~フランスに学ぶ原子力安全・規制管理~

■ 日本の原子力安全・監視機関はどうあるべきか  濱田 幸生

~フランスに学ぶ原子力安全・規制管理~

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■大飯原発・原子力規制委員会の真価が問われている [#x0774719]

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 日本で稼働している数少ない原発である大飯原発の直下で破砕帯らしきものが
見つかり、原子力規制委員会が地質の専門家による会合を招集しました。

 『渡辺満久・東洋大教授は「断層は原子炉建屋の方向に延び、局所的なずれで
はない」として、地滑り説を否定した。これに対し、岡田篤正・立命館大教授は
「地層のずれは、地滑りでも起きる。周辺を幅広く調査する必要があり、先走る
のは危険」と反論した。重松紀生・産業技術総合研究所主任研究員は「地質や地
滑りの専門家を入れて判断すべきだ」と提案し、調査が長期化する可能性も出て
きた。』(毎日新聞11月5日)

 『焦点は、台場浜周辺の地層のずれが、(1)活断層か、地震活動に関係ない
地滑りか(2)いつ動いたかの2点』(同)

 渡辺教授の意見のようにF6破砕帯が活断層であるならば、まさに原発施設の
下を横断しているわけで、その地表にある海からの緊急取水路が非常時に使用で
きなくなる可能性が大です。

 取水路が活断層のズレによって破壊された場合、非常用冷却水の供給が困難に
なることになり、その場合は冷却系の崩壊という最悪の事態になりかねません。

 『活断層は、過去に繰り返し動いた痕跡があり、今後も活動する恐れがあるも
のを指す。揺れは、活断層の長さに比例して強くなるため、この地層のずれがど
こまで延長しているかも重要なポイントになる。』(同) 

 北側からF6破砕帯を見ると、隣接する湾の下にまでもぐり込んで伸びている
のがわかります。F6破砕帯が活断層だとするならば、非常に長いために、揺れ
も強いことが予想されます。

 大飯原発の敷地内には短い破砕帯だけで8本から9本あり、一部は原子炉直下
にも存在しているのが分かります。
  渡辺教授がいみじくも、「なぜこんなに破砕帯の巣のような場所に原発を作っ
たのか理解に苦しむ」と述べているように、まさに「巣」のように四方から破砕
帯が原子炉直下にまで延びています。

 規制委員会が公表したF6破砕帯の断面写真を見ると、地層が隣接する2ツの
地層と完全にズレているのが見えます。
  この地層のずれが発見されたのは、9・5万年前とされる火山灰の地層の下に
あるために、調査団では「12・5万年前以降」との見解で一致しました。
  すると、原発施設の耐震基準である「耐震設計審査指針」の「12万?13万
年前より後に動いた断層を活断層」とする指針と一致したことになります。

 先走って(活断層との)結論を出すのは危険」だとする意見もあるようですが、
「活断層かはっきりしないが否定できない」ならば、なおさらその調査のために
一度稼働を停止して調査する以外方法はないのではないでしょうか。

 また、関西電力が実にずさんな地層地調査しかしていないことが明らかになっ
てきています。そもそも民間住宅を建てるにしてもボーリング調査をするのに、
これだけの破砕帯がある地点になにもわざわざ原発を建てる必要があるのでしょ
うか。

 前々から指摘されてきたように、関西電力は初めから満足な地質調査をしてい
なかったのではないか、という疑惑が浮上してきました。
  まともな地層調査を怠ったことは、「関電の想定とは別の場所に破砕帯があっ
た」(渡辺満久・東洋大教授)ことからも明らかで、関西電力が10月31日に
提出した中間報告書自体の真偽にも曇りが出はじめています。

 このような信憑性すら疑われる関西電力の調査に基づいて、拙速な再稼働を認
めてしまった政府の決定も問われるでしょう。 
  再稼働の審査会は、「委員会にいるのは活断層の専門外である地震・地質研究
者のみで、変動地形学の研究者が加わってこなかった」(渡辺教授)審査で「安
全を確認」しており、国の審査体制の問題点まであぶり出したことになりました。
 
  しかし原子力規制委員会は、現行の法体系の中では稼働停止を命じることはで
きません。
  ここが問題なのだ、と私は繰り返し書いてきました。

 原子力安全監視機関の決定はいかなる政府の決定をも超越せねばなりません。
原子炉の稼働の是非は政府の政治的都合によるのではなく、安全監視機関の判断
のみでなければならないのです。
  そのために、原子力安全監視機関である規制委員会は「政府からの独立性」が
保証されていなければなりません。

