-野党自民党にも「ノー」の世論のなかでー

■ 野田政権に期待はできるか              羽原 清雅

       -野党自民党にも「ノー」の世論のなかで
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 民主党政権2年にして3人目の首相が登場した。自民が3人の一年政権なら、民
主党も負けずに追いついた。それに人材豊富のせいか、代表選挙には5人も名乗
りを上げたうえでの野田選出だった。スタート時での世論調査はまずは好評だ
が、長続きできるのか。
 
  一方、野党自民党はしきりに衆院解散を求める。だが、世論調査では、解散よ
りも震災・原発の復旧復興対策が先決で、即時解散といったムードは出ていな
い。しかも、自民党の支持率は、民主党政権の体たらくにもかかわらず、いっこ
うに浮上せず、政権復帰の期待は出てこない。
 
  このような状況を見ると、現在の二大政党による「健全な政権交代」「大政党
による政局の安定」といった神話は、もろくも崩れきっている。つまり、5回続
いた小選挙区制衆院選挙は、日本政治の低迷を招き、自覚乏しい小粒政治家の増
殖によって、政治への期待や信頼は地に堕ちようとしている。政治への不信は、
日本の進路自体を危うくするだけではなく、急進的なデマゴギー的、権力掌握的
な政治勢力を生み出すことにもなりかねない。短期的には実現しないにしても、
ここまでの低落振りからすれば、この際小選挙区制度自体の総合的な見直しに移
るべきだろう。


<民主党政治はひ弱さから離脱できるか>


  野田首相は、筆者が佐藤政権で政治記者になって以来24人目の首相だが、取
材等を通じて口を利いたことのない、初めての総理大臣である。したがって、そ
の印象は新聞やテレビを通じてしかわからない。不評で倒れた菅政権からイメー
ジチェンジを図ったこの内閣はまずは好調、と思ったら、鉢呂経産相の発言問題
でつまずきを見せた。

 「死の町」「放射能」という二つの発言が招いた失格だろうが、言葉としての
「死の町」はありうる表現で、これだけなら なんとかかわせただろう。放射能
問題も、メディアの姿勢を含めて再考すべき点だと思われる。それにしても幼稚
というか、悪ふざけというか、自覚のない政治家だとは思う。その一方で、揚げ
足とりに報道が興奮し、野党もしり馬に乗るなど、政治の小ささが続いているこ
とを痛感する。

 政治状況が総体として、品位とか信頼とかから遠のいている。これは、やはり
政権の未熟さからくるし、政党人としての経験不足の政治家が増大したこともあ
るし、「国民や哀れ」というしかない。

 ところで、筆者は以前から、野田首相は「さんしょううお」と思い、「どじょ
う」などとは考えなかった。というのは、井伏鱒二の「山椒魚」は、寝ているう
ちに肥ってしまい岩屋から出られなくなって、小エビや蛙を幽閉しつつ愚痴る、
といった寓話のとおり、この人物はそれほどの政界の表舞台には出られないので
は、という印象があった。ところが、有利と見られた海江田万里が小沢グループ
に支えられ、これがかえって党内の「小沢台頭」忌避のムードを誘い、野田を押
し上げるという構図となった。

 決して野田政治への期待、あるいは政策上の期待による首相就任ではなく、
「局面切り替え」にひと息ついたというだけの選択だった。これは、各種の世論
調査や代表選挙の票差に示されている。野田政権の性格は、「財務省サポート政
権」、「小沢離れ政権」、党政調会や事務次官会議(名称は別としても)など
「自民党的手法回帰政権」などといえようが、これらについてはとくに言及しな
い。

 ただひとつだけ触れておきたい。それは首相となった以上、じっくりと体制を
整えて、説得性のある政治を進めてほしい。「ねじれ国会」の不安定は恒常的に
乱を好むメディアを刺戟しそうだが、小さな身構えではなく、重量感ある姿勢を
保ち、国民への説明に信頼が持てるような対応がほしい。初の施政方針演説はち
ょっと抽象的に過ぎたが。

 説得力を持つためには、首相以下、不利なことを含めて、わかりやすく、論理
にかなう説明を十分に果たさなければならない。首相は記者会見などの場を避け
ているような報道が続くが、長い眼で見ると、それは間違いで、むしろできるだ
け発言の場を持って国民に説明責任を果たすべきなのだ。問題によっては言いに
くい検討途中の段階のものもあろうが、基本的には不快な質問にも答えつつ、人
柄と発言内容によって時間とともに理解されていく、といった戦略をとるべきだ
ろう。

