2012年米国大統領予備選挙

■【特別レポート】

2012年米国大統領予備選挙   武田 尚子

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2012年1月3日(アイオワのコーカス)
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 本年11月の大統領選挙へのキャンペーンは既に始まってはいたが、コーカス
(党員集会)やプライマリー(州別党大会)の形で各党の大統領候補にたいする
地域の評価や志向があきらかにされるのは、なんといっても選挙年にはいってか
らのことだ。

 1月3日のアイオワのコーカスは、全米で選挙年の最初に開かた党員集会であ
り、6人の候補者が共和党の大統領指名への資格を争うアイオワでの予備選挙の
始まりだった。しかしコーカスやプライマリーの開催以前にも、その後にも、何
回となく、全候補者をあつめての当単位での討論会が開かれ、テレビで全米に流
されるので、投票者には候補者を知るために多くの機会が与えられる。

 キャンペーンの開始以来、共和党にはこれまでに以下の立候補者がいた。実業
家ミット・ロムニー、元共和党のスピーカー、ニュート・ギングリッチ、国会議
員ロン・ポール、元国会議員リック・サントーラム、同じく国会議員ミシェル・
バクマン、テキサス州知事リック・ペリー、ユタ州知事ジョン・ハンツマン、ピ
ッザ・チェーンの重役ハーマン・ケイン、不動産業者ドナルド・トランプの8人
である。

 トランプタワーなどで知られた不動産業のドナルド・トランプがしばらくオバ
マの出生に疑問を投げてアメリカ生まれでないと世間を騒がせたが証明はできず、
彼の司会で公開討論会を開くという案も、ほとんど候補者が出席を辞退したので、
立候補を断念した。しかし彼は、その直後共和党を脱党したので、風向きしだい
で、インデペンデントの候補者として、総選挙に出馬する道を残したといわれて
いる。

 さらに異色のピッザ・チェーンの重役である唯一の黒人候補ハーマン・ケイン
が、討論会後の投票の下位からあれよあれよという間に1位にのし上がって、お
そらく彼自身をも一般大衆の多くをも驚かせた。

彼は密入国してくる中南米からの非合法移民を防ぐには、メキシコとアメリカの
国境に長距離の外堀を作ってワニを泳がせろと奇抜な提案をしたが、その外堀の
建設や、ワニの世話その他の莫大な費用にかかる非現実性を笑われたとき、「あ
れは冗談にすぎない」とかわした。彼の2度目の提案は、メキシコとの国境に、
電動壁を作って密入国者を感電死させろというもので、当然ながらこれも散々な
批判を受け、あれも冗談だったと言ってのけた。

 にもかかわらず、コーカス前の討論会後、彼の人気はトップに上った。その理
由は、はっきり分からないが、おそらく多くの黒人が支持したこと、ケインがロ
ムニー他の候補のようなエリートでないために、自分たち庶民とつながりやすい
生活感覚を共有していると見られたこと、さらにワシントンとのつながりはおろ
か、まったくといってよい政治のアウトサイダーであったことが、ひょっとした
ら影響しているのかもしれない。

政治の垢に汚れない誰かが、新しいやり方で自分たちのことを考えてくれるかも
しれないと。事実、テレビで報道される彼の支持者は、ごく庶民的な、多くは中
年の白人黒人の男女だった。

 しかし、2-3週間を超えるケイン人気の絶頂時に、若い女性が現れては彼と
の情事関係を披露した。彼女たちはテレビ出演も拒否し、弁護士を通して事実を
述べたにすぎなかったが、ついに現れた3人目は、13年間の情事を続けていた
という女性で、テレビで本名を明らかにし、彼との付き合いの詳細をも述べた。
ケインはそれまでと同じく、彼女との関係を全面的に否定した。しかしほどなく
「家庭の平和をまもるために」という理由で選挙戦をおりた。

