~米・中・ロ それぞれの道を模索~

■ 『歴史的使命を終わろうとする国民国家』

~米・中・ロ それぞれの道を模索~          榎  彰

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  東アジアから新しい時代の訪れを知らせる胎動が、北京オリンピックのどよめ
きを通じて聞こえるような気がする。前世紀末から、ずっと世界全般を通じての
「国民国家」の凋落の過程を眺めてきた私にとっては、まさにそれは西欧支配の
近代を貫徹する「国民国家」の没落の警鐘である。それと同時に、グローバリゼ
ーションの中で、世界の一極支配者としての地位を保ち続けた米国の最後の焦り
と、かつての世界帝国の夢を復活させようとの誘惑に駆られた中国という、二つ
の「国民国家」とは異質の「文明」の歴史的な衝突と対話が、いよいよ次の時代
を支配する一つのキー・トーンとなりそうな気がしてしようがない。

 それにこの中国と米国という、「帝国的国家」と、「国民国家」の土台の上に
、「国家連合」として、新たな政治的統合体としての実験を試みつつある地域統
合としての欧州連合(EU)とが、理念の上で、激しく交錯する過程ということだろ
う。一方で、リナショナリゼーションなどといわれるような、国益を重視し、国
民国家の原理を踏まえた旧態依然たる権力外交を夢見ている人もいるし、ロシア
の首相のように、冷戦体制の復活をほのめかしたりする人もいる。福田首相の突
然の辞任にともなう日本国内の政局混乱は、このような国際政治の世紀の動揺に
振り回された結果だともいえよう。
 
  オリンピックが終わり、米国の大統領選挙の決着がつく今秋まで、事態の急転
は、ないだろうが、後になって布石はこの夏に置かれたといわれても不思議では
ない。中国のオリンピックをめぐる「平和外交」の意味だが、単に国内をにらん
だ際もの的外交を見てはなるまい。もっと遠くを見据えた戦略的布石だと見るべ
きである。とりあえずは、東アジアにおいて、冷戦構造に終止符を打ち、新しい
時代を切り開こうとする試みが、新たな手法を持って、台湾と朝鮮半島をめぐっ
て、目立たない形で展開されたが、あえなく挫折したように見える。政権の整理
期に入ったブッシュ政権も、クリントン政権の二の舞を避けるため、外交の整然
たる引継ぎを望んでいる。北朝鮮はともかく核問題で共通するイスラエル、イラ
ンをめぐる中東問題にも及ぶし、このことはシリア、パレスチナさらにリビアを
めぐる中東問題全般にも当てはまる。

 おまけにすべての既成秩序に不安を巻き起こしているのが、イスラム原理主義
の悪夢である。既成の国家システム全体を敵視するこのイスラムのテロ組織アル
カイダが、もはや 中国を敵視していることは覆えない事実であり、新中国は、
建国以来始めて、世界的に影響を持つ「革命」勢力から、反革命扱いにされるよ
うになった。新中国は、ようやく打破すれるべき「旧体制」の新たな象徴になっ
たのかもしれない。今年秋から来年全般にかけ、国際情勢は、新たな対立軸を迎
えることになり、その対立軸の一つが、EUを柱とする地域統合を含む、新しい政
治的統合のあり方であるとことは疑いを容れない。日本は、近代化を迎えた19
世紀末以来の岐路を迎えることになるかもしれない。


◇米国、一極からの転落、


  8月8日、北京で開かれたオリンピックの開会式に出席中だったロシアのプー
チン首相は、南オセチア、アブハジアで武力挑発を行ったグルジア政府に、断固
、実力で排撃する姿勢を明らかにした。モスクワにいたタンデム体制の一方の柱
、メドベージェフ大統領も、即座に、「冷戦体制の復活を恐れない」と強硬姿勢
を裏書きし、オリンピックを契機に世界秩序を作りかえようとする動きに、反発
するロシア指導部の揺るぎない姿勢を示した。グルジア情勢については、まだ不
明な部分もあるが、米大統領候補マケイン氏が、絡んでいることは確かであろう
。今のところ、グルジアのサアカシュビリ大統領を挑発、支持した米英が敗退し
、ロシアが勝利し、ドイツ、フランスが、辛うじて得点を稼いだということのよ
うだが、問題は、なぜ、米国の一部が冷戦復活の悪夢を呼び起こさせる東西対決
の口火を切ろうとしたのか、なぜ、ロシアがこの時点で、危機意識を強めたかと
いうことである。やはり一極としての能力を失いつつある米国が、中国を対峙す
る相手をみなすことに対する強い牽制でもあろう。米国が相手をソ連から中国に
変えて、東西対決の再現を狙ったのではないかということへの恐れであろう。

