■ 【運動資料】TPP問題について           篠原 孝

  1)韓国と日本の大きな違い 
  2)TPPの経済的メリット・デメリット 
  3)アメリカのしたたかな戦略とオバマの見え見えの打算
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●1)韓国と日本の大きな違い 
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◇したたかな韓国、出遅れる日本


  財界、経産省、外務省はなにかにつけて韓国のFTAを絶賛・推奨し、だから
日本はTPPに入らなければいけないと言う。いわゆる「韓国脅威論」である。
何を言っているのか、私は理解に苦しむばかりである。百歩譲って韓国を見本と
するなら、米等重要品目を例外とするEPA・FTAをEUやアメリカと結べば
いいのであって、関税ゼロを前提とするTPPなどは全く方向が違っていること
である。
 
  日本の財界は、韓国の米・EUとのFTA締結という矢継ぎ早の自由貿易への
転換に浮足立っている。EUとの関税 自動車10%、薄型液晶14%は大きいかも
知れないが、それ以前に韓国には追い越されているのだ。2010年にトヨタは欧州
で初めて販売台数で現代に追い抜かれているし、世界最大の市場中国でも現代
(ヒュンダイ)に及ばない。関税をゼロにすればいいというほど単純ではない。


◇貿易依存度のバカ高い韓国


  それよりも何よりも、日本と韓国の違いは国の大きさである。人口は、日本が
1億2700万人、韓国が4000万人強、約3分の1である。また、韓国のGDPは
10,145億ドルと日本の5分の1強にすぎない。韓国は小さい国内市場だけでは生
きていけず、グローバル化が必要なのだ。そして、国民がある程度その考えを受
け入れていることだ。

 次に違うのは輸出依存度が、韓国は43%(GDPに占める輸出入総額は82%)な
のに対し、日本はわずか11%にしか過ぎない。日本より低いのは、アメリカ
(7%)とブラジル(10%)ぐらいしかない。韓国はWTO交渉が停滞する中、
日本やアメリカのように国内市場だけで成長できる国ではないことから、2国間
のFTAに活路を求めたのだ。

 日本は加工貿易立国であるといわれてきたが、実は違う。確かに一時は日本の
成長を輸出が支えたこともあったけれども、基本的には団塊の世代を中心とする
内需が支えたのである。これは三種の神器なり、3Cなりを国民がこぞって買
い、内需を拡大することによって、日本の産業界を潤わせてきたことを考えると
一目瞭然である。日本は幸いなことに、大国になり過ぎたのであり、韓国の5倍
のGDP5.5兆ドルの国が輸出拡大を図るとすれば嫌がられるのは当然である。

 米議会が米韓FTAは許しても日米FTAをおいそれと認めることはあるま
い。その延長線上で、私は米議会が日本のTPP入りをすんなりと認めるとは思
えない。となると、日本もまたぞろ外需すなわち輸出に頼るのではなく、今度こ
そ内需拡大で日本を活性化していくべきなのだ。それも乗用車とか家電製品と
いった特定の製造業に偏りすぎず、食品産業や木材産業等の地場産業の振興に努
めるとともに、介護、医療、教育といった新しい需要に向けていくしかないのだ。
 
  これらの新しい分野にこそ、新しい雇用の場なのに、TPPに入り、介護や医
療の分野まで外国に開放せんとするのは、愚かとしかいいようがない。


◇韓国の危険な試み


  韓国は、盧武鉉政権の時の1997年の財政危機を契機に2004年チリとのFTAを
皮切りに、通商国家体制に大きく舵を切った。李明博政権はそれを引き継いで加
速させている。日本と違って人口は4000万ほどで国内市場は限られている。北朝
鮮という危うい隣国を抱えている。そうした中でのやむにやまれない方向転換か
もしれないが、非常に危険な試みであると思う。

