-世界的な構造転換の中で社会運動のあり方を考える-

■ 社会変動と社会運動

-世界的な構造転換の中で社会運動のあり方を考える-  久保 孝雄


◇◆1、世界的な構造転換とその意味するもの



◇◇「日本は病んでいる」-ある免疫学者の「日本診断」


 世界的に有名な免疫学者に多田富雄さん(東大名誉教授)という方がいる。今
年74歳、7年前脳梗塞で倒れ、現在も重い後遺症と闘いながら闘病生活を続け
ておられるが、左手だけでパソコンを使い,社会的発言を続けている。
  この多田さんが去る6月、『朝日新聞』のインタビューを受けて現代社会につ
いての所見を述べているが、その痛切で的確な現代社会批判に胸を打たれる思い
がした。少し長くなるがその一部を読んでみたい(朝日、6月29日)。

           *   *   *

 私は専門バカで、社会のことなど何も分からなかった。しかし病気で入院して
いるときぼんやりと感じていたことが、突然はっきりと見えてきた。
  昭和が終わるころ、バブル経済に浮かれながら、人心は冷え切っていた。まも
なく不良債権処理のため、リストラが強行された。そのころから、この国は市場
原理主義の病に侵されたように思える。
  病が一挙に悪化したのは小泉、安倍政権の時代。競争原理、自己責任、経済優
先で、美しく優しかった日本は、急に冷たい、ぎすぎすした国になってしまった
。その病状のひとつが強引な医療費の削減に表れた。
  先進医療が発達し、超高齢化社会に突入したというのに、社会保障費を増やす
どころか、毎年2200億円ずつ削っていった・・・
 
  障害者になってみると、日本の民主主義の欠陥がよく分かる。多数の一般市民
の利便は達成しても、障害者のようなマイノリティーのことは考えない。それが
小泉政権下でさらに拍車がかかり、「自助努力」や「適正化」の名の下に人間社
会のきずなを断ち切ってきた。政府は「医療費の適正化」の決まり文句で、20
11年度までに1兆1千億円も圧縮しようとしている。道路には今後10年間で
59兆円もつぎ込むのに、社会保障費はどんどん削る・・・
  へき地や救急の医者不足、少子化というのに産科や小児科の診療体制の不備も
、医療費の強引な抑制の結果もたらされた。経済優先、市場原理主義の競争原理
が医療にまで広がった。そこに「格差社会」のゆがみが重なり、収拾不可能な社
会問題化したのが日本の現状だと思う・・・
  私はこの国の行方を深く憂えている。私には国自身が病んでいるように思われ
る。
  最近は、暮らしの原理ともいえる憲法を改正する国民投票法が強行採決されて
も、文句も出ないし、デモらしいデモも起こらない。
  昭和の日本には健全な中流が育っていた。日本はこの健全な中流に支えられて
いた。それが過剰な競争と能率主義、成果主義、市場原理主義で「格差」が広が
り、もはや中流はろくに発言できなくなった。健康な社会ではなくなった。
  一昨年4月から施行されたリハビリの日数制限、今年4月から始まった後期高
齢者医療制度などは、市場原理主義にもとづく残酷な「棄民法」としかいいよう
がない。日本はいつからこんな冷たい国になってしまったのか。病にかかってい
るとしか見えない。

        *    *    *

 高名な免疫学者であり、社会的地位も高い多田さんが、脳梗塞によって重い障
害を持つ弱者の立場に立たされ、そこから現代社会を見つめておられるのだが、
その洞察力の鋭さには心から敬服せざるを得ない。多田さんは「専門バカ」など
ではなく、その現代社会診断がいかに的確であるかを、いくつかのデータで跡づ
けてみたい。


◇◇福祉を壊し、格差を拡大した小泉・安部政治


  去年(07年)の『労働経済白書』によれば01年から05年までの5年間で
、企業の経常利益は1.8倍、役員賞与は2.7倍、株主への配当金は2.8倍と大きな
伸びを見せたが、労働者への報酬はこの間3.8%減少し(中小企業は5.8%
減)、労働災害件数は過去最高を記録している。この間フリーターは400万人
に、臨時・派遣が1600万人に増え、働く人の3分の1を超えた。民間企業従
業員のうち年間給与が200万円以下(生活保護水準以下のいわゆるワーキング
プア)が、02年の19%から06年の23%(1040万人)に増えている(
国税庁調査)。労働者派遣法など相次ぐ労働法制の規制緩和により、戦後労働運
動の成果でもある労働者の既得の権利が切り刻まれ、非正規労働者の労働条件は
80年も前の無権利時代(「蟹工船」の時代)に逆戻りした感さえある。ある日雇
い派遣労働者は「私たちは人間として扱われていない。虫ケラ同然だ」と怒りの
声を挙げていた(NHK「クローズアップ現代」8月28日)。

 所得階層別の格差は60年代の最大6~8倍から06年には1000倍近くに
急拡大している。さらにこの間、各種減税措置の撤廃(定率減税、高齢者や配偶
者への控除など)や増税(住民税、酒税、たばこ税など)、医療費はじめ社会保
障費の負担増加などで国民負担増は10~12兆円に達している。17年も続く
ゼロ金利で国民が失った金利所得は300兆円近くになる(一所帯当たり600
万円近い)。生活保護所帯は95年の54万世帯から07年に110万世帯と過
去最多に急増しているが、捕捉率が15%程度なので要保護世帯は800万近く
になる。貯蓄ゼロ世帯も90年代の5~6%から05年には24%に増えている
。福祉・医療制度の後退がこれに拍車をかけ、介護難民、医療難民が増え続けて
いる。健康保険のない世帯の子供たちが3万人を超えた。今年4月から高齢者を
切り捨てる過酷な「後期高齢者医療制度」もスタートしている。


◇◇  「戦後体制」をぶっ壊した小泉、安部政治


 このように、国民に過酷な痛み、苦しみを押しつける一方、さらに重大なこと
は、周辺事態法、テロ特措法、国民投票法制定、教育基本法改悪など、「戦後体
制」の根幹をなす憲法、教育基本法を破壊する立法を強行するとともに、平和憲
法に真っ向から挑戦する形で、戦後初めてイラク戦争に陸海空の「3軍」(自衛
隊)を派遣したことである。これらが7年におよぶ小泉・安倍政治の実態である

