2012年米国大統領予備選挙(2)

■ 【特別レポート】

2012年米国大統領予備選挙(2)             武田 尚子

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  マーク・トウエインのエッセーに、大統領候補という小編がある。
  いま予備選挙たけなわのアメリカにふさわしいこの一文は、混迷の指名候補選
びに、つかの間の正気をあたえてくれるかもしれない。

 『私は大統領選挙に出馬することに、大むね心を決めた。この国が求めている
のは、かつて耳にしたこともない、ライバル候補者についての芳しくないうわさ
をきいたとき、彼の過去の歴史を掘り返して検分して見ても、馬脚をあらわすこ
とのない候補者なのである。しかし、もしも相手候補の最悪部分を最初から知っ
ていたとしたら、知られていない何事かを持ち出そうとするすべての試みは、は
じめっから封じられているだろう。

 いま私は選挙戦に、何ら隠し立てのない記録を持って登場しようとしている。
私はこれまでのすべての悪行を白状し、もしも議会の委員会が私の秘匿していた
後ろぐらい、命取りの所業を探り出そうと私の伝記をうろつきたいなら―それは
お望みに任せよう。

 まず私はリューマチ持ちの祖父を木の上に追い上げたことを認める。1850
年の冬のことだ。彼は老齢であり、木登りの専門家とはいえなかったが、私は持
ち前の非人情で、玄関から逃げ出したパジャマ姿の祖父に猟銃を突きつけて追い
まわし、楓の木によじ上らせ、そこで一夜を明かさせたのだ。

 その間私は彼の脚に、猟銃の弾をありったけ撃ち込んだ。これはみな彼が大い
びきをかくためだった。もし私にもう1人祖父がいたら、また同じことをやって
のけるだろう。私の冷酷さは、1850年当時といっこう変わっていないのだから。

 また私は、ゲテイスバーグの戦場から逃げ出したことを正直に認めよう。
  友人たちはこの事実を和らげようとして、私、トウエインは、祈りをするため
にヴァレイフォージュの森にいったジョージ・ワシントンの例にならったのだと
主張した。それはまあ破廉恥な言い訳というものだ。私は北回帰線を目指してま
っしぐらに逃げ出したのだが、ただ怖かったのである。自分の国が救われること
を私は望んではいた。しかし、自分でない誰かが救ってくれることの方が望まし
かった。その選択は今も変わらない。

 もしも泡沫のごとき名声というものが、大砲の前に身をさらすことだけで得ら
れるとしたら、私は進んでそこに身をおくだろう。ただし、砲弾はからっぽのと
きにかぎる。そして障害を越えて家路をめざすのだ。私が戦争においていつも実
践することは、あらゆる戦いにおいて、自分が戦場に到着したときよりも2/3
以上多くの兵隊を連れ出すということだ。私にはこれはナポレオンに匹敵する大
偉業だと思える。

 金についての私の考えは、きわめて断固としたものだ。しかしそれで私の人気
が高まるとも思えない、インフレを擁護しているのだし。ソフトマネーであろう
とハードマネーであろうと、私は文句はいわない。金でさえあれば、どちらでも
受け取る。  

 私が、亡くなった叔母をブドウの木の下に埋めたという噂、あれは事実その通
りだ。ブドウは肥料を必要としていたし、叔母は埋められなくてはならなかった。

そこで私は彼女をこの高遠な目的に捧げたのである。いったいこれは私の大統領
資格を不適格にするのだろうか? わが国の憲法はそうはいっていない。他の市
民のいずれも、彼の死んだ身内でブドウを肥やしたからという理由で、大統領に
なれないようなことはなかった。ならばなぜ、私がこの偏見の最初の犠牲者にな
ることがあろう?

