~宮崎口蹄疫事件を検証する 第2回~

■ 農業は死の床か再生のときか 濱田 幸生

宮崎口蹄疫事件を検証する(第2回)~東国原知事の功罪~


◆東国原知事の特異な位置


誰しもが感じる事でしょうが、もしこの事件において彼が県側の最高指揮官で
はなく、「あたりまえ」の霞が関官僚あがりの知事だったのならば、まったく違
った展開となったことでしょう。氏は県民の支持率95%という驚異的な数字を
背景にして、大災害に見舞われた宮崎県民を団結させました。

その意味において、氏は類まれな力量を発揮しました。たぶん氏なくしては、こ
の事件を語ることすらできないでしょう。かつてのちっとも面白くないコメディ
アンとしての道をスキャンダルで頓挫した後に、早大に社会人入学し地方行政を
学び、県知事に打って出るというキャリアはなまじの東大卒、自治省あがりの知
事らにないギラギラしたパワーを感じます。私自身、わが県の4期目の県政と引
き比べて、新鮮味をかんじていました。

そんな彼は宮崎県民の信用を失墜させた「自民党総裁要求事件」に現れている
ように、宮崎の「田舎知事」に安住していることに飽きていました。もし、この
忌まわしい口蹄疫事件がなければ、この参院選で「そのまんま新党」でも作った
ことでしょう。彼が望んだのは国政という大きなステージの中のキーパーソンで
成り上がることだったようです。

後の口蹄疫事件でたびたび現れる国との軋轢は、宮崎県を守るという純粋な意
志によるものとはややはずれた、彼の個人的な政治的野心から出ていると見られ
てもしかたがないことが多かった気がします。

 たぶん今回の口蹄疫事件での知事の最大のミスは口蹄疫を甘く見たことです。
彼は自分が就任直後の2007年に発生したトリインフルエンザを抑え込んだこ
とに自信をつけていました。ちなみに、当時多くのマスコミを引き連れて発生現
場を闊歩する知事に、私の地元家保の獣医が、「馬鹿じゃなかろか。あのマスコ
ミ車両で感染拡大したら損害賠償は知事に送れ」と言ってたことを思い出します。
このような、「危機における強いリーダー」の過剰演出とパーフォーマンスの
習癖は、今回の口蹄疫事件でも拡大再生産されていきます。

そして、もうひとつ2000年に宮崎で出た前回口蹄疫の処理が、わずか35
頭の殺処分で済んだことも成功イメージとしてありました。だから、前回有効だ
った防疫指針どおりに確定直後に県対策本部を立ち上げ、発生地から10㎞まで
家畜を動かせない移動制限区域に、そして10~20㎞までを搬出制限区域に設
定し、関係車両を消毒し始めました。まさに国の定めたマニュアルどおりです。
ここが後に県知事をして「国の防疫指針どおりにやったのになにが悪い。悪いの
は国のほうだ」という主張の論拠になっています。しかしこの知事の主張は半分
正しく、半分間違っていました。

マニュアルどおりというのは正しいし、防疫指針も昭和24年に作られたよう
な家伝法も旧態依然たるボロ家でしたが、現場指揮官としての大きな見逃しをし
でかしていました。知事が見逃した大きなほころびはふたつありました。ひとつ
は感染確定の4月20日以前に、ウイルスが多方面に車両や人などを介して広範
に持ち出されていることを見逃したことです。

ウイルスが確定以前に持ち出されたこと自体は致し方がない側面があります
が、この確定段階ですかさずその飛び火の規模やルートを調査すれば、アウトブ
レイクはなかったとまでは言えないにしても、はるかに小規模で終息したことで
しょう。これは発生点からの発生動向調査を怠ったことと、消毒対象を畜産関係
車両に限定してしまったことが原因です。そしてもう一点は、27日の県畜産試
験場での豚の発症の重大性を認識していなかったことです。豚という増幅家畜を
通して、川南地域のウイルス濃度は飛躍的に高まっていきました。

これら二点に関しては、大事なことですので別稿で詳述します。ここでは、知
事の対応のみにふれます。
では、知事は確定判定が出た4月20日に何をしていたのでしょうか。午前1
1時に開かれた定例会見ではもっぱらくだらない新党ラッシュの話に終始しまし
た。質問しているマスコミに口蹄疫の恐ろしさの認識が皆無だったのは当然とし
て、肝心の指揮官たる知事にすらその認識がなかったのです。ここで口蹄疫初動
上もっとも重要な数十時間が空費されました。知事が事態の深刻さに気付いたの
は翌日21日の県対策本部でのことでした。ここになって知事はようやく「10
年前とは違う全身全霊で蔓延防止を」と呼びかけます。