 この結果、平和、民主、人権を柱とする「戦後体制」は大きく切り崩され、社
会の安定装置であるセーフティーネットはズタズタにされ、競争至上の弱肉強食
経済のなかで「一億総中流社会」はぶっ壊され、社会の荒廃、劣化が進んでいる
。親殺し、子殺し、夫殺し、妻殺し、祖父母殺し、通り魔殺人などの悲惨な事件
の増加をはじめ、政府・自民党の政治家、高級官僚、大企業、有名企業などに汚
職、腐敗、隠蔽、偽装、粉飾が頻発する一方、事故、災害、いじめ、自殺(過去
10年間、3万人台が続いている)が多発するなど、社会は荒廃し、殺伐、荒涼
とした世相が現出している。日本社会の崩壊が始まっているとも言える。まさに
多田さんのご指摘どおり、日本社会の病状は重いといわざるを得ない。


◇◇「戦後体制」とは何だったのか


 多田さんは「昭和の日本には健全な中流が育っていた。日本はこの健全な中流
に支えられていた」、そのころの日本は「美しく優しかった」といっている。こ
の場合の「昭和」とは、もちろん戦前、戦中のそれではなく、敗戦後、一面の焼
け野原から起ち上がった国民が、平和、人権、民主主義の新憲法の下、懸命に働
き、築き上げた1960~80年代半ば頃までの日本がイメージされていると思
う。中曽根、小泉、安部やそれに連なる保守政治家や右翼的な学者たちが目の敵
のように批判している「戦後体制」や「戦後民主主義」は、このころほぼ完成し
、最盛期を迎えていたのだ。

 では当時の日本はどんな社会だったのか。53(昭和28)年に一橋大学に留
学し、卒業後いったん中国に帰ってから79(昭和54)年、26年ぶりに再び
来日して日本の大学の教師になった凌星光さんは『資本主義と社会主義』(19
90年.ごま書房)という本の中で次のように書いている。「26年ぶりに日本
を訪れた私が何より驚かされたのは、日本の豊かさと貧富の格差が小さい(とい
うことだった)、つまり"社会主義が目指すもの"との酷似ぶりだった・・・労働
意識の面でも、日本人と中国人では働きぶりが違う・・・中国は表面的には平等
を実現しているが、それは悪平等に近い面もあり、労働者の勤労意欲は低下しが
ちだ・・・それは官僚主義やコネによって、社会主義には本来存在してはならな
い特権階層が形成されたことも原因の一つである。・・・このように日本と中国
を比べてみれば、社会主義に近いのはいったいどちらか。資本主義国である日本
の方が社会主義に近いということは・・・日本に来た中国人が一様に抱く感想な
のである」。

 また、かつてロンドン『エコノミスト』誌の東京支局長だったビル・エモット
さんが、最近『アジア三国志』(日経新聞出版社、08年6月)という本を出し
たが、このなかで80年代頃の日本についてこう書いている。「日本人の所得は
かなり均一化され、当時の世論調査では、人口の80%が自分たちはミドルクラ
スだと答えている。失業率は低く、労使関係は良好だった。労働者の権利は法律
できちんと守られ、労働者が経営陣に協力的で、両者は話し合いのできる関係だ
った。(人員削減は眉をひそめられ、格差の拡大は大いに問題があるとみなされ
ていた。)銀行は融資企業の動向に目を光らせ、その代わり(今で言う貸し渋り
、貸し剥がしなどはなかった。)同業のトップ企業でもビリの企業でも、財務状
況はそう変わりがなかった。おなじ業種の会社がともに航海するという意味から
「護送船団方式」と呼ばれていた」。
  英国の日本研究者ロナルド・ドーアさんは、これを「日本型資本主義」と呼び
、競争至上、株主本位の「アングロサクソン型資本主義」と区別し、「日本型資
本主義」のメリットを失うべきでないと説いていた(『日本型資本主義と市場主
義の衝突』東洋経済、01年)。


◇◇ 「ナンバーワンの国・日本」


 79年にはアメリカの日本専門家であるエズラ・ボーゲルさんの『ジャパン・
アズ・ナンバーワン』(TBSブリタニカ、79年)という本が出てベストセラ
ーになった。ボーゲルさんは日本資本主義の成功をたたえ、「私の見るところ、
世界のリーダーとしての役目を果たすのに、その国の政治機構や経済力から言っ
て日本ほどふさわしい国はない」(日本語版序文)とまで日本をほめそやした(
もちろん、日本が自信過剰に陥らなければと、いう条件づきだったが)。こうし
た風潮に気をよくした当時の財界人の1人は、外国人記者の前で「このまま行く
と、21世紀の日本はオーストラリアを自家用鉱山に、アメリカを日本の農場に
、ヨーロッパをブティックとして使うことになるだろう」(『世界』83年12
月号、国弘正雄論文参照)などと豪語して、外国人記者のひんしゅくを買うとい
うようなことも起きていた。ボーゲルさんが心配した「自信過剰」に、当時の政
財界のトップをはじめ霞ヶ関官僚など日本の支配層が取りつかれていたのだ。こ
の「自信過剰」が災いしてトップ・リーダーたちの「知的退廃」を招き、その後
の日本が向かうべき国家戦略の構築に失敗してしまった。


◇◇ 「日本型福祉国家」の形成と解体


 当時の日本が社会主義でも共産主義でもないことは明らかである。しかし、む
き出しの資本主義ではなく、かなり改良され、修正された資本主義になっていた
ことも明らかである。それはどのように修正、改良されていたのだろうか。
  資本主義の本性は利潤追及、競争本位の弱肉強食型市場原理主義であるが、こ
れを敗戦後の民主改革のなかで誕生し、成長してきた多様で強力な社会運動―労
働運動、市民運動、革新政党運動などが、公正・平等・参加・福祉・環境など、
労働者、市民の生活と権利を守り、拡大する運動によって制限し、修正し、より
マイルドな資本主義に改良してきたからである。その結果、中国人留学生が「日
本は社会主義じゃないか」と誤解したほど、大金持ちも少ない代わりに貧乏人も
少なく、大多数の国民が安定した職につき、努力すればそれなりに報われ、慎ま
しやかに中流の暮らしを楽しむことができる社会になった(ドーアさんのいう「
日本型資本主義」)。

 しかし、70年代にピークを迎えたと思われる日本型福祉国家の時代は長続き
しなかった。日本資本主義に改良、修正を押しつけてきた戦後日本の社会運動は
、80年代後半から90年代にかけて急速にその力を失ってしまった。産業構造
の高度化(重厚長大から軽薄短小へ、さらに脱工業化へ)によって民間労働運動
の拠点だった重化学工業が衰退し、基幹産業の労働運動は弱体化した。労働運動
の中核勢力だった国有企業や国、地方の公務員による官公労の労働運動も、その
中核勢力だった国鉄、電電公社の民営化などによって解体されてしまった。こう
した労働運動の衰退によって、当時、労働組合を主な支持基盤にして国会で絶え
ず3分の1の勢力を占め、自民党のカウンターパワーとして憲法改正や自衛隊海外
派遣などの暴走をチェックしてきた社会党も急速に力を失ってしまった。

