~“アジアの世紀”論再考~

■ 海外論潮短評(28)

~“アジアの世紀”論再考 ~    初岡 昌一郎 

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  アメリカのリベラル系隔月刊国際関係専門誌『フォーリン・ポリシー』7/8
月号が、アメリカの衰退と対比して論じられることのよくある、アジア興隆論を
再検討する論文を掲載している。同誌が多用している一問一答方式で、広く行な
われている所論を簡明直な設問として出し、それに筆者が回答する形式で展開さ
れている。

 筆者のミンシン・ペイは在米中国人研究者で、カーネギー平和財団客員上級研
究員の肩書で紹介されている。彼は、この専門誌2006年3/4月号に『中国
興隆の暗黒面』のタイトルで、中国の政治経済について批判を書いている。以下
に紹介する論文では、論壇で膾炙している耳あたりのよい俗説を戒め、アジアの
力量の過大評価とアメリカの潜在力の過小評価を戒めている。


■「パワーは西から東に移りつつある」 : 必ずしもそうではない


  第二次世界大戦移行のアジアの経済力の持続的な急速な発展が、域内諸国の生
産力と軍事力を大きく高めたことは否定できない。しかし、アジアが世界で主導
的なパワー・プレイヤーになるというのは甚だしい誇張である。せいぜいのとこ
ろ、アジアの興隆は多極的な世界の到来につながるもので、独自の極を構成する
ものではない。

 アジアと欧米との経済的軍事的ギャップの解消はまだ程遠い。この地域はグロ
ーバルな生産高の約30%を産出しているが、膨大な人口のために一人当たりG
DPは僅か5,800ドルにすぎない。アメリカのそれは48,000ドルであ
る。アジアの軍事力は急拡大しているが、2008年の域内の軍事支出合計はア
メリカの3分の1である。現行の高成長率で計算しても、アジア人の平均所得が
アメリカ人に追いつくには77年かかる。中国人は47年、インド人は123年
を要する。アジアの軍事支出合計も、向こう72年間はアメリカにとどかない。

 いずれにせよ、アジアを単一の実体的なパワーとして語ることは、現在はいう
までもなく、将来も意味がない。むしろ、アジアにおける一国の急速な勃興は近
隣諸国に警戒感をもって受け取られている。アジア史は近隣大国間の軍事紛争の
多発で飾られている。

 アジアが世界的なリードを示すのには、経済力や軍事力だけで済むものではな
い。パックス・アメリカーナは、アメリカの経済力と軍事力だけによってではな
く、自由貿易、ウイルソン的なリベラリズム、重層的な制度などの構想力によっ
て可能になった。今日のアジアは世界でもっともダイナミックな経済を擁してい
るが、思想的なリーダーとして同様な役割を果たしてはいない。アジア的開発モ
デルは持て囃されているものの、それはイデオロギーではなく、輸出できない。


■「アジアの興隆は止める事が出来ない」 : そうは言い切れない


 アジアの最近の足跡は、その経済的スーパーパワーとしての地位を保証してい
るとみえる。アジアの一人当たり所得が相対的に低いことからみて、見通せる将
来、その成長率が西洋を上回ると思われる。しかし、この地域は向こう数十年間
に巨大な人口障壁に直面する。アジア人の20%は2050年までに高齢化する
。高齢化が日本の停滞の主因である。中国でも高齢者が向こう10年に急増する
。医療と年金のコストが爆発的に増えて、貯蓄が減る。インドだけがこの傾向の
唯一の例外であろう。

 環境と資源の制約も大きい。人口増がアジアの水不足を悪化させ、大気汚染が
保健に恐るべき犠牲を強いる。代替エネルギーの革命的進歩がない限り、アジア
は深刻なエネルギー不足に直面する。気候変動が域内農業を荒廃させかねない。

 さらに、現下の経済危機が欧米の需要を失わせ、巨大な過剰生産設備を生んで
いる。アジアの企業は国内の消費需要が低いので、域内で製品をあまり捌けない
。輸出依存のアジア型開発モデルは消滅するか、あるいは成長のエンジンとして
の役割を終えざるを得ない。