 北京オリンピック大会を控えた中国、11月の大統領選挙を控えた米国は、と
もに、 ポスト・オリンピック、ポスト・ブッシュ体制への長期的配慮をにらん
だ、複雑かつ微妙な目覚ましい外交戦を、事前に展開した。とくにこの夏、要人
の往来などは激しく、目に見える、ある程度の成果を挙げることがなくとも、後
になってオリンピック前に そういう伏線が敷かれていたのか、ということが起
きてもびっくりしないだろう。

 建国以来初の国際舞台を演出した中国は、時折、演出過剰との批判を浴びたも
のの、アジアの超大国とまではいかないにしろ、立派に大国としての責務を果た
した。オリンピック以後、国際舞台での中国の発言権は、もう、かつてとは、比
較にならないくらい重きを増すだろう。オリンピックを控えた中国は、事前に忍
耐強い外交を展開した。もちろん平和で、落ち着いた雰囲気の中で、アジア大陸
で始めてのオリンピックを迎えようということもあって、世界各国は、中国の新
しい外交を支持した。いろいろな阻害要因はあったが、最終的には、国連加盟国
のうち、ブッシュ米大統領、サルコジ・フランス大統領、プーチン・ロシア首相
、福田首相など、80カ国の最高首脳が開会式に出席するという、かつてない、
目覚ましい成果を挙げた。訪問した各国首脳が、相互に語り合う訪問外交も展開
された。

 しかし友好的に盛り上げたばかりではなく、たとえばフランスのサルコジ大統
領のように、チベットの独立運動に対する姿勢から、開会式にいったん出ないと
いいながら、後になって取り消し、出席した首脳もいた。その陰には、フランス
製品のボイコットだけでなく、相当、陰鬱な脅しがあったのではないかともいわ
れている。硬軟両方のしたたかな外交が展開された。就任したばかりの習副主席
という要人を派遣、説得したにもかかわらず、出席はしなかった北朝鮮の金正日
共産党書記などの例もある。もっとも金書記は、このような会議、催しには出席
したことはなく、代わりに名目上の国家元首を出席させ、格好の上では、最高首
脳が出席したことになる。金総書記は、9月9日の建国60周年の閲兵式にも姿
を見せず、体調不調説が流されている。


◇日本、ロシアには善隣外交


 オリンピック前の中国外交を見ると、一般的な友好政策と見えながら、詳しく
眺めると、メリハリの聞いた外交のあり方が伺える。とりわけ領土問題である。
ロシア国境では、全域にわたって、オリンピック直前に、国境問題の処理が済ん
だと発表された。日本の場合は、東シナ海の油田地帯を取り巻く領土問題が、共
同開発の名の下に処理された。当時、オリンピック開催にあたって、善隣外交を
阻害する要因をすべて片付けるといった解説もあったが、少なくとも、ロシア、
日本に関する限り、両国間の存在する懸案は出来るだけ解決しようという意欲が
伺える。国内に根深くあった慎重論をオリンピックという大義名分を使って処理
しようという作戦もあったと見ることも出来る。とくに領土問題は、EUの処理を
参考にし、経済問題の枠の中で、解決しようとするなど、従来の「国民国家」の
枠を超えた地域統合的な解決を暗示するものとして興味深い。とくに領土問題が
、国益を優先させようという、旧来の「国民国家」的外交を推進するロシアと日
本の向けられたことは、共同開発という、これからのアジア外交の型をのぞかせ
るものとして注目される。

 特に日本については、オリンピック直前に、ぎょうざ事件で、中国側に非があ
ることを認める捜査結果を通告して来るなど、友好姿勢が目立った。胡主席が日
本訪問に踏み切ったときから、想定されたことではある。今後、東アジアでは、
北朝鮮の拉致事件の解決、米国の北朝鮮に対するテロ国家指定の解除など、日本
にとって、安全保障上の難問が殺到することが予想され、ことの進展しだいでは
、日米安保の有効性に対する不信、東アジアにおける協調的安全保障体制の構築
、六カ国協議の重要性などについての、論議が白熱化することも考えられる。そ
の場合に、中国がどう対処するか、が重要になってこよう。

