-参議院議長に就任して-

■ 憲法民主主義をさらに進めるために

-参議院議長に就任して-     江田 五月

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 私が最初に参議院議員に当選してから、ちょうど30年が経過しました。
 私の父・江田三郎が急逝した後を引き継いだので、父が亡くなってからも、ちょうど30年ということになります。そこで10月12日に、「江田三郎没30年・生誕100年を記念する集い」を開催させていただきましたところ、本当に大勢のみなさんが集まって下さいました。あわせて記念出版「政治家の人間力=江田三郎への手紙」も上梓しました。関係の皆さんのご努力にあらためて感謝しています。そういう節目に参議院の議長に就任するということになりました。


●参議院は戦後レジームの象徴


  夏の参院選の結果、参議院は与野党逆転しました。それだけなら、これまでも9年前の1998年と、さらにその9年前の1989年に、逆転したことはあります。しかし今回は、野党を総計すると過半数となるだけでなく、民主党だけで与党の自公を上回り、民主党が第一党という、これまでにない結果になったのです。この「ねじれ国会」で、日本の二院制が本当にちゃんと機能するかどうかという、大きな試練の前に私たちは立たされています。日本の二院制は、議会を通じて国民の意思を決定していくことに失敗するのか、それとも二院制が本当に機能して、より素晴らしい国民の意思決定に結びつくことになるのか、これがこれから問われてきます。

 いうまでもなく、衆議院では与党が3分の2を超えています。したがって、衆議院は議長も与党から推薦をされた河野洋平さんです。これに対して参議院は、第一会派が野党、民主党となり、そこから推薦をされた私が議長になった。しかも240人が投票したのですが、私は満票でした。あの青木幹雄さんも江田五月と書いたのです。副議長になった山東さんも満票でした。

 私はこの参議院選挙の最中に、有権者に「参議院というのは何ですか」と問いかけました。戦後レジームからの脱却とある人が言えば、別の人は、あの戦争の惨禍を経て、私たちは戦後レジームを選択したと言います。

 参議院が生まれて、今年でちょうど60年です。戦前は、参議院はありません。あったのは貴族院で、日本に貴族制度があった。しかし戦後、私どもは貴族制度をなくし、財閥も解体をし、農地解放もやった。女性に対する選挙権も付与した。その他のいろいろな民主主義的改革をし、戦後をスタートさせた。戦後の新しい憲法のもとで、今日までやってきた。参議院は戦後レジームのある意味の象徴なのです。国民は、戦後レジームそのものである参議院に、衆議院と逆の数のバランスを与え、「参議院は頑張れ!」と言ったのが、今回の参院選の結果だったと私は思っています。

 したがって、この参議院が、いまの戦後レジームを本当に発展させていくことが、非常に重要です。基本的人権にしても、平和主義にしても、民主主義にしても、もっと前へ進める。これをやっていかなければなりません。その参議院の責任者に私がつくということになりました。これはかなり重要なことです。


●江田五月の民主主義五原則


  私は、民主主義の手続きに関し、 “江田五月の民主主義の五原則”という持論を持っています。議会が揉めた時によい結論を導き出すために、特に大切だと思っています。

 第一は、議論するのに両方の当事者が同じ情報を持っていないとならない。そうでなくて、どっちかはいろんなことを全部知っている、どっちかは何も知らされていない状態に置かれていると、これでは実りのある議論になりません。これは今回非常に重要なことになっていくと思います。つまり、野党に対して、議論の素材が完全に提供される、その状況をつくらなければなりません。

 2つ目は公開の討論です。テーブルの下で手を握ったのではどうにもならないので、やはり見えるところでちゃんと議論をして、最後には国民の判断を仰ぐ。

 3つ目は、お互いに相手がどういう考えでそういう主張をしているのかということを思いやってみることです。いわゆる相互の浸透です。「どうせ議論しても考え方は変わらないだろう」と突き放すのでなく、相手の主張に真剣に耳を傾け、相手の思いを共有する努力をしてみると、そこは違うとか、そこはなるほどそうなのかとか、そして、それならここは同じだ、という、相互の浸透性です。お互いに影響し合うということがなければ、議論の意味がありません。

 4つ目は多数決原理で、5つ目は少数意見の尊重です。多数といえども、いつ変わるかわかりません。この5つが民主主義の原則だと思っています。とりわけ今の事態になって、情報の共有というのが非常に重要になりました。いわずと知れた国政調査権です。


●国政調査権の威力


  国会には国政調査権が与えられています。しかも、これは両院に個別に与えられている権能で、両院が一緒に行使をする必要はありません。それぞれの院で行使をすればいいわけです。