 政治的不安定もアジアの経済的機関車を脱線させかねない。パキスタンにおけ
る体制崩壊や朝鮮半島における軍事衝突が大動乱を招く恐れもある。中国におけ
る不平等の拡大と蔓延する腐敗が社会的不安に火をつけ、経済成長をストップさ
せることもありうる。民主的改革の成功が共産党権力を抑制しても、中国は長期
の不安定な過渡期に入り、中央政府の弱体化と経済的パーフォーマンスの鈍化を
招くと思われる。


■「アジアの資本主義は他よりもダイナミックだ」 : そうでもない


 アメリカがウオール街危機によって弱体になり、ヨーロッパ経済が福祉国家と
融通の利かない労働市場によって衰えている時に、ほとんどのアジア経済は好況
にあった。アジアの経済は戦略的な政府の介入と一体化しており、企業は長期的
な展望に立脚しているユニークなもので、強欲なアメリカ・モデルと旧弊なヨー
ロッパ・モデルを追い越す、と述べたくなるのはわかる。

 日本を除くアジアの経済は世界で最も速く成長しているけれども、その表面上
のダイナミズムがアジア資本主義の神秘的な成功からもたらされている、といえ
る証拠はない。真実はもっと陳腐なものである。この地域のダイナミズムはその
強いファンダメンタルズ(高い貯蓄率、都市化、人口構成)と自由貿易、市場改
革、経済統合に負うところが大きい。アジアの相対的後進性が、ある意味で利点
になっている。

 アジアの資本主義は三つのユニークな特徴を持っているが、それらは必ずしも
競争上の利点ではない。第一に、アジア諸国の国家は産業政策、インフラ投資、
輸出促進を通じて経済に介入している。しかし、それがアジアの資本主義をより
ダイナミックにしているかどうかは未解明の謎である。『東アジアの奇跡』と題
した1993年度世界銀行地域調査は、戦略的介入が東アジアの成功のカギだと
いう証拠を見つけることが出来なかった。

 第二に、同族所有企業と国営企業という、二種類の会社がアジアの実業界を支
配している。この企業所有構造が、アメリカ企業の短期成果主義を回避するのを
可能にしてはいるが、同時に株主や市場の圧力を防ぐ楯となり、アジアの企業を
して説明責任を負わず、透明性と革新性の低いものとしている。

 第三に、アジアの高い貯蓄率が大きな国内資金源となっており、経済成長を押
し上げた。しかし、アジアの預金者は可哀相。ほとんどのものが貯金する理由は
、政府が不十分な社会保障しか提供していないからだ。政府の政策は預金利子を
低く抑えることで、預金者を犠牲にして、低利の資金が企業に回るようにしてい
る。輸出促進策もアジアの利点として誇大に評価されている。アジアの中央銀行
は輸出によって稼ぎ出された巨大な余剰をドル建て資産に投資しているが、アメ
リカの金融財政政策で生み出された長期のインフレ圧力でその価値を大きく損な
っている。


■「アジアが技術革新で世界をリードする」:われわれの目の黒いうちは無理


 アメリカでますます多くの特許権をアジアが取得しているのを見ると、アメリ
カの技術革新力が後退している印象を持つ。例えば、1978年に13件に過ぎ
なかった韓国だけでも、2008年に8,731件の特許権を取っている。同年
、日本は約37,000件を取得した。技術革新力でアメリカはシンガポール、
韓国、スイスにも後れをとり、世界第8位にすぎないことを知るとさらに危機感
が高まる。

 アメリカの技術的指導力の死という報告は、非常に誇張されたものだ。日本や
韓国などのアジアの先進経済国はギャップを縮めつつあるものの、アメリカのリ
ードが卓越していることに変わりはない。中国とインドという、アジアの2大国
はまだはるかに遅れている。2008年、アメリカは92,000件の特許を得
ているが、これは韓国と日本を合算した数の2倍以上である。

 アジアは高等教育にカネを注ぎ込んでいる。だが、アジアの大学が近い将来に
学習と研究の指導的センターになりそうにはない。世界でトップ10位までの大
学はアジアに存在しない。僅かに東京大学が20位内に入る。過去30年間に僅
か8人のアジア人がノーベル化学賞を受賞したに過ぎないが、そのうち7人は日
本人であった。この地域のタテ型権威主義的文化、中央集権的官僚制、弱体な私
立大学、詰め込み主義学習とテスト偏重が、アメリカの優秀な研究型大学との差
を縮めるのを妨げている。

