~放射能の雲の下で生きる~飯館村の奇跡~

■ 農業は死の床か再生のときか             濱田 幸生

放射能の雲の下で生きる~飯館村の奇跡~

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■放射能の天敵とは。放射能は最強ではない
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  生物学者の福岡伸一さんと阿川佐和子さんの対談集「センス・オブ・ワンダー
を探して」という本を読んでいます。生物学者は掃いて棄てるほどいますが、福
島さんが面白いのは、「知るということは大切じゃないよ。まずビックリする気
持ちが大事なんだ」と言ってしまう人だからです。ビックリする気持ち、うわー
と感動する心があって、初めて世界が見えてくるんじゃないのかな、と福岡さん
は言います。
 
  いままでの科学者たちの生命認識は、DNAなどが精妙に組み合わさったパー
ツだと考えてきました。だから、虫などをせっせと磨り潰して、そのパーツを探
そうとしてきたんですね。生命原理は実は精密器械みたいなメカニズムなんだ、
というのが今のおおかたの科学者の見方です。そのような考えの先には、遺伝子
だけを抜き出して別の生命体を作ってしまおうという遺伝子組み換え技術が生ま
れたわけです。

 そうかなぁ、と福岡さんは思ったそうです。ちょっと昔の科学者はもっと柔軟
でした。たとえば、福島さんが敬愛してやまないバージニア・リー・バートンの
「せいめいの歴史」では、地質学者と古生物学者、そして文学者までもが集まっ
て、地球誕生と生命の歴史を考えています。しかし今の科学者たちは細分化され
た小さな箱に入って自分の世界の分野だけしか見なくなりました。あまりにも専
門化が進みすぎて、異業種交流がまったくといっていいほどなくなってきてし
まったのですね。
 
  福岡さんは、たとえば手首の曲がる角度が疑問だったそうです。手首がなんで
ある角度以上曲がらないんだろうかって。あんまり生物学者が考えそうなこと
じゃないのが面白いですね。答えは、人間は何かを支えるために手首を曲げた時
は、別な部位でその力を分散させる仕組みがあるからです。たとえばグッと掌に
力が乗ると、身体が伸びてしなり、足が後ろに伸びて三角形で支えるようになり
ます。
 
  手首だけ見ていても分からないんです。身体「全体」をみないと。それがどの
ように有機的に連携しているのかを見ないと判りません。こんなふうに一部だけ
みていても、「全体」は見えないのです。科学にはうとい私も最近起きたあるこ
とでなるほど、と思いました。「あること」とは土中の放射能残留問題です。い
きなりシリアスになったと思わないで軽く聞いて下さい。

 3.11に放射能が降って土中に残留しました。それをどかさないと大変なこ
とになると多くの人は思いました。土中の放射能がガンガンと作物に吸われちゃ
うと思ったからです。あるいは、地表を通過して放射線を出てしまって、ずっと
空間線量が下がらないんじゃないか、などとも心配しました。そして8か月たち
ました。あんがい作物は吸っていないことが判ったんですね。たくさんの種類の
野菜や米を計っても出ないんです。

 出ても検出限界以下のごく低い数値でした。福島県などは5ベクレル以下です
ね。逆に、今回の福島県の暫定規制地を超えたようなケースはすごく稀で、ある
共通点があることも分かってきました。どうしてなんだろう、と私たちは思いま
した。セシウム半減期は30年だとか言われてきましたが、実際はもっと早いス
ピードで放射能は減少し続けているようだし、植物はなんらかの土中の働きで移
行できないんじゃないか、と考えられるようになってきました。こんなことどん
な本にも書いてないですよ。
  だって、広域にばらまかれた放射能なんて、広島、長崎そして核実験場を除け
ば、ウクライナ、ベラルーシとわが国しか実例がないのですから。研究している
学者がほとんどいないんです。福島の事故以来発言している学者の多くは、放射
線の専門外の原子炉の専門家が大多数でした。この人たちは、原子炉にはくわし
いでしょうが、放射能が地中でどんなふうになっていくのかなんてまるで素人で
した。おそらく考えたこともなかったと思います。