『私は神に向かって何ら恥じることをしていない、私は妻に対しても何ら恥じる
ところはない。このとおりここにいる彼女は私をまったく信頼している』と大見
得を切リ、控えめな奥さんは彼によりそい、深くうなづいてみせた。まちがって
も大統領指名はうけないとしても、アメリカという自由の國の多層的で、いささ
かコミカルでもある深部を浮き彫りにしてみせた、大統領選ドラマの一幕ではあ
った。

 これで残るのは6人になった。元ユタ州知事ジョン・ハンツマンはアイオワを
素通りしてニューハンプシャーのプライマリーで争うことを決めたので、ここで
の結果には関係がない。コーカスは私的な集まりなので、各州で行われるわけで
もなく、これに参加するかどうかはまったく個人の自由意志に任せられる。

 開票の結果は、ミット・ロムニー1位、リック・サントーラム2位、ロン・ポ
ール3位、ニュート・ギングリッチ4位、リック・ペリー5位、ミシェル・バク
マン6位であった。

 大統領選挙への準備段階としてのコーカスでは、立候補者を知るために、人々
は近くの学校や体育館や、町村のホール、また個人のリビングルームなどに集っ
て、大統領選の立候補者と親しく意見を交換し、クッキーをつまみ、握手をし、
地域ごとの結果を集計して党は代議員を選び、全国コンベンションに送り込むの
である。プライマリーよりも、草の根的なコーカスの方が候補者の実像がよく分
かるともいわれる。

 2012年1月3日のアイオワでの投票のために、ハンツマンをのぞく6人は
その前夜から、意見をきこうと集った聴衆と会見し、必勝を期した。アイオワの
コーカスは予備選挙の第一日であり、その結果は総選挙まで投票者の心に影響を
与えるというので、投票者も候補者もおろそかにできない。結果の憶測は様々だ
ったとはいえ、おそらくミット・ロムニーの1位、最近人気急上昇のロン・ポー
ルとギングリッチが2、3位あたりまでは大方の見るところとなっていた。

ギングリッチは共和党のスピーカーという要職にあった前歴があり、潤滑な話
法と、歴史家としての知識をことあるごとに披瀝してインテリぶりを強調し、わ
ずか数週間前に予備選前の投票で第一候補者と目されたが、この2-3週間の、
ギングリッチにたいするえげつないほどの『否定的攻撃』で、みるみるトップを
落ちたのである。

 ところが、ふたを開けてみるとそれまで問題にされなかったものの、やはり最
近力をましてきたサントーラムがロムニーとトップを争うことになった。思いが
けない成り行きに、人々がおどろいているうちに、サントーラムはトップのロム
ニーと4票違いまで差をちじめた。深夜をすぎていた。

投票の計算上のトラブルがあったらしく、長時間の後、結果は8票の差でロム
ニーの1位、サントーラムの2位という数字が出た。サントーラムの急上昇は何
とも予想外としかいえなかった。大金を投じたロムニーの半ばにも達しない50
何万かの選挙資金で、コーカスに古い型の飛行機で馳せ参じたあげく、この結果
を得たサントーラムに、拍手を送りたい。

 ペリーはコーカス以前の公開討論の席で、自分が大統領になったら閉鎖する予
定の政府の部門を3つあげようとして商業、教育と列挙し始めたが、三番目の部
門がどうしても思い出せず、“オップス”と漏らして、その(一時的な)記憶断
絶を失笑された。討論会場では結局その記憶『エネルギー』はもどらなかった。

 ペリーは、場合によってはミット・ロムニーに代わる大統領候補になれるかと
ロムニー嫌いの共和党幹部から思惑もされ、予備選前の人気は悪くなかったが、
この記憶喪失事件は、彼の選挙戦最大の失点になったといわれる。ペリーはアイ
オワ戦の後、候補中止を表明し、唯一の女性候補で国会議員のミシェル・バクマ
ンはアイオワの不調にもめげず、選挙戦を続けると強調した。

