~アウトソーシング(外部調達)の第三の波―海外農地の買収~

■ 海外論潮短評(24)

~アウトソーシング(外部調達)の第三の波 ― 海外農地の買収~

                        初岡 昌一郎 
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 富裕な食糧輸入国が貧しい国の農地を大規模に買収していることは、これまで
日本においてほとんど注目されていない。政府が外国に用地を提供しているホス
ト国は貧しい農民たちから土地を収用して、新たな社会問題と食糧の窮乏を生み
出している。富裕国と貧困国双方の強欲なエリートが結託したこの取引の実態の
知られざる面に光りをあて、ロンドンの『エコノミスト』誌(5月23日号)が国
際欄のトップに長文の分析記事を掲載しているので、概要を紹介する。


◇◇海外投資か、あるいは新植民地主義か◇◇


 今年の春、サウジアラビア国王は国外の農業投資によって生産された最初の米
の受領式を挙行した。サウジの投資家たちは、1億ドルで広大な農地をエチオピ
ア政府から借用して、小麦、大麦、米などの生産を始めた。数年間は免税で全生
産物を持ち帰ることが出来る。ところが、飢餓と栄養不足に悩むチオピアにたい
しては、国連世界食糧計画(WFP)が、2007年から2011年までに23万トンの食糧
援助を行い,サウジの投資とほぼ同額の資金を投入することになっている。

 この例は、資本を輸出し、食糧を輸入する諸国が食糧の将来的な安定確保のた
めに国外に食糧基地を確保する傾向の一端にすぎない。価格の変動する世界市場
で食糧を調達するのに代わり、政府と政治力のある大企業が組んで、資本を必要
とし、かつ農地を保有している国で農産物を直接に調達し、本国に送る動きが近
年拡大している。

 このような取引の推進者たちは、長年資金不足で未発達な低開発国の基盤であ
る農業に、新しい種子、技術、資金を提供していると主張する。反対者たちは、
そのプロジェクトを“土地の略奪”と呼び、進出先国で農場が治外法権化して、
何世代かにわたって耕作してきた農民が土地から追い出されると批判している。
疑問の余地がないのは、それらのプロジェクトが大規模で、リスクが高く、紛争
の的になることだ。マダガスカルでは韓国に土地を譲った政府が批判を浴び、打
倒されてしまった。

 外国の農場への投資は新しいことではない。ソ連崩壊後、旧コルフォーズ(国
営集団農場)に外国資本が飛びついた。南米では、アメリカ資本の進出が“バナ
ナ共和国”を生んだ。イギリスもかつては南タンガニーカをピーナッツ農園とし
ようとして、失敗した。


◇◇現代の海外農場の特徴◇◇


 第一は、規模の大きさである。スーダンだけをみても、韓国が69万ヘクタール
、アラブ首長国連邦(UAE)が40万ヘクタールを取得しており、エジプトも小麦
の栽培に同様な取り決めをしている。スーダンはアフリカ最大の耕地を持ち、ア
ラブ世界の穀倉として知られるが、その農地の約5分の1がアラブ諸国のものとな
る。

 中国もコンゴでバイオ燃料用のヤシ油を栽培するために280万ヘクタールの権
利を取得した。ザンビアでは首都で売られている卵の4分の1は中国人農場で生産
されているが、ここでも200万ヘクタールのバイオ燃料用耕地を狙っている。今
年はアフリカで働く中国農民が100万人に上るという推計がある。

 ワシントンのシンクタンク、国際食糧政策研究所は、2006年以後、外国に譲渡
された、ないし交渉中の農地は1500万から2000万ヘクタールに上るとみている。
これは、EU全体の農地の5分の1で、農業大国フランスの全耕地に匹敵する。こ
の取引によって取得された土地の価値は、控えめにみても200-300億ドルで、世
界銀行が最近発表した農業用緊急包括融資の少なくとも10倍、アメリカ政府が食
糧安全保障向けに新設した資金の15倍以上になる。

 野村證券のアナリストは、農業の対外進出を1980年代の工業部品、1990年代の
情報技術に続く、国際的外部調達の第三の波と捉えている。かつての植民地農業
は商品市場用の原料が中心だったが、現代のプロジェクトは主食用か、バイオ燃
料用である。また、かつては、民間投資家が民間の土地所有者から購入していた
が、今や政府に後押しを受けた大企業が、相手国の政府を相手に取引している。
実際には、ほとんどの取引は政府対政府の交渉で行なわれている。


