農業は死の床か再生のときか  

TPP交渉大詰めに近づく ~外国にわが国の国内制度を改変する自由を与えない!~ 濱田 幸生──────────────────────────────────

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■TPPは政府専権事項?!
 民主主義の落とし穴・憲法第73条の恐ろしさ
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 TPPの怖さというのはなんでしょうか。いろいろと細かいことはありますが、
煎じ詰めれば、2つになるかもしれません。
 ひとつめは、「外国によって自分の国が勝手に作り変えられてしまう」という
ことです。ふたつめは、それが「国民の意思とは無関係に決められる」というこ
とです。
 1番目については、米韓FTAでさっそく現れたISD条項の危険性は後述し
ます。

 さて、国の制度が外国によって勝手に変えられるということはあってはならな
いことですが、それが国民主権の手の届かない所にあります。

 あと5日ほどで野田首相はG20会合に出席しますが、彼はこの4月の訪米時
にオバマ大統領から与えられた貿易問題についての宿題に回答せねばなりません。
その首相の答えようひとつで、それが事実上のTPP参加への意思表示となる可
能性があります。

 おっと、ちょっと待って下さい。今、私は「首相の答え方ひとつで」と書きま
せんでしたか? 主語は「首相」です。国民でもなければ、その付託を受けた議
会でもありません。首相個人です。

 これで日本国憲法ではいいことになっているのです。なぜなら、TPPは憲法
第73項2項にある「外交関係の処理」という政府専権事項であり、国会承認は
不必要だからです。

 思い出して頂きたいのですが、TPPの始まりは、一昨年のAPEC横浜会議
で、唐突に、当時首相だった菅氏がTPP参加を「平成の開国だ」と参加をぶち
上げた所から始まりました。

 そもそもあれは国会もなにも、彼の発作的思いつきから始まったものです。そ
の証拠に、政府専権事項なら閣議決定のひとつくらいあってもよさそうなもので
すが、それすらなかったではありませんか。 与党執行部ですら寝耳に水、国会
も蚊帳の外、国民に至ってはTPPすらなんのことやら分からない状況でしたね。

 われわれ国民からすればメチャクチャやりやがったなのですが、しかしあれで
憲法上は合法なのです。 もちろん勝手に首相が、外交条約を決められては困り
ますから、憲法上の歯止めはあります。それが憲法第61条にある「(外国と
の)条約の締結は衆議院の議決による」という項目です。

 ですが、お分かりのように、この歯止めも衆議院だけの議決だけで通ってしま
います。いちおう参議院にもかかりますが、予算と一緒で衆議院議決が優越しま
す。現在のように与党が分裂状態ですとバランスがとれますが、そうでない場
合、国民主権を無視した暴走が可能です。

 また、一般の外交条約と違って、TPPは国民の生活を直撃する国内制度の改
変を伴います。というか、そもそもTPPは国内制度を外国に好き勝手にいじら
せるために作るのです。

 たとえば、米国が標的にしているといわれるJA共済や、国民皆保険制度の解
体、食品安全基準や環境基準の引き下げ、GM表示の廃止、外国人労働者の受け
入れなどは、通常ならばすべてひとつひとつ国会審議に付されるべき大きな事案
です。これがまったく必要ない、勝手に政府が、いや首相ひとりが決められると
いう驚愕の事実です。

 たとえば、共済法の改正をやろうと思えば、衆参両院で3分の2の議決が必要
です。相当に大変な作業です。今の消費税増税なみの道のりです。 ところが
TPPでは、これは外交条約ですからそれを超越できるのです。政府が決めて、
衆院が追認すればお終いです。非常に簡単極まる手続きで終了してしまいます。

 これがTPPの持つ、日本の民主主義の盲点を狙った危険性です。 ですか
ら、ISD条項を巧みに使われて、「お前の国のこの国内法は参入企業の不利益
だから廃止しろ」とねじ込まれると、その判断は国会でもなく、日本政府ですら
なく、世界銀行の国際投資紛争解決センターという少数の外国人の手に委ねられ
てしまいます。
 そして彼らは、日本の事情などにはとんと無関心ですから、参入外国企業の利
害を優先して判定します。おおむね、当該国は敗北します。

 そしてこの条約交渉の主管は、外国との条約ですから当然のこととして外務省
です。
 TPPの悪影響を被る保険の管轄省庁である厚労省でもなく、「聖域なき関税
撤廃」や農業共済解体をもろに受ける農水省でもありません。農業の「の」の字
も知らない外務官僚の裁量に任されているのです。しかも、日本の外務官僚の質
の低さは、世界に冠たるものと言われています。

