■落穂拾記(16)                     羽原 清雅

「科学(者)万能」の修正が問われる

───────────────────────────────────

  山中伸弥京大教授がノーベル賞を受賞したという朗報の直後に、そのiPS細
胞の臨床応用にすでに成功していた、との「誤報」が流された。そして、その誤
報の背景に科学を専門とする記者たちの裏付け取材の甘さが指摘された。新聞、
通信、テレビ各社は、訂正とお詫びを示したが、社会的に大きな波紋にしてはな
ぜか甘い処分にとどまった。

 また、東日本大震災の「地震」については、「科学」の未成熟としてやむを得
ざるところがあるが、この地震に伴う「原子力発電」の大被害については科学の
未成熟にかかわらず、安全神話を振りまいてカモフラージュし、地震国での原発
のリスクなどを十分考慮せずに設置を強行したひどさがある。しかも、いまだに
核廃棄物や最終処理などの出口不明のまま、原子炉自体の耐用年限を迎えつつあ
る。

 諸外国はともあれ、地震国・海洋島国である日本の原発の安全保障が確保され
たとは思われない。現に、大飯原発などの破断層について活断層か、地すべりか
をめぐって専門家の意見は分かれている。再稼動の立場からは、地滑りとしたい
ところだが、この経済優先の発想にもとづいて、「科学」がゆがめられると、フ
クシマを再現することにもなりかねない。

 原発推進派の「科学」記者は安全神話の散布に加担しておきながら、ひとたび
大参事に至ったあとには、「地震は考えていなかったわ」などとうそぶく現実、
がこわいのだ。

 科学的な知識は難しい内容であればあれほど、一般人には理解が届かない。し
たがって、科学を信じ、科学者を信奉し、媒体役のジャーナリズムを疑わず、そ
こに依存する。科学のもたらす効果が大きければ大きいほど、一般人は期待に燃
えて、信じる。<科学・科学者に悪意、邪心はない>という前提である。

 しかし原発神話は意外にも、背景にある科学者の「大勢や権威、目先の利益へ
の順応」や「カネとの関わり」などの弱い一面を見せつけた。iPS誤報も、科
学記者の「トクダネ思考」のもろい側面を見せたといえよう。

 ただ、科学には開発途上の誤りもあり、邪心に発していない限り、やむをえな
いところがある。例えば森鴎外が、陸軍における「脚気」多発の原因について、
米食偏重説に反対したが、まだビタミンに対する研究が不十分であったことから
すると、許容せざるを得なかっただろう。
 
  「科学」への期待は、その悪意の側面を隠す。一般人の科学知識の不足も一因
だが、事実を突き詰めない「神話」や誤報の散布がそれに拍車をかける。関東大
震災(1923年)よりも十数年前に東京の大震災発生を予想するとともに、火
災防止のために当時家庭の燈火として主力だった石油ランプの使用をやめること
などを提言した東京帝大助教授(のち教授)今村明恒の説は当初、受け入れられ
ることはなかった。今村は「いつの世にも曲学阿世の徒輩の言説は俚耳に入り易
く」と述べているが、現状にあてはめてみると「たしかに」と言いたくなる。

 ところで、このコラムで触れたいのは別件である。
  筆者の知人の橋山禮次郎さんは、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)調査部
長、日本経済研究所専務理事などを務め、専門は現地調査に基づく公共計画、政
策評価である。主要な公共プロジェクトについて分析・評価を下している実践的
な専門家だ。

 この指摘は、計画のあり方、経済効率などの観点から取り上げているが、基本
には<新技術への期待><科学への信頼>への姿勢、あるいは疑問が前提になっ
ている。プロジェクトの多くは、コストや収益性、環境破壊などを二の次にして
いるにもかかわらず、新たな技術開発への情緒的な期待が推進の背景にあること
を疑問とし、もういちど基本的に考えるべきではないか、と彼は主張する。

 橋山さんは、公共プロジェクトを①経済性、②技術信頼性、③環境適応性、の
3点から分析、A=十分ある、B=かなりある、C=少しある、D=あまりない、
E=ほとんどない、の5段階で評価を下している。

* ①②③とも「ほとんどない(E)」・・・福島原発<安全・低コスト神話の
   崩壊、広域汚染>、高速増殖炉<もんじゅの16年間未稼働>、再処理施設
   <稼動不能、必要性に疑問>、原子力船むつ<低技術、住民の反対で中止>

* ①②③のうち2つが「ほとんどない(E)」、1つが「あまりない(D)」
   ・・・石炭液化<③D 長年の研究開発で成果ゼロ>、諫早干拓<③D 目
   的曖昧、海洋環境の汚染>

