-自由を求める叫び声―民主主義の衰退-

海外論潮短評(32)         初岡 昌一郎 

-自由を求める叫び声 ― 民主主義の衰退-

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  ロンドンの『エコノミスト』誌1月16日号が「自由を求める叫び声 ― 民
主主義の衰退」という長文の記事を国際欄に載せている。これによると、今世紀
に入ってから国際的に民主主義が後退を続けているという。この気がかりな 報
道を要約して紹介する。


□■後退期に入った民主主義 ― 盛り返す専制政治□■


  冷戦以後のいかなる時よりも、今や自由と民主主義を擁護することが必要とな
った。ワシントンに本部を置く権利擁護団体、フリーダム・ハウスの最新年次報
告書が、自由と人権がグローバルに4年連続して後退したと述べている。この団
体が約40年前に年次報告を出し始めてから、最も長い後退期だと指摘している。

 同報告は、世界の国を'自由やや自由自由でない'の三つのカテゴリーに、
政治的自由と人権や選挙の自由度などを測定する指標によって分けている。最新
の所見によると、専制的政治体制が増加しているだけでなく、自信と影響力を強
めている。

 昨年は、アフリカ、ラテンアメリカ、中東、旧ソ連圏の計40ヶ国で自由度が
低下したのに対し、改善が記録されたのは16ヶ国であった。自由な選挙の国は
3ヶ国減り、116となった。これは1995年以後最低であるが、1990年
の69ヶ国から見ればまだはるかにましだ。


□■民主主義バブルの崩壊□■


 全体としてみれば、ソ連共産主義体制とアパルトヘイトの崩壊した20年前の
民主主義バブル・ムードが逆転した。当時は、アメリカのフランシス・フクヤマ
のような思想家が、民主主義の勝利でこれよりほかに将来の政治体制が考えられ
なくなったとして、政治が「歴史の終わり」に到達したと述べていた。

 ソ連崩壊直後期にロシアやその隣国には、市場経済だけではなく、多党制民主
主義を広めようとする西側の顧問たちが殺到した。これらの学者先生たちが熱心
な聴衆を集めた期間は短命に終幕した。今日、西欧諸国に謙虚に学ぶという考え
方は、旧共産圏の政治家たちにとって嘲笑すべきものとなっている。専制政治に
切符を切り替える国がますます増えている。

 例えば昨年10月、クレムリンの政権与党「統一ロシア」は中国共産党と密室
会談を行なった。両国の相違は大きく、中国モデルが容易に適用できると考えて
いる人が多くないにもかかわらず、一党支配による政治体制の中国的経験にロシ
ア指導層は関心を抱いている。

 懸念すべきは、自由と民主主義の政治が傾向的に逆転しているだけでなく、知
的に後退していることだ。方向を定めかねている'やや自由'な諸国は、将来への
道としてリベラル・パスに納得していない。西側ではオピニオン・リーダーたち
が民主主義を自由な選挙に矮小化して、制度が十分に機能する前提条件が不在な
らば競争選挙が弊害をもたらす事を無視している。イラクのサダム・フセインに
対する攻撃と血に塗られた戦後を見れば、アメリカ外交政策の手段としての民主
主義に多くの人が疑問を抱いて当然だ。

 アメリカが主導する連合軍が民主主義の名において戦争を行なっているアフガ
ニスタンでは、現地の政治エリートの腐敗と曖昧な態度や、昨年の選挙の不正な
結果が同盟国を当惑させている。中東では、2006年のパレスチナ選挙でハマ
スが勝利して以後、アメリカの民主主義促進の熱意は失速した。EUのソフトパワ
ーは、拡大疲労が増すにつれ乏しくなっている。


□■強くなる中国の磁力□■


 民主主義の磁力低下の最大の理由は、おそらく中国の興隆と、それを模倣する
ことが経済発展に役立つとの見方であろう。多くの専制主義的政府の言動からは
中国に真似ようとする意図を認知しうる。

 例えばシリアのバース党政権が、安定を持続することで成長を加速化する'社
会主義市場経済'を語っている。ベトナムは中国の経済改革を真似ているが、自
由の制約を批判されている。共産主義とイスラムがどの程度共存できるのか分ら
ないが、イランは中国の法律と経済の専門家を招いている。これらの国に共通す
るのは、西欧型民主主義を避けようという合意である。