 皮肉ではなく、米国がうらやましいと思います。米国は、TPPについて議会
が圧倒的に優越する国内法をもっていて、徹底した審議をします。 わが国の交
渉参加すら半年間もの審議にかけて、もみにもんでいます。おそらくは、徹底し
た米国の利害が見いだせないかぎり、彼らは日本にTPPの門戸を開かないで
しょう。

 開くためには、日本に相応の代償を払わせることを誓わせた上でのことで、つ
まりはその段階で日本は既に負けているのです。 こんな重大事を、首相の胸ひ
とつに任せることになるG20は来週に迫っています。

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■米韓FTA・ISD条項で初訴訟か
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 米韓FTAは、TPPの近未来ですが、ひとつ大きな動きがありました。とう
とう「あの」悪名高きISD条項が使われそうです。もちろん米国企業が、です。

 ISD条項(「国家・投資家間における訴訟制度」)とは、FTAやTPPな
どの自由貿易協定に忍び込ませた毒素の名です。 ある米国企業が相手国の市場
に参入して不利益を被ったと考えた場合、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決セ
ンター」と称する所に駆け込むことができます。

 なんとなく中立ぽい名前ですが、これが国際司法裁判所のようなもんだ、と
思ったら大間違い。 違うのです。上部組織の世銀総裁は代々米国の指定席で、
米巨大企業の社長が
なると決まっていますから、その紛争解決センターとやらもなんのことはない、
ただの米企業の守護神でしかありません。

 参入外国企業が思ったような利益を上げられないなどと思ったら最後、当事国
は覚悟せねばなりません。 なにを? あの国民3人に1人が弁護士という(ウ
ソ)米国の風土病である訴訟をです。しかもFTAとなると、国がらみですから
大変。

 さて今回は、米国のローンスターというテキサス州ダラスに本拠地を置く人間
のクズのハゲタカ集団、失礼、投資ファンド会社が主人公です。 彼ら投資ファ
ンド会社は、韓国がIMF管理に陥った窮状を利用して巨額の利益を貪りました。

 やり口は、ガタガタになった韓国企業をこれ以上ないほど安く買い叩いて入手
します。そしてメチャクチャにリストラをしまくって従業員を大量解雇し、不採
算部門を叩き売り、とにもかくにもいちおうの黒字会社に仕立て上げます。 そ
して買った価格の何倍もの高値で売却して、がっぽり儲けるという手口です。

 2003年、ローンスターは破綻寸前の状況に陥っていた韓国のKEB(韓国
外換銀行)を買収し、嵐のようなリストラを行って経営を黒字化しました。ここ
までは筋書きどおりです。 そして、2006年にKEBを売却して、実に4兆
6千億ウォン(約3000
億円)という巨額の儲けに手がかかった瞬間、韓国の司直がストップをかけて売
却を認めませんでした。あまりにひどい米国のハゲタカぶりに、韓国政府も堪忍
袋の緒が切れたのでしょう。

 容疑は、不当な安値でのKEB買収、脱税、外貨密輸などです。そして徹底し
た捜査に入り、結局売却できたのは12年2月になってからでした。 その間に
お気の毒にも、KEBの株価は下落していましたから、ローンスターが怒るまい
ことか。

 彼らは、OINK( Only In Korea )という造語まで作って大騒ぎを演じま
した。このOINKには豚の鳴き声の意味もあるそうですから、韓国はブタだと
言いたいわけですね。やれやれ、なんて下品な。

 怒り狂ったローンスターは、12年5月にベルギーの韓国大使館に協議要請状
を叩きつけます。訴え内容は、「韓国政府の恣意的で差別的な措置」だそうで、
不当な課税により損害を被ったとしています。

 ここでなぜベルギーが舞台になったかが面白いのですが、まず、KEBを買収
したのがローンスターのベルギー法人だったというのが一番目の理由。 そして
2番目に、韓国が2011年3月にベルギー・韓国投資協定を結んでいるのを利
用したのです。

 これはおそらく米韓FTAが発効したのが今年の3月15日のために、発効前
のこの事案をごり押しするためにベルギーとの投資協定の中のISD条項を利用
したのではないかと見られています。

 いずれにせよ、ローンスターは6カ月間の韓国政府との協議期間を経て、紛争
解決センターへの提訴に踏み切るのは確実です。 韓国政府は、ローンスターの
ベルギー法人がペーパーカンパニーだということを突き止め、条約発効前の損害
請求などは認められないとハネつけていますから、果たして調停はどうなりますか。

 3月に締結してわずか3か月、もう始まったのかというところです。韓国政府
は、この事件を受けて、ISD条項に対して再協議を米国に求めました。 た
だ、遅いのです、締結されてからでは。わが国もTPP交渉参加前に叩き潰しま
しょう。

