~シリア問題の国際的な側面、国内的な側面~

■宗教・民族から見た同時代世界              荒木 重雄

~シリア問題の国際的な側面、国内的な側面~

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  アラブ連盟や国連安保理を巻き込みながら一向に解決の糸口が見出せぬシリア
では、反体制派への政権軍の攻撃で日に日に犠牲者が増えつつある。

 メディアでは、「アラブの春」に連なる民主化運動への弾圧と安保理内の欧米
とロシア・中国の対立のストーリーで語られがちだが、その根底には深刻な宗教
対立がある。すなわち、アサド大統領が属する、国民のほぼ1割を占めるアラウ
ィー派がこれまで権力を握り、それに不満を募らせていた約7割のスンニ派住民
が反旗を翻し、同調して政権軍から離脱したスンニ派兵士が「自由シリア軍」と
称して武器を執っているのである。

 この事態は、これまで比較的保護されてきた他のイスラム教少数派やキリスト
教徒の身も危うくすることになった。スンニ派による拉致や殺害が続いているの
である。だが、「宗教・民族からみる」このコラムの本論に入る前に一言述べて
おきたいことがある。

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◇◇「アラブの春」の欺瞞
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 欧米と親米アラブ諸国が主導した国連安保理決議案に拒否権を行使したロシア
と中国は、国際社会で「市民の虐殺を認めるのか」と厳しい批判にさらされてい
る。

 しかし、昨年、欧米によるリビア空爆に道を開いた安保理決議がもたらした現
実を見れば、欧米が、カダフィ大佐を排除した同じ手口で、「アラブの春」や
「民主化」の名のもとに軍事介入を容認する国際決議を手にしてアサド体制の転
覆を狙っている、とする見方は疑えない。ロシアや中国がシリアと密接な関係に
あることから割り引いても、「外部からの武力行使によって政権が更迭されるこ
とに反対」する主張に妥当性はある。

 「アラブの春」は変質した。チュニジアやエジプトは市民革命であっても、市
民の決起を横取りして国連を隠れみのにNATO軍が肩代わりした「リビア革命」
は、革命を偽装した反革命、植民地戦争にほかならない。シリアへの対応はその
延長。という論に筆者は頷く。シリアは、中東の国際関係の中でみれば、レバノ
ンでイスラエル軍と対峙するヒズボラのパトロンであり、米国・イスラエルが転
覆を狙うイランの同盟国である。

 さて、これだけいって、このコラムの本題に戻ろう。シリア国内に目を向けれ
ば、そこには豊饒な宗教世界が展開している。

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◇◇宗教のモザイク国家
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 シリアは住民の90%がアラブ人(他にクルド人、アルメニア人、アッシリア
人など)だが、宗教は複雑で、イスラム教スンニ派が74%、アラウィー派、ド
ゥルーズ派など他のイスラム教各派が16%、キリスト教各派が10%である。

 「肥沃な三日月地帯」の一部をなすシリア地方は、古代オリエント時代にはメ
ソポタミア、アッシリア、バビロニア、ギリシア・ローマ、ビザンチン帝国に順
次、組み込まれ、7世紀にイスラム世界に入ってからはウマイヤ朝、アッバース
朝、セルジューク朝など各王朝の支配を受け、13世紀以降はオスマン帝国の一
部となった。さらに第1次世界大戦後のオスマン帝国解体にさいしては、英仏の
委任統治領に分割される。

 このような古来「東西文明の十字路」としての歴史と、少数派に格好の隠れ家
を提供する山岳地帯の地理的条件が、複雑な宗教構成の社会を造り上げたのであ
る。シリアの主だった宗派を挙げて、社会のリアリティに思いを及ぼしたい。

 まずイスラム教各派。

▼スンニ派: イスラム教がスンニ派とシーア派に大別されることは周知のとこ
ろであろう。シーア派が預言者ムハンマドの娘婿アリーの血統につながる者を正
統な指導者(イマーム)とするのに対し、スンニ派では血統を重視せず、教義の
源泉はあくまで『クルアーン』と預言者ムハンマドが示した範例(スンナ、『ハ
ディース』に記載)にあるとする。世界の信徒の9割近くを占めるイスラム主流
派。

▼アラウィー派: シーア派からの分派とされるが、前述アリーを神が地上に現
した最後の姿と神格化し、アリー、ムハンマド、教友のペルシャ人サルマーンの
3人を月、太陽、天空になぞらえて信奉する一方、霊魂が光明と暗黒の世界を輪
廻すると説くなど秘儀的傾向が強く、シリア地方の土着信仰のうえにキリスト教
とイスラム教が折衷したものとみられている。フランス委任統治下では兵士や警
官として多数派のスンニ派を監視する役割を担ったところから、独立後も軍や治
安情報機関に占める比重が大きく、政権党バース党の指導者層もこの派が多く占
める。