 だから、除染をせねばという段階になって言うことは決まって、建物や道路は
高圧放水で洗い流せ、土は削り取れでした。原子炉の専門家に取って除染は、せ
いぜい研究所の中の除染ていどまでしか考えが及ばなかったからです。ここでも
福岡さんが言う、高度に専門化が進みすぎていて、「全体」が見えていなかった
わけです。では、土中のセシウムは実際にどういう動きをしていたでしょうか。

 セシウムという放射性物質は、意外なことに最強の存在ではなかったのです。
降ったら終わりではなくて、降ったらたちどころに、土中の色々なものよってこ
ずきまわされ、はがい締めにされ、あげくは牢屋に入れられてしまうことがわか
りました。セシウムは、まず粘土によって電気的に吸いつけられて動きがとれな
くなります。粘土分子に粒々がつくようにして粘土の組織構造の中に吸着されて
いきます。

 堆肥の腐植物質(*木の葉などが発酵分解してできた物質のこと)もピタピタ
とセシウムを電気的にくっつけていきます。それでもその電荷から逃げ出したセ
シウムには、それこそ無数いる土中地虫の諸君やそれより小さいバクテリア、そ
して微生物までがわらわらと食べに来ます。正確に言えばセシウムを食べるので
はなく、セシウムがいる栄養分がある土を食べたら中にセシウムがいただけなん
ですがね。一部は排泄されますが、それはより下位の生き物が食べていき、また
その排泄物は・・

 という土中食物連鎖にセシウムも取り込まれていきます。ちなみに「放射能を
食べる特殊な微生物」などというエリート集団ではなく、そんじょそこらにいる
地虫や在住の微生物です。それでもまだ逃げ回っているけしからんセシウムに
は、最後に恐ろしい仕置きが待っています(←鬼平か)。それが堆肥の素材でよ
く使われていたゼオライトです。ゼオライトは粘土の天然素材なのですが、この
分子構造が特殊なのです。

 分子の隙間(キレートと呼びますが)、そこの寸法が嘘かまことかセシウムに
ピッタリだったのです。ですからセシウム分子は、そのキレートからコロコロと
中に入っていってしまいます。そしてセシウム分子が入ってしばらくすると、な
んとそのキレートの隙間はゆっくりと閉まっていくらしいのです。これをシーニ
ング現象と呼びます。そしてやがてそのセシウム監獄と化したゼオライトのキ
レートの入り口はピッタリと閉じて牢獄の完成です。

 これがセシウムの物理的吸着という現象です。この物理的吸着のほうが、電気
的吸着より強く長くキープできることもわかってきました。こうして、これらの
通常の粘土、腐植物質、各種の地虫、微生物、ゼオライトなどの土中の生物、無
生物の曼陀羅の中に放射性物質も封じ込められてしまうのです。このようなこと
は放射性物質だけを見ていても判りませんでした。ここに落とし穴があったのです。

 放射能は万能ではありません。最強でもありません。彼らには天敵がたくさん
います。ただその天敵が学者の研究室にあまりいないからです。なぜなら、あま
りにもありふれたそこいらの地虫であり、土中微生物であり、珍しくもない粘土
であり、ゼオライトだったからです。
 
  自然生態系という曼陀羅は、放射性セシウムを自然界の一角として包み込み、
悪さをしないように包み込んでしまうのです。私は自然の回復力を信じるように
なりました。それは放射能の恐怖よりはるかに大きい生態系の理(ことわり)の
中にしかセシウムも生きられないということに気がついたからです。これが私の
希望です。

