■ 農業は死の床か。再生の時か。

~こうして日本農業は腐った~        濱田 幸生

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 かねてより、本メールマガジン主宰者の加藤氏から、山下一仁氏の『農協の大
罪―「農政のトライアングル」が招く日本の食糧不安』(宝島社刊・667円)の
書評を要請されていました。実は本著は、農業関係の本の売り上げ第1位です。
かのJA準機関紙である「日本農業新聞」の読書コーナーにも第1位と記載され
ていますが、農業内部の人間にすれば当然といえば当然ですが、早くもわが農業
業界では一切触れられることのない本と化しています。それはJA全農という
世界最大規模の農協組織、そして農林中央金庫という世界屈指のメガバンクの
虎の尾を踏みたくないからです。

 JAは紛うことなく日本農業の背骨であり、それが故に日本農業の矛盾の縮図
でもあります。なぜ、日本農業の自給率がひどいことになっているのか、なぜか
くも低い生産効率なのか、なぜWTOの場でコメの関税700%超という高関税
を守る代償に、MA米を大量に買わされねばならないのか、それとコメ農家の大
部分となってしまった兼業農家がどのように関わってくるのか、減反という前時
代的な生産トラストをなぜ維持しなければならないのか、そして離農や高齢化と
いった内部崩壊がなぜ止まらないのか・・・・。
これらすべての日本農業の欠陥にJAは深く関与しています。そしてこのJA-
農水省-農水族議員の鉄の三角同盟が、日本農業の構造です。が、故にJAを語
ることは、同時に日本農業そのものを問うことと同義なのです。
今回はおおざっぱにこの問題のスケッチをしてみましょう。


◇農相連続辞任事件からかいま見えたもの


  旧聞になりますが、遠藤農相が辞任しました。わずか数日間の任期でした。赤
城氏、故松岡氏と並んで続けざまに3人です。私はこの事件でとても憂鬱になり
ました。自民党のワルの首が 取られて民主党政権が接近したなどとという気分
には到底なれないのです。
  皆さん、この事件でなにを感じられましたでしょうか?自民党政権の腐敗?いえ
いえ、そのような表層のことだけではなく日本の農業そのものが根っこから腐っ
ていることをお感じになりませんでしたか?
なぜ、かくも農相ばかりに不祥事が続発するのか、しかも今まで比較的に地味だ
と思われていたこのポジションに続発するのか。3回連続というのはタダごとで
はない。
  日本農業は金まみれです。これほどまでに税金が注ぎ込まれた産業分野は他に
知りません。
あきれるほど多種多様な戸別農家への補助金、巨額の基盤整備事業、農業団体や
農業共済団体への補助などは他の産業には見られないものです。都市の商工業者
で、そうですね、たとえば板金プレスの町工場が機械を買い換える時に補助金が
つきますか?運送業者がトラックを買い換える時に補助金がもらえますか?国民金
融公庫や信金にお百度参りをして融資をもらっています。それどころか少し前ま
では貸しはがしなどという目にもあってきました。多くの商工業者は買い換えの
ための資金を積み、コスト計算をして経営をしています。
 
町工場の親父が、機械の8割はタダになるよ、いや倉庫だってほとんどタダだ
よ、同業者のハンコを借りてきて組合をデッチあげて、いったんもらっちゃえば
あとは監査なんか事実上ないよ、と聞いたら目を剥くでしょう。こんな馬鹿げた
ことがあった、いや今でもあり続けているのが、わが農業の世界です。


◇農業、かくも幸福な稼業?


  農家の倉庫に行ってみて下さい。仮に大きなトラクターがあるとしますね。そ
のトラクターには「平成○○年度農業基盤強化促進事業」だとか補助事業の名前
が書いてあるかもしれません。あるいは書いていなくとも、そこに跡取りがいる
なら多くは後継者資金で1%程度の低利で、しかも2年据え置きつきで買ったもの
が多いのです。
 
それどころか、倉庫自体も近代化資金で半額以上の補助をもらって作ったもの
かもしれません。やれ、家畜糞尿が社会問題だといえば「家畜糞尿等適正処理事
業」(仮名)ナンジャラなどという補助がでて搬出用トラックがほとんどタダで買
え、それを耕種農家に置かせてもらう堆肥場がいるとなれば今度は農家の側にも
補助がつき、切り返すタイヤシャボが欲しいとなればこれまたタダ同然で買って
もらえる。このご時世にこんな「幸福」な業種はほかにあるでしょうか?
 