どうもこの人のオーバーな表現が気にかかりますが、「全身全霊」とまで言う
なら、確定当日の20日を丸々1日間棒に振ったことを問われるでしょう。26
日には県議会で、自衛隊出動を求める議員に不要であると回答し、翌27日には
口蹄疫陳情で上京するかたがた新党に挨拶に出かけています。ほんとうに知事が
状況を把握していたのか、「全身全霊」であったのか首を傾げたくなります。彼
の行動のおかしさは、5月に入りいっそう増幅していきました。これが今回の口
蹄疫事件の最大の失敗である埋却地不足による処分の遅滞と、種牛問題のダブル
スタンダード問題でした。

 なお言うまでもありませんが、政府は事実上5月12日の現地対策本部ができ
るまで何もしていません。マヌケな疾病小委員会を4月28日に開いて県の対処
を追認したことと、あろうことか農水大臣が不要不急の外遊でどこかに遊びに行
ってしまったことくらいです。したがって、県知事をこのように書いたからとい
って、国の失敗を免罪するものではありません。


◆民間種牛事件とは


さて、テレビニュースで見た宮崎県の種牛農薦田さんはやつれ果てていまし
た。松葉杖を引いて現れ、「国家権力がやれというんだから仕方がないだろう」、
「県知事から明日10時までに処分の決心をしてほしいと言われた」と言葉少
なに語りました。今日の10時までが期限だそうです。想像がつきますか、今、
薦田さんにのしかかっている重圧を。「日本農業新聞」(7/14)には「早期
処分要求」としてこんな記事が載っていました。

「宮崎県川南町などワクチン接種地域の畜産農家の代表らは13日、宮崎県庁
を訪れ、早期に民間種雄牛を処分するように求めた。JA尾鈴畜産組織連絡会の
江藤和利会長は県への要請後会見し、「特例を求めると今後の口蹄疫対策に禍根
を残す」と県の対応の甘さを指摘した。
 
  要請書では、1.民間種牛所有者が経営する別の農場で疑似患畜が見つかってい
ることから種牛を飼育する農場も家畜が殺処分対象となる関連農場なのではない
か、2.県の防疫体制の甘さは、OIE(国際防疫事務局)の清浄国復帰の障害と
なる、と訴えている。」
一週間ほど前の薦田さんは、「この種牛がわしの命だ。これを殺されたら死ね
というのといっしょだ」と語気強く語っていました。

 それから約1週間。知事と大臣の直接対決があり、そして川南町の畜産農家を
含む畜産組合からの要請文が出ます。そして知事が決めた16日の移動制限解除
のリミットが近づきます。薦田さんは国と県というふたつの権力、16日という
タイムリミット、そして自らが住む児湯地域の同業者にまで十重二十重に追い込
められたのでした。私はこのような個人の農家に最後の決断を迫る国や県のやり
方を憎みます。農水大臣はこういう言い方をします。
  「県がワクチン拒否をして処分に応じない農家と同調しているのだから、国が
代執行せざるを得ない」。

 一方県知事はこのように切り返します。「そもそもワクチン接種は国が押しつ
けたものだ。目視検査して県所有にすれば問題がないはずだ」。東国原県知事は
このような国への申し出をする一方、種牛所有者の薦田さんには「16日午前1
0時までに処分する決断してほしい」と電話をしていました。これがほかならぬ
薦田さんの口から明らかになってしまいました。
 
  やんぬるかな・・・。このような行為を、私は背信行為と呼びます。もし、東
国原知事は持論である、「種牛は県の至宝」という主張を通したいのならば、国
に代執行をさせるべきでした。
 
  国の農水省の執行官に薦田さんの種牛を殺処分する様に立ち会い、全国にその
非を訴えるべきでした。それを前日になって腰砕けになるとは!そして弱い老人
の背中に、国との対決を背負わせるとは! 薦田さんの息子さんから「県への無
償譲渡」などという破格の条件を受けながら、その意志を継がず、最後の最後の
どん詰まりとなると豹変して、「自分で決断してくれ」と圧力をかけるとは!な
らば、初めから県所有の種牛で騒がねばいい。

そもそも宮崎改良事業団の防疫の失敗から種牛を感染させたのは県の責任ではな
いですか。10年前の口蹄疫事件の総括の中に、「種牛は貴重なので、一カ所で
飼育しないで分散飼育する」ということがあったにもかかわらず、それを履行せ
ずに今回の失敗を招きました。

 あるいは、川南の県試験場の豚感染爆発が川南地区全体の畜産を全滅に追いや
ったことと加えて、どうしてこうも県はバイオセキュリティが甘いのですか。県
の畜産施設は指導機関であるにもかかわらず、それがかくも何度にも渡って破綻
したのはなぜなのでしょうか。
  県知事はその失敗を糊塗するために、「県種牛は宮崎の至宝」という主張をし、
殺処分を政治問題化させてしまいました。これは情緒的には国民を納得させる
論理ですが、諸刃の刃でした。

