~放射能雲の下で生きる~

■ 農業は死の床か再生のときか             濱田 幸生

   ~放射能雲の下で生きる~
───────────────────────────────────
 昨日は台風くずれの大雨でした。今日もダダ降りです。朝からご丁寧にも雷ま
でなっています。私たちの仕事は傘をさしてオツにすましていては仕事にならな
いので、カッパに野球帽という格好でやることになります。実際には、ある程度
以上の強さの雨ですともうずぶ濡れですね。3月か4月でしたら、さすがの私も
いやーな気分だったと思います。


◇最初の放射能の被害者は私たち農業者なのです


  ご近所の観測点で0.21マイクロシーベルトとか計測されていては、やはり
ノンシャランではいられなかったでしょう。雨は放射能(*)対策の鬼門ですか
らね。一般の方にはあまりわかって頂けていないようですが、農家はおそらくは
すべての市民の中で真っ先に被曝します。(←この被曝っていう字なんとかなら
んか。まるで原爆を被爆したみたいじゃないか)放射性物質が降下した作物をじ
かに触る、表土に触る、トラクターでうねって粉塵を吸い込むなどと、放射性物
質と接触しまくっています。
  しかも悪いことには、ふつうの市民より野外にいる時間がはるかに長いために
放射線に暴露したり、放射性雨に打たれたりする機会が多いのです。だから私は
農家こそが放射能に敏感にならなければならないと思っています。不必要に怖が
る必要はありませんが、正しい放射能知識を身につけないと自分だけではなく家
族まで危険にさらす可能性があります。ここが、放射能問題を簡単に風評被害一
般で語れない理由です。

 私たちもつい目先の経済的打撃のほうに目がいってしまって、補償問題 や売
れる売れないの問題に限定しがちですが、自らの健康にはねかえる事として捉え
ないと危ない。農業者は、風評被害に拘泥するあまりつい放射能被害を低く見る
側につきたがります。すべての低レベル放射線も危ないなどと言うと、経済的自
殺行為だからです。セシウムもすぐに体外排出されますから大丈夫ですよ、など
と消費者に言いたくなるのも気分としては分かります。
  しかし、ほんとうにそうなのかどうなのかは私にも分かりません。しかし、い
ずれにせよ真っ先にやられるのは私たち農業者だと心しましょう。もうかなりの
団体で始まっていることですが、まずは農業団体で簡易計測器を共同購入して作
物や表土の数値を知ることです。これには土壌分析の手法が役に立つでしょう。
畑の四方と中央から表土下5センチ程度をすくい取って検査器にかけます。野菜
は洗わずに外葉をはずさずに計測します。洗ったり外葉をはずしたい気持ちは重
々理解できますが、目的は「正しい現実を知る」ことで、消費者向けアピールで
はないのです。トラクターはロータリーの刃にこびりついた土を調べてみます。
  また天候によっても左右されますから、晴天と降雨の後も図ってみます。数値
が安定しているのなら安心です。後は近くの観測点の数値を照らし合わせてみま
す。空中放射線量と土壌放射線量はかならずしも一致しないのがわかるでしょう。
観測点データはあくまでも指標のひとつにすぎません。またできるのなら、自宅
の周辺も計測してみるといいかもしれません。

 飯館村に入ったNPOの人の話によると、庭も中央部より水が溜まりやすい端
の方や、家屋も雨樋の下などが放射性物質の溜まりやすい場所のようです。まず
は怖がるより客観的な数値を知ることです。いたずらに「安全だ」と言い張るよ
りそのほうが前向きなのではないでしょうか。


◇静岡県の荒茶からセシウムが検出される  ほんとうに危険なのでしょうか?


