長野県・村井仁知事の「脱『脱ダム』宣言」にどう対処するのか?

■統一地方選挙を前に――報告と提言

長野県・村井仁知事の「脱『脱ダム』宣言」にどう対処するのか?

                   関 良基
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<はじめに>

 田中県政の後を受けた村井新知事が「脱『脱ダム』宣言」をしたことが大きな
話題になっています。具体的には田中知事が凍結した9河川のダム建設計画の中
の一つ、長野市の県営浅川ダム問題において、村井知事は田中知事の方針を覆し、
建設を容認したのでした。当初計画にあった利水目的は放棄され、ダムの下部に
は1メートル四方の穴があり、常時、川に水は流しているが、大雨の際には水を
貯留して治水機能を発揮するという「穴あきダム」です。これで「環境に配慮し
た」とされました。ダム本体の建設費用は約100億円とのことです。
 
 この問題に対し、マスコミの論調を見ても環境に配慮した「穴あきダム」な
らよいのではないかというニュアンスの報道が結構あります。「穴あきダム」
の場合、当初計画の密閉ダムに比べて多少は環境的に好ましいということはあ
るでしょう。しかし問題の本質は、そんなところにはありません。治水上全く
必要のない無駄なコンクリートの固まりに100億円もの資金が投入されることが
大問題なのです。
 
 この問題に関して、私は力石定一氏とともに「緑のダム」政策の有効性を一
貫して訴えてきました。日本には間伐を実施しておらず保水力の低いモヤシ状
の人工林が広がっています。これらを適正に間伐を実施して針広混交林に転換
していけば、森林土壌の改善によって十分にダムを代替するだけの治水機能を
得られるという考えです。田中知事が就任した直後の2000年11月には、力石氏
とともに浅川ダム上流域の植生と間伐実施率から、治水対策として針広混交林
に転換する費用は5億円と試算し、森林整備を浅川ダム建設の代替案とすべき
という提言書を田中前知事に送ったものでした。
 しかしながら当時、大問題であったのは、森林整備で本当にダムを代替する治
水機能が得られるのかという点でした。この6年のあいだ、森林の保水機能が強
化されることによって洪水時の河川ピーク流量をどれだけ引き下げることができ
るのかに関して、長野県でも随分と研究が進んできていたのです。ところが何故
かこうした研究成果が全くマスコミで報道されておりません。じつに困ったこと
です。


<問題の本質は何か? ―過大に計算された基本高水流量―>


 国交省は、想定される豪雨の際の洪水ピーク流量を算出し、その数字に基づ
いてダム建設計画を立てています。これが「基本高水流量」と呼ばれる数値で
す。
 ところがこの基本高水流量という数字がきわめて恣意的に高めに設定され、
ダム建設の根拠とされている場合がじつに多いのです。
 基本高水流量は80年に一度確率とか100年に一度確率で想定される大雨の際
の河川ピーク流量のシミュレーションの数値のことであり、この数値に基づいて
堤防の高さやダム建設の必要性の有無などの河川計画が決められます。既存の河
道が、基本高水流量を流せない場合、ダムを建設したり、堤防を高くしたり、放
水路を造ったり、遊水池を造ったりして、河道が基本高水流量を流せる状態にし
なければいけないというわけです。

 ここで何が問題なのかと言うと、国交省が「基本高水流量」を定めるための
貯留関数法のパラメーターは、多くの場合、1960年代から70年代という、天然
の広葉樹林の伐採が各地で大規模に行われ、日本の森林が非常に荒廃していた
最中に発生した洪水実績から決定されていることです。実際には、それから30
年以上の時間が経過しています。そのあいだに人工林が成長してくる中で、流
域の森林の状態は改善されてくるのでパラメーターは変化しているはずなので
す。1990年代など、より近時における洪水実績から流出モデルの構築を行って
パラメーターを決定していけば、より人工林が成長した状態が反映されるの
で、洪水ピーク流量(=基本高水流量)はもっと低めに計算されるはずなので
す。