 規制委員会はいかなる政府機関の下にも置いてはならず、完全に独立した会計
検査院のような独立国家機関でなければなりません。
  発足当初、野田首相は、規制委員会の組織的独立性を骨抜きにしたまま、「再
稼働は規制委員会が判断します」という言葉自体は正しいが内実と誠意のない言
葉で、再稼働の責任だけを規制委員会に押しつけようとしました。

 規制委員会がこの時点で「再稼働の判断は政府がするべきだ」と言ったのは逆
説的に筋が通っています。
  安全でないと判断すればただちに原子炉の停止命令が出せるような強い法的権
限を与えない、組織的独立性を保証しない、事務局(規制庁)には経産省資源エ
ネ局の官僚を大量に突っ込んでくる、これで責任ある原子力安全・監視ができる
はずもないではないですか。

 たしかに現行法では、ここで規制委員会が大飯原発を停止させることは法的に
不可能です。それは現行法では「急迫の事態」と認められないと停止できないか
らです。
  「急迫」の規定には、核テロ、事故の切迫した危険性などという福島事故以前
ののどかな規定が想定されています。今回の大飯のような原子炉直下の活断層の
恐れという状況は想定されていません。

 この法改正には来年7月まで待たねばなりません。そこまで待っていられない
から、国民はイライラしながら事態の推移を見守っているのです。
  つまり、法が遅れているのであって、規制委員会は大飯原発をいったん止めて
調査をするためには、「超法規的」に対応するしかありません。

 それには世論を味方にすることです。規制委員会が、断固とした「停止要請」
を法的根拠があろうとなかろうと関西電力に「命じる」ことしかありません。
  それが法的にはただの「お願い」であっても、世論の後押しがあれば関西電力
は停止するしかないと悟るでしょう。

 その意味で、この大飯原発F6破砕帯の活断層判定は原子力規制委員会が真の
安全監視機関なのか、それとも政府の意のままに動かすことのできる旧来の安全・
保安院のような操り人形なのかを分ける試金石となります。
  規制委員会田中俊一委員長が「(活断層の可能性について)クロや濃いグレー
なら運転停止を求める」とした言葉に嘘偽りがないか、試される時です。

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■安全神話が危機管理を妨げた

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 どうして日本は世界屈指の優秀な原子力技術を持ちながら、事故予防対策がど
うしてかくも不備だったのか、昨年「放射能の雲」の下で暮らしながらたびたび
そう感じました。

 その象徴的な事例は、安定ヨウ素剤を原発周辺住民に備蓄がありながら配布し
なかったこと、そして避難計画がまったく存在していていなかったことに象徴さ
れています。

 安定ヨウ素剤の配布は、チェルノブイリの教訓から世界で一般化している被曝
対策です。事故初期に大量に排出される放射性ヨウ素131が人体の甲状腺に溜
まりやすいために(※)、あらかじめヨウ素剤を飲んでおいて新たな侵入を防ぐ
という方法です。

 チェルノブイリではこれを当局が大量に配布して、最悪の事態を免れることが
出来ました。これを知らない原子力関係者は世界でいないはずです。というか、
いてはならないはずです。
  ところがわが国では安定ヨウ素剤は一粒も避難民に配布されませんでした。な
ぜでしょうか。それはほとんどの場合、かんじん地元自治体になく、県の倉庫に
備蓄されていたために忘れ去られた存在になっていたからです。

 つまり、ヨウ素剤は準備していたが、いつどのような状況で使うのかという手
順書も事前の打ち合わせも、まして訓練などまったくなかったのです。このよう
なことを死蔵といいます。いや、あるというだけを官僚の言い訳にしているだけ
始末が悪い。

 まして広域の避難訓練や、避難経路などは初めから考えられてはいませんでし
た。だからSPEEDI情報の隠匿もあって、いったん避難した地域のほうが線
量が高いというありえないことが起きてしまったのです。
  見直し始まったのは、福島事故1年半後のことです。このようなことを行政の
恥ずべき不作為と呼びます。

 ところで、実はフランスもちょくちょく事故を起こしています。おおよそはレ
ベル1ですが、年間100件近く起きているそうです。
  80年代、フランスはこの多発する事故を受けて原子力安全院(ASN・当時
はその前身)傘下に危機技術センター(CTC)を創設しました。