 一方ではかつての同盟国に対する親近感とは裏返しの肉親憎悪みたいな感情が
中国をさいなんでいる。
  この点で、北朝鮮に対する中国の態度が注目される。中国内部では、かつての
ベトナムに対するのと同じような姿勢が徐々に強まっている。数年前には、国内
に、北朝鮮の核開発に対し、中国側が武力介入によって阻止すべきだという強硬
論が現れ、上層部もあえてこの情報が漏えいするのを阻止しなかったといわれる
。その後も、党、外交レベル双方で北朝鮮が暴走することを阻止しようとしてい
るし、最近もまた「対北朝鮮中国機密ファイル」という文書が、文芸春秋社から
日本語で出版された。中国と北朝鮮との間の複雑な関係を、中国の立場から、ま
とめたもので、真偽のほどはわからないが、背景を探るには、興味深い。上層部
からの意図的な秘密漏洩とも見られる。

 かつてのベトナムの場合とは異なり、北朝鮮の場合は、韓国も、日本も、米国
もさまざまな形で絡んでくるので、単純にはいかないが、北朝鮮もこのことは百
も承知である。核開発を断念すれば、米国からだけでなく、中国からの圧力にも
弱くなる。非核武装化への態度も決して単純ではない。中国からの六者協議に絡
む圧力も、かなり最近は激しくなったが、中国と北朝鮮のやり取りのほうが、通
常の二国間関係よりは、ずっと厳しく、冷厳である。


◇チベットで間違えたサルコジ大統領


  EUに対する中国の外交は、もっと国家のあり方という本質的な問題にかかわる
問題である。一般的に、EUをリードする主要国との、中国との関係はすこぶる順
調である。フランスの場合も、緊張は一過性でしかない。巨額の取引は依然有効
である。フランスの場合は、EUの議長国を長期に続けたいというサルコジ大統領
の思惑が、先行したために、多少こじれた面もある。ドイツ、イギリスはじめ主
要国との関係も良好である。

 ところが、EUを動かすエネルギーというか、多極民主主義というか、その底に
潜む底流は、それは単純にはいかない。「配分」よりも、アイデンティティを志
向する政治が志向されるのも無理はないかもしれない。最近のオリンピックをめ
ぐる中国と国際社会の衝突は、こういうところに起因する。チベットという民族
、宗教問題、東トルキスタンというもっと大きな宗教問題と地域問題とのからみ
、それに一般的な開発登場国の共通の人権問題が絡むという図式である。

 EUという、成長しつつある、巨大な地域統合体と、大きな国民国家との関係以
上のものがそこにはある。一つの面だけとっても、地域統合というのは、統合体
への忠誠は、もちろんだが、一方のローカルなアイデンティティに対する忠誠心
も、同じくらいに尊重する。だから、たとえば、同じ人間であっても、カタロニ
ア人も、スペイン人も、ヨーロッパ人も、同じようなアイデンティティを持つの
が理想だ。複合的なアイデンティティである。国民国家への忠誠心は、後退する
。だからEUは、自治という概念にこだわる。カタロニアというのは、ローカルな
自治である。

 したがって独立といっても、EUのかさのもとの独立であれば、問題はない。オ
リンピック直前にあった、セルビアからのコソボの独立という問題も、二十世紀
のはじめだったら、独立は認められず、場合によっては、戦争の口火となっただ
ろう。わずか二百万人の人口にしても、上にEUというかさがあるからこそ、認め
られ、かつアルバニア人のナショナリズムという悪夢の蘇生も阻止される。バル
カンの一角にイスラム教徒の大集落が出現する、異質の大集団が突如出現すると
いう悪夢である。アルバニア人は、アルバニア、コソボ、他のEU諸国に分散して
、住むことになった。しかしそれでもスペイン人、ギリシャ人などの反対がある

