~もうひとつのチベット、新疆ウイグル自治区~

■宗教・民族から見た同時代世界

~もうひとつのチベット、新疆ウイグル自治区~    荒木 重雄

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  もう二ヶ月ほど前のことになるが、オリンピックが終わった中国から驚くべき
ニュースが伝わってきた。今年は9月が断食月(ラマダーン)で、イスラム教徒
は一ヶ月、日の出から日没まで食べ物、飲み物をいっさい口にしないのだが、イ
スラム教徒が多い新疆ウイグル自治区で、地方当局が、飲食店や食堂を通常通り
に開かせ、公務員や学生に断食に加わらないよう指示し、さらには男性が鬚を伸
ばしたり女性がショールを被ったりすることを禁じる措置にでたというのである
。これは譬えていえば、敬虔な仏教徒に五戒を犯せと強いるようなものである。
  確かに、オリンピック開催前から期間中にかけてこの地域では警察施設や政府
庁舎などへの爆弾襲撃がつづき、中国政府の国際社会に向けた面目を潰すことに
はなったが、それにしてもこれは酷い。


◇◇「東トルキスタン」と「西域」


 
  新疆ウイグル自治区は中国の最西部に位置し、住民の3分の2がウイグル族(
45%)をはじめカザフ族、キルギス族などトルコ系のイスラム教徒である。アジ
アの内陸部には広い範囲に亙ってトルコ系(より正確にはテュルク系)の諸民族
が居住し、ここはその東部地域の意味で「東トルキスタン」ともよばれる、中央
アジア文化圏の一角である。同時にまた中国側からは「西域」ともよばれるよう
に、この地域はその歴史において、中央アジアの勢力と中国の勢力との興亡・変
転に曝されてきた。18世紀に清の支配下に入り、清朝から「新しい領土」を意味
する「新疆」とよばれたのが現在の地名の起源である。
  辛亥革命の後は、清の版図を継いだ中華民国に属しながらも、1933年と44年、
二度に亙って「東トルキスタン共和国」の独立を図ったが、49年の共産党政権確
立とともに解放軍の進駐により抑え込まれた。


◇◇中央統治に反発して


 
  新中国の下に1955年、新疆ウイグル自治区が設置された。しかし、直後に開始
された大躍進政策(58~60年)は住民の経済と生活を破壊し、数十万といわれる
餓死者を出したり数万人がソ連領に逃亡したりする事態となった。つづく文化大
革命(66~76年)ではイスラム禁圧が徹底されてモスクの破壊や宗教指導者への
迫害が行われ、また、紅衛兵同士の武装闘争に巻き込まれて住民数千人が死傷す
るなど、混乱を極めた。この大躍進から文化大革命の期間を通じて自治区のイス
ラム住民たちは、弾圧に抗して幾度もの大規模な蜂起、反乱を繰り返していた。
 
  80年代、中国政府は民族政策を転換し、破壊されたモスクの修復やアラビア文
字によるウイグル語正書法の策定など民族文化の振興が図られて、治安は小康状
態を保ったが、90年代に入ると再び自治区住民の政治的な独立を求める機運が高
まった。これには、ソ連の崩壊にともない同じトルコ系イスラム民族の中央アジ
ア諸国が独立したことの刺激や、それが自治区の独立派に後方支援の基地を与え
たことも大きな要因であろう。警察・政府施設への襲撃や治安部隊との衝突など
が頻発し、政府はこれに対して「厳打」とよばれる容赦のない弾圧と、モスクに
住民の分離主義や「極端宗教主義」を監視し阻止する管理責任を負わせたり、高
等教育における民族語の使用禁止と漢語の義務化などの文化的締めつけで応じて
きた。


◇◇「テロ組織」に封じ込まれ


 限られた紙幅のなかで経緯の概要に字数を割きすぎた。しかしそれは、新疆ウ
イグル自治区の状況はチベットと並ぶ中国の二大民族・宗教問題でありながら、
チベット問題に比べ、私たちにあまりに疎いからである。
  同じ「自由」や「人権」の問題でありながらなぜそうなのか。一つには、かつ
ての東西冷戦期には敵である中ソ間にかかわる事柄として西側社会は無視してき
た。冷戦後も、イスラムであるということから欧米社会の感情移入は乏しい。さ
らに加えれば、チベットにおけるダライ・ラマのようなスパースターがいないこ
とである。チベットについては、妄信的な「人権」至上主義者や反中国的な政治
家の「ためにする」言説で語られすぎて歪められたきらいもあるが、ウイグルに
ついてはそれと対照的に沈黙がつづいている。
 
  このような国際的な認知と共感の薄いなかで、中国政府はウイグルの民の主張
を、中国・ロシア・中央アジア諸国による「上海ファイブ(96年創設、01年より
上海協力機構)体制」の枠の中で「イスラム過激主義」として圧殺・処理しよう
とし、9・11以降は米ブッシュ政権が唱える「対テロ戦争」に乗って、国内外で
権利の主張や独立運動を展開する「東トルキスタン・イスラム運動」はじめ4組
織を「テロ組織」に指定し、米国もまた、同組織がかつてアルカイダと関連があ
ったとの憶測から同国および国連安保理の認定する「テロ組織」ときめつけたの
である。

 もう一つ付言すれば、中国政府は砂漠がちのこの地域の民生向上のために巨額
を投じたとよく言及するのだが、その殆どは、かつてこの地域に集中した核実験
関連や、豊富な石油と天然ガス(それぞれ中国全体の埋蔵量のほぼ3分の1を占
めると推定されている)の開発をめぐる大規模基盤整備のためのものであり、地
域住民にとってはむしろそれは資源の収奪と環境破壊にほかならず、開発にとも
なって大量に流入してくる漢族との経済格差ともあいまって、住民の怨嗟の的と
なっている。

 住民の生活水準の向上と宗教活動の規制をすすめれば、やがては民族的アイデ
ンティティなど棄てて同化への道を歩むだろうと予想するのは、宗教のなんたる
かを知らぬ無宗教者の傲慢で安易な発想といわざるをえまい。
  しかしその宗教音痴と経済至上主義は、まさに私たちの社会にも蔓延している
ものなのである。
           (筆者は社会環境フオーラム21代表)

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