 私はまた、自分が貧乏人の味方でないことを認めよう。私は、いまあるがまま
の貧者は、原材料の浪費だと見なしている。切り刻んで缶詰にしたなら、肉食人
種の島の住民を肥らせ、その地域との我が国の貿易を増進する役にもたつという
ものだ。私は大統領としての最初のメッセージで、この立法を推薦するつもりだ。
私のキャンペーンのうたい文句は、「貧しい労働者は脱水して、ソーセージにつ
めろ」ということになるだろう。

 これらは私の最悪の所業を記録した部分である。これを掲げて、私は国の前に
出てゆく。もし国が私を求めたくなければ、私は引き返す。しかし私は、自分を
安全な男として推挙する――完全な悪行の原点から出発して、最後まで極悪人に
とどまる私を。    マーク・トウエイン』

 大笑いしながら、ほら吹きマーク・トウエインのこの小文を読むと、アメリカ
の大統領選挙、ことに候補者の指名争いが、その実態においていかに変わってい
ないかに驚かされる。

 次々に明らかにされる候補者のいただけない過去、優等生と見えた候補者の非
合法すれすれの税金対策、徴兵忌避が疑われる候補者、過去の発言や行動の記憶
を闇に葬っての、いまの風潮に乗った新しい装いの主張など、トウエインがみず
からに擬したさまざまな言行のモデルは、1人ならず、票を求めて走り回り、喋
りまくっているのである。

 アイオワ、ニューハンプシャーに続いて、サウスカロライナの党員集会とフロ
リダのプライマリーが終わった。最初の党員集会の開かれたアイオワの結果は、
初めの報道と違い、サントーラムが34票もロムニーをひきはなして1位、ロム
ニーが2位に逆転したと、ニューハンプシャーの投票後に訂正された。アイオワ
とニューハンプシャーで連続トップになれば、8月の全国コンべンションの勝利
は確実といわれているだけに、アイオワでの2位転落は彼には痛撃だった。
  
  ニューハンプシャーにはロムニーの別宅もある。そのプライマリー結果は、ロ
ムニー1位、ロン・ポール2位、ジョン・ハンツマン3位、ギングリッチ4位、
サントーラム5位、他に多くの票は得なかったが、戦線復帰したリック・ペリー
がいた。しかしハンツマンとペリーは、この開票後、選挙戦を引きあげた。

 こうして移ったサウスカロライナでは、ロムニー、ギングリッチ、サントーラ
ム、ポールの4人が党員集会で大統領候補指名を競う。そしてニューハンプシャ
ー4位で失意のニュート・ギングリッチが、サウスカロライナではロムニーを制
して1位にのぼるという、めざましい展開があった。

 この2人を中心にしたライバル向けの否定的攻撃にはメジャーも加わり、知ら
れなかった過去がいくつも明るみに出される。政治家とはよほど神経の図太い人
間でないとつとまらないだろうと思わずにはいられない。

 ギングリッチは現在の夫人カリスタとの結婚までに2度の離婚を経験してい
る。サウスカロライナは、アイオワ以上に保守的な土地だといわれ、住民の多く
はエヴァンジェリカルのクリスチャンである。サントーラムが強調するような、
家族の絆、伝統を重んじる土地柄であり、3度結婚したギングリッチにはいかに
も風当たりが厳しそうに思われる。

 ギングリッチが2度目の夫人マリアンヌと結婚していたころは、彼女を自分の
出先につれ回ることが多く、たとえば暗殺されたイツハク・ラビン首相の葬式に
イスラエルへ旅したときも、この夫人を同道していた。しかし現在の妻カリスタ
と出会って愛人関係をつづけている間に、マリアンヌに『オープンマリッジ』を
認めてほしいと申し出た。それは要するに、女友達との関係を認めろということ
らしいが、マリアンヌは拒絶し、結局離婚している。

 マリアンヌはまた、オープンマリッジの提案をうけた翌日、ギングリッチのス
ピーチとして『学校での祈祷が廃止されたことが、今のテイーンエイジャーの道
徳観を台無しにしている』と報道されて驚いたことを記憶している。
 