 「減原発」政策を採るというなら、あわせて自然エネルギーのコストや年次計
画の検討体制にも触れるべきだ。これまでのように前段の「減原発」だけをいう
と、産業に対する電力への影響などの不安から現状維持的な原発依存の主張が強
まってくる。フクシマの状況は、コメや野菜、魚類など広範な食品汚染の懸念を
持たせ、土壌汚染は運動場や農地から子どもや農民も追い立て、さらに今後の原
発汚染機材等の処理の見通しもないことがはっきりしている。地震国である現状
も、変えようがない。こうしたことからも原発からの離脱が望ましいのだが、方
向付けがあいまいのままだと、電力への不安は「やむを得ない温存策」に向かわ
せる。

 また、原発政策は政府の判断待ちとする空気が強いが、道府県単位の地域で、
その地震や津波の予想状況、地質などの地域性、あるいは住民感情などを踏まえ
て、知事のもとに地元の学者たちを動員してそれぞれに検討・選択を進めてはど
うか。「なんでも国、政府」でもあるまい。「安全神話」を生む構造化した土壌
も改めなければならない。

 さらに、政府を率いる閣僚たちは、それぞれの課題について短期、中期、長期
に仕分けしつつ、その方向と障害とコスト等、もっともっと説明すべきなのだ。
増税はしないほうがいい。だが、各種世論調査では、震災復旧・復興の財源が乏
しい以上、増税もやむを得まいという理解を示している。ムダ、余剰の人件費な
ど、惰性にかまけた税金の使い方にメスを入れる努力が政府の手で示され、納得
いく事情が説明されれば、選挙を恐れるばかりの反対論を凌駕することもできよ
う。とにかく、説明不足やへたな説明が政治への懸念を生み、政府与党の怠慢を
感じさせ、そこにあらぬ攻撃や中傷が生じてくる。コンセンサスつくりへの努力
と能力が必要なのだ。

 以上は、一例を挙げて、野田政権への期待に触れたにすぎないが、小さな政治
運営を捨て、じっくりと大きな構えで取り組んでほしい。もっとも、それほどの
期待はしていない。ただ、政権の交代時には、メディアはご祝儀的期待を振りま
くか、少し経つとやたらに狭い解釈での批判を浴びせがちなので、それらに耐え
うるだけの強靭さくらいは発揮してもらいたいものだ。


<野党自民党は長期政権のツケをどう考えるか>


  野党となった自民党の国会などの動きには大きな疑問がある。政治への不信を
問うとき、それは与党である民主党にいっそうの責任があることはいうまでもな
いが、55年体制の38年間と、非自民の細川、羽田時代などの数年に及ぶ長期政権
を握ってきた自民党政治もまた、やはり責任を負うべきではないか。

 「自民党の時代」を多く取材してきた政治記者として、かつての社会党のよう
な攻撃と中傷に明け暮れ、緊急の法案審議にもムダな理由をつけて寝込むかの姿
勢には納得がいかない。このことは国民も肌で感じていることは、世論調査のう
えにも現れ、あれだけ民主党政権への不評が高まりながら、政権交代を叫ぶ自民
党、そして公明党支持の浮上が見られないままである。

 ひと言でいえば、安全神話のもと原発政策を推進してきたのは自民党政府であ
った。国債依存の借金財政に落ち込ませ、将来の若者に大きな負担を残すととも
に、その大きな利息と返済で新規政策を阻むという政治経済環境を作り出したの
は自民党だった。仮に一歩譲ってやむを得なかった、としてもいい。

だが、その歴史的責任を自覚すれば、憎き民主政権だとしても、打開への道はと
もに歩まなければなるまい。政略的な「大連立」とかの問題ではなく、政治家と
して、政党としての大状況における責務である。少なくとも、国民世論はそうし
た時代の流れを感じている。だが、自民党の谷垣総裁、石原幹事長らはこの現実
にほとんど触れようとしない。

 そればかりか、国会審議を見ると、首相らに対する誹謗中傷ともおぼしき、野
党の挑発としても品位を欠く表現での攻撃を延々と続ける。主題の質問に入る冒
頭なり3分の1程度はありうるとしても、質問の全時間を費やす女性議員もいる。
「敵将」とはいえ、国民の代表とされる首相である以上、少なくとも言葉に品位
がないと、質問者の劣悪さのほうに眼がいく。このことは、テレビの質の劣るコ
メンテイターらにも通じることだが。

 自民党は震災対応で700項目の要望を出した、という。それは評価に値する
のだが、それが政府によって黙殺されたのか、若干でも具体化したのかは国民に
は伝わらない。野党とはいえ、法案や政策の直結する国民生活を考えれば、相手
にばかり責任を転嫁してムダな時間を稼ぐ戦術はどんなものか。むしろ、自民党
には政権時代の経験や人脈がある。それは、民主党に欠けている財産でもある。
これを使って、民主党にひと泡吹かせるほどの知恵を示して、サスガと世論を引
きつけるくらいのことをしてみたらどうか。