 何故か学者たちは、これまでこの問題の研究に取り組むことはありませんで
した。この問題に日本ではじめて本格的に取り組んだのは吉野川の住民運動
だったのです。NPO法人吉野川みんなの会が、学際的組織である「吉野川流域ビ
ジョン21委員会(委員長・中根周歩広島大学教授)」は、国交省の算出した数
値である2万4000トン/秒という基本高水流量が、上流の森林がもっとも荒れて
いた1970年代初頭の洪水実績をもとに算出されており、森林の現状を反映して
いないことを明らかにしました。そして、適正間伐という森林整備の治水代替
案によって、基本高水流量は1万8000トン/秒にまで減らすことができる、つ
まり国交省の値に比べ25%も低い値に下げることができることを明らかにした
のです(注1)。基本高水を25%下げることができるのであれば、吉野川可動
堰はもちろん吉野川上流で計画されている4つのダムの建設計画は全て必要な
いことになります。


<長野県における基本高水流量の水増し方法-パラメーターを恣意的に設定->


 長野県で重要だった研究は県の林務部が実施した「森と水プロジェクト」の
調査でした。吉野川のような大河川の場合、まがりなりにも現実の洪水流量の
観測データに基づいて貯留関数法のパラメーターを決定し、その降雨を「150年
に一度確率の降雨」に引き伸ばした上で、基本高水流量を算出するというプロ
セスを踏んでおります。その作業の何が問題なのかと言えば、パラメーターを
決定するのに用いられた洪水実績が、広葉樹林が広範に伐採されていた拡大造
林の最中、つまり上流の森林がもっとも荒れていた当時の森林の状態を反映し
ているということでした。
 ところが長野県の県営ダム計画のような小規模河川でのダム建設の場合、そ
のようなプロセスも存在しないことが明らかになりました。長野県で問題に
なっているような小河川におけるダム建設の場合、そもそも流量の観測データ
を取らずに基本高水を決定していたのです。パラメーターは適当に決めて流量
計算されていました。その結果、基本高水流量はとんでもなく高い値に算出さ
れ、その値に基づいてダム計画が立てられていたのです。長野県林務部の「森
と水プロジェクト」研究グループの中心にいた加藤英郎氏(現・長野県林務部
長)は次のように述べています。

「ところで、河川工学の分野では、貯留関数法による流出解析においては、森林
の機能は織りこみずみだとか、森林の存在を前提にしているという説明がなされ
ているが、この9ダム(注:長野県の治水検討委員会で問題になった9ダム)計
画の解析においては、森林の状況はほとんど考慮されていないのではないかとい
う疑問が出てきた。これはどういうことかというと、流出モデル作成の過程では、
まずモデルの初期値を決めてそれを検証して最終モデルとするが、9ダム計画で
決定されたモデルでは、結果的に初期値をほとんどそのまま最終定数として採用
している事例が多かった。このモデルの初期値は本来ならば実績の洪水データか
ら求めることとしているが、実際はすべて経験式によって求められていた。とこ
ろがこの経験式においては、河川(流路)の延長と平均勾配のみで数値が決めら
れることになり、森林の状況を表すファクターは全然入っていないのである」
(注2)

 旧建設省が定めた、「河川砂防防災基準計画編」には、基本高水の決定方法
の手法として以下のように述べられています。「基本高水を設定する方法とし
ては、種々の手法があるが、一般的には(所定の治水安全度に対応する超過確
率をもつ)対象降雨を選定し、これにより求めることを標準とするものとす
る」。
 この基準に照らし合わせれば、実際の流量観測データに依拠せず、経験値と
して知られるパラメーターを恣意的に導入して基本高水流量を決めている長野
県のやり方は、違反行為となるのです。ダムの何百億円を注ぎ込む前に、まず
流量観測を行い、適正なパラメーターを決めて基本高水を再計算するのは当然
のことだといえるでしょう。

 そこで長野県林務部の加藤氏らは、経験式による従来の方法に変わって、建
設省河川局が定めたとおり、近年の洪水実測データを尊重し、さらに土壌の雨
水有効貯留量を評価して、再計算を実施しました。すると、長野県の薄川にお
ける洪水時の最大流量は、従来の方法による計算値よりも40%も低い値が出た
のです(注3)。
 実際の基本高水流量は、ダム計画において採用される数値よりも40%も低い
ものなのであるとしたら、ダムは必要ないことになります。貯留関数法を用い
ても、森林の近況を反映している近年の洪水実績を踏まえてちゃんと計算を実
施すれば、基本高水流量は大幅に引き下がることが示されたわけです。
 