  その第2夫人とのインタビューで公開討論会を開幕した司会者のジョン・キン
グに、「あなたのなさったオープンマリッジの提案をどう思っていられますか」
と聞かれたとき、ギングリッチは猛烈に怒りだした。『メジャーのテレビ局とも
あろうものが、なぜそんなことをいま持ち出す。

 メジャーは悪意に満ちた人のあら探しであらゆる事態を悪くしかしていない。
このキャンペーンでもメジャーの罪悪は数えきれないほどだ』とやリかえした。
すると、討論会場の一角から大拍手が起り、それがさざ波のように会場に広がっ
たのである。

 メジャーの司会者の質問は、いったい私的な権利への侵害にあたることなのだ
ろうか。大統領という公職中の公職に人を選ぶとなると、候補者の政治的な立場
とともに、その人格をできるだけ知りたいのが投票者の当然の望みであり、権利
ではないだろうか。何らかの返答どころか、高飛車に相手の口を封じてしまうの
はもってのほかだと思えた。しかしギングリッチは、実はこの手を再々使って、
急場をしのぐ名人なのである。

 その後の報道によると、ギングリッチは最初の妻は癌のため、2度目の妻は多
発性硬化症で入院中に、それぞれに離婚を求めている。その2度とも、愛人との
関係を続けていた。それについて別の場で質問を受けたとき、『いや私は間違い
を犯したのです。私が悪かったのです。私は許しを請い、まったくいまは違った
人間になりました。』と答えている。サウスカロライナのクリスチャンは、キリ
ストの教えにしたがって、悔悟者ギングリッチを許したのだろうか。

 プラチナブロンドの華やかな美人、カリスタとの3度目の結婚前に、ギングリ
ッチは彼女の所属するローマ・カソリックに改宗した。それまでの結婚を無効に
してほしいと頼んだが、それは許されなかったらしい。彼のプライベートな過去
が国中に暴かれることに対して不安を感じなかったかという質問に対しては『あ
らゆる面であることないことを公表して、2人はののしられるだろう。しかしこ
の立候補は国のためであることを考えれば、どんな痛みにも耐えられるだろう』
と話し合ったと答えている。

 ギングリッチはこうして、信仰を生活の重要な要素にし、堕胎には反対であ
り、ガン規制にも同性結婚にも反対であるここサウスカロライナで、3度の結婚
というマイナスを切り抜けて、ロムニーを制した。ギングリッチを支持した人々
は最終的には、オバマと対決できるのはロムニーしかいないという雰囲気のなか
で、必要とあらばぴしゃりと相手の口を塞げる男、その口舌の才、その滑らかさ
と猛々しさ、メジャーテレビを相手にメジャーの害毒を述べて一歩も譲らないか
のその闘志に、オバマと戦える男を見出し、「悔悟者」ギングリッチに1位を与
えたのでもあろうか。

 ニューハンプシャープライマリーでの40%ものロムニーの支持率はサウスカ
ロライナでは27%という不調ぶりで、ロムニーを慌てさせた。けれどフロリダ
のプライマリーが10日後には待っている。このプライマリーは勝利者にすべて
の代議員を与えるシステムなので、候補者はうかうかできない。
 
  討論会でのロムニーは、ギングリッチの離婚問題にはふれず、後者が議長をし
ていた下院を、倫理的な問題で去らねばならなかった理由をただし、さらに議会
を離れたあと、フレデイ・マックというモーゲジ会社の顧問歴史家になったとい
うふれこみながら、実際には議会とのコネを利用してのロビイング(議会陳情)
で顧問料を稼いだのではないかという疑問を出している。

 ギングリッチはロムニーに、「そんなことを言うが、貴君の会社はフレデイ・
マックに投資して利益を得ているではないか」とねじ込んだ。しかしロムニーは
『私の場合は過去10年間はブラインド・トラストでやっているから、自分でフ
レデイ・マックに投資したわけではない』とかわし『いや貴君の会社もフレデ
イ・マックに投資しているじゃないか』とやり返したので、ギングリッチは
『オール・ライト』といって引き下がった。