 EUとのFTAが2011年7月発効、アメリカとのFTA交渉も2007年には米の16品
目を除き、牛肉、豚肉等の重要品目の関税撤廃も受け入れ、合意にこぎ着けてい
る。韓国はかなりアメリカに妥協していて、今後のTPPを占う参考になること
が多い。例えば、郵政の保険関係では、新商品を販売しないと約束し、特区内で
の自由診療拡大営利病院の許可を明文化している。日本が今、何の情報もなく
TPPに入ったら、すぐさま同じ要求を突きつけられ、受け入れざるをえなくな
る可能性が強い。

 アメリカは外交交渉においては、本当にしつこい勝手な国である。次々と新た
な要求を出してくる。2009年1月オバマ大統領は「米韓FTAについて見直しが必
要」と発言。韓国は「再交渉はあり得ない」と主張したが、事実上再交渉させら
れた。その結果、韓国産乗用車に対するアメリカの関税撤廃時期の5年先延ば
し、米国産乗用車に対する韓国の安全・環境基準の緩和という妥協を強いられて
いる。日本のTPPに入ればなんとかなるという楽観主義者には、この際限なきア
メリカの要求はどう映るのだろうか。


◇羨ましく映る韓国をじっくり観察)


  延び延びになっていた米議会の米韓FTA実施法の承認も済み、両国が目指す
2012年1月の発効に一歩近づいた。しかし、一方で、韓国の批准となるとそう楽
観視できない。韓国内には妥協しすぎの政府に対し、野党は反発を強めている。
今まで韓国がどれだけ妥協したか国民には明らかにしていないようだが、やは
り、政治は一寸先もよくわからない。

 2011年10月26日のソウル市長選で野党連合が支持した無所属候補朴元淳が当
選、一度は農畜産業の追加補償策などで妥協が成立したが、毒素条項(ISSID)
すなわち投資家が不利益を受けた際には、相手国を訴えることができることに対
し、韓国に不利な「毒まんじゅう」と反発している。やっと危険性に気付き始め
た野党民主党は、FTA問題は4月の総選挙で国民の意見を聞いてから処理すべ
きだ,と越年論議も辞さない構えとなっている。

 医療や食品の安全性等について、アメリカの要求を相当のまされたことが明ら
かになれば、激しい韓国の民衆が大騒ぎしてくる可能性もある。BSE牛肉を危険
だとして小・中学生まで参加して100万人デモをする国なのだ。 日本は韓国の
先行をうらやまし気に見ているが、ことはそう簡単に進みそうにない。やっと
TPPの全容に気づいた農業関係者の不安も高まっている。日本は焦ってTPP
交渉に入る前に、韓国がどうなるかじっくりと見極める必要がある。


◇日本がTPPに現を抜かす間に韓中が接近中?


  TPP推進論者が、二言目にはアジアの成長を取り込む必要があるというが、
TPPは中国も韓国も入っておらず、ASEANの主要国も全く入っていない。ベト
ナムはあまりの中国進出に恐れをなして、かつてあれだけ痛めつけられたアメリ
カにすり寄っているにすぎない。他のASEAN諸国は、胡散臭い目で見ているの
だ。中国はアメリカへの対抗上TPPを無視、韓国は米韓FTAで精一杯で、今更関税
ゼロが原則のTPPなどにかまける余裕はない。

 しかし、中韓二ヶ国は北朝鮮をはさんではいるものの隣国に等しい。普通に考
えるならば急接近してもおかしくない。日本は中韓と三ヶ国のFTAについて共
同研究中だが、そんな呑気なことをいっておられないかもしれない。もしも、本
当にアジアの成長を日本に取り込みたいなら、中韓とこそFTAを締結していく
べきなのだ。三ヶ国ともアメリカのように押して押して押しまくり、次々と青天
井の要求をしてくるようなえげつない国ではない。お互いの痛みを分かち合える
国である。

