~トルコの総選挙で勝った公正発展党は新たなイスラム政治の実験か~

■ 宗教・民族から見た同時代世界             荒木 重雄 

   ~トルコの総選挙で勝った公正発展党は新たなイスラム政治の実験か~
───────────────────────────────────
 国民の99%がイスラム教徒だが、1923年の建国以来、世俗主義を国是に掲げる
トルコで、6月に行われた総選挙では、親イスラム与党の公正発展党(AKP)
が勝利し、三期連続で単独政権を託された。

 勝利の背景には好調な経済がある。昨年の経済成長率は約9%、一人当たりG
DPも十年前の二倍以上の1万ドルを超えた。反欧米を掲げたイスラム政党から
派生したAKPだが、2002年の総選挙で政権を握ると欧米と良好な関係を築いて、
積極的な経済政策を展開した。

 一方、親イスラムという性格から中東諸国とも友好を深め、中東諸国と欧米と
の「橋渡し」を担う。内戦状態に陥っているリビアをめぐっては、カダフィ政権
と反体制側の仲介を試み、反体制デモがつづくシリアでは、アサド大統領に改革
を助言する一方、弾圧を逃れてトルコに越境した市民を保護する。このように紛
争当事者の双方と関係を保ち、対話を通じて解決を模索する姿勢が、国際社会の
好感をよんでいる。


◇◇民主化とイスラム化を合わせて


 議会制民主主義の枠内でイスラム的価値の実現をめざすAKPには、国内の政
治状況を見さだめながらの慎重な政権運営が求められている。イスラム法の導入
を望んでいるのは2割程度と世論調査が示す国民意識からも、性急なイスラム化
を進めれば支持を失う。加えて軍の存在である。

 軍人ケマル・アタテュルクによる建国以来、トルコでは常に軍が、西欧化・世
俗主義を擁護する立場から、二度のクーデターを含め、政治に介入しつづけてき
た。1997年にもイスラム派の福祉党(RP)主導の連立政権を崩壊に追い込み、
2007年にはAKPによる大統領擁立に露骨な干渉を加えてきた。軍との距離を慎
重に保ちながら改革をすすめるしかない。

 とはいえ、AKPは、禁酒などイスラムの価値観を実現させる努力も怠らない。
結局は見送られたが、1月にはコンサート会場などで24歳以下に酒を売ることを
禁じる規制を設けようとし、また、昨年10月には高等教育審議会が通達を出し、
それまで禁じられていた大学での女性のスカーフ着用を認めた。 エルドアン首
相は、「青少年の保護は政府の義務である」、「服装を理由に学べないのは人権
問題だ」と述べ、イスラムという言葉を使わずにイスラム化政策を正当化した。

 このように「人権擁護」や「民主化」を標榜しながらイスラム的価値の実現を
図るのがAKPの戦略である。1980年のクーデター体制下で制定された現行憲法
は、厳格な世俗主義に加えて、司法が政党の解党や党員の政治活動禁止を判断で
きるなど、軍と司法当局に大幅な権限を与えたものだが、AKPは昨年9月、
「民主化」を表に立てて、憲法裁判所の判事の任命に大統領と国会の意向が反映
されやすくするなどの改正案を国民投票に問い、承認された。現行憲法は「人権
面などで時代にそぐわない」とするAKPの次の目標は、大統領制の導入など、
より「民主的」な新憲法の制定である。


◇◇クルド人解放につながるか


   新憲法の制定に必要なのは330議席(定数550)。国会で可決したうえで、国
民投票で過半数が賛成すれば成立する。しかし、今回の総選挙で得たAKPの議
席は326。野党の協力が必要になる。野党第一党は共和人民党(CHP、135議席)
だが、これは世俗主義派の牙城。次が極右政党の民族主義者行動党(MHP、53
議席)。そこで協力の可能性をもつのが、選挙制度上、無所属で立ったが、36議
席をもつクルド系政党の平和民主党(BDP)である。

 クルド人とは、トルコやイラク、イラン、シリアなど中東各国にまたがって住
む少数民族である。少数民族とはいえ、人口は2500万~3000万人で、国家をもた
ない世界最大の民族集団といわれる。

 第一次世界大戦で敗れたオスマン帝国を英・仏が恣意的に解体して引いた国境
線によって分断され、上記の各国内で少数民族として差別的に扱われてきた。分
離独立を求めて政府と武力衝突を起こすなど軋轢を抱え、80年代末のイラクある
いはイランによるとされる化学兵器を使用した大量虐殺事件に代表されるような
迫害も受けてきた。

 トルコにも1200万~1500万人のクルド人が住むが、クルド語による教育や放送・
出版が禁止されるなど文化的圧迫を受け、独立を唱える武装組織・クルド労働者
党(PKK)によるテロと政府軍による攻撃が繰り返されてきたが、AKPは
2004年にクルド語による放送・出版を解禁した。しかし、クルド人の状況の一層
の改善のためには、国の言語を唯一「トルコ語」とし、国家・国土・国民を「不
可分な一体」とする「単一民族主義」を掲げる憲法になんらかの修正が必要であ
る。

 ここにAKPとクルド系政党の連携の契機がある。とはいえそれが、クルド語
教育の実施やクルド人による自治要求の容認にまで踏み込めば、トルコ民族主義
者に格好の攻撃材料を与え、政権に批判的な軍や司法、野党を勢いづかせること
は間違いない。慎重な舵取りが求められるが、しかし、もしそれが実現すれば、
トルコのみならず、長らく差別・抑圧されてきた全クルド人の人権状況の改善に
大きな一歩になろう。


◇◇イスラム政治のモデルとして


   長期独裁政権が崩壊し、民主的な政治体制に向けて動き出したエジプトやチ
ュニジアでは、政変後、非合法を解かれたイスラム穏健派組織、ムスリム同胞団
(エジプト)やナハダ(チュニジア)などがそれぞれ政党を結成して政治参加を
めざしている。その彼らが一番に心掛けていることは、性急なイスラム化が国民
の反発を買ったり軍など反対勢力の介入を招かないよう細心の注意をすることで
ある。
 
  アラブ圏にはすでに苦い記憶がある。アルジェリアで複数政党制が導入された
1991年に実施された総選挙では、イスラム政党・イスラム救国戦線が圧勝したが、
世俗主義を掲げる軍が反発してクーデターを起こし、その後、長く、イスラム武
装組織と軍の衝突がつづいて多くの犠牲者をうんだ。AKPの慎重で粘り強い政
権運営が、いま、「イスラム政治の新たなモデル」として注目されているのであ
る。

         (筆者は元桜美林大学教授・社会環境学会)

                                                    目次へ