 ところが翌日になって、これが逆転した。ペリーは戦線に復帰し、ミシェル・
バクマンが引退したのである。バクマンはテイパーテイ運動に共鳴し、2007
年以来議員をつとめている国会下院テイパーテイ・コーカスの創立者である。夫
マーカスとの間に5人の子供があり、さらに23人の十代の少女を引き取って政
府の保護で得た家で、一人の少女をほぼ3年間づつ養育しているという。

 アイオワに生まれ、後にミネソタに移ったが、アイオワのストローポール(予
備選挙前の状況診断投票)では第一位になった。1月3日のコーカスでは、アイ
オワ生まれを強調したが、トップグループにはいれず、けっきょく大統領選挙か
らは退くことにきめた。

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1月10日
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アイオワ・コーカスから1週間。今日はニューハンプシャーでのプライマリー
である。ロムニーは全候補者のうち最も富裕であり、彼を支援するスーパーパッ
ク(*註)は、340万ドル以上の金を彼のためにつぎ込んでいるという。もし
それが枯渇しても、ロムニーの財産は桁はずれなので、いくらでもつぎ込める。
ただ2008年の大統領選挙にロムニーが破れたとき、アイオワ・コーカスでの
不成績はその一因とされていた。スーパーパック関係者の今回のハッスルぶりが
想像できる。

 *註)スーパーパックとは企業や組合、その他の組織団体が、自由に政党や個
人の公職選挙などの政治的な目的の為に、制限なしに献金できるシステム。ただ
しあくまでも、スーパーパックの担当者は、支援の標的である当人とは独立に醵
金や宣伝活動をすることを要求されている。

 ロムニーはGMの社長もつとめた実業家の父を持ち、ハーバードの大学院で、
ビジネス経営と法律をともにトップで卒業した俊才である。背の高い美男であり
美しい婦人と5人の息子、さらに多数の孫たちにに囲まれた家庭を持つ。誰が見
ても、アメリカのファースト・カプル、ファースト・ファミリーとして非の打ち
所がないようにみえる。

 マサチューセッツの知事時代には、後にオバマの医療保険改革との相似からオ
バマケアと呼ばれるようになった全州民皆保険を設立した。

 しかしロムニーは共和党の中枢からは煙たがられ、いやまったくといってよい
ほど歓迎されない存在なのである。「ロムニーでさえなければ誰でもよい」とい
わせるほど、彼が大統領候補に指名されるのを共和党は恐れていた。しかしオバ
マに対抗できる人材が見つからないために、共和党内にかなりの受け入れ気分が
出てきたようには見える。

 なぜロムニーは共和党の主要勢力に歓迎されないのだろう?

 まず彼はクリスチャンではあるが、モルモン教徒であり、アメリカ人のなかに
はモルモン教をキリスト教ではなく、カルトにすぎないという人もいる。彼はモ
ルモン教の伝道者として、フランスに3年間滞在もした。

 第二に彼が知事をしたマサチューセッツ州は、きわめてリベラルな州であり、
知事時代に彼は前述の州民皆保険を設立して住民に歓迎された。これは共和党が
目下非難の中心のひとつに据えた、オバマによる国民皆保険―オバマケアの下書
きになったといわれている。国民よりも医療産業や保険会社とのつながりの重要
な共和党にとっては、ロムニーの保険はまことに保守党らしからぬ政策である。
彼等はロムニーの保守性を疑い、彼を容易に許せないのである。

 ちなみに現在のロムニーは『自分が大統領になったら、一番にオバマケアを破
棄する。』と壮語している。なぜ彼はオバマ流の皆保険を破棄しなくてはならな
いのかと追求されると、現在のロムニーは『あれはマサチューセッツ州にはよか
ったが、アメリカ全体には通用しない』とかわす。それにはわずかでも正当性が
ないとはいえないが、ビジネスマンの腕を生かせば、適応は可能であろう。