このやり方は実に簡単です。3軒農家が集まってハンコを借りて組合のひとつ
でもデッチ上げ、それを受け皿にして補助金を呼び込むだけです。もらった後は
、形式的な監査しかありませんから事実上私物化しても誰も文句は言わない。酒
を一本もっていって、別な時に自分のハンコを貸してやるだけです。
  どうして年間売り上げが多くて1000万円かせいぜいが2000万円ていどの農家が
、アタッチメント(付属品)まで入れれば800万円以上もするトラクターを買える
のでしょうか。もし、真剣に農家経営の回転を考えたら、そのような重装備が経
営破綻をもたらすのは目に見えています。にもかかわらず、できてきた、それを
やらせてきたのが補助金農政なのです。
 
わずか1反、2反の水田に6条植えの田植え機やコンバインを皆が買い込み、年
に数日しか使わず、いつもは自分は街に働きに出かけている。こんな農家ともい
えない農家を増やしたのもまた補助金農政です。
  減反と引き換えに大豆や麦を植えるだけ植えて、手もかけず「捨て作り」にし
てたいした収穫にもならないが、できようとできまいと国が所得補償をしてくれ
る、こんな経営ともいえない農業経営を許してしまったのも同根です。
 
このようなことを1960年代以降綿々と50年間、2世代に手が届く長きに渡って
やって、農民がダメにならなかったらかえって不思議です。今や日本農民には何
か国が「してくれて」あたりまえ、いったん切れると泣いたり怒ったりするとい
う奴隷根性がしみついてしまいました。まず、自らの足で立とうとする前に、補
助金を頼りにして、自前の経営を組み立てる前にハナから税金の補助金を当て込
んで考えてしまう。
農水省やJAが産地指導と称してなにを作れ、産地形成しろというと、自分でマー
ケティングもせずに盲従してしまい、失敗すると農政を恨んでしまう。


◇利権の巣窟


  さて、この農民を半世紀かけてダメにした補助金の支払い窓口の大部分は農協
JAです。JAの場合、単に支払い窓口というだけではなく、自らもひとつの農業団
体として多額の補助金をせしめています。ある農協など2つの行政区に分かれて
いることを幸いにすべての補助金を二重に取っていました。この農協は高層ビル
のような本所をもっています。これはもちろん違法ですが、罪の意識などまるで
ありません。

このように農業補助金は、今や魑魅魍魎、複雑怪奇、なにがなんだか農業関係者
でもよくわからない巨大構造物のようです。農業委員クラスでも一部しか把握し
ておらず、農政課に聞いても鳩首協議、ほんとうに分かっているのはJAの一部の
プロパーだけだというのがどうやら今の日本農村なようです。
 
  こんな目先の、ある意味使途が分かるものはまだいいというべきでしょう。
  ウルグアイ・ラウンドによる農家補助金は当初3兆5千万円だったものを、故松
岡利勝前農相が切り込み隊長のようなまねをしてどさくさで実に倍の6兆円にま
でに上乗せしたしたのでした。そして、この6兆円はどこに行ったものか、なん
と気が抜けることには、そのごく一部しかわからないのです。減反補助や転作奨
励、水田基盤整備に使われたのはごく一部、大部分は使途不明に近い闇の中に消
えていました。なぜなら故松岡氏の剛腕による一種のつかみ金のような性質だっ
たからです。

松岡氏の自殺は緑機構からの収賄容疑のみならず、この巨額のウルグアイ・ラウ
ンドにまつわる裏金に検察のメスが入ることを恐れたものだというのは衆目の一
致することです。安倍氏もよりによってとんでもない人を「美しい国」づくりの
起点に据えたものです。これに比べれば、遠藤氏が関わった農業共済補助金の50
万円未返還事件など、こう言ってはナンですが、まぁ鼻くそのようなもんでしょ
う。赤城氏の事務所費用も似たりよったり。