 そうでしょう、この論理を延長していけば、当然薦田さんの私有種牛も処分す
るわけには行かなくなります。しかし、そうすれば、とうぜんのこととして清浄
化は先延ばしになり、知事が熱望する非常事態宣言解除という「擬似終息宣言」
を打つことができなくなってしまいます。まさに自縄自縛。そこで、薦田さんに
電話をして、「明日10時までに自分で決断してくれ」と頼んだわけです。県に
防疫上の責任を負わせ、本来国が責任をもって執行すべき処分を「代」執行する
とうそぶく山田農水大臣。自分の失敗の苦しいつけ回しをひとりの農家に押しつ
けた挙げ句、登った梯子をはずして恬として恥じない東国原県知事。このような
人たちを私たちはなんと評したらよいのでしょうか。
 
  「政治家・東国原知事」と「行政官・東国原知事」
  東国原知事は、ついに国に膝を屈しました。では何の何に対する「敗北」なの
でしょうか?それは「政治家・東国原」の敗北であって、行政官としては平常ル
ートに復したにすぎません。「行政官・東国原」氏としては、県側の防疫責任者
としてあたりまえのことをしただけです。
 
  防疫上、薦田さんの種牛を処分するのはあまりにも当然の統治行為であり、異
論の入り込む余地がありません。なにも政治家に聞かなくとも、私たちのような
畜産関係者百人に聞けば、百人同じ答えを出すでしょう。「薦田さんには心から
同情するが、処分することが正しい」と。ワクチン未接種で処分をしないまま正
常国へ復帰することなど夢想であるということくらい「行政官・東国原」氏はよ
く理解していたはずです。

 また、処分できないままの移動制限解除などありえない以上、知事が誰よりも
熱望する非常事態宣言解除もまた永遠にやってこないことも明白でした。つま
り、「政治家・東国原」氏は、「行政官・東国原」氏に移動制限解除を担保に取
られて敗北したのです。私は今回の種牛問題の本質は、東国原氏の政治闘争だと
思って見ていました。それは、たぶん以下の「そのまんま日記」(7/10)に
表明されているようなことではなかったかと思えます。

 「現地対策本部長の篠原副大臣は「家伝法の見直しの中で国の防疫権限を強化
する」「国が防疫態勢の全面に出てくるようにしたい」。また「今後のルール作
りの中に、種雄牛の扱いを規定しなければならない」等と発言されている。至極
正常・まとも・真っ当な指摘である」。この中で篠原副大臣の口を借りて言って
いることが、彼の政治目標だと私は思います。すなわち、宮崎口蹄疫事件のよう
な広域・激甚な畜産伝染病における国家権限の強化一本化のための法整備を要求
していく、いわばダシに種牛問題を使ったのです。

 清浄国復帰という壁を背中にして、種牛問題を争点化し、「ひとりの農家薦田
さんVS硬直した国家権力」という単純な図式をあえて作りだすことによって、
国の不当性をアピールする心づもりであったと思われます。そしてこの交渉の過
程で、先に述べた国家権限の強化による防疫一本化のための法整備の見直しの材
料を引き出せれば、「政治家・東国原」氏の勝利でした。私は篠原副大臣(現地
本部長)が漏らしたとされる言葉(東国原氏の伝聞だとしても)が正しいのなら
ば、政府内部でこのような見直しが俎上に乗っている可能性も大きいと思ってい
ます。

農業新聞から漏れ伝わる「家伝法の抜本的改正」などという情報は、この
あたりを指したものではないかと思われる節があるからです。この私の推測が正
しければ、知事の勝算はなくはなかったと思われます。なにぶん一度、国は県所
有種牛の処分見直しに合意してしまったという痛い腹がありますし、清浄国復帰
という至上課題のために農家の私有種牛6頭を県所有とするトリックを見ないふ
りをして容認する可能性もゼロではありませんでした。

 ただ東国原知事が見誤っていたことは、山田大臣が「悪玉」となる」ことを厭
わなかったことです。山田大臣は、もはや感情的対立のレベルにまで達した知事
との死闘を譲歩しようとはこれっぽっちも思っていませんでした。大臣は、仮に
国への権限一本化への道があるとしても、それを知事の手柄になどする気はさら
さらなかったということです。山田大臣の態度は人間味はまったくありませんが、
統治者としては至極まっとうな意思決定です。

 そしてこれは別の見方をすれば、国家の防疫方針に県が楯突くことをこれ以上
容認しえないという農水省の強い意志でもありました。かくして、16日という
制限解除日を背景にしたチキンレースは山田大臣と農水省が勝利して幕を閉じと
いうわけです。もちろん私の論評は憶測で、単なる東国原氏特有の出たとこ勝負
だったのかもしれませんが。 (この稿終わり)

            (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)

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