 しかし敵もさる者、実はロムニーのフレデイ・マックへの投資はブラインド・
トラストではなかったという報道が、この討論会後その主催者CNNのネットに
出されている。

 ロムニーが別のとき攻撃に使ったことのひとつは、「政府のアウトサイダー」
を自称して、ワシントンの外から政府を攻撃する『反逆者』を売り物にしている
ギングリッチの矛盾をついたものである。ギングリッチは、1995-1999
年まで下院の議長(ハウススピーカー)をつとめたが、同年議会を去った。しか
しその後も共和党の有力者であった経歴にものをいわせて政治に関係し、顧問に
なったフレデイ・マックは、政府がスポンサーのモーゲジ会社である。決して政
府外の反乱分子とはいえない。

 ギングリッチ常習戦術の別の1例をあげよう。クリントン大統領の、ホワイト
ハウスの訓練生との性的な遊びが問題になったとき、ギングリッチは彼を弾劾し
て失職させるべく活躍した。そのとき彼自身が、妻ある身で情事にふけっていた
というのに。

 また愛人との結婚を望んで離婚訴訟をしている間に、一方では「家庭の平和」
や『結婚の神聖』を説いていた。ギングリッチの「押し入れには古い骸骨がいく
つもある」といわれるゆえんであろう(事実このタイトルのサイトもある)。
(SKELTONS IN GINGLICHES CLOSET )
 
  ロムニーはまた、ギングリッチの『ムーン・コロニー』のアイデアをとりあげ
た。ギングリッチは自分が大統領になったら2期目の終わりまでには月にコロニ
ーを作ってみせると豪語した。このプライマリーの開催地フロリダの、宇宙飛行
士たちの興味をあおるに違いない話題ではある。しかしロムニーは、自分にそん
な高価な提案をするものがいたら、即刻クビにすると、ギングリッチの提案を笑
った。

 さて、選挙戦線を去ったジョン・ハンツマンはかなりの富裕者であり、共和党
では穏健派である。オバマの要請で、中国大使をつとめたことは前号でもご紹介
した。「票を売るまねはできない」と、大金に頼らない正攻法で勝負して破れた。

 投票発表の夜、彼は述べた。「アメリカに現在大きく欠如しているものが2つ
あります。

 ひとつは15兆ドルというアメリカの負債の象徴する欠如であり、もうひとつ
は、アメリカ国民がもはや彼等の国家の制度にたいして抱かなくなった、信頼の
欠如であります。我々は、こんな落とし穴にはまって動けなくなるには立派すぎ
る国民なのです」と。候補者たちに、同じ共和党仲間での悪口のいいあいはやめ
てくれ、結束して共和党の勝利のために戦ってくれという言葉をのこして、彼は
さっさとユタへ帰ってしまった。彼もロムニート同じくモルモン教徒である。

 共和党のなかで誰かを選ばなければならない立場にいたとしたら、ハンツマン
だと思っていた筆者が、彼の退場に失望したのはいうまでもない。彼の政策には
異論があるとはいえ、その知力と人格を高く評価していたのである。

 こうして、キャンペーンはフロリダに移った。フロリダのプライマリーは勝者
総とり方式で、50票のすべてが1位の勝者だけに与えられるが、その通り、ロ
ムニーが50票を得た。この情勢から見ると、ロムニーかギングリッチのいずれ
かが全国コンヴェンションでオバマと対決するだろう。しかも現在の雲行きでは、
ロムニーがギングリッチを破る可能性の方が強いと、選挙関係者もアメリカ人の
多くも予測するようになった。