 受け身の盲目的TPP入りではなく、前向きに東アジアの仲間造りをしていく
べきなのだ。韓国は、似た構造の日本とのFTAは難しいが、中国となら補完関
係を作れると踏んでいるはずである。日本はむやみやたらにアメリカに追随する
のではなく、近くの隣人を大切にしていくべきなのだ。日本は中国をとるかアメ
リカをとるかの二者択一で、単純にアメリカになびいているようだが、韓国は北
朝鮮もあり、アメリカと同盟関係を維持しながら、中国とも接近をすることは間
違いない。それが大国の狭間にある小国の生きる唯一の道なのだ。 
  日本も韓国にならい、米中両国と平等につきあっていくべきであろう。 
     (篠原孝メールマガジン262号より転載)

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●2)TPPの経済的メリット・デメリット 
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◇まちまちの関係各省影響計算


  TPPで各省庁の意見が真っ向から対立したが、TPPの影響試算がまちまち
であった。農林水産省は、TPPに参加した場合、農業で4.1兆円、関連食品
産業を合わせると、7.9兆円の損失になり、340万人の雇用が減るという数
字を出した。

 それに対して経産省は、不参加の場合は、20年後に輸送機器と家電と機械工
業の大輸出産業でもって、GDPで10.5兆円の減になり、雇用は84.2万
人が減ってしまう計算した。内閣府は、TPPに参加した場合、GDPの増加は
2.4~3.2兆円、しなければ6~7000億円の減という見積もりを出して
いた。大きく各省庁の計算が違っている。


◇経済的メリットが小さすぎて出せなかった経産省


  農林水産省の計算は、内外価格差をもとに単純計算しただけのものだが、経産
省の試算は、輸出比率の減を誇大に見せようとして、本来TPP不参加とすべき
仮定を変えている。まず、仮定のごまかしその1が、TPPだけではメリット
(あるいはデメリット)が小さすぎるので、わざと日本がEUとも中国とも
EPAを締結しなかった場合としている。EUも中国もTPPに無関係なのに、
この2国を入れなかったら数字が大きくならないからだ。

 2番目に韓国との差だが、これまた今の米韓FTA、EU韓FTAでは差が小
さすぎるので、わざと中韓FTAが結ばれた場合としている。TPPとFTAの
比較もおかしいが、それは譲るとして、締結した米、EUとのFTAでなく、今
後どうなるかわからない中国とのFTAも締結し、日本は結ばないとして差を大
きくしようとしているのだ。

 3番目が、他の2府省が、今現在で計算しているのに、わざと2020年に日
本産品が米国・EU・中国において市場シェアを失うことによる関連産業を含め
た影響を計算して過大にみせている。

 これはとりも直さず、TPPのGDPへの影響があまりにも小さいために、上
記の3つの仮定をせざるを得なかったのだろう。それにしても、仮定がすぎる。
経済学者の野口悠紀雄は、TPPによる輸出増はたった0.4%と断じている。
こんな数字など、為替レートの変動ですぐ吹っ飛んでしまうことは度々述べたと
おりである。


◇具体的メリットなし


  2011年10月24日の経済連携PTで経団連の意見を聞く際に用意された
ペーパーは、はっきりいってお粗末だった。たった1枚で、下半分が農政につい
ての提案だった。肝心のTPPがなぜ経団連にとって必要かということは箇条書
きで抽象的に書かれていただけであった。TPPに参加しないと日本は世界の孤
児になるとか大仰なことを言っているわりには、少しも熱意が感じられなかっ
た。具体的メリットがないのだろう。こんなことで日本社会をぐちゃぐちゃにさ
れてはたまらない。


◇TPP推進論者の本がない!


  推進論者の論調は、新聞の6段ぐらいのインタビュー記事や社説は見つけて
も、著書がほとんどない。つまりは、一冊の本にするには論理矛盾が多すぎ、ま
た牽強付会にやろうとしてもろくなメリット数値を示せなかったのであり、とて
も書物にできないからであろう。例えば、大胆な金融緩和によってインフレに
し、景気をよくしなければならないといった経済学者、評論家が、明らかにデフ
レを招くと思われるTPPに賛成するとおかしなことになる。 
 
