■ 農業は死の床か。再生の時か。   濱田 幸生

-宮崎口蹄疫事件を検証する(第3回)-~防疫方針への疑問~

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■なぜ血清学的発生動向調査がなされなかったのか?
  私がこの宮崎口蹄疫事件を振り返ってどうにも解せないことのひとつに、血清
検査が意図的か否かは判りませんが、すっぽりと抜け落ちていることです。
  なぜ、この血清学的検査が必須なのかといえば、牛が非常に長い期間にわたっ
てのウイルス・キャリヤーとなるやっかいな家畜だからです。口蹄疫の国際的標
準的手引きであるFAO「口蹄疫緊急対策」第2章の「この疾病の特徴」にはこ
うあります。

 訳出 鹿大岡本嘉六教授 (ゴチックは訳出者による。)原文はこちらからどうぞ
  http://vetweb.agri.kagoshima-u.ac.jp/vetpub/Dr_Okamoto/Animal%20Health
  /Contingency%20Plan%20CHAPTER%202.htm
  臨床症状がなくなった後、反芻動物の最大80%は持続的感染状態になる。この
状態は、「キャリヤー状態(保菌状態)」と呼ばれ、初感染から28日を越えたウ
イルスの保有と定義される。そのような持続感染は、咽頭組織と食道上部組織で
成立する。キャリヤー状態の持続時間は、宿主、ウイルス株およびその他の要因
によって異なる。報告されている様々な動物種のキャリヤー状態の最長期間は、
牛で3年半、羊で9ヶ月、山羊で4ヶ月、そして、アフリカ・バッファローで5年以
上である。
  牛が3年半にわたって口蹄疫ウイルス・キャリヤーであり続けることこそが、
OIEが陸生動物規約で血清額検査を清浄国への回復要件としている理由です。
  このOIE陸生動物規約第8・5・6「清浄ステータスの回復」の第2項には以下
の記述があります。原文はこちらからどうぞ。
  http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie/pdf/rm5fmd.pdf

2. FMDの発生又はFMDVの感染が、ワクチン接種FMD清浄国又は地域で起きている
場合には、次に掲げる待機期間のいずれか一つが、ワクチン接種FMD清浄国又は
地域のステータスを再取得するために必要とされる。
a) FMDVの非構造タンパク質に対する抗体を検出する血清学的サーベイランスが、
ウイルス循環がないことを証明している場合であって、摘発淘汰政策、緊急ワ
クチン接種及び第8.5.40条から第8.5.46条までに基づく血清学的サーベイランス
が適用されているときには、最終症例後6ヶ月間
  ところが、今回の事件において血清学的発生動向検査はおろそかにされ、目視
検査で済まされてしまいました。これは宮崎県の7月21日のプレスリリースに
も明らかです。
  県内の全ての牛、豚飼養農家を対象にした清浄性確認検査を下記のとおり実施
する。

  1.期間  7月22日(木曜)~8月11日(水曜)
   2.対象  県内で飼養されている全ての牛・豚
    対象戸数 約7,700戸(牛 約7,200戸、豚 約500戸)
        ※直近の清浄性確認済み農家を除く
   3.方法  牛(肉用牛、酪農)については、農場巡回による目視検査、
        豚については、管理獣医師等の目視検査または電話聞き取り

 目視検査と電話聞き取りですか。論評したくなくなります。聞くところによれ
ば、申し出た農家からのみの任意の聞き取りだったということすらささやかれて
います。
  口蹄疫において、臨床に携わる獣医師が口を揃えて言うとおり口蹄疫の初期症
状を発見することは非常に困難です。

 私は獣医師でもなんでもありませんので、症例写真を見てのことに過ぎません
が、発症第1日目の患畜の牛の舌の水疱はわずかでしかありません。食欲の減退
やよだれも他の病気と重複するものです。

 この段階で口蹄疫だと診断できなかったとしてもそれは獣医師をせめられない
と思います。現に、今回の第6例では、他の牛に感染が認められなかったために、
診断が遅れました。やむをえないところです。
  また、幸か不幸か、口蹄疫は第10日目以降から急速に自然治癒してしまいま
す。当然症例の痕跡も速やかになくなっていきます。これをどうやって発見しろ
と言うのでしょうか。ましてこれだけ大量に作り出してしまったワクチン接種家
畜に対して、血清調査なしでどのように過去に本当に発症していたかもしれない
個体と判別できるというのでしょうか?