▼ドゥルーズ派: シーア派の流れを汲むとされるが、ファーティマ朝第6代イ
マームのハーキムを神として信奉し、『クルアーン』やイスラム教徒の最も基本
的な信仰行為を規定する「五行」を認めず、代わりに独自の信仰規約を定め、輪
廻転生を説くなど秘儀的色彩が強いことから、スンニ派のみならずシーア派から
もイスラムからの逸脱とみなされている。

 少数派ながら結束が強く、19世紀前半には後述のマロン派キリスト教徒と激
しく対立し、カトリックに近いマロン派にフランスが後援者としてついた関係か
ら、英国がドゥズール派を支援する国際紛争にまで発展。オスマン帝国崩壊後の
1925年にはシリア地方を統治するフランスに対する反乱を起こし、シリア地
方全域を巻き込む反仏闘争のきっかけをつくった。さらに70年代のレバノン内
戦でもマロン派と激しく対立した。

 以上のイスラム教2派はシリア地方に特有の宗派だが、シリアではキリスト教
もこれらに劣らず個性的である。

▼シリア正教: 古代キリスト教にはローマ、コンスタンティノポリス、アンテ
ィオキア、エルサレム、アレクサンドリアの5つのセンター(総主教座)があっ
て、このうちローマからはカトリック教会、コンスタンティノポリスから東方正
教会(ギリシア正教)が発展するが、カトリック教会にも東方正教会にも帰属し
ない教会を「東方諸教会」と総称する。

 その多くは、カトリック教会と東方正教会が5世紀のカルケドン公会議でキリ
ストは神性と人性の2つの本性を併せもつとした決定を受け入れたことに反対し
て、東方正教会から分離したもので、非カルケドン派とも称される。

 キリストの神性を強調し聖母マリアを「神の母」として崇敬するシリア正教も
その1派で、キリストや12使徒が使っていたとされるアラム語の1方言である
古シリア語を典礼に用い、使徒時代のアンティオキア教会からの継承を誇ってい
る。

▼マロン派: 同じくアンティオキアから起こった非カルケドン派だが、12世
紀にローマ・カトリックの傘下に入り、教義もカトリックに倣った。しかし、礼
拝にシリア語やアラビア語を用いるなど独自の典礼を保っている。このような、
教義上はカトリック教会に属しながら独自の典礼を守る教会を「東方典礼教会」
という。

 マロン派は、委任統治領時代からカトリックのよしみで宗主国フランスの厚い
  保護を受けていたが、独立後も、隣国レバノンでは、70年代の内戦で、同派
の民兵組織が侵攻してきたイスラエル軍の協力の下でパレスチナ難民に対する大
量虐殺を行い国際的非難を浴びた。その後も、イスラエル軍撤退時にはイスラエ
ル軍の代理としてレバノンのイスラム教徒に圧力をかけるなど、イスラエルおよ
び欧米とのつながりが強い。

▼ネストリウス派: アッシリア正教会ともいわれ、コンスタンティノポリス教
会を継ぐ古代キリスト教の1派。非カルケドン派だがこちらはキリストの人性を
強調してマリアを「神の母」とよぶことを拒否している。

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◇◇開かれたパンドラの箱
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 このように個性的で互いに複雑な関係をもつ各宗派がそれぞれに自治的なコミ
ュニティを築くモザイク社会の均衡を保ってきたのは、よくも悪くも独裁体制と、
それが建て前とするバース主義、すなわちアラブ民族主義・アラブ社会主義をめ
ざす世俗的汎アラブ主義であった。

 これだけの犠牲者を出した政権にもはや正統性はないが、戦争によって独裁は
倒せても、それによって安定した統治をつくることはできないことはもはや周知
の事実である。アフガニスタンでは軍事介入で倒れたはずのタリバンが勢力を広
げ、米軍撤退後のイラクでも宗教対立が再燃し政情不安定と大規模テロ事件が続
いている。

 リビアでは内戦の過程で国民に流れた大量の武器の回収が進まないなか、民兵
の間での武力衝突が続発している。これらはいずれも「独裁打倒」の「民主化」
が不安定で脆弱な国家をつくった実例である。
  独裁政権の下で苦しめられた国民が、今度は無政府状態と暴力によって苦しめ
られてよい、というものではない。ソフトランディングしながらいかにして開か
れたパンドラの箱を収め直すのか、その方途はまだ見つかっていない。

        (筆者は社会環境学会会長)

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