* ①②③のうち2つが「ほとんどない(E)」、1つが「すこしある(C)」
   ・・・八ツ場ダム<②C 必要性、住民の合意、費用便益分析(B/C)が
   不適>

* ①②③のうち2つが「ほとんどない(E)」、1つが「十分ある(A)」
   ・・・成田新幹線<②A 用地確保、工事費で断念>

* トータルで好ましい例とされたのは、東海道新幹線①②A、③B<48年間
   無事故、高収益>、黒部ダム②③A、①B<使命感、努力、環境重視>、名
   神・東名高速道路①A、②③B<工期七年、工事費の厳守> などがあげら
   れた。

* かなりの問題を抱えつつ、実施に踏み切られたのは 本四架橋②③A、①E
   <3ルートに過剰投資、経営赤字>、東京湾横断道路②③A、①E<目的曖
   昧、甘い需要予測>、関西国際空港②③A、①E<過剰投資、低需要、近隣
   に3空港でいいのか>などがある。

 筆者には、関西国際空港には立地条件に難があるように思えるが、ともあれこ
のように判定されている。また成田空港は、技術信頼性はA、経済性はC、環境
適応性についてはE、である。

 以上の事例からすると、鉄道、道路、空港などの建築的な物権は多くの経験も
あり、技術的な課題は一応クリアできているようだ。ついで環境面では、狭い国
土のなかで賛否の議論に分かれがちになっている。原子力関係を見ると、「むつ」
もふくめて、コスト、技術、環境の各面でまだまだ多くの課題を抱えていること
がわかる。

 「安全」の保証が一応経験的に確保されている鉄道や道路、空港にはロマンが
あり、この期待が建設を後押しする。とくに、地元で格別利益を受けることのな
い関係者を除くと、全般的に夢を描きがちで、これが推進力になる。そして、当
の企画者や技術者、公共投資によるメリットを求める経済界や政治家が動く。

 だが、「科学」や「夢の実現」といった情緒的な要因に惑わされていないか。
ほんとうに「安全」は確保されているのか。あるいは、いい加減な積算、あるい
は怪しげな経費などが組み込まれて、いずれ過重な税金負担というツケに苦しめ
られるのではないか。意図的な過大で有利な予測が前提にあって、もともと完成
後の赤字が見込まれてはいないか・・・このような懸念を孕んでいる。

 国の財政の4割が国債という借金、それに利息を払うと、まともなカネは半分
しかない。この状況は、国家的惰性となっており、借金地獄はそのまま若い世代
に残され、破綻を迎えるのも彼らの時代以降に持ち越されるようだ。このような
現実を押し隠して、「科学」「技術」という名のもとに気を許しているうち、さ
まざまなリスクに取り込まれる可能性を、この橋山さんの研究は物語っているよ
うに思えてならない。

 科学の無知から来る人任せ。科学のもたらすロマンやあこがれ。科学者性善説。
これでいいのか。そのむこうにあるものを見落としていないか。原発リスク。財
政危機。環境破壊・・・。
  
  じつは、橋山さんの指摘は上記の事例にとどまらない。
  ほんとうはこれから取り組まれようとしている超電導のリニア新幹線という大
型の公共プロジェクトに疑問を投げかけているのだ。この企画は、15年後の2
027年に東京―名古屋286kmを時速429km、40分間で、さらに33
年後には大阪まで全438kmを時速329km、67分間で結ぼうというもの。
9兆円強の大事業である。
  
  彼は、輸送力が限界、東海道新幹線の老朽化や地震対策の必要、高速化の必要、
時間の短縮、大動脈の輸送機能の拡充、JR東海の全額自社負担、といった構想
自体に疑問を投げかける。輸送力は実際に不足しているか、用地確保や技術面は
大丈夫か、大深度トンネル・工事・廃土・地震・停電・事故などに「絶対安全」
といえるか、消費電力は確保できるか、国の財政にかかわりを持たないで採算は
取れるか、ドイツのリニア中止やアメリカの無関心をどう考えるか、政府の審議
会はリニア建設を容認するが的確な論議を経たといえるか、論議はまだ尽くされ
ていないのではないか、などを指摘する。

 原発が容認、推進されてきた状況を思い起こされる問題提起でもある。
  見通しのないままの着工でいいのか。「科学」「技術」そして「ロマン」だけ
に惑わされない論議を期待したい。

 (筆者は元朝日新聞政治部長、前帝京大学教授)

                                                    目次へ