  全国で有数のお茶所の静岡藁科地区の荒茶から679ベクレルの放射性セシウ
ムが検出されました。なんと福島第1原発から直線で365㌔です。これはいく
つかの点で非常に考えさせられる事件です。まず、茶葉自体には暫定規制値が設
定されていません。短い期間で体外に排出される放射性ヨウ素と違って、長期間
残留する放射性セシウムの暫定着基準値があるのは以下です。
・飲料水・・・・・・・・・・・200ベクレルBq/㎏(*以下単位同じ・ベ
クレルは放射性物質が出す放射線量のこと・雨でたとえれば降雨量に相当する)
・牛乳 乳製品・・・・・・200
・野菜・・・・・・・・・・・・・500
・肉・卵・魚・その他・・500
で、お茶はこの「その他」に一括して入れられているというのが厚労省の見解の
ようです。まぁ、「想定外」の事態だったわけですね。お茶というのはどのよう
に放射線量を考えたらいいのか、実はとても難しい存在なのです。というのは
「お茶」とひとつくくりで言うのは簡単ですが、生茶葉から製品になり、更に実
際に飲まれるまでに形を変えるからです。

 まずこの静岡の事例は、先日の神奈川の事例とはやや異なります。どこがとい
うと、神奈川は「生茶葉」つまりお茶の葉から検出されたものだからです。お茶
は、野菜や牛乳のようにそのまま食べたり飲んだりするものではないですね。お
茶は飲用にするために「生茶葉」⇒「荒茶」⇒「製茶」の行程を経ます。今回の
静岡の場合、「生茶葉」を蒸した後に乾燥させたりする加工工程を経て出来る最
初の製品段階である「荒茶」(あらちゃ)からの検出でした。

 これはえらい違いです。生茶葉からお茶の製品にすることによって、水分が抜
けて重量は落ちますが、その分だけ放射性物質は濃縮されてしまいます。それが
生茶葉から最終製品の「製茶」になるまでに約5倍になると言われています。困
ったことには濃くなっちゃうんですよ。だから香り高くなるが、放射能だけに着
目すると始末が悪いってことになります。ということは、この静岡県の検査が生
茶葉の時にされていたら679Bqの5分の1の135.8Bqしかなかったか
もしれないわけで、当然基準値のはるか下です。

 ね、どこで測定するのかでも、お茶はぜんぜん違った数値となるという難しい
存在なのが分かりますね。難しさはまだあります。製茶になって商品となるので
すが、これを飲む時はあたりまえですが、お湯を入れますよね。すると薄まりま
す。だいたい約50分の1となるようです。ということは、679Bqの50分
の1ですから13.5Bqとなるわけです。ぜんぜん問題ない値です。これで終
わりかと思ったら、もうひとつややっこしいことがあります。暫定規制値は㎏単
位なんです。
  お茶の葉をキロ単位で使うバカがいますか。学生食堂などでデカイ薬罐で煮出
す時だって数十グラムしか使わないでしょう。普通の家庭ではたぶん大さじ1杯
ってところでしょう。お茶をキロ単位で摂取することなど、お茶のお風呂に入っ
てどんぶりでガブ飲みする人以外まずありえないことです。仮に、1回5グラム
として1日2回飲むと考えて10グラムとしましょう。現実のお茶の摂取量は基
準値の100分の1程度なものなのです。
  基準値の100分の1しか使わずに、更に水で50分の1にまで薄まるという
わけです。このように考えると、基準値の500Bqが一挙に0.1Bqまで落
ちました。では、そもそもこの食品の暫定規制値とは一体なにかということにな
ります。「その放射性物質の濃度の食べ物、飲み物を平均摂取量で1年間摂取し
続けた時の被曝量を5ミリシーベルト(mSv)として設定しましょう」という
ことから逆算された放射線量です。

