■ 農業は死の床か再生の時か 濱田 幸生

-宮崎口蹄疫事件を検証する   第1回-

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(1)まずは、口蹄疫と確認されるまでの経緯です。


  1.4月9日に児湯郡都農町に所在する繁殖牛農家(飼養頭数 繁殖牛9頭、育
成牛3頭、仔牛4頭)を往診した獣医(開業医)から、口のただれ(軽度の潰瘍)
があったので病症確認の為に家保に見てほしいとの依頼がありました。同日、県
家畜保健衛生所(家保・県所管))が検診しますが、症状がでている牛が一頭で
あり、経過を見ることになりました。

 2.4月16日夕方に同じ症状の牛が出たとの農家からの報告があり、翌17日
に家保で検査しました。3日かけて検査(類似の症状が出るイバラキ病など)し
ましたがすべて陰性であったために、19日夜に東京の動物衛生研究所(国所管
)に持ち込まれました。
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/nosei/chikusan/miyazakicow/page00032.html

 3.20日4時30分、動物衛生研究所は口蹄疫と確認しました。
   ここまでの処理において確かに11日間が経過しています。これをして「宮
崎県の初動が遅い」との批判がこともあろうに内閣の一員からなされました。ま
たこれに便乗する一部心ないメディアが面白おかしく宮崎県バッシングの材料に
しました。


(2)家畜伝染病が専門の東京農工大白井淳資教授は、現在の仕組みの中で素早
く口蹄疫だと確定することは難しいと言います。


  「現在の仕組みの中で県の家保にだけ責任を押しつけるとそれはとても負担が
大きいし、大変なことだと思われるので、国が家保を応援する仕組みを作ってほ
しい」


(3)殺処分の想定を上回る遅れがなぜ出たのかについてです。


  1.国の防疫指針において処分は原則として「農家が行い、それを県が積極的に
協力すること」が定められていました。宮崎県は指針に従って職員を派遣しまし
たが、職員は家畜の扱いに馴れていないために手こずりました。
  2.口蹄疫の防疫の原則は3日以内に処分することでした。しかし現実には、感
染が拡大するごとに処分にかかる日数は増えていきました。8例目で既に101
9頭が処分対症となり、8日目になっています。

 これについて宮崎県畜産課 岩崎充祐(家畜防疫対策監)はこう言います。
  「早期に処分せねばならないのはわかっていたのだが、馴れていないために作
業場でトラぶった」


(4)国の対応の遅れについて。


  政府は感染が徐々に拡大していることについて事態をおさめる有効な方策をう
ちだせずにいました。

 1.4月28日(発生確認から8日後)、農水省が専門家を集めた牛豚等疾病小
委員会が開かれました。しかしそこで出た答申は事態の大きさと実態をまったく
掌握していないものが出ます。報告書は言います。
  「迅速かつ適切に防疫措置がなされている」

 2.しかし口蹄疫の感染は、急速に拡大し、5月3日を境にして一気に80度の
急上昇をみせていくのが分かります。6月3日の段階ですぐに処分が必要な患畜
は18万頭を超えて国内最大の家畜伝染病となりました。

 3.この4月28日から5月の上旬までの期間こそが、第10例川南町の県家畜
試験場の豚の感染であり、以後毎日のように26例まで養豚の感染が続いていき
ます。牛から豚への感染が、一挙に川南町のウイルスを最大3千倍までに拡大し
ていき、地域の汚染濃度を一挙に押し上げていったのです。
  (感染リストに関しては鹿児島大学岡本嘉六教授参照。なお岡本教授の論旨に
は多少抵抗感がありますが、大変に教えられます)
http://vetweb.agri.kagoshima-u.ac.jp/vetpub/Dr_Okamoto/Animal%20Health/Events.htm
  これについての赤松農林大臣の宮崎県庁での発言(2回目の宮崎入り時)。
  「残念ながら、数そのものについては押さえ込むにはいっていっていない。そ
のことについてはほんとうに申し訳なく思っています」
  なんだか今となってはどーでもいいやという気分になるのが不思議ですが(あ
~いかん怒りは持続せねば!)、赤松前大臣の4月28日からのカリブ海外遊が、
この農水省牛豚疾病小委員会の危機感のない答申に背を押されたことは間違い
ないようです。ついでに政府現地対策本部が開設されたのは、なんと1カ月遅れ
の5月12日でした。
  口蹄疫事件に関しては、宮崎県側の失敗もありますが、第一義に国際伝染病で
ある口蹄疫の拡大を阻止すべき立場にあった国が、ほぼ一カ月間満足に機能して
いないことを問題とせざるをえないでしょう。
  さてここで、改めて問います。なぜ初動が遅れて押さえ込めなかったのでしょ
うか?繰り返しになりますが、もう一回その経過と原因を洗います。イヤな顔を
せずにおつきあいください。
  その第1の原因は、4月9日の症例を口蹄疫だと確認することが県の家畜保健
衛生所ではできなかったことです。その理由は