◇ 農水省は日本農業に不要です


  年間3兆円にも登る予算をもちながら、なにをしているのかわからない巨大官
庁、コアな仕事を持たない官庁、それが農水省です。
  一昨年の茨城トリインフルエンザ事件の時に、地元の家畜保険衛生所の職員が
こう嘆いていました。
「農水省は現場に来ない、というよりみごと何もしませんね。現地の家保が防護
服を着て何カ月も奮闘して入院する者すら出たのに、東京で学者を集めて会議を
するだけ。その報告書も研究者に丸投げ。たった一回だけ来ましたが、家保の事
務所で昼飯を喰って帰ったようなものです。小川町にも行っていないんですよ。
文書だけで指導も調査もまったくしないで、大企業有利の防疫方針の転換をやら
かしてくれるんだから、現場の足を引っ張っているだけの官庁ですよ」
 
農水省は農業現場をまるで知りません。地方の農業事務所も外に出ません。電
話聞き取りなどをしているようです。眠い職場でしょう、たぶん。ましてや中央
官僚は霞が関の空調の効いた部屋で考えているだけです。農業がなにに突き当た
っているのかも実感がありません。なにを苦しんでいるのかわかりません。統計
数字を見ているだけです。官僚にとって農民は「わけのわからない人達」なのか
もしれません。
だから、かえって農民を甘やかせてしまうのです。あるいは、JAに丸投げしてし
まう。
  結果、農水省は農業者保護を謳いながら、結局は農業者を腐らせてしまいまし
た。農業者を甘い菓子に群がるアリのようにさせ、その自立心を奪い、まともな
コスト計算をする経営マインドを失わせ、税金にたかることを覚えさせ、もらい
得をあたりまえだと思うような奴隷根性を植えつけてしまった。
残したものは、農村にある立派な農道、見事な倉庫、大きな機械、立派な農協本
所のビル、使われていない研修設備、裏腹に、離農が止まらない疲弊していくば
かりの農村ではないですか。農民をダメにしたのはほかならぬ農業を育てるべき
ポジションであるはずの農水省そのものです。
 
また、農水省は補助金を迂回させて政治家の懐に入るシステムを作りました。
年間3兆円以上という税金は回り廻ってロンダリングされながら地元政治家、農
水族の政治資金になっていきました。この農業補助金と旧建設省予算事業の政治
風土の上に権勢を誇ったのが旧田中派、経世会です。ですから、農水省はわずか
GDPの1%にも満たない存在でありながら、数兆円もの金をバラまくことによって
、永田町に対して隠然たる無視すべからざる政治力を発揮できたのです。
  農水省は日本農業に不要です。あることそのもので害悪を流します。ないほう
がいい。解体して、環境省と統一すべきです。もし今後残るとすれば「農業企画
庁」としてです。


◇農水省外郭団体としての 農協 JA


  一方、JAは農水省の受け皿として、事実上の権益の農村での執行者でした。補
助金や基盤整備事業にもっとも大きな力を持ったのが農協JAです。地元行政の農
政課、農業委員会などと力量がけた違いです。農業委員会、農政課がしょせんは
認可しかできないのに対し、JAは補助金を差配できました。金ヅルを握ったもの
は強いのです。そして二度と手放そうとは考えないようです。
 
JAは各種の補助金、基盤整備資金、組合員の農協金融を通じて、国の実質的な
外郭団体、特殊法人となり、農村の権力そのものとなりました。あたかも国交省
と道路公団の関係のようなお互いに甘い蜜を吸い会う関係といったらわかるでし
ょうか。事実、農水省の高級官僚の天下り先の多くは、JA、全農です。

 私自身経験したことを思い出しました。かつて私のところに研修生夫婦がいた
のですが、彼らが独立する時に新規就農者補助金をとろうと思いました。いくつ
かの新規就農のための資金はあたりました。農業改良普及所や農政課、農業委員
会に行き、その指導されたとおりにしたのですが、最後の最後で形式的には単な
る支払い窓口でしかないはずの地元農協がゴネて頓挫しました。その理由がふる
っています。

「たったそれっぽっちの鶏で、食べられるはずもない。第一どこの馬の骨か」
  今、そのJAに支援を拒否された研修生夫婦は、走り回って金を借り集め、毎年
の返済もしながら経営を軌道に乗せています。新たな農業への血も拒否する、新
しいことはやらない、前例踏襲、因循姑息、これもまたJAの体質です。言い方は
悪いですが、国が村に出した金は一滴残らず村内で吸う。私がJAと関わりを持た
ず、ギルドという独自の農業団体を作ったのはこの経験もひとつにあります。
 