 よく喧伝されているアジアの数的優位も、実体はそれほどでもない。中国では
毎年60万人が、インドでは35万人が工学士の学位を取得している。アメリカ
の工学士は年間7万人にすぎない。この数字を見ると、アジアが知力の創出でリ
ードしているのを示しているが、それはまったくミスリードだ。中国の半分とイ
ンドの3分の2の工学士は短大卒にすぎない。質を診るとアジアの優位は消える


■「独裁がアジアに有利に作用した」 : それは違う


 韓国、台湾、シンガポール、スハルト支配下のインドネシア、そして現在の中
国という、新興経済国は非民主主義的政権下で急成長を遂げた。厄介な競争型政
治に煩わされない一党制国家が、過剰な民主主義に縛られた多党制よりも経済的
に成果を挙げていると言う見解を裏付けるために、中国とインドの比較がよく行
なわれている。

 しかし、アジアにも国土を荒廃させた専制政治は多い。ビルマ、パキスタン、
北朝鮮、クメール・ルージュ支配下のカンボディア、マルコス政権下のフィリッ
ピンと悲劇的なリストは続く。中国でさえ両面がある。1976年に自ら課した
孤立から脱出する前は、その経済成長は乏しかった。毛沢東下の中国は世界でも
最悪の食糧危機を経験した。

 経済成長を遂げた専制国家を見ると、二つの興味深い事実に気づく。第一に、
それらの国が統制の厳しさを緩め、より大きな自由を個人と経済に許容した時に
経済業績が向上している。第二に、成功のカギは、インフラ投資、貯蓄奨励、輸
出促進などの保守的なマクロ経済管理であった。独裁が経済開発のために魔法の
処方箋を持っていたのではない。

 中国のような一党制国家をインドのような民主主義国と比較するのは、容易な
知的作業ではない。明らかに、インドは多くの弱点を持っている。すなわち、広
範な貧困、貧弱なインフラ、最小限の社会的サービス。これらの分野で、中国は
はるかによくやっているようにみえる。しかし、外観は見せかけのこともある。
民主主義はその欠陥を上手に宣伝するのに対し、独裁はその生み出した問題を隠
すのが上手である。アジアにおける専制政治の利点とされるものは、せいぜいの
ところ、目くらまし効果を持つ幻想にすぎない。


■「中国がアジアを支配する」 : ありそうにない


 今年中に中国が日本を追い越し、世界第二位の経済大国となろうとしている。
  中国は地域の経済的ハブとして、アジアの経済統合を推進している。中国の外
交的影響力も拡大している。中国のかつては陳腐化していた軍事力も主な最新兵
器システムを獲得して、能力を大幅に向上させた。

 中国がアジアの最強国になることは間違いないが、その勃興には固有の限界が
付きまとう。地域の平和維持力としてアメリカに取って代わり、他の国の外交政
策に決定的な影響を行使するという意味で、中国がアジアを支配するとは思われ
ない。その経済成長も決して保証されたものではない。分離傾向を持つ不穏な少
数民族(チベット人とウイグル人)が、国土のほぼ30%に当たる、重要な戦略
的地域に居住している。近い将来に中国に復帰するとは思われない台湾が、中国
の軍事力のかなりの部分を縛っている。対外膨張よりも一党制国家を継続するこ
とをよりと重要と考えている中国共産党が、帝国主義的幻想に誘惑されるとは思
われない。

 中国はロシア、インド、日本という手恐い隣国に接しており、これらの国は地
域的覇権国と中国がなろうとすることに激しく抵抗するだろう。近年中国が最も
成果を挙げている東南アジアでさえも、中国勢力圏に完全に入るのを潔よしとし
ないだろう。アメリカが中国の覇権に唯々諾々と屈服することはありえない。

 中国の興隆がアジアにおいては熱烈歓迎よりも、恐れと不安を煽っている。シ
カゴのあるシンクタンクの調査によれば、日本人の僅か10%、韓国人の21%
、インドネシア人の27%だけが、アジアの将来の指導国として中国を受け入れ
ている。


