■ 農業は死の床か。再生の時か。 

~初夢ではありません!地域の直販所からわき上がる夢!~   濱田 幸生

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◇初夢の頃ですが、単なる夢ではありません。
  この行方地域に直販所を作ろうというのが、今年の大きな計画です。

 すでに私たちのグループの畑は農地転用を終了して、整地に入っています。建
物も45坪のL字型のドドンっと立派なログハウスが建てられる時を待っていま
す。資金の手当てもメドがつきました。
そして、なによりどんな直販所にするのかが私たちの長年の夢の集大成の見せ所
です。まず、地域のお百姓が野菜を持ち寄って、自分の値段をつけるのが前提で
す。自分で納得できる値段をつける。簡単に聞こえるかもしれませんが、これは
大変なことなのです。今まで、豊作だといえば箱代も出ないような安値に泣かさ
れ、逆に出来が悪ければ馬鹿げた値段にハネ上がる替わりにモノがない。こんな
ことは終わりにしましょう。
 
どこかの記事でジャパン・スペック(日本規格)というこれまた愚劣な規格の
細かさを書きました。ゴボウだけで鑑定士がいるほど十以上の規格があるわけで
す。しかし、こんなことは食べる方は関係ありませんよね。こんな馬鹿な規格よ
りも、ほんとうに自分で消費者に説明がしっかりと出来る安全、安心こそが大切
なのです。この直販所は生産者の自信に満ちた顔がハッキリと見えます。
私たちの直販所は「流通」ではありません。ですから、値決めもしなければ、
規格も作りません。それはあくまでも、生産者が自分で決めることです。
直販所はどんなものをどれだけ出すのかを決める生産者テーブルは作りますが、
基本は生産者が自主的に作っていけばいいと思っています。

 直販所の手間賃は建物の維持費、スタッフの人件費などの実費を取る以上には
ならないでしょう。
  ですからこの地域直販所の農産物の価格は、今の段階で高いとも安いとも言え
ません。中間マージンが極小ですから、量販店と比べて相当に安いだろうとは言
えますが、直販所が決めることではなく、あくまでも生産者が納得できる価格で
あることが大事なことです。
  このことは、市場と量販店に事実上支配されている農産物流通にささやかな一
歩ですが、大きな変化をもたらすものだと思っています。


◇直販所が日本農業を変える!


  まぁ、自分で言うのもナンですが、直売所自体はことさら新しいもんじゃあり
ません。「道の駅」という素晴らしいネーミングで今や津々浦々に増殖し続けて
いる、大ヒット商品です。これが今、日本の農業の形を根っこから大きく変えて
いっています。今日は、もう少しそのあたりを説明しましょう。
  この「道の駅」という名がよかったですね。ロマンがある。テクテクと街道を
旅人が、旅埃を払い、足のまめなどに絆創膏などを張って、おもむろに眼をやれ
ばその土地の風景や物産がある。そして土地の人情に浸れるという趣がある言葉
です。ただし、このネーミングは勝手に使用できないようですが。
 
道の駅は静かな農業の流通革命でした。前回もお話しましたが、今まで完全に
市場と量販に牛耳られていた農産物の動きが、地場の中で回り出したのです。
  ところで、わが同業者の農家はどのように朝刊を読むのかご存じでしょうか?
全国紙はあまり読まないですね。だって農産物の市況が載ってないですからね。
で、朝一仕事終えて、飯を食った後に梅干しが入った渋茶など飲みながら、シー
ハーと楊枝でせせり(←ジィ様、茶で入れ歯を洗うなよな)、老眼鏡をかけて日
本農業新聞の中ほど4面あたりにある市況欄を見るわけですな。
 
ふむ、ありゃ小松菜また下がったかぁ、次回は別な奴にするきゃなかっぺな、
村が勧めているわさび菜でもちょこっとやっぺか、それにしてもリンゴの値はひ
どいな、青森のテイは死ぬ思いだんべなぁ・・・。それから葬祭欄を見て、マン
ガとテレビ欄をチェックして、1面をざっと見ておしまい。
  こんな風に市況と農家は切っても切れません。大規模になればなるほどそうで
す。兼業は、本籍農業、現住所は町の勤め人ですから一年に一回米の相場で青く
なったり、赤くなったりと変色するていどで済みますが、本業は真面目な人ほど
大都市の市場相場に縛られていたわけです。
  都市の相場や市場動向に拘束されるかぎり、都市への農産物流通を一手に握る
JAや市場、量販店の元にガッチリと抱え込まれて身動きができなかったわけで
す。

 ここが大きく変化をし始めました。村に直販所が出来ることで、自分で農産物
を持ち込んで、自分で値を決め、売れたらその分だけ代金を受け取り、売れなけ
れば持って帰るという農産物の地場流通が生れ始めたのです。
  これは画期的なことでした。こう言っちゃ悪いですが、道の駅の主導者でもあ
ったJAにとっては痛し痒しだったのではないのでしょうか。この新たな直販場
ルートでは、従来のJAの圧倒的な農産物の大量集荷-大量流通-大量販売能力
は必要がなくなり、ただの場所貸しとなってしまいますもんね。
 
直販所が各地に出来るにしたがって、農家は各々のルートで農産物を持ち込み
始めました。もう市況を気にかける必要はありません。ハンパな量でも、規格外
でも原則としてはいいのですから、農家にとっては福音でした。おまけに、バァ
様の漬けた漬け物や若いママが作ったパイ、婦人部で仕込んだ味噌などの農山加
工品も置けるのですから面白くてたまりません。一時は滅びかけた農家における
農産物の加工が甦り始めました。
  今や、直販所が盛んな地域では、農家出荷の3分の1、時には半分も直販所で
売る人もでてきました。こうなるともはや立派な農産物のもうひとつの販売ルー
トの誕生です。
 
そして面白い現象もでてきます。出荷をかねて出掛けた直販所で他の生産者の
野菜や卵を買っていく光景が珍しくなくなってきたのです。お、これはうちでは
作ってなかっぺな、買っていくかってなもんです。100円で売るホウレンソウ
を入れに来た農家が、帰りに100円で卵を買っていくわけです。一種のブツブ
ツ交換です。もう少し発展すれば、農家に限り、ホウレンソウ2把とたまご6個
などというレートが誕生して、一種の地域貨幣もどきになるかもしれません。
 
私は炭酸ガスを吐きながら大都市に出荷するだけが能ではない時代が既に来て
いると思っています。地域の中で自分で値を決め、規格を考え、自分で売る時代
の到来です。今まで地域で作り、地域で消費する、いわゆる地産地消運動がとも
すれば意識の高い生産者と消費者の個人産直の域を抜けなかったことから、ごく
あたりまえに農家の中に浸透していく、そんな時代が始まったのです。
           (筆者は茨城県有機農業推進フオーラム代表)

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