~「国は米軍の活動を制限できない~

■ A Voice from Okinawa (14)          吉田 健正 

-「国は米軍の活動を制限できない」-

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■「国は米軍の活動を制限できない」


  普天間海兵隊航空基地の周辺住民がヘリコプターなど米軍機の夜間・早朝飛行
差し止めを求めていた裁判で、福岡高裁那覇支部の河邊義典裁判長は、住民の請
求を退けた。理由は、「国は米軍による普天間飛行場の活動を制限できない。原
告らの請求は、国の支配の及ばない第三者の行為の差し止め」だからである。こ
れでは、日本が主権国家、法治国家であるとは言えまい。主権在米国家と呼んだ
ほうがよい。

 国の不作為は指摘し、国に損害補償は命じるが……
  川邊裁判長は、1996年の日米合同委員会で合意された騒音防止協定により午後
10時~午前6時間の米軍機飛行が原則として制限されているにもかかわらず、最
近は「運用上の所要のために必要」との理由で、夜11時まで飛行が「常態化」し
ていると指摘した。その上で、「国は同協定を順守させるための適切な措置をと
っておらず」、協定は「事実上、形骸化している」と断じた。上記の合意(「普
天間飛行場における航空機騒音規制措置に関する合意」)には、次のように記さ
れている。
 
  「22:00~06:00の間の飛行及び地上での活動は、米国の運用上の所要のために
必要と考えられるものに制限される。夜間訓練飛行は、在日米軍に与えられた任
務を達成し、又は飛行要員の練度を維持するために必要な最小限に制限される。
部隊司令官は、できる限り早く夜間の飛行を終了させるよう最大限の努力を払う」

 飛行時間の制限は米軍の「義務」ではなく、その必要性・裁量・努力に委ねら
れているだけだ。日本政府による強制権は明記されていない。明らかに、民間空
港や民間機に対する規制とは異なる。米軍には日本の憲法も法律も及ばないので
ある。

 一方で、裁判所は、騒音被害は法の適正基準および環境基準を超えており、国
は(加害者の米軍に代わって)被害補償を行うべきであるとして、国に騒音被害
への慰謝料支払いを命じた。にもかかわらず、国には米軍に迷惑行為を止めさせ
る権限はない、と言うのである。深夜・早朝に騒音被害を発生させて住民に迷惑
をかけている「当事者」を「第三者」と呼ぶ。これでは、米軍の騒音は止まない。

 住民側は、米軍に基地を提供している国も「共同妨害者」としてその責任を問
うべきだと訴えたが、裁判所は国の責任を否定した。
  福岡高裁那覇支部は、昨年2月にも、嘉手納空軍基地周辺における夜間飛行差
し止め請求に対して、同じ趣旨の判決を下している(第2次嘉手納騒音控訴審)。

 平成17年の第五次~第七次横田騒音訴訟控訴審では、東京高裁が飛行場周辺地
域の住民の騒音被害は「違法」との判決がすでに地裁で「確定」したにもかかわ
らず、「その後も、違法な水準の航空機騒音」は解消されていないとして、国の
怠慢を厳しく指摘した。厚木飛行場の騒音問題についても、東京高裁は、基地(
国防)のもつ「公共性」より住民の「受忍限度を超える違法の有無」を優先すべ
きだとの判決を下した(平成18年)。

 ところが、国は裁判所が国の防衛態勢に口出しすべきではないと主張し、上告
を受けた最高裁判所は平成18年5月、「米軍の公的活動には日本の民事裁判権は
及ばない」と判断、住民の夜間飛行差し止め請求は棄却した(最高裁は平成12年
も、米軍機の夜間・早朝飛行差し止め請求を退けた。日米安全保障条約を絶対視
する国の方針に従ったのである。普天間騒音に関する今回の判決は、この最高裁
の判例を踏襲したものだ。


■自らの役割を放棄した司法


  これは、日本国憲法の番人であるはずの裁判所が、日米安全保障条約を国民の
安全や生活より上位におき、在日米軍に対する日本の国家的主権を否定して在日
米軍の治外法権性を正当化するものである。国連憲章の「主権平等の原則」にも
反する。国家(国民)の安全を保障する条約が、逆に国民(住民)の日常生活を
苦しめても、国は黙認するしかないというのは、明らかに矛盾している。国民(
住民)が基地騒音による迷惑を受けていることを認めながら、国家間の条約に基
づく行為だからという理由で、口出ししないというのは、おかしな話である。

