TPPへの序章

TPPが破壊する日本の食と安全(1)--TPPへの序章

                      白井 和宏


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●公約ではなくなった「食の安全安心」
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 2012年末の衆議院選挙で、自民党はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に関する6項目の公約を掲げた。ところが翌2013年2月の国会で、安倍首相は「公約は、聖域なき関税撤廃を前提にした交渉参加には反対する」ことだけで、「その他は目ざすべき政策」と発言した。「食の安全安心の基準を守る」「国民皆保険制度を守る」といった公約は単なる「目標」に過ぎないというわけだ。さすがに「二枚舌」と批判されたが、7月の参院選挙でも自民党が圧勝。いよいよ日本のTPP参加が目前に迫っている。

 しかし本質的な問題は、日本政府はTPP参加を表明するはるか以前から、米国に貿易障壁と指摘されそうな国内規制を自ら進んで撤廃してきたことにある。ことの始まりは、1980年代後半にさかのぼる。「日米貿易不均衡の是正」を大義名分に掲げた米国が1989年から日本との間で「日米構造協議」を開催した。その後は「日米包括経済協議」「年次改革要望書」「日米経済調和対話」へと名称を変えてきた。協議、要望、対話と聞こえはいいが、要は米国からの一方的な「要請」である。内政干渉にあたるような要求を米国から次々、突きつけられては、日本政府はそれを粛々と受け入れてきたのである。

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●TPPの背後にいるのは多国籍企業軍
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 この夏には、「アフラック(アメリカンファミリー生命保険)」の「がん保険」のコマーシャルがテレビで頻繁に流された。米保険業界は、日本郵政が「がん保険」に参入することに長年、反対し、すでに日本におけるがん保険市場の8割を占めている。7月に日本郵政はアフラックとの提携を発表し、今後は全国の郵便局でアフラックの「がん保険」が販売されることになる。ところがこの案件も、実はすでに1995年の「年次改革要望書」において、米国から「郵政省のような政府機関が、民間保険会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止する」と記載(要請)されたことが背景にある。
 TPPは表向き、多国間の貿易協定のように見えるが、真の相手は米国政府の背後にいる多国籍企業群である。多国籍企業群が米国政府を突き動かして相手国の規制を撤廃させ、市場を支配するための協定である。だがこうした規制緩和は、日本の大企業にとってもビジネスチャンスをもたらす。だからこそ日本の経済界もTPP参加に積極的である。世界同一賃金の導入を宣言した(株)ユニクロの柳井会長が、「成長か、さもなければ死か(それがグローバル経済だ)」と言い放ったように、巨大な多国籍企業による世界市場の支配が進むことになる。

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●規制緩和は日本の企業にとってもビジネスチャンス
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 たとえば、6月5日には安倍総理の諮問機関である「規制改革会議」が、成長戦略の一つとして、インターネットによる市販薬の販売解禁を発表した。そればかりか、消費者庁食品表示課は、健康食品の機能性表示についても「規制改革会議」の答申にそって、「米国のダイエタリーサプリメントの表示制度を参考にし、企業等の責任において科学的根拠の下に機能性を表示できるようにする」という方針を示した。実は、米国には、「食品医薬品局(FDA)」が有効性を認めなくても、企業が自己責任で届出だけで機能性表示ができる「ダイエタリーサプリメント教育法(DSHEA法)」という制度がある。
 その結果、米国はサプリメント王国となり、年間3兆円ともいわれる巨大市場が形成された。アメリカのスーパーでは、有効性どころか安全性も疑わしい数多くの錠剤・カプセルが売られるようになったが、健康被害情報も数多く報告されている。日本の健康食品市場も、米国に合わせて、企業の自由度を高め、ビジネスチャンスを広げようというのだ。ちなみに日本でも、楽天の三木谷会長が、医薬品の通信販売自由化を最先頭で主張しているのは周知の事実である。