 ロムニーとギングリッチは同じ共和党員でも間には相当の距離がある
  前号で記したとおり、ロムニーはマサチューセッツの知事時代には、オバマの
改正医療保険(PPACA-PATIENTS PROTECTION and AFFORDABLE CARE ACT)と基本的
には同じだといわれる医療保険を州民のために設けた。動機が何であれ、かなり
進歩的な保険改革であるのは間違いない。ロムニーがこんどまた立候補するな
ら、民主党からではないかと思っていた人もいた。

 ギングリッチのロムニー攻撃ではそれがひとつの標的になった。なぜなら
  アメリカが大きく右寄りになったいま、社会保障制度をすべて敵対視あるいは
まやかしものと見、ロムニーの保守主義がほんものかどうかを共和党のベースは
疑っている。そのベースに受け入れられようとしてロムニーは、自分は昔から真
の共和党だ、オバマの改訂健康保険(ロムにーの医療保険の下書き)は、自分が
大統領になったら、まず一番に破棄すると公言している。

 さらに、知事時代に民主党に投票した実績も明らかなロムニーが、メジャーに
詰問されて、それは記憶していないと逃げ、後には、クリントンの登場を防ぐた
めに民主党のソンガスに投票したのだなどと、その時代の風向きにあわせて口実
を設ける。これだけを見ても、ロムニーは始終立場を変えるフリップ・フロップ
であるだけでなく、真の共和党員でない、しかも嘘つきであることを明示してい
るではないかとギングリッチはいう。

 ロムニーが、自分はビジネスの成功者だから、アメリカの不況を克服する方法
を知っていると誇るたびに、ギングリッチは彼が私有財産を築くために多くの人
を苦しめた過去を持っていると、ロムニーの会社ベイン・キャピタルを引き合い
に出して攻撃する。これは後に、ギングリッチがいうほど大きな犠牲者を出した
わけではないことはわかった。ただ、それ以後も一貫して、ロムニーのかなり非
情なビジネスのやり方への疑問は、人々の心に残された。

 しかし、この問題にもましてギングリッチが武器にしたのは、ロムニーが他の
候補者のようにあっさりと、納税証明書を出さないことだった。
  彼の父ジョージがミシガンの知事から大統領選に立候補したとき、1年間の納
税証明では作り物かもしれないからというふくみで、12年間の納税証明書を公
開した。「父上のように貴方も10年以上の納税証明書を見せられますか」とメ
ジャーに聞かれて、この点でもプレシュアがかかり、とうとうロムニーは納税証
明書を公開した。

 その結果は次のとおりである。
   2010年の収入     217万ドル   税率13.9%
   2011年の収入(推定) 209万ドル   税率13.9%

 この結果ロムニーはありきたりの金満家などではなく、正確に言うと、アメリ
カのトップ0.006%の富豪であることがわかったという。
  とまれ、夫妻は700万ドルを過去2年間に慈善事業に寄付している。そのう
ち少なくとも410万ドルは、モルモン教会に向けられた。

 すべての収入が投資による利益と、株の配当によるもので、税率は13.9%
と最低である。つまり、いずれも平均的なアメリカ人の収入源である賃金による
収入ではないキャピタル・ゲインである為に、税率はブッシュ以来、非常な厚遇
を受けていてむちゃくちゃに安い。これが労力を使って働いた賃金による収入に
なると、その方は30%以上の平均的なアメリカ人の税率で計算されるので、か
なり税金が高くなる。

 オバマは今年の年頭演説のおり、アメリカの超富豪ワーレン・バフェットの秘
書を国会の会場に呼んでいた。スピーチの間に彼女を満場に紹介し、若い彼女の
支払っている30%以上の税金は、彼女のボス、バフェット氏(その収入は20
10年だけで670万ドル)の税率の倍以上になる。「年間100万ドル(1億
円)以上の収入を得る人には、30%以上の税金を課すべきだ」というバフェッ
ト氏自身の提案を、『バフェット・ルール』としてとりあげたいとオバマは話し
ている。

