AIIBと東アジア共同体

【オルタの視点】

AIIBと東アジア共同体

谷口 誠

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1 姿の見えない日本のアジア外交
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 1997年のアジア通貨危機をはじめ、2002年に小泉首相が打ち上げた「東アジア共同体 」構想の頃の日本の存在感は次第に影をひそめ、アジアにおける日本の姿が見えなくなってきたとの印象を受ける。
 国内的にはアベノミックスが幅を利かせているように見えるが、これがアジアにおける日本の存在感を高めているとは考えられない。その最大の原因は、戦略と vision のない安倍外交の時代錯誤と歴史認識の欠如にあると云ってよい。しかし、この現状は必ずしも安倍首相個人の責任だけではなく、現在の日本国民一般にも云えることでもあろう。

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2 米国対アジア戦略 — TPP
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 日本がこのような一種の閉塞感に陥り、国内対策に追われているときに、米国はかつての力はないとはいえ、オバマ大統領は米国の経済回復と雇用増大を目指し、さらに政治的にアジアへの進出をはかるためにもTPPをアジア戦略の柱としている。
 米国の意図するTPP戦略はあまりにも野心的で多岐にわたり、単なる貿易の自由化を超えて、農業のみならず、医療、簡保、社会保障、ISD(国家間の国際紛争の解決)などの困難な問題まで取り扱っており、米国国内でもオバマ政権に対して多くの反発が出てきている。TPP交渉は秘密交渉であり、その詳細は明らかでないが、このように交渉の決着が予定された時期よりも大幅に遅れていることから難航していることは事実である。(このような国民生活に大きい影響を与える交渉を秘密交渉とし、一般国民に関知させないことは問題であろう。)
 米国が日本とのTPP交渉で最も重要視しているのは、TPPの個別分野もさることながら、米国が日米同盟をテコとして日米間でハイレベルのTPPのルールを作成し、これを将来中国に適用し、さらにこれをインド、アジアの新興国にも拡大していき、米国主導の新しい国際経済のルールに発展させようとの野心があった。

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3 中国のAIIBの目指す戦略
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 中国の米国の目指すTPP戦略に対する関心というより警戒心には強いものがあり、習近平国家主席がオバマ大統領と米中首脳会談を行った際は、習主席の質問はTPPに関するものが多かったと伝えられている。中国は明らかにTPPへの対抗策としてAIIB構想を練っていたものと考えられる。
 中国のこの構想は2013年頃より伝えらえていたが、それほど注目を浴びなかった。しかし、中国がAIIB参加の申し込みを本年3月末に締め切りとする旨の発表を行うや、英国、ドイツ、フランス、などのEU諸国が雪崩をうつように参加表明を行い、参加国は57ヵ国となった。
 このようにG7の西側先進国、特に英国までが参加することは日米にとっては予期せざることであっただろうし、ショックであったと考えられ、AIIBに関しては、日米は完全に孤立した形となった。

 AIIBに関しては、中国は戦略的にも周到に戦略を練り、準備してきたと考えられ、あなどり難いものがある。米国の対アジアTPP戦略に対し、中国は東方の太平洋へ向かって米国と争うことなく、「一帯一路」の構想の下、陸と海の2本のシルクロードを通じて西方の欧州、中東への発展を目指すきわめて巧妙な戦略をとっていると見られる。また中国はすでにシルクロード基金とBRICs銀行という2つの金融お機関を創設しており、これに加えてAIIBが発足すれば中国のイニシアテイブの下に3つの途上国向けの国際金融機関が設立されることになる。
 中国の目指すAIIBは、長期的かつ戦略的には米国主導のIMF、世界銀行などの旧老化しつつあるブレトン・ウッズ体制へのチャレンジとも考えられ、今後どのように発展していくのか、その動きは注目される。

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4 日本はできるだけ早期にAIIBに参加すべきだ
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 私はAIIB構想が中国から提案され、中国が日本の参加を呼び掛けていた頃からAIIBに関する研究会を組織し、日本もできるだけ早くAIIBに参加すべきだとのキャンペーンを行ってきた。日本の財務省にはAIIBが透明性、公明性が満足されるならば将来参加する可能性を検討しても良いという意見が強かった。結局、菅官房長官も安倍首相も共にAIIBには、現在慌てて参加する必要性はないという方針で参加を見送った形となっている。

 日本政府の一部には、AIIBは日本が参加しない限りうまくいかないし、中国の主導する銀行であるかぎり、国際金融機関としての高い評価を得られないとの見方もあり、中国は日本の参加を待ち望んでいるのであるから、参加を遅らせれば遅らせるほど日本が参加する条件はよくなるとの考え方をする人達もいる。

 私はこのような考え方は外交的にもきわめて不健全かつ非生産的な発想であり、戦後最悪と云ってもよい日中関係をさらに悪化したくなければ、中国が日本の参加を期待している今こそ、思い切って参加すべきだと考える。日本がAIIBの参加を躊躇している背景には、基本的には中国への不信感に根付いたものであり、また中国に経済的にも世界第2位の地位を追いぬかれたという妬みがあるのではないかと感じている。私は、中国は人口が13億人以上の人口の大国でありGNP比では日本は中国に対してこのような感情をもつ必要はなく、日本は中国よりもGNP比では小さくても、質の高さで勝負すべきだと考えている。