 国民から政治を託された国(国会、内閣)の責任も問わない。国にも、米軍か
ら国民(住民)の安全や人権を守ろうという姿勢はない。それでは、誰が駐留米
軍から国民(住民)を守ってくれるのか。誰が国民(住民)の人権を守ってくれる
のか。

 米軍機の夜間・早朝飛行が周辺住民に肉体的・精神的迷惑を与えている場合に
は、国はそれを規制する法律を定め、地位協定を改定して、米側に迷惑行為の廃
止を求めるのが法治国家として当然だが、国には米軍の運用に介入する気はなさ
そうだ。憲法は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、こ
の憲法及び法律にのみ拘束される」(第76条)、「最高裁判所は、一切の法律、
命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する」(第
81条)と定めているのに、司法も三権の一つとしての主体的な役割を放棄してし
まっている。
 
  「国は米軍の活動を制限できない」。日本は、主権国家の看板を下ろし、司法
は独立機関から行政官庁のひとつに再編した方がよさそうだ。


■米軍戦時態勢下のままの沖縄


  米軍機の騒音がひどいからといって、国にはその夜間・早朝飛行を制限する権
限はなく、したがって夜間・早朝飛行の差し止め請求は認められないという普天
間訴訟控訴審における判決は、多くの米軍基地をかかえる沖縄に対する日本政府
の立場をそのまま象徴している。基地を撤去・縮小して欲しい、という気持ちは
分かるが、日本政府は米軍の基地運用についてとやかく注文をつけるつもりはな
い、というわけだ。

 沖縄では、憲法9条を無視して、米軍基地からイラクやアフガニスタンへの出
兵が日常化している。軍用機爆音のほかにも、劣化ウラン弾やクラスター爆弾を
使った訓練が行われたり、返還された基地で有毒物質が発見されたりすることも
ある。国は、米国に代わって事故や汚染の補償はするものの、米軍の「運用」に
は口出ししない。東京など日本本土の多くが日米安保の下で「平和」を享受する
一方で、沖縄は米軍の戦時態勢に組み込まれたままだ。日本の中にある米国の軍
事植民地である。


■「普天間」違憲訴訟


  普天間騒音問題の根底には、もちろん、普天間海兵隊航空基地の存在そのもの
がある。沖縄戦の最終期に、住民が強制避難収容されている間に米軍が無断で接
収して建設した普天間基地の周辺には、まもなく収容所から解放された村人たち
を中心に多くの人々が移り住んだ。そして、今や、基地は学校や病院などがある
住宅地の真上をヘリコプターや固定翼機が爆音を撒き散らしながら低空旋回飛行
を繰り返し、「世界一危険」と評される飛行場となった。周辺住民はもちろん、
宜野湾市、沖縄県、県議会も同基地の早期閉鎖・撤去を要求してきたが、実現す
るメドは立っていない。

 そこで、伊波洋一宜野湾市長は今年7月、国を相手に、普天間基地の違憲性を
問う裁判を起こす意思を明らかにした。「普天間飛行場の危険性が放置され、市
民の被害は限度を超えている」と考えるからだ。閉鎖・撤去がなかなか進まない
ことへの苛立ちもあるだろう。
  ただし、夜間・早朝飛行について国の責任を問わなかった司法が、基地(提供)
の違憲性を認めることは、米軍基地をめぐるこれまでの判例を見ても、考えに
くい。沖縄の新聞が指摘するように、政府が、この訴訟を利用して、普天間の「
危険性除去」を理由に県内・辺野古への移設促進を正当化する可能性もある。

 しかし、これ(普天間の閉鎖・撤去の実現)はこれ、あれ(辺野古移設)はあ
れである。普天間の危険性除去を求めることが、辺野古移設という名の新基地建
設あるいは危険性の県内移転を認めることにはならない。
  この際、沖縄に日本全体の米軍専用施設(面積)の4分の3が沖縄におかれてい
ることの合憲性、米軍人・軍属・家族の人権や米軍の権利を日本国民(住民)や
国内諸組織の権利より優先し、警察や地方自治体の基地内立ち入りも認めない治
外法権的な日米地位協定の合憲性、憲法9条が米軍基地とその運用に適用されな
いことの合憲性についても、はっきりさせるべきであろう。

             (筆者は在沖縄・元桜美林大学教授)

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