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■米国民は果たして自由貿易体制で得をしたのか?
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 TPPは米国にとって、どんな影響を与えるのでしょうか。米国にとって利益
ばかりでしょうか。 現在、米国議会で日本にTPP入場券を出すべきかどうか
でもめています。
(資料2参照)

 米国議会の様子を見ると、米国でゴーゴーTPPと叫んでいるのは、保険、金
融、建設、医薬品、化学工業などの分野だけで、他の自動車は後ろ向き、農業も
尻込みといった状況に見えます。 私たち日本側から見れば、米国はガーンとそ
びえ立つ一枚岩のように見えても内実は複雑なようです。

 自動車業界の本心は反対、それも大反対です。やっと巨額の政府支援で復活の
芽が出た時期に、米韓FTAで勢いをつけた韓国自動車にやられっぱなしになっ
たからです。(資料1参照)

 韓国KBSによれば、3月15日に発効して以来、瞬く間に米国の韓国への貿
易赤字は急増しました。 特に自動車と部品の輸入が2億1000万ドルも伸び
たのが大きかったようです。これは自動車関連の2.5%の関税が消滅したのが
響いたのでしょう。

 一方、アメリカの韓国への商品輸出はトータルで37億ドルで、3月より
12%減りました。 これを見て、米国議会筋に強力なロビーを持つ自動車業界
や農業界は一斉にび
びったようです。「冗談じゃない、FTAでいい思いをしているのは、ウォール
ストリートのハゲタカだけじゃないか」、というわけです。

 ちょっと前までは米国は日本に対して、交渉の席上で、米国車が日本で売れな
いのは関税外障壁だとかなんとか、自分自身も信じていないようなことをブツブ
ツ言っていたようですが、今はもっぱらGM関連と医薬品関連、保険関連の交渉
に移っているようです。
 実の話、なにを話しているのかまったく秘密なので、衆参農水委員会は外務省
に交渉内容を開示しろと迫っています。(「日本農業新聞6月13日)

 ところで、NAFTA(北米貿易協定)の折りに、米国内の自由貿易推進派の
連中は農業界に対して、「大丈夫、大丈夫、他国とは生産時期が違うからバッ
ティツグしないよ」と言って宥めていました。 ところが蓋を開けるととんでも
ない展開となったのです。
 
米国消費者団体「フード&ウォッチ」によれば、米国農業が伝統的に得意として
いたブドウなどは、チリなどからの輸入量が81%増、消費市場で6割弱の支配
を許し、トマトなども156%増、今まで輸出さえしていたブロッコリーも、ペ
ルーからの安値攻勢をかけられて480%増などということになってしまいました。

 米国野菜果実市場の輸入品の占める割合は、07年にはそれぞれ24%、
22%に達してしまいました。 また、日本においても同じ傾向がありますが、
業務用農産物や農産物加工品は、生鮮品より増加率が高く、NAFTA締結以前
の3倍に登りました。

 一方、米国の農産物輸出は、今や逆転し、とうとう米国は農産物輸入国に転落
してしまいました。 米国農務省(USDA)によれば、作付け面積も1998
年から2010年まで13%が減少しました。まさにNAFTAによって、大農
業国である米国の衰退が始まっているのです。

 家電製品を作っているメーカーがひとつもなくなり、自動車産業は息も絶え絶
えといった製造業と軌を一にするように、もう一方の生産部門の車輪である農業
までもが危なくなってしまいました。

 利益を上げたのは、安ければ国産だろうがなんだろうが知ったこっちゃない、
“農家とコーンオイルは絞れば絞るほどいい”がモットーのウォールマートでし
た。(ちなみにウォールマートの日本の提携先はセイユー。まさに似た者同
士。) ウォールマートはNAFTA移行で、米国食品市場の実に3分の1を占
めるまでに肥大しました。

 残るは、モンサントのような化学会社とウォールマーケットに巣くうハゲタカ
たちだけとなって、どうしてオバマ大統領の唱える200万人雇用創出ができる
でしょうか。
 生産部門こそが最大の雇用創出源です。生産が振るわなければ消費も伸びず失
業者は増大し続け、個人消費も伸びず、商業も沈滞します。

 オバマ大統領は内心しまったと思っているのではないでしょうか。FTAや
TPPは米国にとっても自殺行為だからです。 自由貿易体制は、ごく一握りの
者しか富ませません。これは韓国でも、日本でも、メキシコでも、そして米国で
も共通の教訓のはずです。