 こうして資本と労働、保守と革新、権力と市民の力関係はいずれも前者の優位
に大きく傾いていった。優位を取り戻した資本と保守と権力の目標は、戦後民主
主義の中で押しつけられた譲歩―資本主義の改良、修正を元に戻し、本来の資本
主義に還ること、資本が制約されることなく利潤を追求する自由を取り戻すこと
、「戦後民主主義」によって押し付けられた「行き過ぎた民主主義や人権」を再
び制限し、「日本の歴史と伝統」を取り戻すことであった。「戦後民主主義」や
「日本型福祉国家」は唾棄すべき"社会主義"として揶揄と誹謗と糾弾の対象にさ
れ、「戦後政治の総決算」「戦後レジュームからの脱却」「聖域なき構造改革」
などが、中曽根、小泉、安部らを代表とする保守勢力の共通のスローガンになっ
た(過去の侵略戦争を反省した歴史教科書を「自虐史観」と非難し、修正を求め
た「教科書問題」の背景もここにある)。


◇◇「新自由主義」の世界的な台頭―サッチャーとレーガン


 こうした保守による巻き返しは、先進国共通の現象でもあった。79年イギリ
スに誕生した初めての女性首相マーガレット・サッチャーは、戦後、労働党政権
下で創り上げられた「福祉国家」-完全雇用と「揺りかごから墓場まで」といわ
れた充実した社会保障がイギリス経済を停滞させ、「イギリス病」を悪化させた
として「改革」に乗り出し、国有企業の民営化、政府規制の緩和、労組活動の制
限など、サッチャリズムと呼ばれる政策を推進し、イギリス経済を活性化したが
、インフレ昂進、ポンド安、貿易赤字拡大を抑えきれず、91年に退陣した。

 また、81年、アメリカ大統領に就任したロナルド・レーガンは「アメリカ経
済の再生」をめざし、「小さな政府」、大幅減税、政府規制の緩和、金融政策の
強化などを柱とする市場メカニズム重視の「新自由主義」的政策を推進した。レ
ーガノミックスは、インフレ抑制には成功したものの財政赤字、貿易赤字の拡大
を止められず失敗したが、今日まで欧米や日本など先進国で猛威を振るってきた
「新自由主義」の淵源はサッチャリズムやレーガノミックスにあったと見ること
ができる(これを理論的にリードしたのが「すべて市場へ」の「市場原理主義革
命」を主唱したミルトン・フリードマン)。


◇◇グローバル経済の進展


 さらに、日本経済のバブルがはじける90年前後には、日本をめぐる国際環境
も激変した。89年の米ソ冷戦の終結、91年のソ連崩壊、東欧共産圏の解体、
90年以降の中国、インドの台頭などが起こった。この結果、ソ連という強大な
ライバルの崩壊で「唯一の超大国」となったアメリカは、比類なき軍事力(世界
軍事費の50%)と世界一の経済力をバックに、政治、経済面での世界覇権を求
めて我がもの顔に振る舞い始めた。アメリカは世界中に市場を求めて経済のグロ
ーバル化を推し進めたが、他方、ソ連・東欧、さらに中国の資本主義世界市場へ
の参入によって、経済のグローバル化が加速され、グローバル市場での競争が激
化し、各国別の国民経済の枠組みが崩れ、グローバル経済の形成が進んだ。
  21世紀に入ると、グローバル経済の成立を告げる重要な出来事が起こった。
2000年、中国は主要工業製品の生産で世界のトップに立ち、工業生産で世界
一の座を占め、01年にはWTO加盟を果たした。中国はまず繊維、雑貨、家電
など安い労働力を武器に世界の隅々にまで市場を拡大し、07年には世界貿易で
第3位を占めるなど世界経済における存在感を大きく高めてきている。


◇◇グリーンスパンの「謎」-世界経済の構造変動


 こうしたなかで、「国際通貨の最高権威」と呼ばれていた当時のアメリカFR
B(連邦準備制度理事会)議長グリーンスパンは、一つの「謎」に直面していた
。04年6月、4年ぶりで利上げしたにもかかわらず、長期金利が上昇しないど
ころか、低下してしまった。いまだかつて経験したことのないことが起こった。
アメリカ経済を動かしてきたハンドルがきかなくなってしまったのだ。
  グリーンスパンは悩み、考え抜いたあげく、一つの結論に到達した。この「異
変」の原因は、(1)中国の改革、開放への転換や旧東欧共産圏の崩壊によって、大
量の低賃金労働者が世界の労働市場に参入し、先進国の賃金水準が抑えられるこ
とによって、予想インフレ率が低下すること、(2)経済成長を加速している途上国
を中心に膨らむ余剰貯蓄が、世界の金融市場にあふれだしたことにある、という
ことが分かってきたのだ。

 そして、このことはより重大なことをグリーンスパンに思い知らせた。つまり
、「アメリカが自分の意のままに世界経済を動かすことができる時代は、もはや
永遠に過ぎ去った」ということであり、さらに言えば、もはやアメリカが世界経
済のなかで決定的な力ではなくなったこと、世界経済を動かす大きな力が、今や
中国、インド、ロシア、ブラジル(BRICs)やASEAN(東南アジア諸国
連合)などの新興国に移りつつあることを悟らざるをえなくなったのである(グ
リーンスパン「私の履歴書」日経新聞、1月28日、『波乱の時代 上・下』日本
経済新聞社、07年11月)。とりわけ、世界の構造変化を象徴するのは中国、
インドの急速な台頭である。中国は79年の改革・開放への転換いらい30年で
、貧しい農業国から世界一の工業国に生まれ変わり、あと数年以内にGDP(国
内総生産)でアジア第1位、世界第2位の地位を、日本に代わって占めるところ
まできている。


◇◇「戦後世界秩序」を破壊したブッシュと米国一極支配の終り


 ところで、資本主義の復権、利潤追求の自由の回復をめざす新自由主義、新保
守主義は、ソ連崩壊の後、唯一の超大国となり世界覇権をにぎったアメリカに、
ブッシュ大統領が就任(01年)してからより苛烈に推進された。ブッシュは国
連憲章も国際法も無視した先制攻撃戦略、一国行動主義の軍事戦略によって世界
覇権をめざした。時を同じくして成立した日本の小泉政権も、日米同盟の強化こ
そ21世紀に向けての日本の生存戦略と考え、対米軍事協力も含めてブッシュの
世界戦略に加担し、内政面では新自由主義、市場原理主義に基づく構造改革路線
を強行した。
  ブッシュは、9・11事件を機に「テロとの戦い」を旗印にアフガニスタン、
イラクへの大義なき侵略戦争を発動し、莫大な犠牲(9月16日、国連総会の議
長となったニカラグア代表ブロックマン元外相によれば「米国は戦争中毒の国(
であり)・・・イラクで120万人を殺した」。米兵の死者も5000人に達す
る)を生み、巨額の戦費(ノーベル賞学者のスティグリッツは著書『世界を不幸
にしたアメリカの戦争経済』徳間書店、08年)のなかで、総額3兆ドル=30
0兆円と見積もっている)を浪費し、アメリカの財政と経済を破たんの危機に追
いやっている。

