~「ブルカ禁止法」がフランスの理念と現実の矛盾をあぶりだす~

■宗教・民族から見た同時代世界    荒木 重雄

~「ブルカ禁止法」がフランスの理念と現実の矛盾をあぶりだす~

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 9年目の9.11を迎えたアメリカでは、コーラン焚書計画やモスク建設計画反
対など、偏狭な価値観を煽って大衆感情におもねる企てが目についた。だが、こ
のような危険なポピュリズムはヨーロッパにもひろがりつつある。たとえばフラ
ンス・・・・・

 フランスでは「ブルカ禁止法」が議論をよんでいる。イスラム教徒の女性が、
頭からすっぽりかぶって全身を覆い隠す衣装のブルカやニカブを公共の場で着用
することを禁じ、違反すれば着用者は罰金150ユーロ(約1万7千円)か、フラン
ス市民教育の受講を義務づけられ、女性が着用を夫や父親に強制されていたとす
れば、強制した夫などには最高で禁固1年か罰金3万ユーロが科せられるという。

 このブルカ禁止は、サルコジ大統領みずからが昨年6月の両院合同会議でぶち
上げたものである。演説でいわく、「ブルカは女性の自由と尊厳の問題だ。ブル
カは隷属の表徴であり、フランス共和国の領土内では歓迎されない」。
  今年5月には与党・民衆運動連合(UMP)議員団に国民議会(下院)での決
議を働きかけ、圧倒的多数の決議採択を追い風に同月、禁止法案を閣議決定し、
7月には国民議会で同法案を可決させ、そして、この9月、上院での審議を待つば
かりになっていた。

 この法案をめぐっては、じつは、政府に勧告する権限をもつ国務院が、すでに
3月、ブルカ着用の一律禁止は「個人の自由」を定める憲法に違反する恐れがあ
るとの見解を政府に伝えていた。フランスが理念とする「世俗主義」「男女同権」
を後ろ盾にしたとしても、ブルカ着用を自主的に選ぶ自由を奪うことはできない
との判断である。
  サルコジ大統領と与党は、だが、その国務院の勧告も無視して法案成立を押し
進めてきた。


◇◇ブルカは女性抑圧の象徴か


  イスラム女性がベールで顔や身体を覆う根拠は、女性の美しいところを人前
で隠すよう求める聖典コーランや預言者ムハンマドの言行録の記述にあるとされ
る。だが、ブルカを着るだけで「女性が抑圧されている」と断じるのは、信教や
表現の自由の侵害にもつながる一方的な思い込みにすぎない。

 事実、パリ在住でブルカを着た女性とのインタビューをドキュメンタリー映画
にまとめた社会学者アニェス・ドゥフェオ氏によると、ブルカ着用者は①イスラ
ム教に改宗した20代までの若年層②離婚などの悩みを抱えた中年層③神秘宗教に
惹かれた高齢者、の三つのタイプに分類されるが、①の若い改宗女性が最も多く、
「彼女らは独立心が強く、社会の中に自身の居場所を見出そうとしているのが
共通点」と語っている。また、「50人以上の女性を取材したが、男性から着用を
強制されたと答えたものは一人もいない」とも語っている。

 しかも、フランスでブルカ着用者は推計で数百人から千人台とされている。僅
かそれだけの人数を対象とした法律の成立になぜこれほどのご執心か。


◇◇反イスラム移民感情に迎合


  ブルカ禁止法案の背景には、もちろん、イスラム教徒への警戒感がある。2001
年以降、世界各地で続いた爆弾テロの記憶もあり、全身を覆う服の中に爆弾を隠
し持っているのではないかとの不安もある。公共の場で本人確認ができなければ
人々の安全を守れないとする治安上の主張が、女性の人権擁護の主張と併せて、
この法案の表向きの理由である。

 だが、さらにその背後には、イスラム教徒の移民の増加を不快とする大衆の感
情がある。とりわけ、最近のグローバリゼーション下の経済危機で失業したり生
活の先行きに不安を感じる人たちは、不満の矛先を移民に転じて、反移民感情を
募らせている。そうした大衆感情におもね、かつ煽って、「我々の社会に溶け込
もうとしない移民は断乎排除する」という姿勢を印象づけようとするところに、
再来年に大統領選を控えたすサルコジ政権が推し進めるこの法案の真の狙いはあ
るといえよう。


◇◇「共和国の理念」で差異を排除


  こうした政治傾向はいま欧州各地に広がりつつあるが、フランス社会に詳しい
三浦信孝氏の指摘にも触れて、フランスでの経緯を振り返っておこう。
フランスにはとくに、自由・平等・友愛を謳ったフランス革命の思想が近代市
民社会の理念を形づくったとの自負から、「共和国の普遍的価値」の共同幻想の
もとに国民を統一しようとする意識が強い。その「普遍的価値」の柱の一つに「
ライシテ原理(世俗主義。私的領域における宗教の自由と公的領域における脱宗
教化)」が据えられている。

 だがその原理と現実が軋んだ発端が、1989年にパリ郊外の公立学校で起こった
「スカーフ事件」であった。イスラム系女生徒がスカーフを被ったまま公立学校
に登校することの是非をめぐって、ライシテ原理強硬派と多文化主義寛容派が激
しく争ったすえ、2004年、公立学校での宗教的表徴の着用を禁じる「反スカーフ
法」が制定された。

 一方、イスラム圏旧植民地からの移民の二世・三世にとって、自由・平等・友
愛の共和国理念は絵に描いた餅にひとしい。国籍は与えられても「社会のクズ」
扱いされる移民の子弟たちの不満は、05年秋の「郊外暴動」で噴き出したが、暴
動は逆に非妥協的治安対策で鳴らすサルコジ内相(当時)の人気を押し上げた。

 07年の大統領選で極右票を取り込んで当選したサルコジは、「移民と国民アイ
デンティティ省」を新設して移民と国民を対置し、望ましからざる外国人を追い
出す「選別的移民政策」を強化した。ブルカ禁止法はこうした流れの中にある。
「共和国の普遍的価値」を名目に「差異」であるマイノリティーが排除されよう
としているのである。

 みずからをカトリックの桎梏から解き放ち、ユダヤ人や黒人奴隷を解放した、
この、普遍的市民権と宗教共存のライシテ原理は、従来、革命の伝統を受け継ぐ
左の共和主義の主張だった。それがいまや右寄りの閉鎖的ネーション観を正当化
する道具に使われている。というのが三浦氏の、現在のフランス社会への指摘で
ある。

               (筆者は社会環境学会会長)

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