 ところが南オセチアにしても、アブハジアにしても、それぞれ人口は21万人
、9万人多数派のアブハズ人、オセット人のほか、グルジア人が同じくらいの人
口で、拮抗して、住んでおり、混住状態である。前世紀なら、到底、独立どころ
か、いつの間にか、多数派に同化されてしまって、消えてしまうか、レバノンの
ように多民族のコミュニティとして、生き延びるか、が落ちである。ところが、
セルビアのコソボの場合、EUは、アルバニア人に肩入れして、二百万人しか存在
せず、これまでの歴史、集団的記憶などを無視して、EUとして、独立を認めてし
まった。ロシアは、コソボの例を取り上げ、逆手にとってオセット人に独立を認
めようとしている。EUが、将来は EU加盟を指向しているように、ロシアが後見
人になろうということなのだろう。アジアでも、東チモールのケースでも、見ら
れるように、グローバリゼーションのネットワークの中で、結構、何とか生きて
はいけるものだし、特に EUみたいな、地域統合の機関が、支えていれば、安泰
である。


◇民族、宗教という悪夢


  EUの大衆は、チベットの問題を、コソボと同じ次元で見て、中国の態度を批判
する。まったく異質の問題である。チベットではなぜ人権が認められないのか、
なぜチベット人は独立できないのか、宗教がなぜ許容できないのか、といった疑
問である。EUが、なぜ、チベット人の独立をめぐって、あれほど騒ぎ、この点で
は中国と同じ視点に立つ米国が冷然としているかは、これを見ても明らかだろう
。EUの発展の過程は、「拡大」と「深化」である。憲法条約の破産のプロセスで
も明らかなように、EUは、効率化を叫びながらも、個別的な発言権を大事にする
。数的な民主主義に反発、時によっては、民主主義の原理にすら疑問を投げかけ
る。それが、少数意見の尊重である。オリンピックの開会式を見ながら、200
を超える国旗をながめ、これがEUの強さでもあり、弱さでもあるのな、と思った

  最近、多極民主主義という言葉が、はやっている。多文化主義という言葉もそ
うである。EUのプロセスは、そういう意味で一つの実験でもある。

 米国は、国内を形成する諸民族を、帝国的手法で、解決しようとする。そうい
う意味では、中国も同じかもしれない。民主党が黒人上院議員のオバマ氏を大統
領候補に選んだのも、逆にいうと、いかに民族問題が深刻か、ということになる
。前世紀の末、ソマリアで、なぜ、米国が、あわてて、撤退したのか、折からの
米国の太平洋岸における人種暴動が、主たる原因であったと見る向きは少なくな
い。白人のパイロットが、多数の無表情の黒人によって、運ばれていく姿を、テ
レビが映し出した、それが与えた白人指導者層への、衝撃を、忘れることは出来
ないのである。そしてブッシュ政権の、同じような人種暴動にまで、発展しそう
なハリケーン騒ぎ、米国において、民族問題は、人種問題ともからんで、「死に
至る病」ともなりそうな危険な病に発展しているのである。オバマ氏が、唱える
キャッチフレーズが「チエンジ」ということは、米国を支える土台がぐらついて
いることになりかねない。米国の民主党が、大統領候補に黒人を選らんだという
ことは、もっと強調されるべきだろう。


◇アルカイダは中国を対象にしたのか


 オリンピックの始まる寸前、東トルキスタンのテロが起きた。東トルキスタン
の場合は、チベットとは明らかに違う。宗教も新疆ウイグルのウイグル人はイス
ラム教徒であり、チベット人は仏教徒だ。トルコ系のイスラム教徒の分離独立運
動は、昔からあった。形を変えたきっかけは、やはりソ連によるアフガニスタン
でのイスラム弾圧であり、それに対するイスラム教徒の決起であった。

 1990年代のソ連型社会主義の崩壊とつながっている。しかし、まだ東トル
キスタンの運動が、アルカイダとどういうつながり持っているかは、まだ明らか
にされていない。しかしイスラム原理主義の影響は、覆えないだろう。イスラム
原理主義は、啓蒙精神に基づく西欧の国家原理自体を、真っ向から否定する。こ
れまでの一般的なテロリズムは、「国家」という存在は認めたうえで、その支配
権を争う、というのが、常だった。アルカイダは、西欧的な意味での、啓蒙的精
神での、国家そのものを認めない。東トルキスタンの反乱は、ずっと以前から、
分離独立を目指すものであったはずである。トルコとのつながりもそういう文脈
から、取りざたされた、東トルキスタン運動が、完全にアルカイダと連動するの
であれば、まったく性質をことにした宗教的な要素も加えた反乱といわざるを得
ない。その点では、米国の立場と共通する。