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■飯館村の奇跡。耕し、堆肥を入れ、種を蒔き、収穫する
  という営みの中で、放射能は急激に減少していた!
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  飯館村は今、元の薄の野原に戻りつつあるそうです。ほとんどすべての畑が耕
作できない状況になったからです。若い人や子供を持つ夫婦は避難してしまいま
した。残ったのは、もう誰がなんと言おうと、動かない。「死ぬのは生まれた村
だ」と心に定めたご老人ばかりです。そのご老人は、畑を耕します。あたりまえ
に日課として、土をいじり、種を蒔き、枝を選定し、土を寄せ、追肥を与え、収
穫していき、食膳に乗せるのです。

 そのようなわずかに残った老人夫婦の農地だけが、ポツン、ポツンと飯館村に
は残っています。まるで大海に浮かぶ孤島のようです。この孤島にも子供や孫が
休日に心配して見舞いに来ます。すると、ジジィやババァのほうが日焼けして元
気一杯です。そして土産に沢山採れた野菜を持たせました。しかし、その大部分
が高速道路の休憩所で棄てられてしまったそうです。

 子供たちに悪気はありません。ただそれを子供には食べさせられないという一
心です。ご老人はそれを知っても、また笑って土産にします。「ほら、今年の枝
豆は丸々としてうまいぞ。孫に食わせろ」。そんなことが続いたある日、この土
産の老人の作った野菜を放射能測定してみたのだそうです。すると、ND!検出
せずです!驚いて、ご老人の畑や田んぼも計ってみました。もちろん放射能は検
出されましたが、想像するような数万、数千ベクレルではなく、はるかに低い線
量だったのです。

 耕し、また耕し、堆肥を入れ、種を蒔き、収穫するという営みの中で、放射能
を急激に減少させていたのです!中島紀一茨城大学農学部教授の科学的解説で
は、このようなプロ
セスがあったと思われます。
(1) 地中の粘土質がセシウムを電気的に吸着した。
(2) 堆肥の腐植物質が吸着した。
(3) 土中の微生物や地虫が取り込んだ。いったん微生物が吸収した放射性物質
は根から吸収されにくくなる。

 これにゼオライトなどの物理的吸着をつけ加えれば、もっと効果的でしょう。
このような地中の営みによって、植物の根からの放射性物質の吸収は大きく妨げ
られたのです。この飯館のご老人の話は、私たちの経験と重なります。3月から
4月中旬までは空間線量が高かったために野菜は外部被曝をして、それなりに高
い線量でした。

 しかし、私たちもまたこの春、種を蒔きました。種を蒔かない、稲を植えない
春は考えられなかったからです。そして土壌線量も計っていきました。3月期に
500ベクレルを超える数値を出した農地も、この秋に改めて測定してみると
100ベクレルを切る数値にまで減少しています。農業をすることで確実に土壌
放射線量は落ちるのです。

 そして今、新たな爆発がないならば、土壌線量は空間線量を規定しますから、
環境放射線量自体も下がっていきます。こんなコロンブスの卵を、日本の学者は
教えてくれませんでした。いったん被曝したら、もうダメだ。土を剥げ、一カ所
にまとめて覆いをしろ、フィルターをつけて燃やせ、そしてもっと高い線量地域
では逃げろ、耕すなどもってのほかだ、と言いました。

 それはやはり誤っていたのではないでしょうか。除去して、逃げるだけでは解
決できません。削り、棄てる、隔離するというだけではなく、まっとうな人の営
み、土の営み、虫の営みに委ねてみてはどうなのでしょうか。そんなことを改め
て考えさせられました。

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■福島市で暫定規制値を超えるコメが発見された。
  事前にホットスポットを見つけ出さなかった失敗だ。
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  福島市大波地区のコメから暫定規制値を超える630ベクレルの放射線量が検
出されました。今まで、出荷前の予備検査と出荷後の本検査と複数回の検査をし
たにもかかわらず基準値をうわまわったものが発見されたことになります。