 ここは周辺住民や国民に事故対処の方法を教える住民防御システムとマニュア
ルを作る機関です。マニュアルは毎年改定されています。安定ヨウ素剤の配布も
この一環です。
  また、避難訓練に関しても自治体-警察-軍まで含んだ一体化されたものが定
期的に行われ、住民の参加も多いようです。

 ひるがえってわが国において、福島事故はいうに及ばず、それ以前の大事故だ
った1999年9月30日の茨城県東海村JOCの臨界事故においてはどうだっ
たでしょうか。

 このJOC事故は死亡者2名、重症者1名を出す大事故であり、工場が住宅地
の中にあったにもかかわらず安定ヨウ素剤の配布は行われませんでした。
  後に来日したフランスの原子力関係者が、わが国の関係者にこのことを問うと、
このように答えたそうです。

 「とんでもない。日本で(事故の可能性を少しでも示すような)そんなことを
したら原発は一基もできません。事故ゼロと言って周辺住民を説得し、納得して
もらっているのだから」。(ソース・産経新聞山口昌子パリ支局局長)

 このフランス人原子力技術者がのけぞったのは言うまでもありません。これで
分るのは、わが国には原子力の危機管理そのものが完全に意識もろともなかった
という衝撃的事実です。たぶん「キキカンリ」と書かれたペーパーが後生大事に
経済産業省の金庫に眠っているだけなのでしょう。

 日本原子力技術協会の前最高顧問石川迪夫氏がこんな話を述べています。
  1992年、IAEA(国際原子力機関)で原子力事故に備えて指針を改定し
避難経路を策定すべきという提案があった時、それを持ち帰った石川氏に対して
日本の原子力関係者の反応はこうでした。

 「そんな弱気でどうする。原子力屋なら絶対に放射能が出ない原子炉を作れ。」
  とりようによっては強い安全への決意と取れないではありませんが、石川氏自
身も認めるようにここには「安全」という言葉の影に隠れて「万が一に備える」
という視点がすっぽりと抜け落ちています。(ソース「産経新聞10月8日)

 これが日本の原子力村の「空気」でした。これは「事故を想定するだけでも事
故になる」というある種の言霊(ことだま)信仰につながっていきます。庶民な
らともかく、原子力を預かる科学者がこれでは困ります。

 確かに反対派に対して弱みを見せられない、避難訓練をすれば、それみたこと
かと言われる、というのも事実です。
  実際、やればやったでそのような反対運動が起きる可能性を考えねばならない
のが昨今の風潮です。

 しかし、反対運動があろうとなかろうと、いったん事故があれば地元自治体が
マニュアルに従って一定圏内の住民には安定ヨウ素剤を配布し、所定の場所に避
難させるするような仕組みが要ります。

 それを想定した避難訓練を繰り返す中から、現実に福島事故レベルが起きたら
どうするのかを実地に各方面に叩き込んでおかねばなりません。現実にやってみ
れば、この避難ルートは使えないとか、老人や障害者はどうするのかなど問題は
山積しているはずです。

 このようなしんどいことを素通りして、「原発事故はありえない」はないでし
ょう。それは逆です。原子力事故が起きたらどうするか綿密に積み重ねて初めて
その先に「安全」があるのです。

 このような避難計画には大変な金がかかるでしょう。そのための電源立地対策
交付金なはずです。原子力の危険を与えた地域に与えるのは、無駄な大型体育館
ではなく、ほんとうの意味の「安全」なはずです。
  事故が起きるなどという縁起でもないことを言うから悪しきことが起きる、で
は「福島以後」は通用しません。必要なのは原子力災害に対するリアリズムです。

 そして福島事故のような原子力災害に対しては、避難を指示する住民防護のた
めのフランスの危機技術センターのような国家機関の創設が必要でしょう。
  これは原子力規制庁を環境省から独立させた上で、その傘下に独立した危機管
理機関として作る必要があります。

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■日本にも真の原子力安全・規制機関が必要だ

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 フランスには「原子力の番人」と呼ばれる組織があります。それがフランス原
子力安全院(別訳/原子力安全機関/原子力安全局・Autorite de surete
nucleaire・ASN)です。

 Wikipedia

  日本にも似たような役割の「原子力規制庁」がありますが、私はこのふたつは
本質的に異なった組織だと考えています。
  日仏の原子力安全監視組織を比較する中から、国による原子力の安全監視とは
どのような性格の組織によるべきなのかを考えてみたいと思います。