  また、TPPに参加するかしないかは、私が繰り返し述べているように、多国
間構造協議をアメリカの圧力で行うものであり、内容が多岐にわたる。あまりに
分野が広く、節度ある学者や評論家はとても適当な推進論をぶてないからだ。


◇利益は国民に均霑化せず


  メリットとして、一つ上げられるのは、TPPにより輸出企業が儲かった場
合、それが、トリクルダウンして他のところに転化するということ。ところが、
ほとんどそうなっていないのではないか。失われた20年の間も、一時期輸出が
伸びて、輸出企業は相当業績が上がっていたはずである。

 例えば、一部上場のトップ30社ぐらいは、それでもって内部留保を相当溜め
込んでいる。輸出企業はぼろもうけしたのだ。しかし、その配当や役員報酬は増
えたけれども、従業員の給与は上がっていない。なおかつ、長期的な投資、研究
開発のような投資には、お金を向けていない。

 そして企業合併をくり返し、あるいは余ったお金を外国に投資するなど、日本
の成長にはほとんど寄与していないのではないか。TPPに仮に入ったとしても
また、こういうことを繰り返すことになり、日本国民がメリットを受けるという
ことはそれほどないのではないか。


◇検証すべきNAFTA(北米自由貿易協定)後のメキシコ


  我々は、ここで過去の自由貿易協定の結果を検証してみる必要がある。地域協
定の一つである北米自由貿易協定(NAFTA)が1994年に成立して17年
経った。これが一つの典型であるが、アメリカ、カナダ、メキシコはどうなった
か。日本のTPP推進派の書物や論壇には一つも登場しない。理由は、少なくと
もメキシコにとっては惨憺たる結果になっているからだ。

 アメリカからメキシコへのトウモロコシの輸出は3倍に急増した。アメリカの
農産物の3分の1は輸出されており、国内補助金がそのまま輸出補助金と同じ役
割を果たしている。零細なメキシコ農民はトウモロコシ生産ができなくなり、ア
メリカからメキシコへの大豆、小麦、豚肉、牛肉等の輸出も急増した。

 そのため、農地を手放し密入国する者も増え、一旦、米国の多国籍企業の製造
業に雇われたものの更に安価な労働力の国に工場が移転され、リーマン・ショッ
ク時には50万人が職を失っている。

 NAFTAは、結局のところ、独占と集中をもたらしただけで、メキシコには
製造業の成長も雇用の拡大もなく、全く逆の結果しか生まなかった。勝者は、メ
キシコ市場を手にしたアメリカの多国籍企業だけだったのだ。


◇数%の関税引き下げよりも為替変動の影響大


  アメリカはTPPを輸出を倍増する梃子にしようとしているのであって、輸入
を増やすつもりはない。そして輸出先として一番期待が持てるのは、現交渉参加
8カ国ではなく他ならぬ日本なのだ。オバマ大統領は「巨額の貿易黒字のある国
は輸出への不健全な依存をやめ、内需拡大策をとるべきだ」と言っている。

 昨今のドル安の放置(?)も、輸出戦略の一環だ。さらに言えば、今や日本
メーカーの自動車などは半分以上(66%)が、アメリカの現地生産で関税は無
関係である。アメリカは高関税のうちに現地工場を作らせ、雇用の拡大を確保
し、その後にドル安にして、輸出攻勢をかけることを考えているに違いない。


◇景気浮揚にはTPPより財政出動が先


  日本の景気をよくするためには、まず日本のデフレを脱却しなければならな
い。そのためにやるべきことはなにか。TPPで輸出を増大することではない。
TPPで関税ゼロにすると更に安価な輸入が増え、デフレが加速する。

 正解は、公共投資の拡大なり、大型減税であり、大規模な量的緩和であり、内
需振興なのだ。それを今日本は増税しようとし、はたまた、TPPで関税をゼロ
にしようとしているのである。どこかネジが曲がっている。

 通貨当局日銀と財務当局財務省とが協力し、日銀が国債の買い取り枠を増や
し、同時に政府が財政出動と減税をすれば、日本のデフレを終わらせることがで
きる。そうすればTPPによる輸出に依存しなくて済む日本ができ上がるはずで
ある。経済界はなぜこの声を上げないのだろうか。

