~チャルマーズ・ジョンソン氏の米軍沖縄駐留批判~

■ A Voice from Okinawa (21)   吉田 健正

  ~チャルマーズ・ジョンソン氏の米軍沖縄駐留批判~
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 日本や東アジア情勢に詳しく、沖縄における米軍基地駐留を批判し続けた国際
政治研究家チャルマーズ・ジョンソン氏(民間シンクタンク日本政策研究所(JP
RI)所長)が、昨年の11月20日、79歳で亡くなった。長い間関節リウマチに悩ま
され、最後は車椅子で移動していた氏は、太平洋とラグーンの見える自宅居間に
おかれた病院用ベッドで息を引き取ったという。
 
  1931年生まれのジョンソン氏は、海軍士官として日本に駐留していたとき、朝
鮮戦争に参加し、その後西太平洋に移って1955年に退役。ベトナム戦争の末期に
は、米国中央情報局(CIA)国家評価室(現在の国家情報会議の前身)の情報分
析官として、中国(とくにその共産主義)と日本の動きや将来を検証した。ジョ
ンソン氏自身の言葉を借りれば、ソ連を敵視するれっきとした冷戦軍人(コール
ド・ウォリアー)であった。その後はカリフォルニア大学サンディエゴ校で、日
本や中国に関する教授・研究・評論活動を続けた。


◆◆ジョンソン氏を「反帝国主義者」に駆り立てた二つの出来事


  しかし、2つの出来事がジョンソン氏に大きな転機を与えた。ひとつは、ソ連
の突然の崩壊。肝心のCIAが、それを全く予期していなかったことが、彼にショ
ックを与えた。冷戦の相手国であるソ連についての情報を収集・分析するはずの
CIAが、ソ連に関する情報収集・分析より、いわば帝王・大統領の私兵的存在と
して、国内でのスパイ活動や中南米・中東における秘密活動の計画・実施に血道
を挙げていることを知ったからである。

 しかも、ソ連が崩壊したにもかかわらず、米国は軍備を縮小するどころか、政
治的・経済的な問題を軍事的に解決しようと産業複合体を存続させ、中国、中南
米、中東などに新たな敵を作り、結果的にテロリストを生み、国内では民主主義
を後退させ、経済を崩壊させた。 もうひとつは、沖縄訪問。著書『アメリカ帝
国の悲劇』によれば、「大半のアメリカ人と同じように、われわれの軍事基地の
帝国」にあまり関心を抱いていなかった。しかし、1995年に3人の米兵による少
女暴行事件が起こり、それが強烈な反米デモを引き起こしたことがジョンソン氏
の関心を呼んだ。

 その翌年、大田県知事の招待で、初めて沖縄を訪れた同氏は、「事実上のアメ
リカの軍事植民地」の姿を目の当たりにして、「大きなショック」を受けた。小
さな島を埋める米軍基地、土地の有効利用や住民の生活を無視して造られた軍人
専用のビーチやゴルフ場、空軍・海軍・海兵隊が別々に所有する飛行場、誘拐と
レイプが行われた町で出くわした住民の敵意の眼差し……。それは、かつて東ドイ
ツに駐留していたソ連軍の基地を思い出させた。
 
  「どちらの場合も、兵士たちは帝国の駐屯地で外地勤務する生活の方が、『本
土』での暮らしよりもはるかにお楽しみが多いために、そこに残ることを望んだ
」。米兵による殺人、強姦、窃盗、飲酒運転などの事件、あるいは日米地位協定
に基づく事件処理について聞いて、やりきれない思いに駆られた。

 沖縄訪問を契機に、ジョンソン氏は在沖米軍の研究を始め、それをさらに「基
地の帝国(覇権主義)」研究に広げていった。「基地の帝国」とは、かつてのロ
ーマ帝国や大英帝国、スペイン帝国のような「植民地」帝国ではなく、世界中に
はりめぐらせた「軍事基地」によって成り立つ帝国の意味である。その最初の成
果が、2000年に刊行された『ブローバック:アメリカ帝国のコストと結果』(邦
訳『アメリカ帝国への報復』)である。

 「他国に対する秘密・不法活動に対するしっぺ返し」を意味するCIAの用語
「ブローバック」を使って、米国が世界中で嫌われている理由を説明しようとし
たのである。著書はアジアに焦点をあてたものだったが、まもなく起こった9・
11事件によって、『ブローバック』は一躍ベストセラーになり、再版を重ねた。
その後、ジョンソン氏は、『アメリカ帝国の悲しみ:軍事手技、秘密、帝国の終
焉』(邦訳『アメリカ帝国の悲劇』文藝春秋, 2004)、『復讐の女神ネメシス:
アメリカ共和国最後の日々』(2007)、『帝国の解体:アメリカの最後で最善の
希望』(2010)を著し、米国の産軍複合体を扱ったユージーン・ジャレッキ監督
の映画「われわれはなぜ戦うのか」(2005年)にも出演している。