 大波地区は福島市東部の山間地にあり、山林に沿って小規模の田んぼが散在す
る地域です。この基準値超えを出した地点は、林に囲まれた川沿いの地形です。
谷津田と私たちが言っている地形だと思われます。この地形は、500ベクレル
のコメが検出された福島県二本松市の地形によく似た地形だそうです。

 二点ほど指摘しておきたいと思います。まず第1点ですが、このような山間地
の山林に接する水田の「水口」(みなくち)、つまり取水口付近は山林の放射性
物質を帯びた落ち葉が流入して汚染度が高い場合があります。新潟大学農学部土
壌研究室・野中昌法教授研究室が、9月16日、24日の稲刈り前に行った調査
結果をご覧ください。(資料1参照)採取場所は森林から沢水が流入する水口、
その下の中央部、そして水田の終末部分の水尻です。

○B地点の土壌放射線量
  ・水口・・・・4500bq/㎏
  ・中央・・・・1900bq/㎏
  ・水尻・・・・1200bq/㎏

 水口付近は付近の山林から流入する放射性物質を帯びた水によって汚染度が高
く、下の中央部、水が出ていく水尻では徐々に低くなっているのが分かります。
明らかに、今回の暫定規制値を超えた水田は沢水が流入する地点にあり、ホット
スポットだったであろうことは間違いありません。おそらくは土壌を計測すれ
ば、土壌暫定規制値を超える5000ベクレル超の測定値が出るはずです。

 また、土質が粘土質ではなく、水口にありがちな砂地だったそうです。粘土質
の土壌と違い、砂地はセシウムを結着しないのです。次に2点目ですが、なぜこ
のような明らかに危険だと思われる地点が事前にスクリーニングで発見できな
かったのか、という計測方法の問題です。(資料3参照)

 国の計測指導方法は誤っています。市町村単位で合併前地域ごとに数カ所採取
するわけですが、この地点はおそらく重点検査地域だったと思われます。にもか
かわらずなぜ検査で引っかからなかったのでしょうか。おそらくは、ホットス
ポットとおぼしき地点を測定せずに、たぶん水田中央部で計測してしまったのです。

 厚労省監視安全課は、「予備検査と本検査で何カ所も調べ、すべて規制値以下
だったのに、なぜ今ごろ規制値を超えるコメが出るのか。消費者の信頼を得るに
は、いったん出荷停止とし原因を究明する必要がある」。(毎日新聞)などとと
ぼけたことを言っていますが、ホットスポットがいかなる地点で生じるのか、
まったく無知だったとすれば、監視安全課の看板など棄ててしまいなさい。不勉
強にもほどがあります。

 私たちは、周囲を山林に囲まれた山際の水路がある地点をあえて選んで計測し
ています。機械的に地域をメッシュで割って計測してみてもホットスポットは見
つかりません。計測する目的は、安全宣言を出すためではなく、逆に危険な地点
を探し出すことだったはずです。出そうもない場所を選ぶ心理はわからないでは
ありませんが、そのような気持ちが今回のように出荷が始まって安全宣言を出し
た後に見つかるという最悪の事態に繋がったのです。ホットスポットは限られて
います。私たちがホットスポットと考えたのはこのような地点です。

・舗装された道路や森林からの水が流れ込む水口
・ハウスの周辺部
・森林との境
・森林の風雨が当たる前衛の立ち木の根付近
・樹木の皮
・耕耘していない土地
・草地あるいは牧草地
・雨樋の出口付近
・側溝と汚泥

 このような場所を重点的にスクリーニングすれば、必ずホットスポットはあぶ
り出せます。見つかれば、その地点を徹底的に放射能除去作業をすればいいので
す。今回のことを教訓に、「スクリーニングはホットスポットを見つけ出すため
のもの」という目的を徹底しましょう。二度とこのようなことを繰り返さないた
めに。

(筆者は茨城県・行方市在住・農業者)

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