要するに、そうした過去の政策や言葉の変更などは、平然としてのけるので、彼
のことをフリップフロップ(トンボ帰り)と呼ぶ人が多いのもわからなくはない。

 もうひとつ理解しなくてはならないのは、茶会党(テイパーテイ)運動の出現
以来、アメリカはすさまじく右寄りになったことだ。共和党の全候補は、自分こ
そ一番の保守主義者だ、真の保守主義者だと声を大にする。保守主義者でなけれ
ば、すべての意見が間違っているのである。ロムニーがみっともないほどオバマ
非難を口にするのも、そのためにちがいない。

 しかしなぜ彼はマサチューセッツで、自らは共和党員ではあっても、民主党に
も受け入れられる保険改革をやってのけたのだろう? 彼の本領はひょっとした
ら、いま自ら演じているよりも進歩的なのではないだろうか。それとも若干の評
論家がいうように、彼には核になる政治的な信念がない為に、進歩的な思想の持
ち主の多いマサチューセッツでは多数におもねり、いまは時流に乗って保守性ぶ
りを強調して、共和党の中枢に気に入られようとしているのだろうか。

この問題については、できるだけ偏見なしに考えてみたいが、まだいくつか予定
されているプライマリーやコーカスを終えてからのことになるだろう。

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リック・サントーラム
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さて、アイオワ・コーカスでの異常な躍進ぶりで、ロムニーとほとんど肩を並
べたリック・サントーラムは、いろいろの点で、ロムニーと対照をなしている。

 彼の父親はイタリアからの移民であり、イタリア人とアイルランド人の混血の
母親とともに、ペンシルバニアのヴェテラン病院で働いた。彼等の家屋もその一
部であった。父親はしばらくの後、臨床心理学者の免許を得た。

 息子のリックはペンシルヴァニア州立大学で政治科学を専攻、その後ピッツバ
ーグ大学院でMBA(経営学)を得て卒業する。1990年には国会議員に選ば
れた。32歳。1994年から2006年までは上院議員をつとめる。2006
年の選挙に敗れて2007年に上院を去るまでは第3ランクの上院議員であった。

 すべての候補者が勢揃いしてみると、筆者はまず彼の素朴ともナイーブともい
える表情にひかれた(めがねをかけていないときのこと)。いかにも正直そうな
印象を与える。そしてそれは政治家のなかでは光っていた。

 彼は保守の本流を目指していて、2005年の彼の著作『It takes a family』
では、一夫一婦制の男女関係と結婚と子育てを重んじ、家庭中心の価値観と信仰
に基づく社会を目指す。従って堕胎を認めず、同性結婚もみとめない。戦争は大
反対である。

 彼はその主義通り、7人の子供を得たが一人は未熟児で、生後2時間で落命し
た。死体をくるんで兄弟姉妹の待つ家に連れ帰り、『これはお前たちの弟だった
が、神様に早く召されてしまった。』と告げる。幼い娘は『ああ弟は天使になっ
たのね。これは天使様ね。』と納得した。この話はメジアに伝えられて、賛否こ
もごもの反応があった。

 「死体に子供が触るなどけがらわしい」というものから、美しい家庭愛にうた
れたというものまで。サントーラムは、この話は反応が予期できないものだから
か、あまり繰り返さないらしい。しかし、移民として渡米し、生涯炭坑夫だった
祖父が亡くなったとき、その手の大きさに心を打たれ、釘づけになっていつまで
も彼の手を見ていたという話は、共和党の討論会でのどんな話よりも心に残った
という人が多い。筆者もその一人だった。

この一例が示すように、彼は人々の心の柔らかな部分に訴えることのできる候補
者であり、それはロムニーにも、ギングリッチにもロン・ポールにもリック・ペ
リーにも感じられないない貴重な資質である。

 政見演説では遅れを取って下位にいたサントーラムが、アイオワ・コーカスで
は奇跡のように、ロムニーとトップを争うまでにのし上がったのは、エヴァンジ
ェリカル・クリスチャンが多数を占める、きわめて保守的な土地の功が大きいだ
ろう。しかし、土地の人々に、いまでは失われつつある古きよき時代への回帰を
夢見させるなにか、公開討論会で披露した祖父の話の象徴するような彼の人柄が、
大きく影響しているように見える。