◇◇政府による大規模介入◇◇


 受け入れ国政府は名目的に所有している土地を売却している。カンボジアは首
脳相互訪問後に、昨年8月、クウェートに土地を貸借した。スーダンとカタール
の両国政府はスーダンに投資するジョイントベンチャーを設立した。サウジアラ
ビア政府高官が土地取得の話し合いをするために、オーストラリア、ブラジル、
エジプト、エチオピア、カザフスタン、フィリピン、南アフリカ、スーダン、ト
ルコ、ウクライナ、ベトナムを訪問した。

 かつては、民間業者が市場向けに商品生産を低開発地域で行なっていた。今は
、世界市場を素通りして食糧を保護主義的に確保するために政府が主役となって
いる。いわゆる食糧安全保障だ。食糧市場の急変動にたいする対策が国外の土地
取引となって現れている。

 『エコノミスト』の価格インデックスによると、2007年初めから2008年前半の
間に、食糧価格は78%上昇した。大豆と米は、130%以上あがった。他方、食糧
のストックは減少した。五大穀物輸出国において、2009年中にストックが既に1
5%以上減少した。


◇◇パニック買い◇◇


 代替の道はある。それは国内農業に投資、自前の備蓄を確保することだ。中国
の新経済刺激策で三番目に大きな項目は農村インフラ支出である。しかし、石油
輸出国にはそのオプションがない。サウジアラビアは、砂漠に麦畑を創出するた
めに莫大なカネを注ぎ込んできた。しかし、農民が再生不能な地下水を使用して
いることがわかり、2008年に自立計画を放棄した。世界市場が信頼できないとす
れば、唯一の解決法は国外に農地を求めることであった。他のアラブ諸国もその
先鞭に続いている。多くの土地買いの背景には水不足がある。中国は、黄河流域
の北部穀倉地帯が水不足に悩まされている。

 投資国の動機と利点は明白であるが、土地を差し出す国の事情は複雑だ。スー
ダンは積極的に農地を売ったり、貸したりして、生産量の70%の国外持ち出しを
認めているが、この国は世界最大の食糧被援助国である。パキスタンは50万ヘク
タールの土地を提供し、契約者にはその資産を保護するために、10万人の警察力
を雇うと約束している。

 世界銀行によると、開発途上国全体で穀物生産の平均成長率は、1960年代の年
間3-6%から現在の1-2%に低下している。これは何よりも公的投資の後退によ
るものだ。農業に最も依存している14カ国において、1980年から2004年の間に公
的支出における農業の割合は半減した。同期間中に農業にたいする国際援助も実
質的に半減した。

 最も大規模な農地取引が行なわれているアフリカにおいて、農業は最悪の状況
にある。1980-2004年の数字によると、農民一人当たりの生産高は最低で、成長
率は1%以下であった。東アジアや中東ではこの間の成長率は3%以上を記録した


◇◇大きな政治的障害◇◇


 大規模な国際的農地取引は様々な政治的障害に直面している。マダガスカルで
は、韓国の大宇ロジスティック社に耕地の約半分に相当する130万ヘクタールを
リースする契約が国民の反対に遭い、大統領が今年になって追放された。ザンビ
アでは、中国の提案する200万ヘクタールのバイオ燃料プロジェクトに野党が反
対している。中国は、野党が政権に就いたらザンビアから一切撤退すると脅かし
ている。カンボジア国会外交委員長は、クウェートに提供される米作農地の契約
内容が公表されていないと文句を言っている。

 国連食糧農業機構(FAO)事務局長ジャック・ディオウフは、いくつかのプロ
ジェクトを“新植民地主義”だと批判している。向かい風を受けて、中国農業省
高官は、海外で土地を買い漁っているのではないと釈明している。でも、「要請
があれば支援する」と付け加えた。2007年までに、中国が合計200万ヘクタール
以上の30契約に調印しているとの推計がある。

 プロジェクト反対は単純な反感から来るものではない。取引は勝者と敗者をも
たらす。ホスト国政府は、売却ないしリースに提供する土地は空き地か国有地だ
と説明するのが普通だ。それは必ずしも真実ではない。“空き地”とは、たいて
い放牧地である。形式的に国有地であっても、実際には何世代にわたって耕作し
てきた農民がいる。慣習的な権利は地元では認められていても、法律や、外国取
引では認められていない。