 マルクス主義にしがみつくキューバでさえ、中国の経済改革に関心を寄せてい
る。多くの貧しい国、特に中国と友好的なアジア諸国が中国との協力に積極的な
理由の一つは、中国が政治的自由と人権についてお説教をしないからだ。また、
グローバルな経済不況と中国の持続力がその魅力を高めた。さらに、西側政府が
商業的利益を道義的責任に優先していることが、困難な状況下で自由な権利のた
めに戦う人々の気力を挫いている。


□■軍事・経済力よりもオープンな対話を通じて」□■


 今日では、軍事的経済的優位が民主主義を伸張させる力となりそうにない。希
望は、本当にオープンな対話と議論で人心を獲得することにある。政治的自由が
最も良く作用することに疑念を持つ社会や躊躇する国を理性的に民主主義を納得
させなければならない。

 民主主義を擁護するためにどのような主張が今日通用するのだろうか。多くの
思想家が述べているように、政治的自由擁護論の最強のポイントは消去法にある。
すなわち、民主主義は完全無欠の政策を生まないものの、圧制や専制がもたら
す悪政、暴虐、公費乱脈などの諸悪にたいするセイフガードである。

 政治腐敗を監視する「トランスペアレンシー・インターナショナル」は、政治
腐敗度が低い順からみた上位30ヶ国は、シンガポールと香港を除き、全て民主
主義国であるとしている。専制政治国は腐敗度の高位に位置している(中国は中
位にある)理由を見つけるのは難しくない。根を張った政治的エリートが自由な
批判や公正な選挙に煩わされずに、ポケットに富をやすやすと詰め込めるからだ。
権力者は公費を私物化して支持者を獲得し、政敵を買収し、膨大な乱費をいと
わない。

 民主主義を名乗る国でも出鱈目を見つけるのが困難ではない。例えば、アフガ
ニスタンの選挙は事態を悪化させた。旧ソ連圏で最大のロシアは専制的で腐敗し
ているが、民主的な選挙が行なわれているウクライナもクリーンではないし、統
治もお粗末である。

 少なくとも経済開発の初期の段階では、穏健な独裁がベストだという説がある。
シンガポールのリ・カンユー元首相は、民主主義が"無秩序な行為"につながり、
物質的進歩を妨げると主張していた。しかし、全般的にみて専制政治国が民主
主義国よりも速く経済発展した証拠は見当たらない。台湾や韓国で専制政治が経
済的成果をもたらしたのにたいし、それに劣らず専制的なエジプトやカメルーン
は足踏みしている。ミャンマーや北朝鮮はいうに及ばずだ。


□■政治体制と経済成長は関連があるか□■


 政治制度と成長のリンクは判定し難い。しかしながら、民主主義が勝っている
という証明がいくつかある。世界銀行のデータによる研究では、1960年から
2001年までに民主主義国の平均年間経済成長率が2、3%であったのに、専
制国では1.6%にとどまった。知識経済では自立的思考と革新がカギなので、
民主主義的環境が勝っている。グローバル技術革新指標で最上位20ヶ国が、シ
ンガポールと香港を除き、すべて民主主義国なのは不思議で無い。

 その表の27位にある中国は、大きな例外として賛美者によく引用される。中
国の頭脳力は、コンピュータ、環境技術、宇宙工学などの分野で大躍進した。し
かし、グーグルとの対決に示されているように、情報技術では制約がある。いず
れにせよ、中国を真似て専制政治を行なうことで、中国のようにダイナミックな
経済を構築できる国はないだろう。


□■政治的安定では民主主義が優位□■


 専制政治が経済開発の前提である安定を媒介するという説はどうだろうか。ま
ず、専制的権威主義的な国が民主主義国よりも安定しているという証拠は無い。
実際は正反対だ。民主主義の政治家は議論に時間を費やし、揺れ動くが、これが
中期的には安定につながる。より多くの人の利害や意見がその過程で取り入れら
れるからだ。チトーのユーゴスラビアや。サダム・フセインのイラクは安定して
いるように見えたが、拘束衣が外れると収拾のつかない混乱に陥った。

