~イラン大統領選後の混乱にみるこの国の負の遺産~

■宗教・民族から見た同時代世界

~イラン大統領選後の混乱にみるこの国の負の遺産~   荒木 重雄

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 大統領選挙の結果をめぐってイランでは、ムサビ元首相支持の改革派市民とそ
れを力で押さえ込んだ保守強硬派アフマディネジャド政権との対立が、国際社会
を巻き込んでくすぶっている。欧米諸国が選挙結果への疑念と併せてデモの武力
鎮圧を非難するのに対して、アフマディネジャド大統領は、改革派の抗議行動は
裏で欧米諸国が操っていたと糾弾する。
  2005年の就任以来、激しい反米・反イスラエル発言を重ね、核開発でも国連の
制裁決議もものかは一歩も退かぬ大統領のその対決姿勢が、国民に一定の支持を
得ている背景は何であろうか。


◇◇ホメイニ革命への道


「グレート・ゲーム」という言葉をご存知だろう。19世紀から20世紀初頭にかけ
て、英国とロシアの間で繰り広げられた中東における領土・利権の獲得競争であ
る。イランにおいては、ロシアとその後のソ連が軍事侵攻を繰り返す一方、英国
は、純利益の僅か16%をシャー(国王)の取り分にするなどの条件で石油資源を
収奪した。

 1951年に登場したM.モサッデク首相は、そうした不公正な負の遺産を断ち切
ろうと、石油国有化法案を議会に提出する。モサッデク型資源ナショナリズムが
周辺諸国に波及することを恐れた米国は、英国とも謀って、イランを石油市場か
ら締め出すと同時に、CIAを通じて、「モサッデクは共産主義者」と宣伝し、
さらに軍部をそそのかしてクーデターを実行させ、モサッデクを失脚・逮捕に追
い込んだ。
  この工作後、イランの実質的支配権を手に入れた米国は、パフラヴィ・シャー
を傀儡政権に仕立てあげ、CIA仕込みの秘密警察(SAVAK)を手足とした
その独裁政権にイスラム勢力の弾圧と欧化政策を強行させる一方、石油収入の殆
どは、米国から派遣された軍事・経済顧問たちの「助言」によって米国の武器と
製品の購入に吸い上げられるシステムをつくりあげた。

 イランの軍事大国化はまた、米国はじめ西側諸国の権益とイスラエルの存在を
守るため、アラブ・ナショナリズムに睨みをきかせる「ペルシャ湾の憲兵」役を
担わせたものでもあった。

 こうした状況に抗する反体制運動と民衆蜂起が相次ぐようになり、とりわけ78
年からの大規模な民衆蜂起によって翌年2月、ついにシャー政権は倒されて、長
らく追放されていた反体制運動の象徴的指導者ホメイニ師が帰国した。これがイ
ランの「イスラム革命」である。


◇◇敵視政策に包囲されて


 「イスラム革命」の波及を恐れた国際社会は一斉に反イラン・キャンペーンを
繰り広げた。とりわけ、利権を失ったうえ、パフラヴィの身柄引き渡し拒否や在
米イラン資産接収の報復として大使館を占拠される屈辱を舐めた米国の怒りは激
しかった。80年、国際社会の意を汲んだかのようにイラクがイランに侵攻し「イ
ラン・イラク戦争」が勃発すると、対立していたはずの米ソをはじめ、自国の民
衆のイスラム・パワーを恐れる周辺アラブ諸国まで、こぞって、兵器・資金・情
報・外交などでイラクを支援し、米国はイラン艇や旅客機の攻撃などで直接手も
下したが、イラン・イラクの消耗戦は8年を経ても雌雄を決せぬまま終結した。

 その後も米国は、イランを「テロ支援国家」に指定し、米国企業による貿易・
投資・金融の禁止に加えて、米国以外の企業にまでイランの石油・ガス資源の開
発には制裁を科すなどの敵視政策を重ね、ブッシュ前大統領は「悪の枢軸」とま
で言い放った。ホメイニ後のハメネイ師やラフサンジャニ大統領、ハタミ大統領
などは米国に「平等互恵」の関係修復を呼びかけたにもかかわらずである。


◇◇変質する革命理念


 このような状況の中でうまれたのが革命防衛隊と「法学者の統治」であった。
  革命防衛隊は、イスラム革命直後、最高指導者ホメイニ師が自身と革命体制を
守るため、最高指導者直属として組織した精鋭部隊で、パフラヴィ時代からの国
軍の寝返りを監視する役割も担っていた。国軍の三分の一に相当する12万人以上
の兵力を擁し、その傘下に百万人を超える動員力をもつ志願民兵組織バシジがあ
る。アフマディネジャド大統領はこの革命防衛隊の出身であり、彼が大統領に就
任すると、閣僚や警察の主要ポストの殆どが革命防衛隊の元幹部や元司令官で占
められるようになった。ホメイニ師が禁じていた軍事組織の政治化・利権化が懸
念される。

 もう一つの「法学者の統治」であるが、イランの多数派が信奉する十二イマー
ム・シーア派では、9世紀以来「隠れた」状態でいる、ムハンマドの娘婿アリー
の血統を引くイマームが再臨する日まで、イスラム共同体(ウンマ)の統率は、
イスラムの学識に長け、人格・指導性に勝れ、公正の判断に厳しく、人望の厚い
イスラム法学者に委ねられるべきとの観念がある。ホメイニ師は、パフラヴィの
ような腐敗した独裁体制をもたらしたのは法学者の政治的な静観主義にも責任が
あったとして、三権分立の民主体制のうえにイスラム法に基づいて最終的な裁定
を下す最高指導者を置いた。
 
しかし、公正であるべき選挙において、明らかにアフマディネジャド大統領に
肩入れした現最高指導者ハメネイ師に、はたして「法学者の統治」が要求する公
正さや人格の高潔さ、勝れた指導性があるのかが問われている。

 軍事組織の政治化と最高指導者の弱体化が今、イランで進んでいる事態なら、
それは危険な兆候といわざるをえまい。

         (筆者は社会環境フオーラム21会長)

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