 むしろ、日本のアジア外交に欠如しているのは、戦略のなさであり、グローバル化時代にふさわしくない島国根性からいまだに抜けきっていないことだと考えている。

 私がかって1960年代末期、タイのバンコクにある当時の国連ECAFE(現在のESCAP)事務局に勤務していた頃、ESCAPはADB(アジア開発銀行)の設立の提案を行った。これに対し、当時の日本の大蔵省は、最初は反対していたが、アジアの多くの国がADBの設立を強く期待し、ADBの設立支持が多くなり、これをブロック出来ないとなると、今度は日本の大蔵省は戦術を変えて、ECAFE事務局に職員を派遣し、最後はADBの本部と総裁の両方共とろうとした。

 結局、日本は総裁ポストをとり、本部はマニラに決まった経緯がある。現在、ADB総裁ポストは歴代の財務省の天下り先となっている。中国がAIIBを設立しようとした背景には、ADBの議決権は各国のクオータによって決まるが、日本が15.7%、米国が15.6%と日米が中心となった銀行であり、世界第2位の経済大国である中国のクオータは、わずか6.4%に抑えられている事実がある。

 これは中国の立場に立ってみれば不満である点は否めず、これは中国主導のAIIB設立へのきっかけとなった点は理解すべきであろう。
 私はこの際、外からAIIBの在り方につき、コメントするよりもできるだけ早くAIIBに参加することにより、内部からルール作りに参画し、望ましい形のAIIBとして仕上げることに協力すべきだと考えている。一旦、AIIBのルール作りが出来上がった後から参加しても実効のある貢献はできないであろう。

 AIIBが中国主導の銀行であっても、AIIBが真の国際金融機関として育っていくためには、理事会の設立、融資条件など多くの課題を抱えており、EUの主要国が参加しているといっても、AIIBのクオータはアジアが75%を占めることになっている。中国一国が拒否権を行使し、中国とインドが支配するAIIBとさせないためにも、日本の参加により、より健全なバランスのとれたAIIBとすべきであろう。

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5 日本のとるべきアジア外交 — 東アジア共同体の成立に向けて —
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 前述の如く、オバマ大統領はTPP戦略の下にアジア外交を進めている。一方、中国はAIIB構想の下で新しいアジア戦略を立てている。現在、日本のアジア外交には何があるのだろうか。日本はオバマ大統領の下で翻弄され、アジア通貨危機後に打ち出した日本の「アジア通貨基金」構想も米国によって潰され、また日本の唯一のアジア戦略といってもよい「東アジア共同体」構想も日中とのリーダーシップ争いにより自己崩壊させた。

 一方で、中国は躍進する経済力をバックにアジアでのリーダーシップをとり、AIIBという新しい戦略を打ち出した。日本は米国のTPP戦略と中国のAIIB戦略の間にはさまれて、身動きできない袋小路に追い込まれているのが現状ではないだろうか。
 何れにせよ、英国をはじめEUの主要国がAIIBに参加を表明をし、ASEANをはじめアジアの主要国、そしてさらにオーストラリアも参加を決定している時に、隣国の日本が米国への配慮からか参加を見送っているのは、きわめて外交センスにかけているとしか見えない。

 これまで日本のアジア外交は中国のアジア外交への対応策に終始してきた感があるが、この際、日本のアジア外交のコペルニクス的転換が必要となろう。
 日本はアジアで中国とリーダーシップ争いをするよりも、中国を政治的にも経済的にも利用する戦略が必要であろう。2006年には第一次安倍内閣の時に、安倍首相は中国の胡錦濤国家主席との間に「戦略的互恵関係」を締結しながら、その成果は生かされず、かって関係を悪化させた。
 これは日中双方の責任であるが、日本が進めた「価値観外交」や「自由と繁栄の弧」といった戦術が日中関係を悪化させたことも事実である。

 現在の中国は国内的にも多くの問題をかかえており、また東シナ海において色々な問題を起こしていることも事実であるが、これをただ外から批判しているだけでは日中関係は改善されないであろう。尖閣諸島をめぐる領土問題では、日本は中国に対し、主張すべき点は明確に主張し、同時に日中対話を続け、日中間の信頼関係の醸成に努めるべきであろう。その突破口として、日本がAIIBに積極的に参加する意思表示をすれば、日中関係は大きく改善され、これは単にAIIBという一銀行の問題のみならず、日中関係を根本的に良くすることで日本のアジア外交にとっても大きな成果に発展しうる可能性は大きい。日本はAIIBとの協力によって、かつて日中のリーダーシップ争いによって打ち崩してしまった日本のオリジナルな構想である「東アジア共同体」構想を、新しい形で復活させる可能性を追求すべきであろう。
 現在、「東アジア共同体」はアジアでも一時のように話題に上らなくなったが、東アジア経済共同体は事実上出来上がっているといってよく、さらに大きく発展していくものと思料される。
 私は日本のAIIB参加により日本のオリジナル構想である「東アジア共同体」構想実現への道が拓かれてくるものと確信している。

 (筆者は国際アジア共同体学会顧問・北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事・元岩手県立大学学長・元国連大使・元OECD事務次長)


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