 ちなみに、ロムニーのライバル、ニュート・ギングリッチ夫妻の納税証明書は
次のとおりである。
   2011年の収入  3,162,424ドル   税率31%

 ギングリッチも多額の収入を得ていて、人口の1%の富裕者であるに違いない
が、ロムニーの比ではない。彼は以前、「キャピタル・ゲインの収入は、すべて
無税にせよ」と発言したことがあり、ロムニーはそれをギングリッチ攻撃にも使
いながら、その流儀で行けば、私は税金をいっさい払わなくてすむことになると
語っている。

 オバマ夫妻の納税証明書もここにのせておこう。
   2010年の収入  1,728,096ドル   税率26%
   (大半はオバマの著作の販売による。)

 ロムニーは彼のいうところによればすべて合法的に税金を納めていて、要求さ
れる額以上は1ドル多くも少なくも支払っているわけではない。
  結局、ロムニーが納税証明書の公開をあれほど渋っていたのは、彼の超富者ぶ
りが知られると、国民の99%以上とあまりにもかけ離れた彼の生活感覚では、
大統領はむりだと国民に判断されるのをおそれていたのかもしれない。無理もな
いことだが。

 ところが500ページもある納税証明書のなかで明らかにされた、グランドケ
イマン島とスイスの銀行他海外への多額の投資は、複雑な税法の網の目をぬって
すべて合法だといわれながらも、わざわざそんなことをしてまで金を海外に投資
するのは、アメリカの税金逃れだけが目的だという、税法の専門家である共和党
の上院議員もあり、上院での緻密な検査で、彼の大統領指名を問題にする可能性
もあると、ロムニーにはありがたくない話も出てきた。

 最近ロムニーはキャンペーン中に発言している。『私は、貧乏人のことは心配
しない。なぜなら彼等には安全ネットがあるから(メデイケイドのような医療保
険や失業保険、年金などの社会保障制度のこと)。私が心配するのは、現在最も
困難を覚えているアメリカの94-5%の中産階級だ』と。

 これは瞬く間に全米に伝わり、ギングリッチもおおいにロムニー攻撃に利用し
た。ロムニーは『私のいいたかったのは中産階級の生活を改善することで、貧乏
人の世話をしないという意味ではない。必要があれば(大統領として)その安全
ネットの修理もしよう』といい直した。しかし、ロムニーは、フッドスタンプを
得ている4%の最低生活者が、現行の安全ネットだけで暮らしていけると本気で
思っているのだろうか。彼の現実感覚には、国民との間に確かにずれがありすぎ
ないだろうか。

 ノーベル経済学者のクルーグマンは、「あれが失言だというなら、ロムニーは
なぜ社会保障政策の廃止を要求しているのだろう。それに彼の考えでは4-5%
の最低収入しか得られない人々と(1%の富裕者)をのぞいて、残りはミドルク
ラスだと思っているようだが、それは間違いだ。いまのアメリカにはもっと多く
の下層生活者がいることを知らないようだ」と批判した。

 ロムニーがボストンの自宅からカナダのオタワへのドライブ旅行のおり、飼い
犬を車の屋根にのせていったということが、ロムニー批判として取り沙汰され
た。ロムニーの方は、あれは犬が快適にしていられる箱?に入れただけで、我々
が犬を酷薄に扱っていたわけではないと説明した。

 その通りかもしれないが、この話は、ロムニーが不振の会社を買いとり、新し
い会社として売るたびに多くの従業員を解雇し、その繰り返しで莫大な 財産を
作っていったこと、また「私は人を解雇するのが好きだ」と不用意に発言したこ
となどとも相まって、ビジネスマンとしての彼の人間的な冷たさの象徴のよう
に、たびたびマスコミにも登場した。