 日本の経済の活性化には、やはり国内経済の需要を拡大し、成長路線に繋げる
ことであり、対外的に見れば円安にすることである。長期的には、それによって
税が増え、名目GDPも成長し、財政が健全化することになるのではないか。こ
のことを忘れてTPPだけに固執し、日本の社会システムを変え、またまた混乱
させるというのは金融財政政策として賛成できない。          
      (篠原 孝メールマガジン263号より転載))

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●3)アメリカのしたたかな戦略とオバマの見え見えの打算
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 アメリカは、一旦戦略を打ちたてるとしつこくそれに向かって進む国である。
私は、以下のような大変なことがあったと考えている。

①丸太の製材の関税ゼロが中山間地域の疲弊をもたらしたこと
②余剰小麦のはけ口で、パン給食が導入され、日本の風土と隔絶した食生活が広
まったこと
③金融ビック・バンにより日本金融システムを変えられ貸し渋りが増えたこと
④日米構造協議により大店法が改正され、地方商店街のシャッター通り化を招い
たこと
⑤年次改善要望書にもられた郵政民営化を受け入れため、郵便局が混乱し、金融
界にも波及が生じていること


◇TPPでは日本に選択権なし


  TPPの交渉参加で、上記のようなことが国際協定の枠組みの中でじわじわと
押し付けられる突破口になるのは確実である。財界等の推進派は、日本経済の活
性化の突破口などというが、そんなものよりも違う突破口になってしまうのだ。

 もちろん、アメリカに学ぶことも多く、日本はそれをいいとこどりしてきた面
もたくさんある。いくら強制させられたとはいえ、一応どれを取り入れるか選択
権があったのだが、TPPに入るとあればいいけど、これはダメと言い出せなく
なり、他の国も皆賛成しているのだからといって、有無を言わせられず押し付け
られることになる。

 だから私は大反対なのだ。「TPPを慎重に考える会」となっているが、私は
慎重どころではなく「大反対」なのだ。  アメリカが動き出す時には、きちん
とした背景があり、戦略がある。自ら世界を変えられる力があるのだ。そこが外
交上もずっと受け身な日本とは異なる。それではアメリカはなぜTPPを持ち出
してきたのかについて検証してみる。


◇物づくりを忘れたアメリカ


  長期的視点から見るとアメリカはもうずぼらな国になり下がり、自ら物を生産
すると能力は衰えてしまっている。アメリカの貿易収支の面でいうと、稼げるの
は農産物(269億ドルの黒字)と工業製品では武器輸出関連のものしかなく、
あとは金融サービス(1,363億ドル)で黒字になっているだけである。

 したがって、アメリカは、ウルグアイ・ラウンドの頃から新三分野(投資
TRIM)、金融サービス(GATS)、知的財産)でアメリカの有利なルール
を作ることを目的としている。しかし、これがうまく行けばいくほど、自ら汗し
て働くことを忘れ、マネーゲーム等で儲けるようになり、ますます没落すること
に繋がっているのではないかと思っている。


◇没落するアメリカのしたたかな金融・投資戦略


  アメリカはOECDでまず先進国間で投資の自由化を試みたが、同じ事を試み
たが、1998年10月、ジョスパン仏首相が参加を取りやめ、各国もフランス
に同調し失敗している。ドーハ・ラウンドでもアメリカはWTOのTPIM協定
で、投資の自由化を推進しようとしたが進んでない。同じことを米州自由貿易地
域(FTAA)でやろうとしたが、南米諸国の反発を買い、やはり実現しなかっ
た。各国ともアメリカの金融支配に明らかにNOを突きつけているのだ。
 
  さて、問題のTPPであるが、2008年2月4日、シュワブ通商代表が最初
に、P4と投資及び金融サービスに関する交渉を始めると発言している。つま
り、もともとP4協定になかったものを、投資と金融に興味を示して、TPPに
入ろうとしたのは明らかである。

