韓国のお正月 そしてお雑煮

槿と桜

韓国のお正月 そしてお雑煮   

                               延 恩株


 「2015年2月19日」といっても、日本人のほとんどの方が「さて何の日?」と思うにちがいありません。でも韓国人で「2月19日」がわからない人はまずいないはずです。
 韓国人にとっては、1年の生活のなかで大変重要な節目となる名節(ミョンジョル)の一つが旧暦の1月1日で、今年は「2月19日」が新しい年の第1日目に当たります。韓国では「ソルラル」と言います。「ソル」が正月を意味し、「ソルラル」は「正月の日」を意味します。
 
韓国で名節の前後の日と合わせて3日間が公休日となるのは、「秋夕」(チュソクについては、この欄で書いたことがあります)と、この「ソルラル」だけです。
 
いわば韓国人にとって2大民族イベントといっていいでしょう。この2つの名節では墓参をすることになっていますから、ソルラル前後は故郷に帰省する人びとの大民族移動が起きます。たとえばソウルから釜山まで、通常なら車で5時間程度ですが、たいてい倍の10時間を覚悟しなければならなくなります。
 
今年は「ソルラル」当日の2月19日は木曜日です。したがって前日の18日(水)と翌日の20日(金)が祝日となります。通常、土、日曜日の週末は休みですので、今年は最大5日間の連休となります。多くの会社が休みなのは言うまでもありませんが、飲食店やその他の商店も連休中は閉店が多くなります。もちろん市場は連休中はほとんどの店が休みます。
 私は今、この原稿をソウルで書いています。学生たちが梨花女子大学で語学・文化研修中で、一緒に来ているからです。春の研修は通常は3週間なのですが、今年は17日間に短縮され、2月17日に日本へ戻ることになります。理由はもうおわかりのように、旧正月にぶつかるからで、大学の授業も「ソルラル」には勝てないというわけです。
 
新暦の1月1日は韓国人にとっては普通の日といってよく、私なども長年日本に住んでいますが、「ソルラル」こそ正月を迎えたという気分になります。
 私が小さい頃、正月を待ち望んだのは、一つはごちそうが食べられるのと、もう一つは親や親戚の人からお年玉がもらえたからだと思います。その意味では日本の子どもと同じような気持ちで正月を迎えていたように思います。
 
ですから現在、すさまじい交通渋滞にもめげずに、韓国の人びとが故郷を目指すのは先祖への墓参という意味もありますが、もう一つは家族や親戚がひさしぶりに顔を合わせる絶好の機会だからだと思います。
 日本的に言うと元日の朝、つまりソルラルの朝は、先ず元日用の食べ物である歳饌(セチャン)、元日用のお酒である歳酒(セジュ)を並べ、先祖への祭祀を行います。歳酒は「ソルスル」とも「セス」とも呼ばれるもので、冷やで飲みます。そして歳饌の代表的な食べ物が「トックック」です。 祭祀が終わると、お供えした食べ物をみんなで食べます。
 また日本の年始回りと同じように、家族や親戚、またご近所に住む目上の人に年始の挨拶「歳拝」(セベ)をすることもあります。 日本の「新年明けましておめでとうございます」に相当する新年の挨拶言葉は「セヘボン マニ パドゥセヨー(新しい年に福をたくさんもらってください)」です。
 
このあと墓参りをするのが一般的です。我が家ではお墓はなくなってしまいましたので(お墓については、この欄で書いたことがあります)、納骨堂に祖母の遺骨を納めていますので、そこへお参りに行きます。ただ秋夕の時もそうですが、ソルの日もすさまじい渋滞に巻き込まれますので、できるだけ数日前、それも平日を選んで墓参をするようにしています。
 
ところで韓国の正月の代表的な料理といえば、やはりなんと言ってもお雑煮「トックック」です。「トッ」とは餅、「クック」とはスープの意味です。日本の雑煮と似ていますが、大きく違う点があります。それは餅とダシです。
 ですから韓国のお雑煮を見た日本人は「オヤッ」と思い、食べてみたら「違う」と感じるはずです。
 