 わが国のスタートを切ったばかりの原子力規制庁がいかなる組織なのかは、ス
タッフ官僚たちがどこの省庁から来ているのかをみれば一目でわかります。

 原子力規制庁の官僚出身内訳
  ・経済産業省・・・312名
  ・文科省  ・・・ 84
  ・警察庁  ・・・ 16
  ・環境省  ・・・ 10

 7割を超える圧倒的人数を送り込んで来た経済産業省からの出向組は、原子力
安全・保安院、資源エネルギー庁出身者です。なんのことはない資源エネルギー
庁とは、政-財-官-学にまたがる「原子力村」の司令塔のような所ではないで
すか。

 他は、文科省、環境省、内閣府原子力安全委員会の出身ですが、とくに環境省
は原子力規制庁を組織系列下にした上で、ナンバー2の次長ポストに森本氏を押
し込んでいます。
  これらの原子力規制庁官僚たちは完全移籍ではなく、数年間の出向で来ていま
すから、背中には出身省の紐がしっかり付いているとみるべきでしょう。

 出向者数こそ地味ですが、原子力規制庁を組織系列化においた環境省はCO2
削減を旗印にして、「地球にやさしいクリーン電源・原子力」(笑)をエネルギ
ー比率50%まで増やすという今思えばトンデモの政策を作った役所です。
 
  また環境省は、放射性物質を環境基本法や土壌汚染防止法で「特定有害物質」
に指定しなかったために、福島事故で大量に排出された放射性物質を除染する根
拠法がなくなってしまいました。
  福島事故に際してもその動きは鈍く、空間線量や土壌放射線量などの測定も文
科省に遅れをとり続けてきました。当時私は、環境省に悪意のサボタージュを感
じたほどです。経済産業省が「原子力村」の村長なら、環境省は助役です。

 そして原子力規制庁の初代長官には前警視総監の池田克彦氏、原子力地域安全
総括官には元警視庁警備部長の黒木慶英氏が任命されました。
  この2トップは揃って警備・公安畑出身で、治安のプロであっても、原子力に
対してはズブの素人にすぎず、警察官僚が得意な上意下達の組織統制力を見込ま
れて就任したといわれています。

 つまり原子力規制庁は、原子力安全対策を風当たりが強い経済産業省から、環
境省という裏の司令塔の下に系統をすげ替えただけの問題を多く含んだ組織だと
いえるでしょう。
  どうして完全にすべての省庁から独立させなかったのでしょうか。私は会計検
査院のような政府から独立した地位を保障されている原子力監視機関を作るのだ
と思っていました。

 ちなみに会計検査院は、このような独立機関です。
  「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次
の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。(日
本国憲法第90条)。また、内閣に対し独立の地位を有する。(会計検査院法1
条)」。(Wikipediaによる)

 この「国の収入収支」の部分を原子力発電に読み替えて下さい。原子力の規制・
監視もこの「内閣からの独立の地位」こそが肝だったはずです。
  しかし多くの脱原発派の人たちは、規制委員会の委員長が原子力村出身である
かどうかとか、国会承認があったかどうかなどに目を奪われて、肝心の原子力規
制庁の「独立性」の部分が骨抜きになったことを見逃してしまいました。

 一方、日本の原子力規制庁とあらゆる意味で対照的なのがフランスです。
  フランスの原子力安全院(ASN)は、どの省庁の下にも属さない完全に独立
した国家機関で、院長以下4名のコレージュ(委員)による官房があります。い
わばこれ自体一種の内閣のような組織構造になっています。

 政府にはASN長官と委員の任命権すらなく、唯一それを持つのは元首の大統
領のみです。ASNは国会への報告義務を負う完全に独立した国家機関です。

 ASNは外部に「放射線防護原子力安全研究所」(IRSN)という専門家に
よる補佐機関をもっています。
  ASNの職員数の77%、IRSNで85%が博士号を持つ専門家集団で、ど
こぞの国のようにボス警官がその部下の警官たちを引き連れてやって来ましたと
いうようなことはありません。

 フランス原子力委員院長(別訳・総裁)はラコスト氏ですが、彼は「フランス
でもっとも怖い男」と言われているそうです。首相に対してもまったく物おじせ
ずに正論を吐くので、脱原発派からも一目置かれている人物です。