 そして、2009年11月14日の日本での発言につながった。TPPは、価
値観の同じアングロサクソン諸国・旧英連邦諸国なり弱小国を引き連れて、アメ
リカに都合のいいルールを作り、あわよくば無防備な日本を引っ張り込もう
という魂胆が透けて見えてくる。


◇アジア金融通貨危機にこりた東南アジア諸国


  この魂胆をちゃんと知っているのは東南アジア諸国である。1997年ヘッジ
ファンドの空売りにより、タイ、インドネシア、韓国等は相当酷い通貨金融危機
に見舞われている。フィリピンにも影響し、日本にもトバッチリが来て、日本債
券信用銀行や日本長期信用銀行が経営破綻をきたし、外国資本の手にわたるキッ
カケとなった。だからこれらのアジアの国々はTPPを冷ややかな目で見ている。 
 
  ベトナムは対中国との関係があり、アメリカのバックアップが必要という特殊
な事情がある。忘れてならないのは、シンガポール、ベトナム、マレーシア等い
ずれもGDPに占める貿易の依存度は100%を超える国である。韓国
(80%)や日本(15%)と比べると、圧倒的に貿易に依存した国だから、
TPPに入ったほうが得なのだ。つまり各国の事情により入るか入らないか決め
ているのである。そういう点からすると、日本の入る事情は全くはっきりしない。


◇カナダ・メキシコも南米も総スカン


  そして、他の国で言えば、NAFTAのカナダとメキシコが何故入らないか。
2ヶ国は、例のISD条項によりアメリカの企業から訴えられ、賠償金を払わざ
るを得なくなるなどして、アメリカ金融資本の横暴にすっかり嫌気がさしてい
る。韓国では、10月の選挙で野党や無党派に支援されて当選した朴元淳ソウル
市長が、韓国では毒素条項といわれるISD条項の見直し等を含める懸念を表明
し、今や2012年4月の総選挙の争点となっている。

 今、日本で信を問うのは、原発もあるし消費税もあるが、TPPこそ選挙で問
うべき大問題なのだ。 NAFTAの後、自由貿易地域を、メルコスール4カ国
(アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ)等南米にまで広げようと
していたが、反米でなるチャベス・ベネズエラ大統領等が反対し、頓挫してし
まった。


◇オバマ再選の最後の拠り所TPP


  あちこちにソッポを向かれ、焦ったオバマ政権が急成長するアジア市場に目を
付けTPPに飛びついたともいえる。2010年1月の一般教書演説において、
jobという言葉を20回も使い5年間で輸出を倍増し、200万人の雇用をつ
くり、失業問題を解決するという国家輸出戦略を打ち出し、大統領再選に向けて
動き出したのだ。

 オバマ大統領は、上院時代3件のFTAのうち1件(オマーン)しか賛成して
いないし、選挙公約でNAFTAの見直しやドーハ・ラウンドへの環境や労働に
関する議論の追加を主張していた。批准を待つだけのコロンビア、パナマ、韓国
のFTAにももともと乗り気ではなかったし、TPPへの関与は、はじめての
FTAに関する意思表明だった。オバマ大統領にとってTPPは、2011年
11月12,13日の生まれ故郷ホノルルのAPEC会合の政治的目玉として一
番重要だと考えているに違いな
い。


◇少ない経済的効果


  景気回復もできず、雇用問題も9%を超える失業率が続き、中間選挙では民主
党が完敗している。そして、窮余の策が輸出拡大であり、成長著しいアジア市場
の獲得を狙っているのである。ただ、アメリカの輸出依存度は7~8%と日本の
半分程度であり、冷え込んだアメリカの景気浮揚にはそれほど働くとは思えな
い。本音は、あくまで選挙向けのポーズである。そんなことになんで日本が付き
合わなければならないのか。誰が考えても損な相談である。