 妥協の文化に説明責任の拡大と国家権力の制限を重ねることによって、民主主
義は破滅的な悪政や犯罪的残虐行為を回避するのに優れている。中国の大躍進や
ソ連の強制的集団化のような血生臭い悪夢は、制約の無い少数者集団の手中に権
力が集中したことによって可能となった。自由な民主的政治はあらゆる失敗を免
れないが、大量殺人を犯すとは思えない。ノーベル経済学賞受賞者、アルマティ
ヤ・センが、自由な新聞と公正な選挙が行なわれる国では飢饉が生じていないと
述べているのは有名だ。貧しい専制国は貧しい民主主義国よりも、経済的窮境時
の被害を倍増させる。

 民主主義のオープンで責任を問われる統治は、色々なフラストレーションがつ
きものであるけれども、長期的にみてよりよい政策を生む。それは、どのように
優れた官僚集団でも、今日の複雑な社会にとって何が最適かを市民に代わって判
定できないからだ。専制政治はトップに権力が集中するので決定は容易であるが、
秘密主義と疑心暗鬼のパラノイアに落ちいり、代替策や異なる見解が抑圧され
る。何よりも、公正な選挙は権力移行を正当かつスムースにする。圧政は実力者
の下での安定を装うが、ついには不安定にスライドしてゆき、流血の混乱を招来
する。自由選挙は誤った政策を生んでも、より素早く是正する可能性を持つ。傲
慢になった政治家は放り出され、新しい血が導入されうる。


□■最近のバックラッシュの教訓□■


 最近の民主主義に対する熱意の冷却とバックラッシュから学ぶものがあるとす
れば、投票箱だけでは不十分ということだ。個人とマイノリティの権利を擁護す
る法規の確立や独立した司法など政府権力の制限が無い限り、フランスの政治哲
学者トックビルが言うように「多数者の圧政」を選挙が生みだす。

 もう一つの警告は、市場経済の無い国では民主主義が持続しないことである。
国家機関があらゆることに介入できる国では、権力が政敵に向けて行使される。
経済の全面的統制は、自由な経済が可能にする結社の自由と独立的政治拠点を窒
息させる。自由な市場経済が、国家の圧力と政治的庇護に抵抗力のある中間階級
を生み出す。

 おそらく民主主義にとって最も重要なことは、バジョットが指摘しているよう
に、妥協の意思と能力のある政治的指導者を必要としていることである。19世
紀に本誌『エコノミスト』の編集者であった彼は、「最大限に獲得するよりも、
何かを断念する能力」が妥協の真髄だと述べている。相違を受容し、それをマネ
ージする性向なしには、対立する集団が民主主義を単なる権力闘争に還元し、リ
ベラルな諸制度を究極的に滅ぼす。

 民主主義が成功するのは、共通の帰属意識が存在する社会である。強力な文化
的人種的結びつき(注。評者はこれに'社会的結合'をくわえる)なしには、政治的
衝突が容易に暴力的な対決に転化する。

 必要条件の全てが備わっていても、唱道者たちが統治の成果を示さなければ民
主主義は勝利しない。憲法自体が良い統治の保障とはならない。あらゆる政治制
度の成功は、保障、所得、公正という基礎要件の提供に左右される。


□■コメント□■


 世界的に民主主義が大きく後退しているとは思えないが、後退の危険を過小評
価すべきでない。この論潮短評シリーズの初回に紹介したシュレジンジャー論文
が指摘しているように、民主主義が過去において逆転した歴史を忘れてはならな
いし、現在においても不断の努力なしには空洞化して、民主主義が自滅しかねな
い危険をはらんでいる。対抗的な専制政治に食われる危険よりも、この記事の最
後に指摘されているような内在する弱さによって,自壊する危険のほうが大きい
だろう。

 民主主議論はとかく政治的民主主義のみを対象範囲に限っているが、社会的経
済的民主主義と一体的に考察されるべきである。義務教育の普及、等しく入手で
きる公共サービス、所得のより公正な再分配とそれにより可能となる社会的保障
などの裏づけがあって、民主主義の政治は初めて良く機能しうる。その面から見
ると、日本やアメリカを含め、ほとんどの民主国は依然として民主主義の発展途
上国である。

 民主主義政治が本質的に揺れ動くもので、妥協こそがその要諦であるという指
摘、そして「最大限を追及する能力よりも、断念する能力」が妥協の本質である
という言葉は、今日の国内政治を見るうえで一つの視角を与えているだろう。

              (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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