 当然ながら、不利益を被る人たちは取引に反対する。「投資を誘致しようとす
れば、譲歩が必要」とケニヤの大統領は言う。しかし、タナ川デルタに穀物を栽
培する代わりに新港を建設するという、カタールの提案に地元農民と環境保護運
動が反対している。トラブルは譲歩がしばしば一方的なことからくる。慣習法上
の所有者は追い出だされ、小土地所有者がつまみカネで署名を強制される。

 地元の反対が激化していくつかの取引は実施できなくなった。サウジのビンラ
ーデン・グループは、インドネシアで50万ヘクタールの米作プロジェクトを凍結
した。中国は、フィリッピンでの120万ヘクタールの取引を延期した。

 紛争を解決し、ウィン=ウィン(全てのものが得する)とする方法は、地元民
の利益を向上させるために、外国投資のための行動基準を確立することだ。国際
機関が基準作りに乗り出した。フリカ連合(AU)は、今年7月のサミットで批准
を予定している。

 良い慣行とは、慣習法上の尊重、地元民との利益共有(自国の労働者を連れて
くることよりも)、透明性の確保(現在の取引は秘密裏に進められている)、国
内政策の尊重(ホスト国が飢餓に見舞われているのに、収穫を国外に持ち出さな
い)ことなどである。

 しかし、スーダンとエチオピアは今深刻な飢饉状態にある。こうした国におけ
る土地取引を全面的にやめさせるべきか。多くの悪行は外国人が直接に行なうと
いうよりも、ホスト国のパートナーによってなされている。それらが単に国際基
準によって防止できるのか。

 懐疑的にならざるを得ない理由は多い。取引が貧困国における長年の農業低落
傾向を食い止めるのであれば、それは正当化できる。しかし、農業の大規模ベン
チャーはその成果を挙げるのに時間を要する。いまのところ、妥当な対応は、進
捗に期待しながら、判断を将来に延ばし、希望をこめ、しかし警戒心を持って注
意深く見守ることであろう。


◇◇コメント◇◇


 この記事を読みながら、デジャブー(既視感)にとらわれた。もちろん、食糧と
原料を世界市場からではなく、植民地主義で確保しようとした国策に沿って満蒙
開拓に走った戦前の軍国日本の例だ。今日、犠牲者であった中国が、アフリカで
少なくとも現象的には似た行動を大規模に展開しているのを見るのは気持ちがよ
いものではない。歴史の記憶はどうなっているのだろうか。

 農地を大規模に外国の用に提供しているのは、食糧が慢性的に不足し、大規模
な海外援助を受けているアフリカ諸国だ。特に、国連から最大の食糧援助を受け
てきたスーダンとエチオピアが主要な農地提供国となっているのは見逃せない。
これらの国の支配的エリートが自国の農民の利益よりも自らの私服を肥やすこと
に熱心なことを示す、典型的な事例と思われてならない。

 『エコノミスト』誌(4月4日号)が、長文の「世界の富裕層」を特集している
が、その中で、世界的に富の少数者への集中と格差の拡大が大幅に進行したこと
を確認している。そして、この集中と格差拡大が、援助国以上に被援助国である
、貧しい諸国でさらに大きく進行したと指摘している。豊かな国にも貧しい人が
いるように、貧しい国にも豊かな人々がいる。問題は国際協力と国際援助が貧し
い人に届かず、既に豊かな人々を被援助国と援助国の双方でさらに富ましている
ことだ。

 問題を本筋に戻すと、食糧の安全保障が国際政治の全面に出てきつつあること
をこれほど如実に物語る記事はない。しかし、世界最大の発行部数を誇る(十大
紙中の7紙が日本語)日本の新聞がこうした問題をまったく報道しないのは、ア
フリカが関心の外にある(特派員を置いている社があるだろうか)だけでなく、
事件が生じなければ取り上げない、後追い報道体質にもよるだろう。日本の新聞
における国際問題についての自前の分析記事はお寒いものだ。また、日本か日本
人が直接かかわっていなければ取り上げられない傾向が強い。報道にかかわるジ
ャーナリストの問題意識が欠けているのが目立つ。

 食糧を国外で確保し、国際市場をバイパスして日本に供給するやり方は既に日
本の商社や企業が大々的に中国やアジアで行なっていることだ。これまでは、食
肉、海老などの海産物、野菜と果物であって、穀物はアメリカから主として輸入
していたのであまり問題化しなかった。しかし、アメリカと世界全体での穀物の
余剰が急速に減少している現在、日本も対岸の火災視することが出来るだろうか
。外国の農地や、食糧余剰に依存する対策ではなく、各国での農業振興策こそが
国際協力の中心課題となるべきであろう。

        (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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