◇長期的には中国牽制


  もう一つ重要な背景は、中国への牽制という覇権争いである。国産空母建造や
次世代ステルス戦闘機「殲-20」開発など軍備増強が目立つ中国は、一方で
2010年ASEANとFTAを発効させていることになった。2011年5月
22日には、菅・胡・明の三者会談で、日中韓のFTAの研究が進められること
になった。

 もともとは鳩山総理が東アジア共同体を強調し、小沢元代表が数多くの親派を
連れて中国詣でを繰り返すのにいらいらしているアメリカが焦り、自らの存在感
を向上させんとするのは自然である。 日本は中国の海洋侵出などには厳然と対
処する必要があるが、安全保障でアメリカのお世話になっているし、同盟国だか
らといって、TPPのような広範な分野においてアメリカに組する必要はない。


◇始まったアメリカの先制攻撃


  私は、日本が交渉に参加を表明した途端、BSEの規制の緩和等無理難題を
言って、結局日本は入れないようにして、日本をのけ者にするのではないかと考
えている。そう思っていたら、11月8日、ボーカス上院財政委員長がカーク
USTR代表に対して、日本市場には自動車や牛肉を含む農産品、保険、医療な
どさまざまな分野で深刻な障壁があり、日本が市場開放に向けてTPPの高い基
準を満たす意思があるか慎重に確認するよう要請する書簡を発出した。もう門前
払いの徴候がみられる。 
 
  経済界は日本の輸出増に期待を寄せるが、オバマ大統領の狙いは、演説のとお
りアメリカの輸出倍増と200万人の雇用機会の拡大であり、アメリカの輸入増
など考えていない。2010年11月 横浜のAPEC総会で「巨額の貿易黒字
がある国は輸出での不健全は依存をやめ、内需拡大をとるべきだ。いかなる国も
アメリカに輸出さえすれば、経済的に繁栄できると考えるべきではない」と何も
隠さず正直に意図をぶちまけている。それにもかかわらず、日本の輸出を増やす
TPPなどどうして言えるだろうか。


◇日本の恩は報われず


  ところが、日本がいくらポチよろしく尾っぽを振ってTPP交渉に参加してオ
バマ再選を助けたとしても、うまくいかない可能性のほうが高い。その場合、次
の共和党新大統領は、日本の一時の情け心に恩義など全く感じないだろう。大統
領再選の道具のために、日本の国の形まで変えてしまうようなTPPを推進する
というのは、あまりにもお人好しであり、こんな明々白々なことに気が付かない
日本の政治家がいるとしたら、願い下げである。


◇20年前と比べアメリカの圧力はなし


  よくアメリカの圧力というけれども、今、日本に対してTPPに入れという政
界や産業界の圧力はほとんどない。日米通商交渉が盛んに行われた1980年代
は、アメリカは本当に怒っていた。毎年、日本の貿易黒字が500億ドルから
700億ドルになり、アメリカにとっては耐えられなかった。したがって、産業
界も怒り、政治家も国会の前で日本製品をハンマーで叩き割るといったようなパ
フォーマンスもみられた。

 他の産業に高関税をかけるクロスリタリエーションとか、あるいは勝手に輸入
制限したりする、スーパー301条とかが連日新聞を賑わしていた。それに比べ
ると、今はそうした動きはほとんどない。他の東南アジア諸国、カナダ、メキシ
コ、南米諸国と違い、ただ一国あたふたしているのは、日本である。アメリカの
強い要望と勘違いし、せっせとTPP騒ぎを大きくしているのである。野田政権
の10月以降のTPP前のめりは自作自演の劇場政治でしかない。


◇日本だけが「入水自殺」するのか


  その一方で、アメリカから農産物の輸入が拡大し、地方農村は更に疲弊し、医
療や金融サービスも大打撃を受けることになる。こんな筋書きが見えているの
に、なぜ立派な経済学者や日本の国益を考えて政策をいうマスコミも気付かない
のだろうか。私には不思議でならない。一刻も早く、TPPには参加しない宣言
を出すべきである。

       (篠原 孝メールマガジン264号より転載)

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