 フロリダのプライマリーでは、ロムニー1位、ギングリッチ2位、サントーラ
ム3位、ロン・ポール4位で、ロムニーの優勢はここでも確実になった。ここは
勝利者総とり方式で、ロムニーは50人の代議員をみな得たのである。フロリダ
は家屋の抵当流れで苦しむ人が多く、失業率も高い。おそらく現在の不況を共和
党のいうとおり、オバマの経済政策によるものと思う人たちのオバマ批判が、ロ
ムニーへの期待として反映しているのかもしれない。

 そして2月4日にはネヴァダの党員集会で、またしてもロムニーは1位、ギン
グリッチ2位、ロン・ポール3位、サントーラム4位の結果が出た。サウスカロ
ライナの勝利をその後の勝利への‘はずみ’にしようとしたギングリッチの望み
はまったく果たされていないが、彼はどこまでもこの選挙戦をおりる意図はな
く、8月の全国大会では必ず指名を受けると強気である。

 こうして舞台は早くも、ミネソタ、コロラド、ミズーリに移動する。
  ここでの投票結果は、まったく大方の予想を裏切った。ロムニーはミネソタ
で、当然のように一位を期待されたが、あに図らんや、アイオワでの逆転劇の他
はふるわなかったサントーラムにトップを奪われて2位になった。それだけでは
ない、コロラドの党集会でも、ロムニーはサントーラムに次いで2位になり、ミ
ズーリの党集会では、サントーラム、ロン・ポールに次いで3位に落ちるという
不調ぶりだ。

 これはまことに思いがけないドラマであり、自信をゆるがされたのはロムニー
だけではない、既に、オバマに対抗できる候補としてロムニーをしぶしぶ受け入
れるようになっていた共和党中枢も、やはりロムニーではない誰かが望ましいと
再考し始めた。最も保守的な共和党のベースが、3州こぞってロムニーを退けた
ことは何とも大きな事件であリ、サントーラムに新しい目が注がれ始めたのであ
る。

 ただ、この3つのコンテストは、投票者の意向の予備診断のようなもので、ト
ップになっても代議員を得られるわけではない。しかし、これほどはっきりと、
少なくともこの地域の共和党の支持者の望みが表現されたことは、この選挙戦の
コースを大きく書き換える可能性もある。

 サントーラムは言った。『これは共和党のライバル同士の否定的な攻撃など皆
無のところに出現した結果なのですから、共和党ベースのほんとうの意向といえ
ます。』『今夜我々は、1人の候補者が、他の人間の5倍も10倍もの金を使っ
たら、どんなキャンペーンになるかを見る機会を与えられたのです』
  サントーラムのキャンペ-ンは、この3つの党集会に併せて50万ドルそこそ
この金を使っただけだが、ロムニーは何百万ドルも使っているのである。元上院
議員のサントーラムには、彼自身にも、彼のスーパーパック「赤、青、白」にも
さして金はない。

 ネヴァダの党集会のときは、3才の娘の病気を見舞った病院から、危機を脱し
た娘を抱いてキャンペーンに戻った彼は、集った人々に告げた。『この娘は生後
3ヶ月の命しかないといわれたが、おかげで今日まで生きてくれた。娘が父親に
できることは、私を愛してくれることだけだとこの子は知っているのです』涙を
拭う女性も見られたという。

 サントーラムの、人びととのこういったふれあいはまったく自然で、素直に心
を打つ。しかも彼は、討論ではかなりの腕を持つ。しかし彼にオバマと同格で戦
うことを期待するにはかなりの不安がある。だがロムニーもサントーラムを無視
できないことを知ったいま、新しい戦術で臨まなくてはならないだろう。

 まず彼がすることは、ますます多くの金を使い、サントーラムの個人攻撃の種
を見つけようとすることだろう。その政見は別として、誠実さではジョン・ハン
ツマンにも匹敵する人だから、サントーラムの「押入れの骸骨探し」は、ギング
リッチの場合のように容易くはないだろうが。