 そしてこの人体になんらかの影響が出るリミットを100mSvとしました。
先日「放射能初歩の初歩」でやりましたが、ミリシーベルトの横に単位がついて
いませんね。これは年間量を表します。年間100mSvがリミットですよと言
っているわけです。なにもついていなければ自動的に年間単位だと思って下さい。
そしてそれでも厚労省は安心できないので、安全を考えて100mSvを20分
の1まで5mSvまで狭めました。しかも「1年間摂取し続けたら」という、あ
る意味非現実的な枠まではめました。
  お茶の場合は1年間摂取し続けるのはあたりまえですが、ホウレンソウを毎日
1年間とり続けるとか、魚を毎日かかさず1年間とり続けるというのは、まぁな
いでしょうな。これは食品衛生法の考え方ですが、安全基準が二重三重にかかっ
ているのが分かりますね。静岡県知事が「飲用茶なら問題ない」と断言している
のはこのようなわけです。
  お茶のような加工工程を減るものに対して、国はどの段階で検査をするのか、
生茶葉か、中間の荒茶か、それとも最終段階の製茶かをはっきりさせるべきでし
ょう。

 神奈川では生茶葉で測り、静岡では中間の荒茶で測るから混乱するのですよ。
生茶葉と決めたら生茶葉にするべきです。ところで話は違いますが、明日に詳し
く取り上げるつもりでいますが、各県で放射線測定位置が違ったそうで(もはや
爆笑)。
  宮城県では県庁の80m上の屋上、わが茨城県では30㎝の地表スレスレだっ
たとか。そりゃ数値が大きな違いが出ますよね。野菜だって洗って測定していた
県もあるかも。測定値はいったん世に出ると一人歩きをして風評被害の元になる
もの。政府も測定手順と測定ポイントをしっかり統一していただきたいものです。
そのつど右往左往する消費者や生産者はたまったものではありませんから。


◇複雑で巨大な原発風評被害を切り分けてみました


  今回の福島第1原発事故をめぐる風評被害は、まちがいなく過去に類例を見な
い巨大さでした。それはたんなる規模だけの問題ではなく、農畜産物の大半が買
い控えの対象となり、被害を被った地域も当初の福島、茨城、千葉から、いまや
神奈川、栃木までを含むまでとなってきました。また事件が起きた時期が、未曾
有の大震災の被災県を中心としていたために、被災県は二度死ぬ思いを味あわさ
れたことになります。
  現在は東関東ではようやく落ち着きを取り戻しつつあります。しかし、放射能
の影響を直接受けなかった中部、関西地方ではいまだ根強く東日本の農産物を恐
怖する「空気」は止んでいないようです。私はこの問題をいくつかに切り分けて
考えたいと思っています。

・①客観的なデータで3月15日の水素爆発以降4月にかけて放射性物質、なか
でもセシウムの降下がどれだけ、どこまでの地域に降ったのか。

・②そしてそれは地表の作物や土壌にどのうような影響を与えたのか。どのてい
ど残留しているのか、いないのか。(資料1参照)