 共和党の穏健な評論家デヴィド・ブルックスは、アイオワでのサントーラムの
望外な上昇人気を喜び、元々共和党とは「働く白人の党]であり、ハーバードの
法学部卒(オバマ)とハーバードの法学部卒(ロムニー)のようなエリートが象
徴するものではない。労働者よ団結せよ、と論説で呼びかけている。サントーラ
ムの出自が示すような、誠実で働き者の党こそ実は共和党の王道だといいたいの
であろう。

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1月10日 ニューハンプシャーのプライマリー
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こうして、ニューハンプシャーはプライマリーの当日を迎えた。

 選挙戦を引退したミシェル・バクマンの代わりに、アイオワ・コーカスを不参
加にして、ニューハンプシャーでの準備に全力を注いだジョン・ハンツマンが加
わる。その他はアイオワと同じく、ミット・ロムニー1位、ロン・ポール2位、
ジョン・ハンツマン3位、ニュート・ギングリッチ4位、リック・サントーラム
5位、、リック・ペリー6位で総勢6人は変わらない。

 ここはマサチューセッツに隣接し、ロムニーの自宅があるまさに彼の縄張りで
ある。開票の結果、1位は予想通りロムニーだったが、そのあとまた番狂わせが
起きた。リバーテリアン―自由意志論者のロン・ポールがロムニーに続いて2位
になった。ロン・ポールは候補者中の最長老、75歳で、個人の自由意志をどこ
までも通そうとする彼の政見は、極端すぎる、奇矯だ、風狂老人だなどとこれま
で大方の批判を受けていた。

 産婦人科の医師で国会議員であり、キャンペーンに付き添う息子は眼科の医師
で上院議員である。オバマの医療保険反対はもとより、政府の介入を最小限度ま
たは皆無にとどめるのを理想とする。ロン・ポールは戦争はむろん大反対だが、
自分が徴兵されたときには黙ってしたがった。自分の意思で自由に生き、政府の
社会保障で救ってもらおうなどとあてにするな。いうなれば、のたれ死にもよい
ではないかといさぎよいのは確かである。

 また、80年代、90年代に書かれた彼のニューズレターでは、彼の人種差別
主義が歴然としていた。大統領に立候補してから、過去の言行のひとつひとつが
詳しく吟味されるようになると、あれは自分が書いたものではない、それが存在
することさえ知らなかった、と言い張っていたが、内々では、自分の書いたもの
であることを認めている。黒人の5%しか政治的な意見を持っていない、また黒
人の95%はセミ犯罪者だというのも彼の説である。彼の2位への躍進ぶりはい
ったい何を意味するのだろう。

 投票後の集計分析ではロン・ポールを支持する者の40%が純粋の共和党とい
うよりもむしろインデペンデントであり、共和党プライマリーでは初回の投票者
が多く、しかも若年層が大部をしめていた。

 政治の素人である筆者も、これはなぜだろうと考えずにいられない。青年たち
はアメリカが規制だらけで、自由を窒息させていると感じているのだろうか。あ
るいは彼等の若さや未熟さが、ロン・ポールのいうような無節制なまでの自由に
憧れさせるのだろうか。彼によれば学校もいらない、道路もいらない、公立病院
も不要だとなる。あるいは彼の絶対戦争反対が、いつの日始まるかもしれない戦
争に彼等を追いやるのを恐れているのだろうか。

 興味ある問題ではある。今後の宿題にしたい。

 さて、ハンツマンはニューハンプシャーに全力を注いだが、残念ながら、3位
にとどまった。彼はオバマの要請で、共和党ながら中国大使をつとめた。美しい
中国語を話す穏健な紳士であり、筆者の実はいちばん肩入れする候補者である。