 他方、金融資本が不動産バブルを煽ったサブプライムローンの破綻を機に、「
100年に一度の危機」(グリーンスパン)といわれる世界的な金融パニックを
引き起こし、世界の金融支配を目指した戦略も挫折した。金融機関への公的資金
投入(7000億ドル=75兆円を予定)による事実上の国有化で、「すべてを
市場に、すべてを民間に」任せればうまくいくという市場原理主義は破綻し、ア
メリカの威信は急速に低下したのみならず、「米国型資本主義の敗北」と見られ
るまでになった。シラク前仏大統領ブレーンの一人、エマニュエル・トッドは「
米国の腐りきった金融業界は、世界中に何の価値もない証券を売りまくった。人
類史上これに匹敵するひどい詐欺があっただろうか」といっている(朝日、10月
30日)。

 ブッシュは先進各国に支援を求め、金融機関も日本、中国、中東産油国に資金
供給を求めているが、こうした状況を見て、ドイツの蔵相は9月25日、議会証
言で「今回の金融危機により米国は超大国の地位を失った。アジアと欧州に新し
い極が台頭する。世界は多極化する。米国が元の地位に戻ることはない」と述べ
ている(田中宇「国際ニュース解説」9月30日参照)。さらに、アフガンの英軍
司令官は「我々はタリバンに勝てない。交渉に移るべきだ」と明言し、仏軍基地
ではアフガン派遣の命令拒否が起こっている(10月5日、時事通信)など、ブッ
シュ戦略は完全に破綻しつつある。
  小泉・安倍政治の7年間の実態はすでに見た通りである。安部、福田と2代続
いた無責任な政権投げ出しの後、三度び国民の審判を経ずに発足した麻生首相は
、解散・総選挙の先送り、無能、無策、無教養ぶりをさらけ出しているが、政策
面でも完全に破綻している小泉路線=新自由主義路線への内在的批判を欠いてい
るため、結局は旧自民党の政治―派閥均衡、族議員、利益団体へのばらまき政治
に戻らざるを得ない。

    


◇◇資本主義の攻めと守りの二面を持つ「新自由主義」


 こう考えてくると、21世紀初頭に先進資本主義国、とくにアメリカ、日本で
猛威を振るった新自由主義路線、市場原理主義とは、第1に、戦後の世界的な民
主化の潮流(1950~60年代の相つぐ独立による植民地体制の一掃、非同盟諸国の
台頭、先進国労働運動の高揚など)、ソ連経済の「躍進」や原水爆保有など共産
圏の強大化などで、修正資本主義への変化をよぎなくされてきた資本主義が、ソ
連崩壊によって大きな足かせが取り除かれ、冷戦の重石から解放されて、よりワ
イルドな資本主義に戻ろうというものである。

 しかし、第2に、中国を含む旧共産圏が一斉に世界市場に参入してきたことに
よって、膨大な低賃金労働市場が出現し、製造業を中心に先進資本主義国が国内
産業の空洞化に見舞われ、競争力維持のためには政府の強力な政策的サポート(
企業減税、各種助成、補助金など)を必要とすると同時に、賃金抑制によって労
働分配率の引き下げ、利潤確保を図らざるをえなくなっているという側面もある
ことが分かる。

 つまり、新自由主義というのは、社会主義からの挑戦という重石から解放され
て、本来の資本主義をとり戻そうとする積極的、攻撃的な側面と、旧共産圏やB
RICs、ASEANなど、急速に台頭しつつある新興国に対抗して、いかに競
争力を確保していくかと言う自己防衛的側面の2面を持っていることが分かる。
しかし、今回のアメリカの金融パニックの中で新自由主義、市場原理主義は破綻
し、資本主義の危機はより深まってしまった。91年のソ連崩壊によって共産主
義に勝ったはずの資本主義が、20年後の今、金融資本主義の破綻によって崖淵
に立たされているのだ。


◇◆2、グローバルな社会変動と社会運動の変容



◇◇ローカルな運動のグローバルな連帯


  したがって、新自由主義がもたらす現代の貧困、格差、不平等は、グローバル
経済の成立を背景とするグローバルな現象であり、その根本的克服への道は、グ
ローバルな連帯と運動を強め、グローバルに対抗していくことによって開かれて
いくことになる。この意味で、グローバリズムが世界にもたらす問題や課題を、
市民の立場から考え、「もう一つの世界は可能だ」(Another World is Possibl
e)を模索する国際市民運動「世界社会フォーラム」(01年、ブラジルのポル
ト・アレグレに100カ国、12000人が集まり、第1回フォーラムが開かれ
た。07年、ケニア・ナイロビの第7回フォーラムには110カ国から1400
団体、66000人が集まった)のもつ意義は極めて大きいし、これに連帯する
国内の市民運動が生まれてきていることは大変心強い。現代社会における貧困、
格差、不平等との闘いは、こうした国際的文脈の中でとらえていく必要がある。


◇◇グローバリズムとローカリズム


 現代の格差、貧困、不平等はグローバルな背景をもっており、グローバルな対
応が必要であると述べたが、では、グローバルな課題に対してローカルな運動は
無力なのか、という疑問が生じるかもしれない。しかしそれは反対であって、グ
ローバル化が進むほど、ローカルの役割が前面に出てくる関係にある。これを「
グローバル・パラドックス」と言う人(ジョン・ネスビッツ)もいるし、「現代
はグローカルの時代だ」と特徴づける人もいる。