 しかし、院はそれぞれの委員会にこの権能を委ねているわけで、委員会が議決をして、国政調査権の行使をすれば、行政はいろんな記録にしても、あるいは証人の喚問にも、応じないわけにはいかなくなります。

 大体、国政調査権、証人喚問などのときには、全会一致ということでこれまでやってきました。それはそれで重要なことですが、今後はそうはいかない場面も出てき始めました。先日の参議院外交防衛委員会では、一度は与党欠席のまま、証人喚問の議決がなされました。多数決で決めることはできるわけですから、反対派も、国民が見ている中で抵抗するのはなかなか簡単なことではないと思います。私は、決定までは片肺であっても、実施段階では是非、全会派が参加する形になって欲しいと思っていましたが、若干の経過があって、その方向に向かいました。

 国会議員をはじめ、いろんな人が役所に、いろいろな要請をしています。有力者の要請で、予算をはじめ行政が動かされているというのは、思い過ごしではないでしょう。この要請をした人の固有名詞が、国政調査権で明らかになれば、これはかなり行政のあり方に影響がでてきます。


●両院協議会をオープンにする


  法律については、ご存じのとおり、衆議院が可決をして参議院に送付した場合に、参議院が否決をするか、あるいは60日以内に答えを出さなければ、衆議院が引き取って、3分の2の多数で再議決をすれば、これで法律になるという憲法上の規定があります。しかし、これは、衆議院から始まる場合ですから、参議院から始まる場合にはそういうルールはありません。

 そこで、議員立法で参議院先議というものが多くなりました。この臨時国会でも、民主党が提出した「年金保険料流用禁止法案」や「農業者戸別所得法案」は、参議院を通過しました。

 野党が少数の衆議院であっても、与党のほうも、常に野党提案を葬り去ることなど出来ません。国民の目が光っています。そこで、これはやっぱり法律にしようといものも出てくる。そういったことで、「被災者生活再建支援法改正案」は全会一致で参議院を通過しまし、その日の内の衆議院本会議も経て、この臨時国会の延長前の唯一の法律として成立しました。

 3分の2の再議決は確かに憲法に定められていますが、それをどんどん使って何でもやることが、本当に可能なのか。そういう規定を使って、直近の参議院選挙で国民の多数の信任を得た野党が反対をしているものを、2年前の総選挙で多数を得た与党が無理やりに通していくということは、そう簡単ではないと思います。国民の目が光っていますから、世論が認めないものは、簡単にはいかないでしょう。

 ですから、国民が見ている前で国会運営をすることが、大切なのです。再議決という最後の逃げ場に逃げ込んで法律を作るのではなくて、途中経過でいろんな合意を得るとか、いろんな知恵を出すということが、国民から期待されています。それを私たちはやっていかなければならないと思っています。

 両院協議会は、恐らく私の経験している限りでは、政治改革の時を除いては、実質的な意味のあった例はあまりないのですが、秘密会的な様相が強い。果たしてそれでよいのか。

 会議録が作られると言う意味で、公開はされていますから、秘密会というと正確ではありません。国会法の規定で、傍聴が許されていないというのが正確です。そのうえ、正式の協議会でなく、協議会メンバーの懇談会になると、通常の委員会の理事懇談会のようなもので、傍聴も許されませんから、これはもう秘密会となってしまいます。

 これは衆参の議決が違って、それぞれの議決を主導した勢力から協議の委員が出てくるわけですから、賛成が10人、反対が10人で、普通ならまとまりません。しかし、非公開でやったら、いろんな妥協もできるということなのでしょうが、本当にそれでよいのか。

 いろいろな審議会などでは、完全公開をして結構うまくいっているものもあります。刑務所改革のため、行刑改革会議というものを法務省がやりましたが、なかなかいい結論を出しています。国民に見えるリアルタイム公開がその成果をもたらしていす。議論をそのときに、そのままに全部国民にオープンにしながら進めていく方法をとったのです。

 両院協議会が、議長が強いリーダーシップを発揮すべき場かどうかまだわかりませんが、秘密会的にしたほうがいいとは思いません。国民に議論の中身を十分に知ってもらうことで、国民からのいろんな意見も寄せられるでしょう。そのことで、よい変化が起きて来ると思います。

 1993年の総選挙のことが思い出されます。宮澤さん率いる自民党が、過半数を割りました。しかし依然として、第一党は自民党でした。第二党の社会党は議席が140から70にまで半減した。そして、その他の政党はそれより少数という状況のときに、毎晩テレビ討論がありました。