参院選のJAの「反乱」、あるいは連続した農相辞任事件は、農水官僚の当時の
政権への忌避だと私は考えています。小泉-安倍政権が掲げる公務員制度改革路
線は農水省の膨大かつ複雑な既得権益と対立するものでした。また、事実上の特
殊法人であるJAにとっても郵政民営化路線の次に来るのは自分たちJAの株式会社
化だろうという危機意識がありました。
 
さきほどの参院選を「農民の自民党政治へのノー」、「自民党の悪政に地方が
叛旗を翻した」などというきれいごとではわかりません。その底流には、膨大な
既得権の崩壊への危機感、たかり的な体質の変換を要求されることへの農民の怯
えがあるのです。
  この文脈の中で民主党の戸別農家所得補償制があり、今また自民党が言い出し
始めた「地方格差の是正」というものの再浮上があります。日本農業には、この
ような腐った風土が根にある以上、これを断ち切らないと日本農業は絶対にまと
もになりません。私が「政権交代」といった短期の政局で農業を見るべきではな
いと言い続けている理由はここにあります。
  この風土から自由になろうとしなければ、仮に民主党が政権を握ったとしても
、なんら日本農業は変わっていかないことでしょう。


◇なにをしてくれなかったと恨むのではなく、
恨むことしかできない農業にしてしまったことを恨みます


 さてここで、私は今や農業問題は農民問題ではないとすら考え始めていること
を白状します。別個に考えるべきだとすら思い始めています。
  なぜなら、半世紀の長き、農水省によって去勢された農民には今の日本農業を
変える力も、解決する能力もなくなりかかっているからです。民主党の戸別農家
所得補償制に歓喜する同業者をみた時に私は心底失望しました。あれは単なるセ
ーフティネットにすぎません。しかも実現可能とは思えない。WTOの黄色の政策(
農家に対する所得補償は可、農業生産そのものに対しての補助は不可)に該当す
る可能性が高いからです。

これから50年先までそんな財政的なセーフティネットを張り続ける力が今の日
本国にはあるのかどうか少しは考えてもらいたい。あるはずもないでしょう。あ
るはずもないのがわかっていて、短期的な失業対策的な社会保障を要求している
のか、それとも今後日本農業が生き残るための今ほんとうに必要な「未来の日本
農業のためのコスト」を要求しているのか、そのかんじんな部分が日本農民自身
もそれを統べるべきJA自身も分かっているとはとうてい思えません。
 
民主党が掲げる「暮らしが大切」的な社会政策的な金を農民が要求するのなら
、それはもはや農業問題ではなく、単なる高齢者問題か、失対事業なのです。
これからの50年は今までのそれとはまったく違います。日本農業を取り囲む状況
は激変しているのに、いったんせしめた安楽な地位から尻をどかそうとしないの
では、国民の支持は得られません。仮に農水省の役人は残ったとしても、果たし
て農民や農業は生き残れません。
 
私は農水省がなにをしてくれなかったと恨むのではなく、このような恨むこと
しかできない農業にしてしまった農民の奴隷根性をこそ恨みます。たぶん、私の
ようなにわか百姓が農民づらをするのも腹がたつでしょうが、今後5年以内に、
農民が農業をしていくのがあたりまえではなくなる時代へと移行します。次の日
本農業のページは間違いなく、アメリカのように農業企業が農業生産をする時代
になります。
 
わが同業の人達、現実を見てほしい。頼ることより、頼らない自分を育てて欲
しい。誰かに泣き言をいう前に、ほんの少しでも立ち上がって、背筋を伸ばし、
視線の先の時代を見て欲しい。そして、自ら生き残る術を考えて欲しい。生き残
るために変わってほしい。
  日本農民は半世紀にわたって農水省によって作られてしまった場所から立ち上
がらねばなりません。
  それが農業をわがものとする特権をもった農民という「選ばれし人々」のとれ
る数少ない道だと私は思います。 
                   (筆者は在茨城県・農業者)

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