・③低レベル放射性物質が植物に残留していた場合、摂取することによる体内被
爆はどのていどの健康に対するリスクを考えるべきなのか。

・④政府の情報の出し方は適切であったのか。正しく危険を告知するリスク・コ
ミュニケーションが取られていたのか。

・⑤風評被害が拡大するにあたって、政府はその対策を的確にとったのか。

・⑥補償にあたって、風評被害をどこで線引きし、格付けするのか、あるいはし
ないのか。

・⑦原賠審は風評被害を「食用に限る」としたが(資料2参照)、農業は観光ま
ですそ野を広げた地域基幹産業であり、そのような切り捨てはおかしくはないか。

・⑧風評被害補償はおそらくは数百億円に登り、観光などまで入れた場合さらに
巨額となるが、東電はどのようにこの支払い義務を果たすのか。
と、まぁ今考えられることを上げてみました。実はこれらを明確に答えられる人
は少ないはずです。たとえば、①の降下した放射線量や、地域は各地のモニタリ
ング・ポストから類推するしかないわけです。しかしそれはあくまでも瞬間的な
空中放射線量でしかなく、気象の動きでいかようにも変化します。たとえば当時
の気象条件て300㌔の彼方まで飛散したことか分かってきています。
  脱線しますが、昨日「報道特集」を見ていましたら、北朝鮮のピョンヤンでも
放射性物質が検出されたそうで、政府高官が「日本が流した放射能のおかげで咳
が止まらない、ゲホゲホ」と苦しんでおられました。心から同情いたします。東
電、補償しなくていいぞ(笑)。
  ②の土壌から植物への移行係数は徐々にわかってきました。これについてはで
きるだけ詳述してご報告したいと思います。ただやっかいなのは、今はセシウム
だけを注目すればいいのですが、福島県の一部で計測された半減期が非常に長い
ストロンチウム90などの場合、また対処方法に差がでてくると思われます。

 ③の低レベル被爆ですが、これははっきりと放射線医学界でも意見か相違して
いるようです。いかなる低レベル被爆でもリスクはあるとする説と、早い時期に
身体の外に排出されてしまうのでないとする説があります。また、一度に高い放
射線量を浴びた場合や年間に100~150マイクロシーベルトを被曝した場合
はは見解が一致しますが、100マイクロシーベルト以下の低レベル被曝が晩発
性障害の直接の原因となるかどうかを巡っては、線型に脅威は増すという確定論
的説と、いや、そうではなく一定以下の量では確率論だとする説があります。
  私には正直言ってどちらが正しいのか判断がつきかねます。今後もこの問題に
ついては両論併記になると思います。④、⑤はこの問題をリスクマネージメント
の一環として考えた場合です。口蹄疫もそうでしたが、日本ではこのリスク管理
がなっていません。目先のリスクコントロールにのみ忙殺されて、それをどのよ
うに「伝える」のかという情報の出し方の問題として真剣に考えられていません。
  原発事故に対して、国民が「正しく怖がる」ために、どのような情報をどのよ
うに政府が責任をもって出していくのかが、これほどまでにダメだったとはかえ
って意外だったくらいです。⑥~⑧は風評被害の補償がらみの件です。風評被害
はすそ野が広く、どこまでをそうと呼べるのか非常にあいまいな部分があります。

 たとえば村の農産品が風評打撃を受けた場合、単純に農産品だけではなく、そ
の地域もまた「汚染地域」と思われて観光に来る人は激減しました。今の福島、
茨城がまさにそうです。観光業も壊滅的打撃を受けました。それも放射性物質が
降下していない内陸部まで含めてです。観光業と一口で言っても、旅館業だけで
はなく地元の農産物を使ったお酒、菓子などの食品や工芸品まであるわけです。
それらは地場の第1次産業としっかりと結びついています。
  これらが根こそぎやられたのが今回の風評被害事件でした。私はこれら総体を
被害として見なすべきだと思っています。このように、今回の風評被害事件は複
雑で巨大です。私もどこから手をつけたらいいのか迷うほどですが、ひとつひと
つみなさまと考えていきたいと思っております。


◇小出裕章さんの言葉


  小出裕章さんという私が尊敬する学者がいます。今でこそ非常に有名になって
しまいましたが、3月12日以前にはまったくといっていいほど無名な人でした。
社会的な地位は60を過ぎられて退官が近いというのに未だ京都大学助教、つま
り助手でしかありません。そう言えば若き日の私も参加する機会を得た「公害原
論」の宇井純さんも、いい歳をして助手でした。
  おふたりは東大や京大では異端の人だったわけです。しかし、宇井さんは日本
で初めて系統的に公害研究に着手した創始者であり、小出さんもまた、今後に必
ずできるであろう「脱原子力学」の創始者でした。小出さんの本を手にすると、
ある種の感動を覚えます。これは凡百の脱原発の時流に乗った人たちの本にはな
いものです。どういったらいいのでしょうか、温かい「魂」があるのです。