<浅川ダムの基本高水の水増しはじつに6倍>


 
 長野県林務部が行った薄川の研究では、森林を考慮に入れた実際の基本高水流
量(想定する降雨の際の洪水時のピーク流量)は、ダム計画において採用されて
いる架空の「基本高水流量」(実際の観測に基づかず、経験値であるパラメーター
を用いてシミュレーションされている架空の値)よりも40%ほど低くなる可能性
が指摘されました。
ところが、河川によっては、基本高水流量の「水増し評価」の実態は、40%ど
ころの騒ぎではないことも明らかになってきました。今回、村井知事が建設を表
明した県営浅川ダムの場合、じつに6倍という水増しであることが観測の結果明
らかになったのです。

長野県では、ダム計画で採用されている基本高水流量が妥当か否かをめぐって、
洪水時の流量の観測が行なわれるようになっています。県営浅川ダムの建設計画
においては、「100年に一度の確率の雨量」を想定して、基本高水流量が定められ
ています。この100年に一度の想定雨量は、24時間雨量で130ミリというもの
でした。2004年に長野県を襲った台風23号の際には、ちょうど長野市でこの100
年に一度確率の降雨があったのです。
浅川ダム計画では、浅川と千曲川の合流地点での最大ピーク流量は「450立法
メートル/秒」というシミュレーション結果がなされ、それに基づいてダム建設
が計画されていました。2004台風23号では、24時間雨量で125.5ミリという、
ほぼ「100年に一度」の想定雨量に匹敵する降雨だったのです。

 県のダム計画における洪水シミュレーションでは、百年に一度の降雨がくれ
ば長野市の富竹地区においては260立方メートル/秒が流れるはずでした。とこ
ろが、県側の実際の観測結果によれば、台風23号の際の富竹地区でのピーク流
量は「43.8立方メートル/秒くらい」だったのです(『信濃毎日新聞』11月30
日)。
 何と、ダム計画のじつに6分の1の値なのでした。観測に基づかないパラ
メーターの恣意的な設定によって、いかに途方もない数値が捏造されているか
分かるでしょう。
 他の河川における観測の結果から考えると、実際の基本高水は、県の土木部
が採用している「公式数値」の半分程度かそれ以下だろうとダム問題に関わっ
てきた住民は考えております。問題になっている9河川のいずれにおいても、
基本高水が半分だったらダム建設は必要ないという結論になります。
 これを受けて田中知事時代の長野県では2005年9月に各河川の流域協議会の
住民たちが「基本高水協議会」を組織し、あまりにも過大に算出されている現行
の基本高水の数値を見直そうという取り組みを始めました。
 2006年8月25日には、県と住民が組織した「基本高水協議会」の中間報告が
発表されました。その報告では、浅川に関して、流域の土壌がどの程度の雨水を
吸収するのかを反映して決定される貯留関数法のパラメーターであるRsaの値が
50mmと、森林の機能を全く評価しない非常に低い値になっていたことが問題で
あると指摘されました。実際、基本高水協議会で、Rsaの値を100mmに変更し
てシミュレーションしたところ、2004年の台風23号の流出を再現できたそうで
す(注4)。
 
 第14回の長野県基本高水協議会の議事録には、委員の一人が以下のように発
言しておられます。
「基本高水が既に非常に過大なのに、『(県の土木技監は)それを超えて超過洪水
が出る』と、そういう形で私たち住民は、ある意味には脅されている・・・・ (中
略)河川砂防技術防災基準の中で欠けているのは、森林をどう見るかということ
で、森林整備の問題である。依然として国土交通省は、森林整備の問題は折込済
みだと言っているが、森林の質、この前清水会員の岡谷の(土石流災害の)とこ
ろでクルミが一本生き残っていたという話が非常に象徴的だったが、樹種、樹齢
がどうなっているかという、今日段階の森林の問題をきちんと評価していない、
計算していない、それを無視しているということだ。・・・(中略)・・・例え
ば、(Rsaの値が)浅川だけはなぜ50mmなのだ・・・・・・」(注5)。


<村井知事の驚くべき発言>


 さて、これだけ証拠が出揃えば、当然、基本高水を現実にあわせて下方修正せ
よという意見は社会的コンセンサスを得られそうな気がします。ところが現実は
そうなっていないのです。何せ、マスコミの記者の中に基本高水の過大評価のカ
ラクリをちゃんと理解して、報道している人がいないという実に寒い状況なので
す。
村井長野県知事は、浅川の基本高水流量が過大すぎるという住民の批判に対し、
「(数値を)動かす理由がなかなかつくりにくい」と述べ、あくまでも現行の450
トン/秒という数字を動かす必要はないと強調しました。さらに「(観測による)
検証を10年、20年やったから(高水を)修正するというものでもない」とも述
べたそうです。(『信濃毎日新聞』2006年12月9日)。