 1.感染数が一頭だったために、下痢、発熱などを呈する類似の感染症が疑われ
た。
  2.感染数が2頭となったのが5日後の16日であり、結果論的にはそこまでに
感染拡大しており潜伏期間だったわけだが、現場でそれを口蹄疫だと確認するこ
とは不可能に近かった。
  3.16日に宮崎県の家保で検査にかけるが、宮崎県の検査施設では判定が困難
で、東京の動物衛生研究所に送ったのが19日だった。
  4.20日に動物衛生研究所で口蹄疫と確認。

 この間実に11日間ですよ・・・。3月下旬にも疑わしき症例報告があります
から、たぶん4月20日までに優に初動20日間はロストしています。なぜこの
ようなことが起きたのでしょうか。
  今や、原因ははっきりしつつあります。

 まず、疑わしき症例を県家畜保険衛生所(県家保)に持って行き、そこから更
に国の検査機関である動物衛生研究所に行くという回り道をしたからです。
  複数頭発症しなかったので5日置いたのはいたしかたがないとしましょう。し
かし、県で3日間検査して分からず、そして国へというまだるっこさがこの初動
制圧を妨げました。ここで素朴な疑問が浮かびます。初めから国に検体を持って
いけばいいではないですか。

 こんな30万頭にのぼる殺処分を出し、宮崎県に数千億円の被害を出した巨大
伝染病は、国が検査し、防疫の指揮を取り、処分も国が行うって思っていません
でした?

 ノンノン、そうではないのですよ。今の国の家畜伝染病予防法や家畜伝染病防
疫指針はそうできていないのです。国はまず県にその防疫の主体であることを任
せています。国は「協力」と「支援」関係でしかありません。今、種牛で問題と
なっている殺処分に至っては、なんと家保の獣医が判断して農家が自分でやれ、
と。家保は「協力する」だけだ、と。おいおいではありませんか。

 地方分権?馬鹿言ってはいけない。財源なき地方分権は、単に国の責任逃れで
す。小泉改革でズタボロになっている貧窮問答歌状態の地方自治体にこんな巨大
パンデミックを受け止める力があるわけがないでしょう。
  だから口蹄疫判定の遺伝子検査機材がなかったのです。全国の都道府県で、口
蹄疫の遺伝子検査ができる県などどれだけあるのでしょうか。

 たとえば、殺処分した家畜を埋めたくとも土地ひとつにしてもないわけです。
では防疫指針どおりに「農家の責任で処分する」ために農家自らが買うのでしょ
うか?そんな金が被災農家にあるはずもありません。国有地にといっても、現実
には近隣の人の了解やらなんやらでこじれにこじれて、航空自衛隊の基地に埋め
るかなどという仰天案もあったようです。そして待機患畜が万単位でて、感染を
拡大し続けました。
  また、川南町を通る国道10号線は、川南町から感染を拡大するルートになり
ました。このようなパンデミックにおいては、飼料運搬車などの関係車両だけで
はなく、韓国のように一般車両までふくめて徹底的な消毒が必要です。最悪な事
態では、国道の交通統制が必要です。これは国交省の管轄ですので、そのような
ことはできませんでした。前原さん、シラっとしてますが、あなたにも責任の一
端はあるんですぜ。

 なにより、口蹄疫の侵入ルートを遮断したり、消毒したりすることは国や他の
自治体とも関わり、単一の地方行政が出来る権限の域をはるかに超えています。
  私は口蹄疫は国家が一括して所管すべき伝染病だと考えます。これが口蹄疫被
害先進国の英国の出した教訓でした。これを変に法律的にだけ地方自治体に責任
を分けて、しかも国が最終的に握っていたいなどと思うねじれがあるからおかし
くなったのです。農工大白井教授がおっしゃるようにまさに「地方自治体にだけ
責任を押しつけるのは負担が大きすぎる」ことなのですから。 (本シリーズ続
く)

 追記 私のブログ「農と島のありんくりん」は宮崎口蹄疫事件を追い続けて50
回を超えました。よろしかったらこちらもご覧ください。
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/

        (筆者は行方市・農業者)

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