 さて、先日福島から避難されている方から初めてコメントを頂戴しました。う
れしかった。その方も、今の放射能パニックを苛立たれておられました。ある人
たちは言います。福島は水俣やチェルノブイリになる。30年は還れない。為政
者までも言う始末です。福島や茨城産の野菜を食べると甲状腺障害になる。ガン
に罹る。私たち福島や茨城の人間がそこに住んでいることをわきまえない言い様
です。
  私たちのふるさとがそこにあり、住む家があり、職場があり、置いてきた家畜
があり、ペットも残されている。全財産と、生きてきた思いでのすべてがいまで
もそこにある。まだ住民たちの日常のぬくもりが残っている土地を、よくチェル
ノブイリや水俣になるなどと言えますね。言葉を慎みなさい!表面の同情づらか
ら、面白半分の顔がのぞいています。
  小出さんは放射線の危険を危険だとはっきり言います。彼の説は傾聴に値する
もので、近々取り上げてみようと思っています。しかし、今日私が言いたいこと
はその説そのものではなく、彼の心根の部分です。小出さんは、大人は福島や茨
城の野菜や畜産物を食べるべきだと言います。なぜか?

 それは私たち大人の世代が原発を作り、その恩恵を享受してきたからです。原
子力はたかだか電気を作るためのものでしかないと小出さんは言います。そのた
めにこんな大きなリスクを冒す必要があるのかと問います。「たかが電気」のた
めに、子供たちの安全や未来までもを売り渡していいのかと言います。子供の生
命は無条件に守られねばなりません。都会の消費者の人たち、特に幼い子供たち
を持つ母親の人に、ひとりの茨城の農業者として言いたいのです。
  子供は守って下さい。最小限のリスクでも回避すべきです。全身の神経を研ぎ
澄ませて、知恵を集めて子供と家族を守って下さい。そのために私たち産地が犠
牲なることは厭いません。しかし、大人の皆さんは違う。東日本の運命を共にす
る覚悟を持って下さい。あなた方の細胞は既に成長段階を終了しており、子供と
比べてリスクは遥かに少ない。

 そしてあなた方は私たち福島や茨城、新潟などの原発立地県のリスクの上に生
活をしてきました。このことを忘れないで下さい。あなた方都会の消費者は、リ
スクは拒否するが、恩恵は享受するという。そんなことが今の東日本で許される
贅沢でしょうか。子供は手厚く守って下さい。そして大人の方々は、共にこの日
本列島を覆った悲劇と戦いましょう。大人たちの責任で復興させましょう。
そして、私たちの世代が作ったこの原子力という怪物を、私たちの世代で石棺に
葬ってしまわねばなりません。


◇年齢差による放射線量の実効線量係数について


  成長期のお子さんをお持ちの方は、断固として「選択の自由」の権利を十二分
にお使いになられたほうがいいと思います。それは成長期の子供の細胞が、放射
線の内部被曝によってダメージを受けやすいからです。下に便利な表があったの
で引用させて頂きましたが、実際にどれだけの放射線量を身体に取り込んだのか
は、年齢によって大きな差が出ます。これは放射線の種類ごとに、「実効線量係
数」をかけます。
  実効線量係数はこの表の真ん中にありますが、以下年齢順には以下です。
・0~2歳までは0.18
・2~7歳までは0.10
・7~12歳になるといきなり数値は下がって0.052
・12~17歳では更に下がって0.034
・17歳以上になると0.022
  なんと乳児と17歳以上では同じ放射性物質を体内に取り込んでも(つまり体
内被曝ということですが)これだけの取り込み量の差がでるわけです。例えば、
家族で水を飲むとしますね。同じ浄水場から来る水だとして、水の暫定規制値は
300ベクレル/㌔ですね。これに先日大騒ぎになった基準値以上の放射性ヨウ
素が入っていたとしましょうか。東京のお母さんたちが一斉にミネラルウォータ
ーを買いに走った時のことを思い出して下さい。