村井知事によれば、実際の観測で基本高水の6分1しか流れなかったことが明
らかになったにも関わらず、それは基本高水を修正する理由にはならないのだそ
うです。科学的な実験的事実よりも、架空のパラメーターによって恣意的に捏造
した数値の方が重いとでもいうのでしょうか。科学を根本的に愚弄する暴論だと
いえるでしょう。申し訳ないですが、知事が本気でそう思っているとしたら小学
生以下の知性としか言いようがありません。
そしてさらに驚くべきことは、こうした村井知事の暴論に対し、マスコミは平
然とそれを報道するだけで、それを批判できないという事実です。
 『毎日新聞』など浅川ではたびたび洪水が発生しているから、穴あきダムなら
良いのではないかという論調の記事でした。不勉強きわまりないです。浅川は千
曲川の支流なのですが、たびたび発生する洪水は千曲川の水が逆流して発生する
内水氾濫です。浅川の上流でいかにダムをつくろうが、下流から水が逆流するこ
とによって発生する内水氾濫の対策にはなりません。浅川ダムに100億円という
ムダ金を投資するよりも、ポンプで千曲川に水を排水するという「排水機場」の
設備にお金を使えば十分なわけです。


<おわりに>


 最近の国交省は、1997年の河川法改正の理念を覆して、各河川の流域委員会か
ら住民を排除する動きを強めています。幸い、不勉強な日本のマスコミも、一応、
こうした国交省による住民排除の動きは批判的に報道しております。
 国交省がなぜ住民を排除するかお分かりでしょうか。長野県のように、住民の
研究活動は、基本高水の数値を強引に水増しして住民を脅し、強引にダム建設の
根拠にしているという、その国交省のカラクリを見抜いてしまったのです。「森林
を評価しないことによって水増し評価された基本高水の数値」というダム問題の
本質的な論点に対し、国交省側はきちんと説明責任を果たすことができないから
です。科学的な議論では、彼らは負けることを悟ったので、あとは住民を排除し
て、議論せず、独裁的手法でダムを造るより仕方なくなったというわけです。
 
 おりしも去る2月14日に永田町の衆議院議員会館において、「公共事業チ
ェック議員の会」(会長・鳩山由紀夫議員)の主催する「河川整備基本方針・
河川整備計画策定問題に関するシンポジウムが開かれました。その中の国交省
への要請事項の中には、「 従前の工事実施基本計画の基本高水流量を踏襲する
のではなく、森林の保水力の向上を評価し、科学的に妥当な基本高水流量を新
たに設定すること」という要求が三番目に入りました。
 地域における地道な市民の研究活動を通して、国会議員の側もここまで言い
切れるほど、理論水準が上がってきました。この決議には拍手を送りたいと思
います。
 最近の国交省による住民排除は、江戸幕府が、倒壊前の最後のあがきとして
井伊直弼大老の安政の大獄を行ったようなものだと解釈すればよいでしょう。
あと一息で国交省河川局の牙城を攻め落とすことができると私は思います。 

<注>
1)吉野川流域ビジョン21委員会『吉野川可動堰計画に代わる第十堰保全事業
案と森林整備事業案の研究成果報告書』2004年3月。なお、報告書の概略版は
「吉野川みんなの会」の下記のホームページにもある。
http://www.daiju.ne.jp/v21hokoku/hokoku.htm
2)加藤英郎「脱ダムから『緑のダム』整備へ」、蔵治光一郎・保屋野初子編著
『緑のダム ―森林・河川・水循環・防災―』築地書館、2004 年:183-184頁
3)加藤英郎、前掲書、185頁。
4)長野県基本高水協議会「諮問9河川の基本高水流量についての中間報告: 
今までの手法への問題提起」2006年8月25日。
http://www.pref.nagano.jp/keiei/chisui/takamizu/houkoku/chukanhonbun.pdf
5)長野県基本高水協議会第14回議事録。2006年10月22日。
http://www.pref.nagano.jp/keiei/chisui/takamizu/youshi14.pdf
                (筆者は地球環境戦略研究機関・客員研究員)

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