 これを有権者の皆さんが見ていて、その場ですぐに各党にいろいろな有権者の意見が寄せられる。そして翌日の討論のときには、前夜の意見が国民に批判されて主張が変わり、だんだん非自民がみんなで腕を組むことを国民が期待していることが分かり、細川内閣成立まで行き着いたわけです。

 国民との対話が生きて行われるようになれば、国民の願う結論というものが導き出されます。両院協議会もそういうあり方にしたいと思っておりますが、これは各会派で相談してもらうことになります。

 また、国会同意人事は、立法に関する規定のような衆議院の優越はありませんから、衆議院と参議院がどちらも同意をしなければ国会の同意ということになりません。そこで、内閣が同意を求めてくる人事案件について、参議院がノーということは、現実に起きましたし、今後十分あり得ることです。

 ですから、それだけ一層内閣として慎重に事を進めて、両院での合意が得られるような人選をしていかなければなりません。その点でも、参議院で多数を持った野党の責任は重要で、人をみる目というものを相当磨いていかなければなりません。

 ちなみに、その際に同意人事で挙げられた人に、参議院の委員会に来ていただいて、議員からの直接の質問に答えていただくというようなことも、一つのあり方として議論になると思います。


●参議院改革のさまざまな懸案


  参議院改革は待ったなしです。どの国の二院制もそれぞれ独自性を有していますが、日本の二院制も他の国に負けず劣らず、結構独自のシステムです。憲法で、予算とか条約とか、あるいは法律の再議決とかは衆議院優越ですが、これらを除くと、衆参同じ権限です。
  しかも、両方とも選挙で選ばれ、選挙の制度もかなり似通っています。そこで、なぜ二院制なのか、参議院はどういう点で独自性を発揮するのかを、ずっと議論してきました。
  一定の成果は、これまでの協議によって仕上がりました。押しボタン採決の導入とか、調査会をつくったとか、決算重視であるとか、ODAを特に重要視していこうとかです。調査会の発案で、例えばDV法なども世に送り出しました。

 決算重視でいえば、衆議院には決算行政監視委員会という委員会がありますが、参議院には決算委員会と行政監視委員会と二つの委員会に分けて、より審議を充実させようとしています。行政監視委員会のほうには、苦情請願という制度があり、個別の国民の苦情についても参議院は審査をします。しかし、過去には1件しか行使されていません。こうしたことも、さらにもっと進めていく必要があります。

 そして参議院改革では、やはり選挙制度の問題が避けて通れなくなるだろうと思います。憲法に適合しているかどうかは、最高裁のいうことがラストワードですよというのは、この国の大原則の一つです。最高裁ごときに、国権の最高機関である国会の立法を、憲法違反だと言われたくない、というわけにはいきません。

 最高裁は、参議院の定数配分について、「これを漫然と放置したら憲法違反になりますよ」という警告が滲み出るような判断を示したこともあります。私たちは、選挙制度の憲法適合性ということを、本当に真剣に考えていかなければなりません。

 いまの参議院の選挙制度をどうするのか。どこをどう変えるかはなかなか難しい。今の各都道府県を選挙区とする制度を前提として、単なる選挙区への定数配分だけで、1票等価の原則を実現するというのはなかなか困難です。こうした議論を関係する皆さんに、大いにこれからやってもらうために、私の諮問機関である「参議院改革協議会」を先日立ち上げました。


●ねじれを活かすのが知恵の出しどころ


  衆参で数のバランスが逆になったことで、「ねじれ国会」といわれていますが、ねじれになってよかったといわれるような二院制にしていかなければならないと思っています。

 ねじれというのは、マイナスのイメージがついて回りますが、ねじれにはエネルギーがあると思っております。もともと二院制は、はじめからねじれを前提にした制度だともいえます。ねじだって、ねじってぐっと入れるから力が出てくる。縄だって、ねじるから縄が強くなる。ねじれというもの自体が悪いわけではない。そのねじれをどういうふうに生かして、そこから良いエネルギーを引き出すかが、これからの知恵の出しどころです。

 ねじれを使いこなす知恵を国民が、そしてその国民を代表する国会議員がここで習得をしていかなければいけない。そういう大事な役目を参議院議長という立場で果たしたいと思います。参議院は衆議院のカーボンコピーとはもう言わせないし、また言われるようなことはもうないと思っています。

 ぜひ皆さんの忌憚のないご意見を聞かせていただいて、この国の議会政治を実りのあるものにしていきたいと思っております。
                       (筆者は参議院議長)

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