 米国で起きた同時多発事件のさい、中国は即座に米国 支持を約束した。その
際国際政治的な駆け引きの末、中国が米国を支持したという見方が日本ではもっ
ぱらだった。しかし、そうではない。当時から中国はアルカイダが所詮中国を「
既成秩序」の代表とみなすことを知っていたのだ。中国は米国と同じようにイス
ラム原理主義と対峙を迫られているのでないか。米国とは、台湾、北朝鮮という
冷戦構造の残滓をどう処理するかで今のところ、共通した基盤をもち、ある意味
で共通の合意を見出すことも出来るだろう。勿論オリンピックの直前、世界貿易
機構(WTO)の舞台で米国と大立ち回りを演じたようにうに、いつまでも途上
国代表としての立場を、武器にする中国と、米国との対立は、続く。しかし米国
のブッシュ政権は、とくに北朝鮮をめぐって、自縄自縛に陥ったクリントン政権
の失敗を繰り返すまいと、北朝鮮問題には、慎重な態度で臨んでいる。しかも中
国と北朝鮮の関係の複雑さ、核武装、拉致問題が絡む日本と北朝鮮の関係などを
整理するにあたって苦慮している。
  しかし、基本的には、米国の民主党には軸足を中国に移していこうという姿勢
が強いし、ブッシュ政権にも、あえてそれを阻止しようとするだけの誠意は見ら
れない。当面、ブッシュ政権では、現在小康状態のイラクを、そのままにして次
期政権で名誉ある撤退を何とか実現しようということであろう。


◇核の傘の虚構をめぐる論議、深刻化


 オリンピック以後、中国は、東アジアの出来事に対して、発言権を増すだろう
。しかし日本にとってそれがマイナスとは限らない。
  福田首相は、昨年、7年に政権を掌握したとき、オリンピック前後に、東アジ
アで、大きな地殻変動があるかもしれないと思ったのかもしれない。米朝の接近
、中台の和解さらに中ロの接近など、東アジアの国際情勢好転の兆しは、目に見
えていたし、北京オリンピックの前後に、これが具体化する可能性は、多分にあ
ったといえよう。中国が イニシアチブをとり、東アジアにおける冷戦構造を完
全に払拭し、東アジアに完全な平和的環境を作り出そうという試みは、北朝鮮の
核問題を解決する、米国、ロシア、中国、韓国、北朝鮮、日本の六者協議のシス
テム化を通いて、実現する可能性は、たぶんにあったと見ることも出来よう。北
京にブッシュ米大統領が訪問することを軸に、いろんな動きが、提案され、模索
されたということは否定できないだろう。その中には、北朝鮮の金正日党総書記
の訪中もあっただろうし、米朝首脳会談、日朝首脳会談の可能性もあったかもし
れない。テロ国家指定問題にしても、拉致問題にしても、どこかに突破口を開く
可能性はあったはずである。開会式直前の国際政治の活発な活動は、何事かを物
語る。北京オリンピックが終了し、何も国際政治上に動きがなくなったとき、福
田首相は政権を投げ出したということが出来る。
 
小泉首相が、ピョンヤン宣言で実行しようとして失敗し、後でブッシュ詣でを
繰り返して、米国に対して釈明に努め、国際舞台で、失笑を買ったことは明らか
である。ピョンヤン宣言の当時、EUも、アジア諸国も、あまつさえ、中国ですら
も、日本が戦後はじめて米国から離れて独自の外交を展開しようとしたとして歓
迎した。「日本が、戦後、はじめて自主的な外交を展開した」とさえ言われた。
米国の「核のかさ」の迷妄を脱し、日本独自の外交で、非核外交を展開していく
手段がなかったわけではない。そのためのピョンヤン宣言であったはずである。
その後の北朝鮮外交の展開は、打って変わって対米追随外交そのままである。対
米傾斜については論外である。安保理事会の常任理事国問題など、国連の改革問
題はじめ日本が国際舞台で冷笑を買っているのは、こういう姿勢からであろう。
こういう外交を改め、自主的な姿勢を転換する絶好の機会なのであろう。

            (筆者は東海大学教授・元共同通信論説委員長)

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