 まずはこの血清動向調査を4月(できうるならば3月)から強力に組織的に実
施していれば、感染拡大の局面は大きく異なったはずでした。百歩譲って、初動
における混乱期はいたしかたがなかったとしても、それと違ってワクチン接種後
の血清動向調査は、今後の清浄性の最大の担保であったはずです。

 清浄確認とは輸出を急ぐためでも、ましてや終結宣伝の日程から逆算されて決
まるものではありません。あくまでも口蹄疫ウイルスの脅威が、完全になくなっ
たことを意味します。それが発症はもとより、家畜、なかでも牛に存在する3年
半という潜伏期間の可能性を完全に断つこと、これが清浄化への王道だったはず
です。それこそが、ほんとうの意味での「畜産王国宮崎の復興」の資産であった
と思います。

 山田大臣が強力に押し進めたワクチン接種と殺処分、そしてその陰にあった血
清学的動向調査の抜け落ちは、OIEへの「清浄国ステータスの回復」の申請と
いう政治目標ありきで進められた拙速であったような気がしてなりません。今一
度、終結宣言が出た今こそ立ち止まって静かに検証すべき時ではないでしょうか。

■なぜ、ワクチン接種して全頭殺処分方針となったのか?
  先だってのえびの市での疑似症例は、ちょっとした騒動になりました。全国紙
ですら1面に報道したくらいです。それは終結宣言が出たばかりということもあ
りますが、皆一様に抱えていて、しかし言いずらい不安のトゲがあったからでし
ょう。
  それは「まだ潜伏しているのではないか」という不安です。それはキャリヤー
家畜かもしれないし、堆肥かもしれない、あるいは野生動物かもしれない。
  それをあえて呑み込んで進まねばならない、それは農家としてはまっとうなこ
とではあります。民百姓は、お国から言われる通りやるべきことはすべてやり尽
くしましたからね。

 移動制限だ、消毒ポイントだ、セリ市の中止だ、消毒の徹底だ、果ては家族の
ような家畜まで殺し、泣きながら埋め、さらにはまったく症状の出ていない家畜
までワクチンを打ってから殺すまでしました。
  しかし、お国の判断が皆正しかったかは別です。清浄化確認をもっと徹底して
よかったのではないでしょうか。もっと徹底したサーベイランスがあれば、えび
の市でなにかあってもびっくりはしませんでした。
  血清検査はコストがかかるらできないという意見もありました。そうですか、
ワクチン接種してから殺処分、埋却処分するほうが、血清学的検査より金がかか
らないですか?
  そのように私が言うと、清浄化確認とワクチン接種⇒殺処分問題は別だ、とい
う声が聞こえてきそうですが、私には一緒に思えます。
  あの時を境にして、今までの殺処分に対するいわば「やむを得なさ」のタガが
はずれ、「殺すためにワクチンを打つ」という転倒が始まりました。緊急ワクチ
ンなどしょせんは時間稼ぎでしかないものを、まるでこれ以外ではくい止められ
ない、そしていったん打ったら最後、殺処分は当然であるという「空気」が作ら
れました。
  ワクチン接種⇒殺処分に東国原知事は非常に懐疑的でした。今になると知事の
言動は納得できます。まさに知事がおっしゃるように、今後ワクチンを接種して
から殺処分にすべきではありませんでした。
  種牛問題でも同じです。陰性が確認できればよかったのではありませんか。し
かし当時の状況の背景には、ワクチン接種⇒殺処分があり、民百姓は自分の家畜
をワクチンを打っては殺していました。それも十数万頭の数で!この壮絶な「空
気」の中で、知事ひとりが防疫原則を無視して横車を押していると見えたのです。
  たぶん知事はお国の強力な圧力の前に泣く泣くワクチン接種⇒殺処分を飲まさ
れたのだと推察します。
  では改めて、OIE陸生動物規約第8・5・6「清浄国ステータスの回復」の2項
を見てみましょう。
   http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie/pdf/rm5fmd.pdf