 1992年に第1回地球環境会議が開かれ、とくに温暖化問題への世界的な取
り組みが緊急の課題になり始めたころ、「グローバル・シンキング、ローカル・
アクション」というスローガンが生まれ、世界中に広まった。グローバルな観点
で課題を認識し、その課題解決に向けて地域から行動を起こすという意味である
。グローバルな課題に対する有効なアクションは、ローカルから、地域から起こ
すしかないということである。
  また、グローバル経済の下では、国際競争は国対国というより、地域対地域の
様相が強まってくる。いつか北海道の農民と話をしたことがあるが、「昔は秋田
、山形の農民と競争していればよかったが、今では中国はじめ世界中の農民との
競争になっている」と言っていた。東京・大田区の中小企業のオヤジさんも「昔
は町内会の運動会で優勝すればよかったのに、今はいきなりオリンピックに引っ
張り出されているようのものだ」と言っていた。
  要するに、グローバル時代にはローカルがいきなり国際関係の矢面に立たされ
るようになってきているのだ。日本という国の生存戦略も、地域の生き残り戦略
も、すべて自分たちの足元、ローカルに、地域に原点があることが明確になって
きている(拙稿「地域産業政策の再編」岩波講座『自治体の構想・3』02年)。


◇◇社会構造の変動に社会運動はどう対応してきたか


 先に、日本社会党が産業構造の変化など、大きな社会変動に対応しきれず消滅
していったと述べたが、すべての社会運動はそれを支える社会基盤と遊離したと
き、実効性、有効性を失って衰弱する。そこで、社会変動と社会運動との関連に
ついて見ておきたい。
  松下圭一さんの講演記録をまとめた『市民・自治体・政治』(公人の友社、07
年)という本がある。素晴らしい本なので一読をお勧めしたい。松下さんはこの
本の中で、2000年代の日本は「農村型社会から都市型社会に移行し、この都
市型社会にふさわしい政治・行政・文化の構築にむかうという、転型期にあり・
・・この転型は(明治いらいの)国家主導の官治・集権社会から、市民主導の自
治・分権社会への移行でもあるという、日本の文明史的転換といってよい」と規
定したうえで、「この官治・集権から自治・分権への転型という都市型社会の課
題にとりくめないかぎり、日本は中進国状況のまま没落するという予感を・・・
もはや否定できません」(5頁)と断じている。

 さらに、現在、日本の財政が国、自治体を含めて「実質破綻」しているのはな
ぜかと問い、「国、自治体の政治家の未熟、官僚、行政職員の劣化、ジャーナリ
スト、理論家の批判なきその日ぐらしがそこにあります。基本には、私たち市民
の批判力、拮抗力の低下も考えてよいでしょう。いいかえれば、情報公開すらも
始まったばかりという、私たち市民の政治をめぐる品性・力量の中進国型欠落が
あります・・・私たち日本の市民は退化しているのではないか」(7頁)と述べ
、市民課題をきびしく問うている。

 そして、「今日の日本でおきている事態は、自治・分権型の<市民社会>の成
立にはほどとおく、むしろ犯罪、偽造、事故、汚職の連続さらに行政の劣化によ
る、社会自体の解体というべきでしょう」(83頁)、「市民個々人の自治能力
を訓練しえない、国家統治型の官治・集権「政治」の崩壊は、市民自体の市民性
の未熟となって「社会の解体」を生みだしていくことになるのです。多様な市民
運動がつくる多元、重層性を持つ市民自治型の自治、分権「政治」をつくるとき
、初めて「現代」としての、開かれた「市民社会」の誕生となります」、「20
00年代、日本は後・中進国型の「進歩と発展」という発想を、先進国型の「成
熟と洗練」へときりかえるべき転型期に入るはずでした・・・にもかかわらず、
政治の未熟、幼稚化、行政の劣化、崩壊というかたちで、中進国のまま停滞する
のではないかという、「没落と焦燥」を予感させる時点に日本は立つことになり
ます」(17頁)とふかい危機感を表明している。
  日本の現状に対する松下さんの認識に私も基本的に同感であり、ふかい危機感
も共有できる。
    


◇◇農業社会―工業社会―脱工業社会


 しかし、ひとつ気になったのは、農業社会から工業社会へ、農村型社会から都
市型社会への歴史的転型期の課題が明快に解明されているのだが、神奈川県、つ
いで川崎市という首都圏の中枢、工業先進地域で30年近く働いてきた私の体験
からいうと、日本社会は80年代に工業社会への移行の完了と、脱工業社会への
移行の開始という2つの過程が交錯していたのではないか、そして、90年代以
降は社会の脱工業化が大きく進展してきているのではないかと思っている。日本
社会は先進工業地域を先頭に、工業社会から脱工業社会への歴史的な移行期に入
っており、新たな転型への課題が生じてきているのではないか。そこには工業社
会、都市型社会への転型の範疇には収まりきれない新たな課題が出てきていない
か、ということである。
  80年代後半から90年代にかけて、京浜工業地帯では(国の「工場追い出し
制度=工業制限3法」もあって)工業の急速な衰退がおこった。95年までの1
0年間で、事業所数、工業出荷額で4~5割の減少、従業員数では6割以上の減少
となった。空洞化による遊休地の拡大が進んで、京浜工業地帯の「消滅」さえ危
惧される状況が生まれた。

 しかし、京浜地区での生き残りをかけた企業の必死のリストラや、地域再生に
むけた川崎市などの努力などが重ねられた結果、03年ごろから再生への兆しが
見えはじめてきた。しかし、そこにはもはやかつての工業の姿はなかった。高機
能、高付加価値製品の生産に特化する研究開発型企業や、国内外に展開する事業
所の頭脳センターとなる研究所などへのリニューアルや、情報、環境、バイオ関
連企業の集積などが進んだ結果、新たな活力が生まれているのだが、従業員中ブ
ルーカラーはごく少数になり、研究者、技術者など知識労働者が主体になってい
る。12000人が働く大手電機メーカーの某事業所は、70年代初頭まで85
%がブルーカラーだったが、いまは87%を研究者・技術者が占めている。生産
されているのは「情報」で、モノ=「工業出荷額」はゼロである。


◇◇急速に進む「脱・工業化」、新しい階層の台頭


 こうした産業構造の変化の結果、川崎市は就業人口に占める研究者・技術者(
いわゆる知識労働者)の割合が全国トップクラスとなり、北部の住宅区では人口
の3分の1が4年制大学卒以上という高い学歴構成になっている。「労働者の街
」といわれた川崎で、いまブルーカラー労働者が消えつつある(他面、川崎はホ
ームレスの多い街としても知られ、脱工業化に対応できない人たちの問題が起き
ている)。こうした産業構造の変化にともなう就業者構成、市民構成、地域構造
、都市構造の大きな変貌は、川崎だけでなく横浜、湘南、県央など神奈川県全域
に広がっており、神奈川は「工業先進県」から「知識経済先進県」に変貌をとげ
てきている。