 その自民党執行部は、衆院解散を求め続ける。いきおい選挙戦に勝つために、
対決姿勢が必要となり、妥協や譲歩もできなくなる。揚げ足でもなんでも、敵失
をおおいに使う。その背景には、自民党内に前回選挙で落選した人たちが多くい
て、早い解散を求めているから、執行部も解散志向が強まらざるを得ないのだ。
それに、メディアは素直にも こうした表面ばかりをスケッチして報道するから、
改まる余地がなくなる。しかし、被災地をはじめ国民サイドでは、政府への批判
不満はあっても、この時期の政治空白は求めていない。むしろ政党が力を合わせ
て、すばやい対応をすることを望んでいるのだ。自民党には、このような民意が
伝わらず、したがって支持も伸びるわけがない。


<なぜ政界はレベルが低迷するのか>


  政治家、政権、与野党・・・どう言おうが、そのレベルダウンは否定しようが
ない。その根源にあるのは衆院の小選挙区制度である。5回にわたって続けられ
てきたこの選挙システムを改定しない限り、政治の質の低下は続くばかりだろう。
日本新党を結成し、政権を握り、そして小選挙区制導入を果たした細川元首相が
最近、この選挙制度が良くなかった、との反省の弁を述べている。鳩山、田中両
内閣をはじめ長年にわたって指摘されてきた小選挙区制のマイナス面を学ばずし
て、かつ政治全般に長期的にもたらされる弊害を考えずして、導入した責任をど
のように反省したのか、まことに無責任というしかない。

 自民党内にも、もともとこの制度への消極論が少なくなかった。新聞論調も長
らく懸念を示してきたが、昨今では問題点を洗い直そうという姿勢が失われてお
り、これだけのマイナス面が浮上した現在、ジャーナリズムとしての責務を果た
していないと言わざるを得ない。選挙制度審議会などの、より客観的、公平公正
な顔ぶれによる検討を急ぐべきだろう。

 簡単ながら、この制度の問題点に触れておこう。まず、1区1人の選挙区で
は、二人で競合すれば51%の得票が必要であり、そのためにはより多くの票を確
保するために公約的発言が抽象的、あいまいなものになりがちで、3~5人を定
数とする中選挙区制のような個性ある人材や多角的な提言を国会に示すことはで
きない。しかも、当選の門は狭く、世襲系、長老、タレントなど「質」より知名
度の選出になりがちだ。

 そして、なによりも価値観の多様化している社会状況では、二大政党いずれか
というような、少ない選択肢から選ぶ仕組みは民意に沿う政治の実行は難しい。
是々非々、ここは納得できるがこの部分は反対、といった複雑多岐の判断が生ま
れるようになっている今、より多くの政党が登場し、多様な論議を交しつつ、政
党間のパーシャルな連携になじんでいく体制が必要だ。

 二大政党制は、政権を維持存続、または直近に確保する立場にあることから、
当面の政策についてはドラスチックな方策はとれず類似の立場になりがちで、そ
れゆえに独自性は弱まり、政権交代の意味が薄れて、ときに「大連立」まで取り
沙汰されるようにもなっている。二大政党による対立は、「ねじれ国会」が起こ
りがちな仕組みであり、これが望ましくないとするなら、多党化し、かつその政
党が各党との連携に習熟することが必要になるだろう。

さらに制度全般について言えば、▽死に票が多く民意が反映しないこと、▽1票
の格差が広がること、▽政党の得票率と議席の確保率の格差が大きく、民意が正
当に反映しないこと、▽二大政党制とはいえ、実態としては議員数から連立にな
っていること、▽政党選挙とはいえ無能な政党幹部が出ると政党自体の方向を誤
り、非力な政治家候補を公認しかねないこと、などの問題点が指摘できよう。

 こうした問題の多い制度は、早い機会に改めなくてはならない。メディアはこ
の問題にもっと真剣に考えるべきである。テレビのワイドショー的に、一方的な
方向に流れを持っていく識者やタレント、非専門家たちの軽薄さではなく、多く
の論議を通じて物事の可否について考え判断できるようなメディアを育ててほし
い。また、活字メディアは、目先の短期的な報道論評にとどまることなく、中長
期を視野に入れた奥の深い論議に徹してほしい。

選挙制度による国民的な政治被害をこの辺で食い止めるには、メディアの責任は
大きく、その自覚を求めたい。

         (筆者は帝京平成大学客員教授・元朝日新聞政治部長)

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