 ラコスト氏はフランスの理系の最高学府である国立理工科学院(ポリテクニッ
ク)を卒業後一貫して原子力畑を歩み、原子力安全施設(DSIN)や独立機関
になる前のASNの責任者を努めました。
  ラコスト氏は原子力の専門家としてフランス原子力庁や、原発所有者のフラン
ス電力公社からの独立を訴え続け、2006年に法令によって独立を勝ち得た後
は初代院長に就任しました。

 ASNは福島事故直後の3月12日に仏政府より早く声明を出し、同月23日
には早くも「仏全土の全原発の安全性に対する監査」を実施しています。
  同時期に日本の原子力安全委員会の斑目春樹委員長が、菅首相から連日子供の
ように叱り飛ばされてうろたえていたのとは対照的です。

 おそらくフランスで福島事故と同様の事故が起きた場合、ASNは政府とはま
ったく独立した判断をしたうえで、即時に事故対策を「命令」したことでしょう。
  もちろん政府にです。ASNは政府からあごで使われる組織ではなく、政府に
命令できる権限を持つ独立機関だからです。

 ですから、菅首相のように外部者からの意見に左右されて、事故現場の指揮に
直接介入するなどということは、フランスでは考えられもしません。
  もし首相がそのようなまねをしたら、ラコスト院長から「閣下、素人は引っ込
んでいて下さい。誰か閣下を部屋の外にお連れ申せ」と一喝されるに決まってい
ます。というか、そもそも首相には原発事故の指揮権などありません。

 わが国の福島事故の悲劇は、ASNのような独立した原子力規制機関がなかっ
たこともさることながら、ひとりのラコスト院長もいなかったことでしょうか。
  このように「監視機関の独立性」ということをキイワードにしてフランスと日
本の原子力規制行政を比較すると、わが国はまったく福島事故を学んでおらず、
おざなりの改革でお茶を濁したことがはっきりと分かります。

 わが国は脱原発の検討の前に、抜本的な原子力安全行政の見直しに着手すべき
でした。
  福島事故の直後の1年間しか「原子力村」の徹底解体と、新たな原子力安全行
政の再構築のチャンスはなかったはずです。この時期を逃しては、また強固な原
子力村のもたれ合い構造が復活してしまいます。

 この時期にこそ、あらゆる政府機関から独立した規制・監視機関を作り、その
スタッフも資源エネルギー庁や環境省からの出向を仰ぐのではなく、民間の有為
な人材も含めて大胆な人材の起用をすべきです。
  その場合、むしろドイツよりもフランスの厳しい原子力安全行政のあり方の方
がより参考になったはずだと私は思います。

 私たち日本人がフランスに原子力で学ぶことはただひとつ、原子力安全機関の
「独立」です。
 

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■原子力はたやすく眠りにつかない。持久戦が必要だ

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 フランスをモデルとして国による原子力安全監視はどのようにあるべきなのか
を考えてきました。
  このようなことを書いていると、必ずある種の誤解を受けます。それは私が原
発を存続することを前提にして、つまり原発肯定の立場で考えているのだろうと
いうものです。

 正直にお答えすれば、半分イエスで半分ノーです。私はそのような二分法では
なく、あえて言えばリアリズムの立ち場に立ちます。
  心情的にはいうまでもなく「被曝」地の私は心の底から原子力を憎んでいます。
原子力と人類は共存できないと考えています。その意味では脱原発です。それも
かなり強固なそれです。

 しかし同時に、私はこの数年で地上から消え失せるわけでもないことも承知し
ています。福島事故を経験したわが国では消滅のテンポは早まるでしょうが、世
界の国では新興国を中心として大増設の時代に突入しようとしているからです。
  そしてそれらの国の一部が核保有国であることは、核兵器と原発問題が実は同
じであることを教えています。彼らは核兵器を手放さないように、原発も手放す
ことはありえないでしょう。
  わが国おいては、建設中の2基を除いて新規の増設はありえず、耐久限界の3
0年~40年に達したものから順次廃炉になるわけですから、わが国が脱原発路
線をとろうととるまいと、2030年代にはほとんどの原発が姿を消すはずです。
  仮に脱原発路線を選択したとしても、廃炉と高濃度放射性廃棄物の最終処分場
問題が解決しないかぎり(その見込みはないと思われますが)、原発内の使用済
み燃料プールは温存されたままになることになります。
  したがって、かなり長期に渡って原子力の安全監視活動の手を緩めることはで
きないのです。一度目覚めた原子力は簡単に眠りにつくことはありません。ここ
に原子力の本質的難しさがあります。

 (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)

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