~国際人道支援船襲撃はイスラエルの凋落のはじまりか~

■宗教・民族から見た同時代世界    荒木 重雄

~国際人道支援船襲撃はイスラエルの凋落のはじまりか~

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  世界中が驚きと怒りの声を上げた。5月末日、パレスチナ自治区ガザに医療機
器やセメントなど支援物資を届けようと地中海を航行していた人権活動家らの船
がイスラエル軍の急襲を受けたのである。
  高速艇とヘリで乗りつけた武装イスラエル兵は丸腰の乗船者たちを銃撃し、9
人を射殺し数十人に負傷させ、さらに、カメラを奪って銃で叩き壊し、メモリー
カードを海に投げ捨て、下着姿にした乗船者たちの両手を縛って甲板にひざまず
かせた。
  こうして1万トンの物資とともに、トルコや欧州、アラブ諸国など約40ヵ国の
人権活動家やジャーナリスト、政治家ら700人余りが分乗した6隻の船が、まる
ごと拿捕され、イスラエルの港に連行された。公海上でのできごとである。
  イスラエル軍は5日後にもまた同様に、アイルランドからの支援船を公海上で
拘束した。


◇◇なぜ物資の支援が必要か


  1948年に欧州からのユダヤ移民たちがパレスチナの地にイスラエルを建国し、
住んでいたアラブ住民(パレスチナ人)を放逐して以来、イスラエルとパレスチ
ナ人および周辺アラブ諸国との対立が続いてきたが、2007年、パレスチナ政治組
織の強硬派ハマスがガザ地区の統治権を掌握すると、イスラエルはガザを封鎖し、
物流を絶つことによってハマス政権の崩壊を策した。その結果、産業資材はも
とより、食糧や燃料、日用品、医薬品まで極度に不足し、150万ガザ市民が困窮
に陥ることとなった。

 イスラエルはさらに08年末から3週間にわたってガザに、1400人以上の死者と
5300人を超える負傷者を出す軍事攻撃を加え、街の大半を破壊したが、一層強化
された封鎖で資材が入らず復興は手つかずである。

 こうした状況に人道支援を掲げ、各地の人権・慈善団体が派遣したのがこのた
びの国際人道物資支援船団であった。


◇◇なぜ米国はイスラエル擁護か


  このイスラエルの暴挙に対して、世界各地から非難の声が上がった。潘基文国
連事務総長は国際調査団の設置を提案し、国連人権高等弁務官は国際人道法違反
を指摘し、国連安保理が開いた緊急会合での議長声明案は「イスラエル軍による
攻撃を最も強い言葉で非難する」となっていたが、米国がまたもや反対し、議長
声明は「武力行使に遺憾の意」を表明するにとどまった。

 いまに始まったことではないが、米国はなぜいつもイスラエルを擁護するのか。
指摘されるのが石油の利権をめぐる地政学的な理由に加えて、米国におけるユ
ダヤ・ロビーの影響力である。フォーブス誌などによると、米国の億万長者の25
~30%はユダヤ人で、その莫大な資産を背景に、民主党の政治資金の60%、共和
党の政治資金の35%はユダヤ系組織から拠出されていて、連邦議員の7割以上が
ユダヤ・ロビーの影響下にある。また、イスラエルに非友好的な議員には、対立
候補に巨額の資金を提供し、併せて彼らが牛耳るメディアを使ってのネガティブ
・キャンペーンによって確実に落選させる力をもつといわれている。陰謀史観に
与するわけではないが、ともあれ、つねに米国に擁護されるイスラエルである。

 しかし、今度の事件でイスラエルは、確実にマイナス点をつけた。早い話、米
国が仲介するイスラエルとパレスチナの間接交渉にブレーキがかかった。さらに、
トルコとの関係悪化である。国民の殆どがイスラム教徒でありながら「世俗主
義」の国是からイスラエルとも友好関係を維持し、シリアやイランとイスラエル
や米欧をつなぐ独自な役割をはたしてきたトルコが、今回の支援船拿捕を機に明
確に反イスラエルに転じた。


◇◇イスラエルはユダヤ人の国か


  時を前後して、イスラエル建国の正当性を疑う書物が、他ならぬイスラエル人
の歴史家によって上梓され、世界中の話題をよんでいる。シュロモー・サンドが
著す『ユダヤ人の起源』(邦訳・武田ランダムハウスジャパン)である。

 広く知られているように、イスラエルとはユダヤ人の国と規定されている。そ
してユダヤ人とは、預言者モーセに率いられてエジプトを脱出し、約束の地カナ
ンに戻ったユダヤの民の子孫であり、ローマ帝国に反乱して追放され、世界に離
散した民と信じられている。

 ところが、イスラエルの歴史学者サンドによると、「出エジプト」もローマや
イスラムによるユダヤ人の追放も歴史学的には存在せず、ロシアや東欧はじめ世
界各地にいる「ユダヤ人」とは、じつは、8、9世紀に黒海とカスピ海の間にあ
ったハザール王国のような、改宗によってユダヤ教徒となった人々であり、もし
古代のユダヤの民の子孫を求めるなら、それはまさしく、いまイスラエルによっ
て排除されているパレスチナのアラブ人である、というのである。

 歴史学者サンドは、イスラエルを正当化するための聖書につながる「ユダヤ人」
とは、19世紀来のユダヤ人国家建設運動であるシオニズムが発明・創作した虚
構であるとして、「イスラエルはその存在を、シオニズムのように過去によって
正当化するのでなく、この国が民主国家に生まれ変わるという将来において正当
化するべき」と述べている。あるべきはまさにその一言に尽きよう。

 ところが現在のイスラエルは、ガザの封鎖じたい国際人道法違反という国際的
な批判を浴びて搬入品制限の若干の緩和を認めたが、封鎖は続行し、人道支援船
襲撃事件への国際調査団の受け入れも拒否している。

               (筆者は社会環境学会会長) 

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