 成人は一日なんやかやで2?近く水を飲みますから,2?に300ベクレルのヨ
ウ素が入ってきたことと仮定しましょう。すると600ベクレルですから、これ
に実効線量係数をかけるわけです。
・17歳以上成人の放射性ヨウ素の吸収量・・600Bq×0.022=13.
2μSv(マイクロシーベルト)
・2歳までの乳児・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・600Bq
×0.18=108μSv

とこれだけ大きな差が出ます。ですから、私は子供は特に細心の注意で守れと言
っているのです。そしてもうひとつ、子供は自分で食べる食事を選択できません。
中坊ともなれば買い食いのひとつもして帰ってくるでしょうが(私は中学の時は
一日5回食べていました)、子供の食事は親が責任をもって選ぶのが原則です。
では大人といえば、食の選択の幅があります。こういう言い方はなんですが、成
人は子供の約8倍もの安全係数があるのです。
  「子供の健康のために親の健康も重要だ」と言うのなら、それはそのとおりで
別にそれでもかまいません。どうぞ心ゆくまで食べ物に線量計をあてたらいいで
しょう。まさに「選択の自由」です。いや「生き方の選択」の問題だと言うほう
がいいかな。わが国は自由社会です。自由におやりになるがいいのです。誰にも
止められません。
  ただ、私が言っているのは、それだけでは原子力や放射能の真の解決にはなら
ないだろうと言うことです。たしかに「オレの家は東日本のものは一切食わん」
でいいですが、それでほんとうに原子力から脱却できますか? 電力会社は、
「ああそうですか。カラスの勝手でしょう」とばかりに原子力発電所からの電気
を送りつけてきますよ。

 もし関西電力の美浜や大飯、高浜原発が今回のような福島第1原発のような事
故を起こしたらどうしますか?西日本のみならず、おそらくは北陸や、脊梁山脈
を超えて関東中枢部まで被曝するでしょう。
  ドイツ気象庁の福島第1原発からの放射性物質の飛散シミュレーション図をみ
ると、福島第1原発から飛散した放射性物質は遠くカムチャツカ半島近くまで届
いていることがわかります。これを敦賀湾の原発銀座に置き換えれば、すっぽり
と日本の中枢的経済圏である首都圏、京阪神地区が被曝範囲内に収まってしまう
ことがわかります。

 私は自分の住む場所が被曝県で、風評被害の真っ只中にいる人間だから暴言を
承知で言いますが、今回の事故が福島第1で「よかった」と思っている部分もあ
ります。苦々しさを込めて言いますが、被害は「たかが」数県の農水産物と、避
難区域の人々と家畜に止まりました。あえて言えば地方経済的損害です。
  これが敦賀の原発銀座だったら、冗談ごとではなく、日本は二度と立ち直れな
い規模の経済的損害と数百万人の避難者を出したことでしょう。まだ「たかが」
と言える損害で収まっているうちに、これを教訓にして私たちはこの原子力から
段階的に足抜きをしていかねばなりません。そのために国民が知恵を結集せねば
ならない大事な時期、それが今です。その時に、「オレのうちだけ安全ならそれ
でかまわない」という選択もいいでしょう。
  私はそれを否定しません。まさに生き方の自由です。ただひとつ言えるのは、
そのように言い切ってしまったらあなたの地域が原子力事故の被災地になった場
合、誰もなあなたの家族に手を差し伸べないでしょうね。私が言いたいのはただ、
「お前も危ないものを食え」ということではなく、大人の世代が子供の世代に世
の中を手渡す前にこんなヤバイ原子力にきっちりカタをつけておこうよ、という
ことにすぎません。
  そのために出来ることがただ、自分の家族の安全の防衛だけなのでしょうか、
と私は問うているのです。
  *「放射能」という表現について・放射能は厳密には「放射性物質が放射線を
出す能力」のことです。しかし、通常は慣用句として「放射性物質」を表す総称
として使用されています。ここでもその総称として使用する場合は「放射能」と
表記する場合があります。

            (筆者は茨城県行方市在住・農業者)

                                                    目次へ