『アメリカ帝国の悲劇』を訳した村上和久氏の言葉を借りると、軍事覇権主義的
傾向を放置すれば、アメリカ帝国は「たえまない戦争、民主主義の崩壊、真実の
隠蔽、そして財政破綻」という「4つの悲劇」をたどって崩壊への道を転落する
だろう、というのがジョンソン氏の予測であった。彼の予言は、すでに事実と化
しつつあるようだ。


◆◆沖縄への思い


  ジョンソン氏は、沖縄や日本国内をのぞくと、米軍の沖縄駐留を批判する数少
ない、しかも最も著名な人物であった。「軍産複合体」が主導する米国の覇権主
義的外交に疑問を持ち、国際政治や「真の」民主主義といった広い観点から、日
本のマスコミが「知日派」として持ち上げるアーミテージ元国務副長官など日米
軍事同盟維持・憲法9条、在沖米軍「抑止」論者のいわゆる「ジャパン・ハンド
ラーズ」の対極に立つ学者であった。
 
  ここでは、ジョンソン氏の沖縄に関する数多い著述の中から、彼の沖縄観を拾
い出してみよう。 まず、ジョンソン氏の沖縄への思い。沖縄の歴史を学んだ
ジョンソン氏は、日本の南端に位置するここが、過去も差別されてきた最貧困の
県で、沖縄戦で多数の犠牲者をだしたあと、米軍に占領されて、その「軍事植民
地」になったこと、そして、1995年に、2人の海兵隊員と一人の水兵が少女を誘
拐して強姦したにもかかわらず、米軍が容疑者を日本側に引き渡さなかったた
め、1972年の本土復帰以来最大の反米・半基地運動に発展したこと、沖縄では住
民に対する米兵による犯罪が日常茶飯事に起こっていることを知る。

 1999年に日本政策研究所が出版したジョンソン編『沖縄:冷戦の島』は、「日
本の遺産:鉄の台風」、「沖縄の政治的軍事的成り立ち」、「沖縄人のアイデン
ティティ」「沖縄の抗議運動」、「米軍基地なき将来?」という章で構成され、
ジョンソン氏自身も「はじめに」、「1995年のレイプ事件と対米軍基地抗議の再
燃」、「ヘリポート、名護、大田時代の終わり」という項目を書いている。

「はじめに」で、ジョンソン氏は、沖縄戦の悲劇、沖縄を日本から切り離して米
国の従属下においた平和条約、ベトナム戦争における在沖米軍基地の活用と1972
年の「本土復帰」による日米安保の沖縄適用(軍事植民地化)、終戦直後に始
まった米軍統治下の沖縄、中南米への移民(棄民)を出版)、本土復帰とその後
の在沖同胞より米国人を支援する日本政府の政策、米兵の犯罪や米軍の事故にお
びえる沖縄住民、1995年の抗議運動の裏に潜む「ナイ報告」と少女暴行事件……
と、60年以上も沖縄住民が押し付けられてきた不条理を描いている。

 沖縄に対して繰り返された日米の裏切りとヨーロッパではとっくに終わった冷
戦を東アジアで継続する米国の実態について、広く知ってもらいたい、人々に公
的なプロパガンダから自己解放してもらいたいというのが、本書の狙いだという。


◆◆理由なき米軍駐留


 日本政策研究所(JPRI)が発行する雑誌JPRI Critiqueの1997年4月号に掲載され
た論文「特別報告:沖縄と米軍――米軍はなぜ今も沖縄にいるのか」は、こう述
べる。 「米国の軍事理論家ラルフ・コッサは、『ジャパン・タイムズ』(1997
年2月16日)編集長宛ての手紙で、『自分が住んでいる場所の地政学的環境を理
解しようとしない』として大田沖縄県知事を非難した。コッサ氏はさらに、米軍
要員は日本(および米国)の国家的安全を守るために自らの命をかけているとい
う事実」に無神経だとして大田氏をたしなめる」
 
  ジョンソン氏は、こう反論する。 「この発言はまったく意味をなさない。米
国第三番目の政治指導者であるニュート・ギングリッチ下院議長でさえ、1995年
7月の演説で、『米国を防衛するのに現在の(規模の)国防予算は要らない。全
世界を防衛するのに必要な額だ。世界(ジョンソン氏・注、米国の覇権)を先導
することを止める用意があれば、はるかに少ない予算で済む』と述べた」