 最近、リチャード・フロリダというアメリカの学者が書いた『クリエイティブ
資本論』(ダイヤモンド社、08年1月)という本を読んだ。英文の題は「The Ris
e of the Creative Class ・台頭する創造的階層」である。彼は序文の冒頭でこ
う書いている。「(今、新しい社会階層が台頭している)科学者、技術者、建築
家、デザイナー、作家、芸術家、音楽家、あるいはビジネス、教育、医療、(福
祉)、法律などに関わる職務に就き、その中心的部分においてクリエイティビテ
ィを発揮することを求められている者が、その階層(である)。これらアメリカ
の労働人口の30%以上を占める3800万人の社会階層は、人々の働き方から
価値観や欲望、日常生活そのものに対して重大な影響をおよぼして(いる。以下
要旨)彼らは経済成長の原動力であり、社会への影響力の点で支配的な階層であ
る。彼らの台頭の意味、彼らの価値観を理解することなしには、現代社会の変化
と将来の方向を知ることはできない」。
  私も同感である。現代日本社会への私の分析視角とも共通しており、共鳴する
部分が多いのだが、ここではこれ以上は触れない。


◇◇「戦後革新勢力」の解体と再編一新しい社会運動の模索


 そして、また神奈川に戻るが、こうした脱工業化=知識経済、IT社会への移行
につれて、80年代以降、これらの地域を中心に40代から50代の女性たちを
担い手とする新しい社会運動がつぎつぎに誕生し、発展してきている。新しいタ
イプの生協運動の広がり(班活動を基礎とする生活クラブ生協は組合員6万60
00人、供給高210億円の実績を持つ)、これを基盤としたローカルパーティ
ー(84年誕生の神奈川ネットワーク運動、04年独立のネットワーク横浜など
、県会、横浜、川崎市会はじめ数十名の地方議員を持ち、市会では社民党をしの
ぐ勢力)の台頭、市民事業、市民起業家の叢生(「神奈川ワーカーズ・コレクテ
ィブ」は223団体、6200人のメンバーを擁し、福祉、介護、保育などのコミ
ュニティービジネスを展開し、事業高も60億円近くなっている。これは現在脚
光を浴びている「社会的企業」の先駆者である)など注目すべき動きが広がって
きている。これらの組織の会合に出るたびに、うまく定義できないが、松下圭一
さんの言う「市民的人間型」の誕生を見る思いがして、感銘を受けている。

 他方、オールドエコノミーの衰退とともに労働組合運動が衰退したばかりでは
なく、社、共などの「革新勢力」も衰退してしまった。かつて県、横浜、川崎は
じめ横須賀、藤沢、鎌倉などにも革新首長を実現し、「革新県神奈川」といわれ
た時代があったが、いま革新自治体はひとつもない。すべて保守系または右派系
(松下政経塾系など)の首長に取って代わられている。(東京都民もあの極右政治
家を圧倒的票数で3選している)。かつて県議会に30名を擁し、長洲与党第1党
だった社会党は、115議席中1議席(社民党)しかもっていない(4月の選挙で
、自民が減り、一部社会党系も合流し、連合が支持する民主党が伸びて37、共
産党、ネットはそれぞれ4と3から1へ退潮)。なぜこうなったのか、まだ誰も納
得のいく分析をしていない。そして、ニューエコノミーへの移行とともに台頭し
てきた新しい社会運動も、政治的、政党的結集軸をまだ明確にはもっていない。

 脱工業化=経済と社会の知識化、情報化は、工業社会の一段階なのか、農業社
会、工業社会と並ぶもう一つの社会なのか、専門外の私には知識不足だが、経済
活動だけでなく、社会生活や文化の面にも、そして政治のあり方にも、工業社会
時代とは相貌を異にする変化が現れていることは否定できない。これがこれから
の「市民・自治体・政治」にどういうインパクトをもたらすのか、松下理論のい
っそうの深化を望みたい(「オルタ」48号、拙稿書評参照)。


◇◇NPO、NGO、社会的企業


 ここでNPO、NGO、社会的企業などに触れておきたいが、紙幅の関係でN
POについてだけ簡単に見ておきたい。
  アメリカにおけるNPO運動のリーダーの一人であるレスター・サラモンは「
現在、世界の至るところで、地球規模の「非営利革命」が進行中である。市場や
政府との境界領域において、組織化された民間団体の目覚ましい興隆がみられる
」(『NPO最前線』岩波書店、99年)。NPO大国であるアメリカでは、政府補
助の削減や組織の官僚化などで活動の転機を迎えているようだが、すでに153万
団体で雇用者の10.8%を占める1,590万人を雇用、3000億ドルの事業規模を
実現しており、アメリカ経済の不可欠のセクターになっている。(主たる財源は
寄付金だが、02年の寄付総額は2409億ドル=25兆円、内個人1837億ドル=19兆
円、国家予算の1割、全世帯の89%が平均1620ドル=17万円、内35%が宗教団体
へ)(市村浩一郎『日本のNPOはなぜ不幸なのか』ダイヤモンド社、08年9月
、などを参照)。


◇◇日本のNPOの課題


 日本でも、95年1月の阪神・淡路大震災に際し、数万人のボランティアが目
覚ましい救援活動を展開したのを機に、NPO活動の重要性がクローズアップさ
れ、98年3月、議員立法による「特定非営利活動促進法」(通称NPO 法)が成立
した。税制や活動分野の特定など多くの課題が残されているが、07年3月現在
、31,116団体がNPO法人として認証(内閣府2459法人、府県28,6
57)を受け、活動を展開している。社団、財団法人、学校法人、福祉・医療法
人、宗教法人などを含む広義のNPOで見れば、95年時点でもすでに非農業雇用
者の4.6%に当たる284万人の雇用と、GDPの4.5%を占める22兆円の経済規
模を実現していた。

 市民活動団体が行う狭義のNPO活動は、一方では町内会、自治会、社会福祉
団体など官製型、行政補完型市民活動の流れを汲み、他方では60年代の高度成長
期に、全国に激発した環境、公害問題などをテーマとする抗議、要求型市民運動
の流れを汲んでいる。
  しかし、70年代までのこうした市民活動と、80年代以降とくに90年代に台頭し
てきたNPO活動との間にはいくつかの重要な違いがある。最大の違いは、行政に
対する要求活動や行政補完型の活動ではなく、行政と並ぶ独立したセクターとし
て、行政による一律、画一のサービスや、民間企業の営利活動では対応しきれな
い分野の社会的、公共的サービスを自ら開拓し、供給しようとする点だ。
  さらに自立した市民の自己実現をめざすボランティア精神に支えられた活動で
あり、市民社会の成熟の反映であるとともに、市民個々人のボランタリーなイニ
シアチブによって市民社会を21世紀型に再構築していく可能性をもはらんでい
る。