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●グローバル経済の勝者と被害者
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 むろんグローバル経済の恩恵にあずかれるのはごく一部の勝者に限られる。しかし、多国籍企業にとっては日本市場がダメなら撤退し、アジアに拠点を移せばよいだけだ。取り残され、淘汰されるのは、国内から移動できない中小零細企業や農家であり、消費者は食い物にされる一方だ。「観客民主主義」のままで安穏としていられる時代は、はるか昔に終わっている。
 TPP協定の範囲は、関税・農業だけでなく、医療・福祉、知的財産、サービス等に至るため、今後の「この国のかたち」を予測するのは容易でない。ただし、食の分野については当面の見通しが可能である。官僚と政治家が着々とTPP後の日本を先取りして、条件整備を進めているからだ。

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●先行して規制を緩和する日本政府
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 現在は、TPP参加をめぐって5品目の農産物(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビ・テンサイなど甘味資源作物)に関税撤廃の例外が認められるか否かが焦点になっている。TPP推進派は、「吉野家で食べるのは米国産牛だが、すき焼きで食べるのは和牛だ。関税が撤廃されても高級な国産牛肉は、輸入牛肉とすみ分けして生き残れる」などと主張する。しかし現在、38.5%の関税が撤廃された場合、4等級、5等級の高級和牛は残るが、3等級以下は輸入品にとって代わられ、日本における牛肉の生産量は3分の1に減少すると試算されている。

 それどころか現実には、すでに今年に入って米国産牛肉の輸入量が急増しているのだ。昨年まで、米国産牛肉には「BSE(いわゆる狂牛病)」の危険性があるとして、日本は輸入を制限してきた。ところが米国は、日本がTPPに参加する条件として輸入条件の緩和を要求し、それを受けて日本政府は今年2月から規制を緩和したのである。これまで月齢「20カ月以下」までだったのが、「30カ月以下」の米国産牛肉の輸入が可能になった。その後、厚労省は、検査対象となる国産牛の月齢も、7月から「48カ月超」に緩和することに決定。さらに厚労省は、これまで全国で行われてきた全頭検査についても一斉にやめるよう自治体と調整を進めている。

 要はTPPを目前にして、米国産牛肉の輸入にとって障害となるあらゆる規制を撤廃しておこうという魂胆であろう。すかさず「米国食肉輸出連合会」のフィリップ・セング会長は、「2013年の日本向け牛肉輸出量の目標を前年より45%多く設定する」と語った。

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●輸入が急増する米国産牛肉は安全か?
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 問題なのは、米国産牛肉の安全性だ。現在、米国ではBSEが発生してないと言われる。しかし全頭検査を行って来た日本に比して、米国では約0.1%の牛しか検査していない。すなわち、BSE牛を見逃している可能性があるのだ。

 しかも米国では「特定危険部位」(BSEの原因とされる「異常プリオンタンパク」が蓄積されやすい牛肉の部位)を除去することが、正確に行われてない可能性がある。そもそも2005年12月のこと、日本の農水省・厚労省は米国産牛肉の輸入再開に向けて米国に行き、牛肉の輸出施設を査察した。ところが何とその報告書の大部分は「黒塗り」にされたまま、日本国民には明らかにしなかったのである。事実、「特定危険部位」を完全に除去していない米国産牛肉が、その後も日本の検疫所でたびたび発見されてきた。

 米国産牛肉の問題はそれだけではない。米国では、O-157やサルモネラ菌による食中毒が大量発生したため「放射線照射」で食肉を殺菌。発ガン性の可能性がある「肥育ホルモン剤」「遺伝子組み換え・牛成長ホルモン」を投与。「抗生物質」の乱用によって「抗生物質に耐性を持つ菌」が激増。さらには「遺伝子組み換え飼料」の問題がある。今後、危険な輸入食品が、大量に日本に押し寄せる可能性がある。TPPがもたらす食の不安について、数回にわたって連載したい。

 (筆者は生活クラブ・スピリッツ(株)代表取締役)

*)この原稿は「市民セクター政策機構」発行「月刊・社会運動402号」(2013年9月)に掲載されたものを同機構の承諾を得て著者が加筆し転載したものです。


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