2. FMDの発生又はFMDVの感染が、ワクチン接種FMD清浄国又は地域で起きている
場合には、次に掲げる待機期間のいずれか一つが、ワクチン接種FMD清浄国又は
地域のステータスを再取得するために必要とされる。

a) FMDVの非構造タンパク質に対する抗体を検出する血清学的サーベイランスが、
ウイルス循環がないことを証明している場合であって、摘発淘汰政策、緊急ワ
クチン接種及び第8.5.40条から第8.5.46条までに基づく血清学的サーベイランス
が適用されているときには、最終症例後6ヶ月間
  このOIE陸生動物規約8・5・6のどこに、まず緊急ワクチンを打てとか、殺処
分にしろとか書いてありますか?
 
あくまでもOIEcord8・5・6に書いてあるのは、まず血清学的サーベイランス
(発生動向調査)をしなさいということです。
  その血清学的検査の結果を見てから、陰性ならば摘発淘汰(殺処分)するか、
あるいは、緊急ワクチン接種を決めなさい、ということだけです。
  ところがお国は、この血清サーベイランスの前提部分を吹っ飛ばして、いきな
り、本来はサーベイランスの後に出てくる選択肢でしかない緊急ワクチン接種を、
「これしかない」戦略に祭り上げてしまったのです。
 
緊急ワクチンはしょせん単なる戦術に過ぎません。血清学的サーベイランスの
実施こそが、OIEの大前提であって、これをせずにいきなり小戦術でしかない
緊急ワクチンをしてしまい、結果、本来殺さなくともいいはずの陽性家畜の屍の
山を築いたのです。なんと愚かな!
  初期の時点から、血清学的サーベイランスを徹底しろと声を枯らしていた鹿児
島大学の岡本嘉六教授などの意見はふり向かれもせずに、現場にいない東京の偉
い学者と農水官僚、そして政治家が、緊急ワクチンして殺せという方針を降ろし
たのです。
 
本来は、PCRや抗体検査で陽性になった家畜だけ摘発淘汰すればよかったの
です。口蹄疫に罹った家畜のみ処分すれば済んだのです。それを大金をかけて馬
鹿げた規模で緊急ワクチンを接種したあげくは、罹患してもいない家畜まで殺し
まくったのでした。
 
血清学的サーベイランスさえしておけば、助かった牛豚がどれだけいたことか!
それを今になって血清学的検査はコストがかかるなどと、馬鹿も休み休み言っ
ていただきたいものです。最も安価で、最も確実な方法こそが血清学的サーベイ
ランスです。
 
そしてもう一点。早期清浄国復帰が「国益」だなどと言う風潮がありますが、
ほんとうにそうでしょうか?確かに口蹄疫発生と同時にOIE規約により牛豚肉
の国際貿易は停止したままです。
  しかしそれは正確には清浄国への輸出だけにすぎません。香港には4月30日
から、マカオには5月11日から既に制限区域外からは輸出されています。

 では、逆に非清浄国から輸入が激増しましたか?農水省はこのことをやたら心
配しているようですが、していないはずです。なぜなら、それは二国間交渉のデ
ーブルに乗せて決定することだからです。
  もう日本は清浄国に復帰する意志がないならば話は別ですが、そうでない以上
優秀なネゴシエーターの農水省官僚が二国間テーブルでゴネている間に清浄国復
帰が完了してしまいますよ(笑)。(このシリーズ続く)

    (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)

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