 また、これまでのNPOは、主に環境、福祉、教育、まちづくり、国際協力など
の分野で草の根市民の奉仕活動中心に進められてきたが、NPO法の成立とともに
法人格を取得し、これらの活動をコミュニティー・ビジネスとして再構成しよう
とする動きも高まっており、「神奈川ワーカーズコレクティブ」などの運動はそ
の代表的事例である。今後のNPO活動、とくにビジネスNPO、社会的企業など
の活動を考えるうえで、これらの経験は重要である(拙稿「地域産業政策の転換
」前掲書)。
  いずれにせよ、欧米のNPOが目指しているように、経済分野では政府セクタ
ー、企業セクター、市民セクターが、政治分野では議会セクター、行政セクター
、市民セクターが3極を形成し、3者拮抗する形でバランスのとれた国家、社会
の運営体制を作っていくことが重要ではないか(欧米、韓国などではNPO代表
が市民セクター代表として政府に入っている例が多い)。


◇◇「消費者」か「生活者」か


 次に、「消費者」か、「生活者」か、という問題を考えてみたい。毒入りギョ
ーザに始まって有毒米を食用米として転売するなど、食の安全を脅かす問題が次
々に発生しているが、こうした状況を受けて、政府は消費者庁を新設し、国民の
不安を解消したいと言っている。これに対して、経済評論家の安原和雄さんは「
消費者庁より生活者庁の新設を」という意見をブログで発表していた。冒頭の部
分を読むと「福田首相の主導の下で消費者庁を新設する動きが進んでいる。商品
の安全に絡む事故が多発し、その犠牲者も少なくない。消費者は怒り心頭に発し
、不安の中の生活を余儀なくされている。安全だけではない。「生活の質」をめ
ぐる多様な問題が山積している。消費者庁の新設でこれらの課題に十分こたえる
ことができるだろうか。消費者庁ではなく、生活者庁の新設こそ真剣に検討すべ
き時だと考える。消費者が主役の時代はすでに終わった。今や「生活者」こそが
主役を担う時代である。消費者庁にこだわるようでは時代感覚がずれている(08
年6月22日)。
  安原さんによれば、消費者とは市場でカネと交換に財やサービスを手に入れ、
消費する人を言う。もちろん購買力があることが前提である。これに対して、生
活者とは、購買力のある消費者も、購買力を持たない赤ん坊から寝たきりの老人
も、命あるすべての人間がふくまれる。そして、カネでは買えないが「生活の質
」をまもるためには不可欠の非市場的価値=命、地球環境、自然の恵み、生態系
、利他的行動、慈悲、ゆとり、生きがい、働きがい、連帯感などを重視するとこ
ろが、消費者と決定的に異なる点だと言っている。
  1962年、ケネディ米大統領が宣言した「消費者の権利」((1)安全の権利、
(2)情報公開の権利、(3)選択の権利、(4)意見を述べる権利)は、当時として画期的
なものだったが、しかし、松原さんは「いのちが粗末に扱われ、貧困層が増え、
労働者の権利が軽視され、ニセ物が横行し、そのうえ地球環境の汚染・破壊が進
みつつあるある21世紀初頭の今日、この「消費者の4つの権利」ではもはや不十
分である。だから生活者主権の確立という視点からこれを発展させる必要がある
」として、次のような「生活者の4つの権利」を提案している。(1)生活の質を確
保する権利、(2)ゆとりを享受する権利、(3)地球環境と共生する権利、(4)参加・参
画する権利、である。私も基本的にこれに賛成である。


◇◇「生活者政治」を掲げた長洲知事


 ところで、政治の場で「生活者」という用語を初めて使ったのは、ほかでもな
い神奈川県の長洲知事である。私は長洲さんの初めての知事選(1975年)で
政策づくりを手伝ったので覚えているが、選挙用ビラに「冷たい官僚県政から温
かい生活者の県政へ」、「生活者の心がしみとおり、脈うつ県政へ」というスロ
ーガンを掲げた。長洲知事は議会での所信表明演説や答弁の中でも「生活者」と
いう言葉を何度も使っている。

 ではなぜ政治の場で生活者という言葉を使うようになったのか。これには戦後
日本政治の大きな流れを振り返っておく必要がある。戦後、戦災からの復興期の
1950年代の日本政治は、保守・革新対決型の、イデオロギー性の強い政治だ
った。1960~70年代の高度成長期の政治は、圧力団体型政治、インタレス
トポリティックスと呼ばれ、高度成長の分け前を争う政治だった。そしてポスト
高度成長期、低成長期の新しい政治のあり方が模索されていたとき、長洲さんは
「生活者政治」という概念を創りあげた。パイを大きくしてその分け前を争う政
治から、高度成長時代に日の当たらなかった環境、福祉・医療、高齢者、障害者
、女性の地位向上、さらに明治いらいの委任型中央集権制から参加型地方分権制
への転換など、より生活に密着したテーマが政治の中心テーマになる時代がきた
と考えた。そしてこれを「生活者政治」と呼んだのである。

 当時、アメリカの女性の政治学者でバージャーという人が、これからの政治の
主流は「ライブリーポリティックス」になると主張していた。これを東京大学の
篠原一先生が紹介されていた(篠原一『ライブリー・ポリティクス』総合労働研
究所 85年)が、長洲さんがいう「生活者政治」とはまさに「ライブリーポリ
ティックス」であったわけで、政治学の第一線の考え方と合致していたのだとい
う実感をもったことがある。その後、「生活者」という言葉は生活クラブ生協で
も、宮沢内閣の時には政府の公文書にも使われ、政党も運動方針で使うようにな
るなど、政治、行政のなかで広く使われるようになっていった。


◇◆3、望ましい「社会モデル」を求めて



◇◇6割の国民は「北欧型の福祉社会」を望んでいる


 最後に、今後の政治のあり方とも関連するので、国民はどんな社会に暮らした
いと考えているのか、つまり国民の望む社会のあり方、社会モデルについて考え
てみたい。
  これについて興味ふかいデータがある。昨年12月、『北海道新聞』が行った全
国世論調査の結果である。北海道大学の山口二郎さんが、雑誌『世界』3月号に
発表した論文「日本人はどのような社会システムを望んでいるのか」のなかで、
この結果を分析していた。これによると、「北欧のような福祉を重視する社会」
を望む人が58.4%、「かつての日本のような終身雇用型社会」を望む人が31.5%
、「アメリカ型の競争社会」を望む人が6.7%で、国民の過半数、約6割が北欧型
の福祉国家、福祉社会が望ましい社会だと答えている。

 最近、日本でも北欧の行き届いた福祉の実情が紹介されるようになってきたの
で、国民の理解も進んできているように思う。最近もフィンランドやスウエーデ
ン、オランダなどの本が出ている。皆さんの中にも北欧に視察に行かれた人がい
ると思う。ここでは最近読んだデンマークの情報を紹介してみたい(初岡昌一郎
「コペンハーゲン・コンセンサス」オルタ・54号参照)。デンマークは人口54
0万、面積は北海道の半分くらいの小さな国である。