 ジョンソン氏によれば、米軍の沖縄駐留を支持する他の人々は、部隊と航空機
は緊急事態に備えるために「前方展開」しているのだという。これに対してジョ
ンソン氏は、沖縄自体が紛争地になる可能性はない。朝鮮半島や中東などが戦争
になれば、在沖米軍はそこまで移動しなければならないが、佐世保の米揚陸艦は
巨大な在沖米軍を輸送できるほど大きくない、戦争が起きても、沖縄の米軍は沖
縄に立ち往生する可能性が高い。
 
  このように述べた上で、ジョンソン氏は、米軍がいまだに沖縄に駐留している
のは、第二次大戦の結果、東アジアにおける基地(植民地)帝国になったから
だ、として、米国は東アジアの安全保障と安定の維持のために駐留すると主張す
るが、「アジアの平和と安定は外国軍駐留ではなく、急速な経済背長のおかげで
ある」と結論づけている。


◆◆「もし日本国民が結束して主張すれば……」


  ジョンソン氏は、沖縄における米軍駐留は不要だという考えを、昨年5月に「
ロサンゼルス・タイムズ」に掲載された評論「新たな沖縄での闘い」で明らかに
している。 原文には、「米国果第二次大戦以来、世界130か国に700以上もの軍
事基地を取得したが、われわれが沖縄に建設した基地ほど悲しい歴史に包まれた
ものは少ない」、「島は太平洋戦争で粉々にされ、米国は欲しい土地をブルドー
ザーで敷きならした」、「その島の生態的に鋭敏な地域に、米国は新たな基地を
作ろうとしている」、「住民はそれに猛反対しているが、日本の首相は米国の要
求に屈した」との文章が見られる。
 
  そして、こう述べるのである。「鳩山の対応は情けないが、私は日本にこの屈
辱を押し付ける米国政府の傲慢さを非難する。米国は、もはや財政的に負担しき
れなくなり、多くの「駐留国」も欲しなくなった軍事基地の帝国を維持すること
にこだわっている。私は、米国が傲慢な態度を捨て、普天間の海兵隊を米国内の
基地(たとえば私の近所のキャンプ・ペンドルトン)に移すよう、強く提案する」。

 『ダイアモンド・オンライン』(2010年5月7日)のインタビューでは、「米国
には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ。在日米軍はすでに嘉手
納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分である」と延べてい
る。また「―普天間を閉鎖し、代替施設もつくらないとすれば海兵隊ヘリ部隊の
訓練はどうするのか」という矢部武氏の質問には、「 それは余った広大な敷地
をもつ嘉手納基地でもできるし、あるいは米国内の施設で行うことも可能だ。

 少なくとも地元住民の強い反対を押し切ってまでして代替施設をつくる必要は
ない。このような傲慢さが世界で嫌われる原因になっていることを米国は認識す
べきである」と答えた。 「岡田外相は嘉手納統合案を提案したが、米国側は軍
事運用上の問題を理由に拒否した」という問いかけには」、「米軍制服組のトッ
プは当然そう答えるだろう。しかし、普天間基地が長い間存在している最大の理
由は米軍の内輪の事情、つまり普天間の海兵隊航空団と嘉手納の空軍航空団の縄
張り争いだ。すべては米国の膨大な防衛予算を正当化し、軍需産業に利益をもた
らすためなのだ」と述べた。
 
そして、こう続けた。「米軍基地は世界中に存在するが、こういう状況を容認し
ているのは日本だけであろう。もし他国で、たとえばフランスなどで米国が同じ
ことをしたら、暴動が起こるだろう。日本は常に受身的で日米間に波風を立てる
ことを恐れ、基地問題でも積極的に発言しようとしない」として、「民主党政権
下で、米国に対して強く言えるようになる」よう、「期待」を寄せた。

 さらに、日本における「中国・北朝鮮脅威論」については、ジョンソン氏は、
「すでに十分すぎる米軍基地」が駐留する日本への攻撃の可能性を否定し、普天
間問題でぎくしゃくしていると言われる日米関係に関しては、「日本政府はどん
どん主張して、米国政府をもっと困らせるべきだ。これまで日本は米国に対して
何も言わず、従順すぎた。日本政府は米国の軍需産業のためではなく、沖縄の住
民を守るために主張すべきなのだ」と論じた。
 
  ジョンソン氏によれば、「同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを
受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できな
い」。 そして、こう語った。「もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれ
ば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう」。

 なお、米国の「帝国主義」の発端と歴史、近年の米国政府および米軍(国防総
省)による「帝国主義」の推進、「帝国主義」を支えるイデオロギーと軍産(政
)複合体、「帝国主義」と米国外交(の欠如)、米国の政治指導者たちの米国観
・世界観、米国帝国主義が支配する世界、帝国主義が歪めてしまった米国の民主
主義、経済、社会などに関心のある方は、ぜひジョンソン氏の『アメリカ帝国の
悲劇』をお読みいただきたい。

      (筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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