 ハンツマンは、ロムニーに次ぐ富裕者で、父親は化学関係のビジネスと慈善事
業で知られている。息子は父親の仕事を継がず、独立してやはり化学関係の会社
を作った。父親は息子のキャンペーンに金を出してやりたいらしいが、ハンツマ
ンはごく一部を受けただけで、あとは承知しない、僕は票を売りたくはない、と
毅然としていて、直接キャンペーンに関わっている支持者をやきもきさせる。

次いでながら、中国人の少女を養女にしている。討論会でロムニーがそれを非難
したとき、『貴方のような態度こそ、アメリカを分裂させているのではありませ
んか』とやり返して、満場の喝采を浴びたのを筆者は見ている。

 個人的な業績を達成したいという野心が、大統領候補への道を歩ませたのでは
ないとおもえる政治家がいまアメリカにいるとしたら、それはオバマと、このハ
ンツマンではないかと筆者は考える。

 彼についてはもっと多くを知りたいが、今回は少なくとも3位を得たことを、
彼とともに祝福したい。

 ニュート・ギングリッチはロムニー・キャンプの、ギングリッチにたいする容
赦ないテレビ広告のためにランクを落ちたと信じて、猛烈な仕返し広告で報いた。

ちょうどアイオワ・コーカスの終わる頃に、旧知の支持者であるカジノの経営者
が、ギングリッチにポンと$500万ドルを寄付した。資金調達に苦労していた
ギングリッチは生き返り、早速ロムニーが金を作ったといわれる彼のビジネスに
対する疑惑に満ちた反対広告を登場させた。それは常にロムニーがキャンペーン
で、なぜ自分が大統領に向くかの正当化に利用しているベイン・キャピタルの業
績についてである。

 彼はビジネスマンとして、ベイン・キャピタルという会社を買い取り、それを
リストラクチュアして、大きな利潤を得るビジネスに仕立て、新しい買い主に売
り、巨額の利益を得た。その過程で、多くの従業員が失業者として、不況の市場
に投げ出された。ロムニーはベイン・キャピタルのリストラクチュアのおかげで、
合計100,000以上の新しい仕事を生み出した。だから自分はオバマと違っ
て、経済のことがわかるから、失業者をなくし、この不況を改善できるのは自分
しかないというのである。

 ギングリッチは、2008年の大統領選挙に向けてロムニー攻撃のためにプラ
イべートに作られたこの事件の映画を見つけ出し、そのとき以来の失業者に面接
して、彼等のいまに続く苦しみを暴きだしていると聞く。10万もの仕事を生ん
だというロムニーの主張は間違いではないか。失職者を計算にいれていないでは
ないかと。

 これについてはノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマンの明快な論説
がある。今回は時間切れなので、次回のプライマリー、サウス・キャロライナの
報告のときには詳述するつもりである。次期大統領はおそらくオバマとロムニー
で争われることになるだろう。できるだけ正確な情報を送りたい。

 ロムニー攻撃はギングリッチだけではない。民主党側からも、ニューハンプシ
ャーの後、ロムニーに壮烈な非難が集中している。ロムニーが大統領を志すなら、
自分の納税証明書を公開するべきだとせまる。まったく賛成である。しかしロム
ニーはこれまでのところ決してこれに応じない。『決して見せないとはいわない。
いつか見せるつもりだ』と答えるばかりだ。選挙の後に?

 ロムニーが見せないのは明らかに、多額の収入に対して、ほとんど税金を払わ
ないですむ全アメリカの0.01%の富者に自分が属していることを明らかにし
たくないからだと筆者は理解していた。しかしそれだけではない。

彼の巨額の収入は、投資した金が生むもので、手に汗して働いた金ではない。そ
こが問題なのだと説明されて、なるほどと納得した。0.01%に所属する超ド級
の富者であると聞いただけで、彼は一般の中産階級とは既に縁がない。彼が大統領
になったら、本当に中産階級を救えるのだろうか?

