~インド・カースト制度にも変化の兆しか~

≪連載≫

■ 宗教・民族から見た同時代世界            荒木 重雄 

   ~インド・カースト制度にも変化の兆しか~
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 IT大国を誇るインドの負の現実として前号でヒンドゥー至上主義を見たが、
今号ではカースト差別について触れておきたい。

 インドにはヒンドゥー教に基づくカーストという身分制度があり、それは上か
らバラモン(司祭)、クシャトリヤ(王侯・戦士)、バイシャ(商人)、シュー
ドラ(隷属民)と分かれることはよく知られている。しかしその下に、カースト
外の民(アウト・カースト)とされ、「不可触民(アンタッチャブル)」とよば
れる、故なき差別を受ける人々が人口の約20%もいることはあまり知られていな
い。

 彼らは穢れた存在とされ、ヒンドゥー教徒でありながらヒンドゥー寺院に入る
ことを拒まれ、他のカーストの人たちが使う井戸や溜池から水を汲むことも禁じ
られ、人々が嫌う不潔できつい仕事で生命をつなぎ、上位カーストによるリンチ
やレイプ、虐殺もめずらしいことではないという状況に置かれてきた。

 また、現在も、社会の上層・富裕層の多くをバラモン、クシャトリヤ、バイシ
ャが占め、人口の3分の2に迫るシュードラや不可触カーストの人々が社会の底辺
で貧困と抑圧に喘いでいる現実も、さほど知られていない。


◇◇ 差別の根源に浄・不浄観


  上の5階級のカーストは、インドでは「ヴァルナ」とよばれ、ヴァルナが「色」
を意味するように、カースト制度とは、紀元前1500年頃インドに侵入してきたア
ーリア人が、征服・支配した先住民を肌の色で区別し労働力として用いた社会構
造に由来する。図式的にいえば、バラモン~バイシャがアーリア系でシュードラ
と不可触カーストが彼らの生活と社会を下から支えた先住民である。

 しかし、インドではこのヴァルナは、実際には、浄・不浄の観念で厳格な上下
関係をもつ2千余りの、「生まれ」を意味する「ジャーティ」に細分され、人は
それぞれ自分が生まれたジャーティの制約の中で生きることになる。
 
  このジャーティの特徴は、まず職業の世襲にある。たとえば北インドの村を例
にとれば、バラモンやクシャトリヤのジャーティは地主が多く、シュードラに
は、その地主の土地での耕作に携わるクルミやコエリとよばれるジャーティをは
じめ、ヤーダヴ=牛飼い、ガダリヤ=羊飼い、バルハイ=大工、ローハール=鍛
冶屋、クムハール=壺造り、ドービー=洗濯屋、ナーイー=理髪屋、さらに不可
触カーストではチャマール=皮革業、バンギー=清掃人、ドーム=火葬人のよう
に、ジャーティは職業と結びついている。あるジャーティに生まれた者はその
ジャーティ固有の職業をなりわいとするのである。

 上に述べたジャーティでは、先に記したものほど位が高い。そして各ジャーテ
ィは浄・不浄の観念で厳格に規定された上下関係にあるため、あるジャーティの
者が上位のジャーティの職業に参入することは許されず、また、下位ジャーティ
の職業に就くことも穢れとされて忌避される。したがって、互いに他のジャーテ
ィの職域を侵すことのない分業体制で、インドの社会はなりたってきた。
 
  この浄・不浄の観念は生活のすべての領域に及び、食事を共にできるのも同じ
ジャーティの者同士の間だけで、下のジャーティの者がつくった料理を食べたり
同じ食器を使ったりすれば上のジャーティの者は穢れるとしてこれを忌避した。
それゆえ、当然、婚姻も同じジャーティの間でのみ行われてきた。

 独立以来の憲法はカーストを否定しカースト差別を禁止してきたが、にもかか
わらず、このような社会関係は温存されている。産業社会の進展は、ジャーティ
の伝統的分業関係を崩壊させたが、低位カーストの者たちが、職業的な保障を奪
われてむしろ一層過酷となった条件の中で、農村や都市の雑業的底辺労働者とし
て差別と抑圧、貧困に苛まれることに変わりはない。ITなど新しい職域におい
ても、教育制度ともあいまって、低位カースト者への壁は厚い。


◇◇ 優遇策から逆転現象も


  だが、ここにきて、ある変化の兆しも現れてきた。
  同じく被差別状態に置かれてきた「指定部族(ST)」と合わせ、その社会経
済的な状況の改善のために、彼らに、高等教育の入学、官庁や公営企業の雇用、
議会の議席などで、22.5%の優先枠を設けるほか、各種補助金の供与など優遇策
を講じてきた。そこに、選挙での集票目当ての政治的思惑もからんで、シュード
ラでも下層の人たちを「その他後進諸階級(OBC)」とよんで、州によって異
なるが2000年前後から、彼らにも新たに27%前後の優先枠を設ける優遇政策が広
がってきた。
 
  こうした動きの中で、近年、各地で、優遇政策による経済的利益を求め、本来
クシャトリヤに属するジャーティがこれまで蔑んできたシュードラを自称してO
BC認定を求めたり(北インドのジャート)、シュードラでも上位に位置するジ
ャーティが被差別階層のST登録を求めたり(ラージャスタン州のグジャール)
して、デモや占拠などを展開し治安部隊と衝突する事件が目立っている。

かつては自らのジャーティを幾らかでも上位に位置づけようとするサンスクリテ
ィゼーションとよばれる運動が盛んであったが、それからすれば大きな様変わり
で、厳格な上下関係のカースト体制の崩壊を予想させる逆転現象である。
  こうした混乱を避けるため、カースト差別を助長するとして独立後は封印され
てきた全国民のカースト調査を再開しようとする動きもある。

 最後に一言加えておこう。インドには少数派ながらイスラム教徒、キリスト教
徒、仏教徒がいるが、彼らの殆どは、ヒンドゥー教のカースト差別を逃れるため
ヒンドゥーから改宗した元不可触民である。しかし、改宗はしても、インドでは
彼らが元不可触民と知られているため、依然、不可触民と見做され差別的に扱わ
れているのが現実である。

      (筆者は社会環境学会会長・元桜美林大学教授)

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