 オバマ氏は、就任前まで自由貿易体制に批判的でした。それが選挙戦でウォー
ルストリートにごやっかいになって転向してしまいました。 今からでも遅くは
ありません。米国にとってもTPPは死への途行です。 一握りの勝者と、9割
の人々の敗者。これがTPPです。 (了)
■資料1 韓国KBS映像
http://www.youtube.com/watch?v=Zxs1fEQ0wBc
■資料2 東亜日報
  韓国政府が韓米自由貿易協定(FTA)の批准過程で議論になった投資家対
国家間の紛争解決条項 (ISD)に関連し、今年4月、米政府が発表した両者
投資協定(BIT)の改正案を根拠に、米政府に改正 を要求することを決定した。

 現行単審制のISDに抗訴の手続きを追加し、透明性強化のための両国間 協
議会を設置して、周期的に開催する案などが主な内容となっている。政府は下半
期にこのような内容で、 李明博(イ・ミョンバク)大統領が昨年11月国会で
約束した韓米FTAのISD再交渉推進に入る方針だ。
 
政府当局者は6日、「米政府が今年4月に発表したBIT改正モデルの条項の中
で、韓米FTAに適用可能な 内容を検討している」とし、「透明性強化や多者
間抗訴手続きの設定などがBIT改正モデルの代表的な内容 だが、米国自らが
改善した部分であるだけに、我々が要求する上で大きな無理はないだろう」と話
した。
 
これに先立って米貿易代表部(USTR)と国務省は、4月20日、今後米国が
他の国と締結するBITおよびFTAのモデルになる「米BIT2012モデル
( US 2012 Model BIT )」を発表した。04年、ブッシュ政権が作った モデル
をオバマ政権が8年ぶりに見直したもので、透明性の向上や一般人の参加拡大、
国営企業に対する強化などの内容が盛り込まれている。

このモデルには、△ISD関連当事国間の透明性強化のための 協議会の周期的な
開催、△新しい規定を作る時に公開および説明の義務付け、△現行単審制のISD
に 抗訴手続きの追加検討などが含まれる。
米政府が改正したBITモデルは、韓米FTAなど、既に締結された協定には
遡及適用されない。しかし、 「米BIT2012モデル」は米国自らがISD
の問題点を探して見直したものであるだけに、これをガイドラインに して
ISD再交渉を求めた場合、米国としては受け入れられない名分がないというの
が韓国政府の考えだ。

しかし、米国側が韓米FTAの改正に消極的な姿勢を取っているため、韓国の考
えどおり再交渉が行われるか どうかは未知数だ。  一方、韓米両国は7、8
日、米ワシントンで韓米FTAの円滑な履行のため、両国間商品貿易委員会、
貿易救済委員、サービス・投資委員会や中小企業作業班会議を開催する。ISD
関連部分はサービス・投資委員会で話し合われる予定だ。韓米FTA発効後、
ISDと関連して両国間で公式の議論が行われるのは 今回が初めてだ。
■資料3 アメリカの対韓国貿易 FTA発効で赤字増加
 韓国KBS  2012‐06‐09
 韓国とアメリカの間のFTA=自由貿易協定が、ことし3月15日に発効して
以来、アメリカの韓国に対する貿易赤字が急増していることがわかりました。 
アメリカ商務省が発表したところによりますと、アメリカの韓国からの商品輸入
額は、4月は3月より14.6%増えておよそ55億ドルとなり、史上最高とな
りました。中でも自動車と部品の輸入が2億1000万ドルも増えていました。

 一方、アメリカの韓国への商品輸出は37億ドルで、3月より12%減りまし
た。これによって4月1か月間のアメリカの韓国に対する貿易赤字は18億ドル
となり、赤字額は3月のおよそ3倍になりました。 韓国とアメリカの間の
FTAは、いまのところ韓国側にとって利益が大きいものとみられています。

■資料4 山田としおメールマガジン 12年6月13日

 1週間後のメキシコでのG20サミットで、日米首脳会談があるとすれば、野
田総理が前回の4月30日の首脳会談でオバマ大統領から要求された米国の自動
車の輸出に関する「いくつかのアイデア」(野田総理の特別委員会での答弁)に
ついて、一定の回答を持っていくことが懸念されると話しました。

 これでは、何の国内論議もなく、いわゆる入場料を日本側が支払うことになる
訳で、米国側が、それを日本側の交渉参加の意思として受けとめ、米国議会に通
知することになれば、大変なことになってしまいます。議会通知後、様々な要求
が議会から突き付けられる度、日本側はそれに答えることが求められることにな
ります。「聖域なき関税撤廃」の要求や、医薬品や医療機器の扱いGMOの表示
や残留農薬基準の緩和、農協共済等日本型ともいうべき各種共済の扱い等、枚挙
にいとまの無い要求に翻弄されることになります。(2012.06.15記)
               (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)