 サントーラムの思いがけない浮き上がりの後2月11-12日に、全国の共和
党委支持者を相手に候補者の選択予想調査が行われた。サントーラム異変までは
ロムニーがミシガンをリードしていた。彼はミシガンで生まれ、育ち、後にアメ
リカン・モーターズの会長になった父親は、ミシガン州の知事もしたから、ロム
ニーにはきわめて友好的な土地である。

 ところが、調査投票では、共和党支持者の30%がサントーラムを、28%が
ロムニーを選んだのである(これは党員集会でも、プライマリーでもない)。こ
うした‘はずみムード’がいつまでも続くとはいえないが、サントーラムの人気
がおざなりでないらしいことはわかる。そんなわけで、いま共和党はいつまでも
決まらない最終候補として、少なくともロムニーとサントーラムを同格ではかり
にかけているようにみえる。永遠の自信家ギングリッチは戦線を去るべきだとい
う意見さえ出てきた。
 
  ミシガンとアリゾナで次に重要なプライマリーが終わると、指名選挙戦の花形
であるスーパーチューズデイがやってくる。きたる3月6日の火曜日には、アラ
スカからヴァージニアまで、全米にひろがる10州が同時にプライマリーを行う
のである。
 
  4人の候補者のうち、ロムニー、ギングリッチ、サントーラムについては、ひ
ととおりの情報をお届けした。もう1人の候補者、国会議員で産婦人科医のロン・
ポールは、はなばなしいライトを浴びることもないまま、地道にキャンペーンを
続けようとしている。この後の得票状況によっては、引退の可能性もあると思わ
れるので、ここで簡単に、彼のご紹介をしておこう。

 75歳の彼は、自由至上主義者(リバータリアン)である。いかにして個人の
自由を守るか、そのためのできるだけ規制の少ない小さな政府、市場はレッセフ
ェールの放任政策、外交関係では最低限度の干渉を原点とし、外国の軍隊や他国
の経済問題に巻き込まれぬこと、すべての外国との交易や旅行を尊重することな
ど、この主義の原則にもとづいて行動すること、さらに、大恐慌で金の価値を失
い、様々な苦労をした家族との子供時代の経験以来身につけた、金本位制に帰る
べきだという信念を持つ。

 徴兵されたとき自分は戦争に行きはしたが、戦争は個人の自由の大敵であり、
絶対に反対すべきこと、貧しい他国や民族を助けることなどより1人1人が自分
の責任を果たして、「自分以外の人間や国に干渉するな」を掲げて、ことに若年
層の支持がある。

 『あなたの健康は大統領職に耐えますか』という意味の質問をされて、『この
壇上にいる候補者の誰にでも、いますぐ、25マイルのサイクリングを挑戦しま
す。私は毎日やっているから、いつでも出発できます』と答えたのは頼もしかっ
た。みな彼より年下の候補者の誰1人、この挑戦には応えなかった。「奇矯」と
評されるほど極端なところはあるが、明確な主張を持ち続けている。彼が選挙戦
にとどまる真の目的は、自分の信念を広めることだと話している。

 大統領選挙まで、まだまだ道は遠い。来月のオルタでは、各候補者の政見と、
アメリカの大統領選挙資金の現実についてできるだけ探ってみたい。誠に、金さ
えあれば、最後の勝利は確実といったキャンペーンが、果たして民主主義を支え
られるのだろうか。由々しいことが、アメリカの将来を曇らせていると、感じな
いではいられない。

訂正:
1.オルタ97号、アメリカ大統領予備選挙のなかで『ミットロムニーの父親は
GM(ゼネラルモーターズ)の社長もした』は、GMでなくアメリカン・モータ
ーズの重役-会長の誤りでした。
2.一時期ながらハーマン・ケインの人気が高まったのは、彼の提案した9-9
-9という課税法の単純さが、人々に訴えたのが最大の原因でした。

        (筆者は米国・ニュージャーシー州在住・翻訳家)

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