 今回の成績では4位にとどまって、憤懣やるかたないギングリッチも実はすね
に傷もつ身である。モーゲジ会社フレデイ・マックから百何十万ドルという金を
受け取っている。彼はそれをフレデイ・マックのコンサルタントとして得たと主
張するが、民主党側は、彼の長い議会とのつながりを利用してのロビイング(議
会陳情)への報酬に違いないと、おそらくは正しく見ている。なぜなら、ギング
リッチのいうように、歴史家としての彼に相談をかけて巨額の金を払う会社があ
るだろうか。

 さて、ロムニーへの批判は、無数と言ってよいほどあるが、ノーベル賞受賞の
経済学者ポール・クルーグマンは、1月13日のNYタイムズで、『アメリカは
会社ではない』という見出しで、ロムニーの自賛する彼自身の、ビジネスマンで
あるためにすぐれた大統領の資格があるという説を反駁する。

 ロムニーは常に自分のビジネス活動を高く評価し、これだけの仕事をやっての
ける自分は、いうまでもなく国家の経済を立て直せるという。
 
しかしクルーグマンは、国家を運営することは、会社を運営して利益を生むこ
ととは本質的に違うこと、これまでビジネスマンは大物であっても、その違いを
ほとんど理解していないことを指摘する。企業であればコストをカットするたび
に起業家の収入を増やす。しかし不況を抱えた国家の場合は話が違う。
 
ギリシャやスペインやアイルランドのように、(国家予算をカットして)厳し
い耐乏を強いた国は皆失業者をあふれさせた。そして赤字の減少はまったく期待
はずれだった。それは生産高と仕事の欠乏のために税金収入を大きく減らしたか
らだ・・・ビジネスマン出身のアメリカ最後の政治家は、ハーバート・フーバー
だったことを想起されたい、と。

 クルーグマンはミット・ロムニーについてこれまでにもいくつかの論説を書い
ている。そのユニークで明快な論説を、プライマリーを追いながら、少しずつご
紹介したい。一編ごとに、教えられることの大きさにいつも感謝しないではいら
れない。

 ところでサントーラムは、アイオワで異例の2位を果たしたが、ニューハンプ
シャーでは5位にとどまった。彼の選挙演説を聴いて筆者も感激したことはご報
告した。その後、知らなかった彼の別の面が出て、筆者を慌てさせた。

 そのひとつ、彼はガン・コントロールに反対である。後いくつ、アメリカでガ
ンによる大事件が起れば、彼等の心を変えることができるのだろう。その二つ、
南部特有の人種偏見が彼のなかには存在していること。

これは民主党政策への異論を述べていた彼のスピーチのなかで、ひょっと出てき
た。正確な言葉は覚えていないが『民主党は金持ちから金を奪って、黒人に共同
分配するというが大間違いだ』というもの。そのブラ『ック』という音を彼はあ
わてて飲み込んだのである。後で論議されたが、これは筆者が実際に見ているテ
レビ画面のことだった。

『おおサントーラム。貴方もか!』と筆者はこころに叫んだのである。これにつ
いてはまた言及するときもあるだろう。

 さてアイオワ・コーカスの不調にも関わらず、予備選挙に復帰したリック・ペ
リーは、最下位の6位にとどまった。気の毒としか思えないが、ペリーはここで
も、いつかの公開討論会と同じ過ちを犯した。記憶喪失あるいは記憶断絶である。
しかも前と同じ三つの言葉を並べようとして、ひとつが出てこなかった。悔しい
だろうが、少なくともこれ以上のキャンペーンは、金の浪費になるだろう。テキ
サス知事を3期も務めた経歴があるのだから、何らかの転身をはかるに違いない。
立場を超えて、彼のためによき将来を祈る。

 日本の読者にお知らせしたいことはまだまだあるが、今月はこれで失礼したい。
アメリカをできるだけ肌で知りたいという筆者自身の望みが、わずかでも実現で
きたら、それに勝る喜びはない。

(筆者は米国・ニュージャーシー州在住・翻訳家)

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