捜索や疑わしいと判断した市民の自宅軟禁など、『新たなテロを防ぐ手段』が引続き使える。ただ、治安当局の裁量拡大が常態化しかけないかとの批判もある」として、捜索の対象となった人の具体例を紹介した上で、「非常事態にはルールも何もない。極めて恣意的だ」という弁護士の言葉を添えている。ひとたび、緊急事態とか、非常事態とかいう概念を憲法に入れてしまえば、日本もフランスと同じ道を歩むことになるだろう。権力の恣意的な行使を許すばかりだ、と懸念する。

 そのフランスは、どうなったか、というと、フランスのオランド政権は、去年パリで起きた同時テロ事件を受けて、非常事態宣言を憲法に明文化するなど、憲法の改正案を議会に諮っていたが、議会で合意に至らず、結局、憲法改定を断念した。130人が犠牲となった去年11月のパリ同時テロ事件を受けて、フランス政府は全土に非常事態宣言を出し、ことし5月末まで延長してテロ対策を強化してきた。更にフランス政府は、非常事態宣言を憲法に明文化することや、テロに関連して被告が有罪判決を受けた場合、フランス国籍を剥奪することを盛り込んだ憲法の改正案を議会に提案していたが、特に国籍剥奪を巡って議論が難航した。これについてオランド大統領はその後、声明を発表し、「議会で合意に至らなかった。妥協点を見いだすのは不可能で、憲法改定の議論を終えることを決めた」と述べ、憲法改定を断念する考えを明らかにした。フランスでは最後は、そういう判断をした。さすがフランス革命という人類の歴史的な財産を持っている国である。

★日本のマスメディア

 NHKでは、籾井会長の再選問題が秋からの課題となる。会長選任問題の鍵を握るのは、新たにNHK経営委員から経営委員長になった石原進という人物だ。石原氏は、国鉄時代からJRを経て、九州の経済界に影響力のある人物。石原進委員長は、実は「日本会議」福岡の名誉顧問とか。NHKは、安倍政権が推した会長に加えて、日本会議のメンバーが経営委員長になってしまった。マスメディアは、権力の監視というメディアの大義(憲法のようなもの)を守れるか。

 菅義偉官房長官は4月15日の記者会見で、熊本地震に関連し、大災害時などの対応を定める緊急事態条項を憲法改変で新設することについて自ら口火を切らずに、記者の質問に答える形で、「極めて重く大切な課題だ」と述べた。「憲法改正は国民の理解と議論の深まりが極めて重要だ」とも語り、慎重に検討すべきだとの立場を示した。どこの社の記者か知らないが、政権と阿吽の呼吸で、日々取材をしているのではないか、と勘ぐりたくなるような質問だ。
 マスメディアは政権の尻馬に乗り、政権はマスメディアを風見鶏として利用する。戦前の大新聞は軍部の尻馬に乗り、あるいは軍部の尻をたたいて戦況記事を書いては、部数を拡大させた。

 さてさて、いつか、どこかで見たような。こりゃ、面妖なことじゃなあ。

 (筆者は、ジャーナリスト、日本ペンクラブ理事。元NHK社会部記者。オルタ編集委員)


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