■「アメリカはアジアで影響力を失いつつある」 : 絶対に違う


 アメリカはイラクとアフガニスタンで深みにはまり、深刻な不況に見舞われ、
超大国として衰退しているように見える。アジアにおけるその影響力も明らかに
後退しており、かつては無敵のドルも中国の元に押されている。北朝鮮は公然と
ワシントンの意思を馬鹿にている。しかし、アジアにおけるアメリカの地政学的
優位が終わったと断言するのは早急に過ぎる。政治的経済的制度に内在する自己
訂正メカニズムが、現下の失敗からアメリカが立ち直るのを可能にするだろう。

 アジアにおけるアメリカの指導力は、単に軍事的経済的力量からだけではなく、
多くの力の源泉から生まれている。美についての判断と同じように、地政学的
影響力も人の見方によるところが大きい。前述のシカゴの調査では、中国人お6
9%、インドネシア人の75%、韓国人の76%、日本人の79%に上る多数の
人が、過去10年間にアジアにおけるアメリカの影響力が拡大したと述べている。

 アジアにおけるアメリカの持続的な優位性のさらに重要な理由は、域内のほと
んどの国において、アジアの平和保障力としてワシントンが歓迎されていること
である。ニューデリーから東京にいたるアジアのエリートたちは、アメリカが中
国を監視するのを続けてほしいと考えている。

 どのような事態の展開になろうとも、アジアの政治的経済的影響力が将来急速
に増すことは疑いない。この地域は既に国際秩序の主柱の一つとなっている。し
かし、アジアの将来を考えるにあたって自信過剰となってはならない。文化的な
相違や域内諸国間の激しい敵対的競合の歴史からみて、われわれの眼の黒いうち
に何らかの政治的統合が達成され、EUのような主体に成長することはないだろ
う。西洋人がアジアの興隆に恐れを抱いたり、ヒステリックになることなく、ア
ジアが提供している競争上の圧力を自らの国内活性化の梃子にすることを希望す
る。


◇◆コメント◇◆


  この論文は、アメリカや西欧の論壇でしばしば行なわれてきたアジア、特に中
国の急速な勃興が引き起こしている心配や懸念を沈静化させることを目的にして
いる。こうした懸念は、部分的には歴史的な黄化論のようなアジア蔑視の系譜か
ら来ている。それとは逆に、アジアの成長力の誇大な評価や、他面におけるアメ
リカやヨーロッパの没落論にアジアにたいする警戒論が基づいていることもある。

 日本の場合において証明されているように、低いところから追いついてゆく時
にはスピードが出せるが、あるところまでに追いつくと停滞期に入る。それは、
独自の技術開発やより高い質の社会経済システムが要求されるようになるからに
他ならない。本論に指摘されているように、長いものに巻かれるのをよしとする、
アジアにおける権威主義的文化や、創意や独創性を育てない教育システムが障
害になっている。こうした社会的な欠点は早急には是正されないが、教育の質的
向上、経済格差の是正、社会サービスの充実などを通じて変化を促すことが出来
る。

 アジアは、他地域に比較して、確かに一体性を欠いている。地理的にも境界が
やや曖昧な広大な地域をさしており、言語、文化的伝統、宗教、政治体制などの
面で、非常に多様だ。したがって、包括的な地域統合やオール・インクルーシブ
な共同体的地域機構を構想することは困難である。この地域における協力や、統
合構想は多角重層的なものとならざるを得ないであろう。

 現に、東南アジアにおけるASEAN、南アジアにおけるSARCのように、
比較的に共通性の高い亜地域的機構が誕生している。地域的協力が最も遅れてい
るのが東アジアで、これには日本がこれまで消極的態度をとり続けてきたことが
大きな原因である。民主党政権は積極的姿勢を打ち出し、近隣諸国より歓迎され
ているが、掛け声だけではなく、具体的なステップで示してもらいたいものだ。

 経済面だけの協力推進だけではなく、これまで無視、軽視されてきた社会面で
の協力が、和解と信頼感を醸成するために今後不可欠になる。
          (筆者はソーシアルアジア研究会代表)

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