先ず餅ですが、蒸した米を臼と杵で作るのは同じです(最近は日本と同じように機械で作ることが多くなっていますが)。そのほか米の粉から作る餅もありますが、お雑煮を話題にしていますので、ここでは省略します。 餅ですから原料は米です。でも日本では主にもち米を使いますが、韓国ではうるち米を使うのが一般的です。新しい年の第1日目に食べる「トックック」は白く、一名「歳を食う餅」という表現もあり、長寿を意味します。
 
韓国では祭祀やお祝い事に餅は欠かせません。秋夕(チュソク)には「ソンピョン」(松葉蒸し餅)が、子どもが生まれて100日目や1歳の誕生日には「ペクソルギ」(うるち米の粉で作る白い餅)が付きものです。また旧暦の3月3日の桃の節句(サンジンナル)ではツツジの花をのせて焼いた餅(ファジョン)を食べます。

いずれにしても普通の米からできた餅は、日本人が知っている餅の食感とは当然異なっています。どのように違うのかは食べてみればすぐにわかることですが、うるち米の餅は粘り気が少なく、弾力があります。加熱しても崩れることはありません。ですから日本人の感覚からすると餅という感じがしないのではないでしょうか。よく日本ではお年寄りが餅を食べてノドに詰まらせるという話を聞きますが、韓国の餅には粘りがありませんから、餅がよく伸びる、つまり切れにくいということはありません。
 そのほかにうるち米の粉に水を加えて蒸した蒸し餅(シルトック)があり、これは蒸しパンのような食感になります。
 韓国のお雑煮に入れる餅は、棒状の餅(カレトック)を薄く斜めにスライスしたものですから、日本の四角、あるいは丸くて大きい餅とは形も違っています。

 さてもう一つ、日本のお雑煮と違うのがダシです。

 日本でも雑煮のダシは地域によってさまざまだと聞いています。韓国では地域と言うより家庭によって違いがあります。
 ただ大まかに言うと、日本の雑煮のダシはすまし汁が主流で、関西地域では白味噌仕立てが多いようです。ダシの素になるのは、これも地域差があるようですが、昆布、鰹、煮干しなどが使われていて、いわゆる和風ダシと言えます。
 また雑煮の具材には、焼いた餅(焼かない地域もあります)、豆腐類、いも類、鶏肉か、肉団子にしたもの・青味の野菜・彩り用に人参、大根、蒲鉾、海老、それに三ツ葉などが入れられるようですが、これもやはり地域差があるようです。
 
では韓国の雑煮のダシは?
 日本のダシと決定的に違うのは、肉類からダシをとるということでしょう。
 昔は多くの家でキジ(クォン)肉を煮込んで食べていたようです。でもキジが手に入りにくくなっている現在では鶏肉を使う家庭もあります。そのためでしょうか、韓国人なら誰もが知っている表現ですが、日常的な会話の中で、よく〝これがなければあれ〟といった意味で「クォン デシン タック」(キジの代わりの鶏)という言い方をします。
 
一般的には牛骨か牛肉を煮込んで取ったダシを使う家庭が多いようで、我が家でも牛肉のダシを使います。これに醤油、塩、コショウ、ニンニクなどで味を整え、その中に「トッ(餅)」、牛肉そぼろ、金糸玉子、刻み海苔、白ごまを入れます。ただこれも各家庭によって具や味付けはそれぞれです。
 
たとえば、我が家では兄(次男)が小さい頃から肉類を食べず、やがては自覚的にベジタリアンになってしまいましたので、母親はこの兄のためだけに煮干しなどでダシをとってお雑煮を作っていました。したがって我が家では韓国風と和風、2つのダシによるお雑煮を母親は作っていたことになるのかもしれません。
 
 もうすぐ「セヘボン マニ パドゥセヨー」の挨拶がそこかしこで聞かれることでしょう。そして我が家でも懐かしい母親の「トックック」が作られることでしょう。でも韓国に来ているというのに、それが食べられない私は、ちょっぴり口惜しい思いに襲われています。
              (筆者は大妻女子大学准教授)                        



最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