◇◇デンマークの充実した福祉


●医療、介護―原則的にすべて無料。ただし民間の保険を利用して、1部有料
の民間のサービスを受けることもできる。国民の7%がこれを利用しているよ
うだ。
●教育-国公立は幼稚園から大学まで無料。私学も85%を国が負担し、本人負
担は15%程度。
●失業保障―これまでは8年間、前職賃金の95%が保証されていたが、最近4年
に短縮され、前職賃金保障も95~75%に区分された。これなら失業の不安はな
くなる。安心して失業できる。しかも職業訓練が充実しており(GDPの4.5
%、アメリカは0.3%)、大半の人が半年以内に再就職が可能のようだ。
●雇用制度―終身雇用ではないので、労働移動が活発で、転職率はEUで一番
高い。ただし、同一労働・同一賃金が厳しく守られているので、ワーキングプ
アは存在しない。賃金水準―賃金水準はEU平均より70%も高い。これは高い
生産性によってもたらされている。なぜ生産性が高いのか。それは個人の適性
に合わせた職業選択と行き届いた職業訓練によってもたらされている。

 聞くだけでも本当にうらやましいような社会だ。ただし、これには重要な前提
がある。このような高福祉は国民の高負担によって支えられている、ということ
である。平均すると国民負担率は所得の50%になる。所得階層によって異なるよ
うだが、所得の低い層でも収入の3割程度が税金でとられる。高額所得者は所得
の70%以上の高い税率になる(ただし、高負担の中身を見ると生活者への様々
な配慮が見られる。例えば英国の消費税=付加価値税は17.5%と高率だが、
食料品、国内旅客運賃、雑誌書籍、新聞、医薬品、居住用建築物の建築、水道用
水などは「ゼロ税率」、医療、福祉、教育、郵便などは「非課税」、家庭用燃料
、電力などは「軽減税率5%」などとなっており、国民は贅沢さえしなければ消
費税なしで暮らせるようになっている)。

 聞くだけでも本当にうらやましいような社会だ。ただし、これには重要な前提
がある。このような高福祉は国民の高負担によって支えられている、ということ
である。平均すると国民負担率は所得の50%になる。所得階層によって異なるよ
うだが、所得の低い層でも収入の3割程度が税金でとられる。高額所得者は所得
の70%以上の高い税率になる(ただし、高負担の中身を見ると生活者への様々
な配慮が見られる。例えば英国の消費税=付加価値税は17.5%と高率だが、
食料品、国内旅客運賃、雑誌書籍、新聞、医薬品、居住用建築物の建築、水道用
水などは「ゼロ税率」、医療、福祉、教育、郵便などは「非課税」、家庭用燃料
、電力などは「軽減税率5%」などとなっており、国民は贅沢さえしなければ消
費税なしで暮らせるようになっている)。


◇◇福祉国家づくりに必要なこと


 今の日本で、こんな高負担を国民が納得するわけがない。では、なぜデンマー
クでこれが可能なのか。それは政府に対する国民の信頼感が極めて高いからだ。
つまり、国民は個人的な貯蓄によって病気や失業などの生活の事故や老後の生活
などに備えるのではなく、税金という形で国家の財政に、政府の金庫の中に貯金
をするということなのだ。税金を納めていれば、教育も医療も失業も老後の生活
も、何の心配もいらない、ということになれば、むしろ国民の方が「税金を納め
させてください」ということになるわけである。だから北欧のような福祉の充実
した社会が良いということになれば、北欧のような国民から信頼される、透明性
の高い政府をつくらなければならないということになる。

 ところで、このデンマークも含めて、北欧型ないし広くヨーロッパ型福祉社会
、福祉国家を築いてきた主たる政治勢力は、社会民主主義の政党である(国によ
って政党名が違う。英労働党、仏社会党、独社会民主党、スペイン社会民主労働
党など)、現在、独、仏などは野党になっており、英労働党もブッシュに追随し
たブレアの失政で支持率が低下している。しかし、どの国でも保守党と拮抗する
強大な勢力を保っており、いつでも政権交代可能な力を持っている。
  社民党の福祉政策が行き過ぎたと国民が判断すれば、保守党に替え、保守党の
福祉切り下げが行き過ぎると社民党に交代させるという形で、それぞれの国に合
った福祉社会を築いてきた歴史がある。つまり、欧州は保守党対社民党の2大政
党制という政治構造のもとで、国民の信を競い合ってきている。最近、この2大
政党制に飽き足りない勢力が「緑の党」に結集して、環境政策を中心に2大政党
制に揺さぶりをかけているが、ドイツなどでは社民党と組んで政府に入ったりし
ている。


◇◇政治構造の選択


 これ対して、アメリカは保守2大政党制になっている。アメリカでは社会民主
主義はなぜか根づかなかった。せいぜい民主党リベラルの中に社民主義の要素が
入り込んでいる程度である。私は長らく、日本でもアメリカ型の保守2大政党制
ではなく、欧州型の保守党対社民党による政権交代可能な政治構造が望ましいと
考えてきたが、日本社会党は教条主義を捨てきれず崩壊してしまったし、現在の
社民党は(是非大きくなってほしいが)あまりにも非力になってしまった。

 日本の現状は、保守2大政党制のアメリカ型に近づいており、社民的要素は民
主党の中に一部吸収されている程度である。今後、民主党が政権党になり、安保
、防衛や憲法問題で待ったなしの対応を迫られるようになったとき、保守的要素
と社民的ないしリベラルな要素との間で亀裂が生じる可能性がある。いずれして
も、国民が望む「北欧型の福祉が重視される社会」をめざすなら、現在の社民党
も含めて社民的政治勢力の再構築が必要になってくるはずである。
  しかし、それは欧州の引き写しでなく、欧米にも例のない、平和憲法を軸とす
る、日本型の、市民参加型の社会民主主義を創り上げないと成功しないのではな
いか。最近アメリカの金融危機の中で、危機に瀕する金融機関に公的資金が導入
され、事実上の国有化、政府管理が行われていることは、政府の市場介入を否定
する市場原理主義、新自由主義が破綻したことを示している。市場の暴走に対す
る社会的制御をめざす「社会的市場経済」を掲げる社会民主主義への評価が世界
的に高まってくるのではないか。

(本稿は、十月二十三日、福祉クラブ生協の研修会「共育会」での講演記録に補
筆したものである)
           (筆者は元神奈川県副知事・参加型システム研究所代表)

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