■ 海外論潮短評(56)
  

米中関係の将来 ― 衝突は必然ではなく選択の問題                初岡 昌一郎

  
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  今年で創刊90周年を迎えた米国際問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』
4/5月号に、ヘンリー・キッシンジャーが表記タイトルによる論文を特別寄稿
している。あらためて紹介するまでもなく、彼は当時のレーガン政権の国務長官
として1970年代に米中国交回復を主導した立役者である。

 彼はパワーポリティクスの立場に立つ現実主義者であり、私は彼の世界観をシ
ェアするものではないが、イデオロギーに拘泥しないダイナミックな分析と展望
はさすがに透徹したものである。米中関係について多くの論文が最近発表されて
いるが、私の目にした中でもっともすぐれたものとして紹介したい。

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  米中関係の今後の基本は協力か、対決か
        ― 両国内に並存する異論
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 2011年1月の胡錦濤主席訪米時に、オバマ大統領との間で発表された共同
声明は「積極的な協力的包括的な米中関係」を共に築くことを宣言した。そして、
アメリカは「強力で、繁栄し、成功的な中国が世界的な諸問題においてより大き
な役割を演じること」を歓迎した。中国は「アメリカがアジア・太平洋国家とし
て、この地域の平和、安定、繁栄に貢献していること」を歓迎した。

 その後、両国は宣言された目的に沿って着々と行動してきた。両国高官が相互
に頻繁に訪問し、主要な戦略的経済的諸問題について交流を制度化してきた。軍
部間の接触も再開され、重要なコミュニケーション・チャネルが開設された。非
公式レベルでも、米中関係進展の可能性が追求されてきた。

 協力が進むにつれて、対立も増えた。両国内で有力なグループが米中の覇権争
いが不可避であり、すでに進行中であると主張している。この観点からすれば、
米中協力論は時代遅れで、ナイーブとみなされる。

 相互非難はそれぞれの国で特徴を異にするが、並行的な分析から生まれている。
一部のアメリカの戦略論者は、中国の政策が二つの長期的戦略に立っているとみ
る。すなわち、西太平洋においてアメリカに代わる勢力となること、そして中国
の経済的外交的利益に沿うブロックとしてアジアを固めることである。この考え
によると、中国の軍事能力はアメリカに絶対的には劣るものの、その伝統的な優
位を覆すために高度化をますます追及しているとみる。

 中国が海軍力を増強して、周辺の諸島の支配権を確立すること、中国に貿易を
依存している近隣国がアメリカの将来的対抗力に不安を持ち、中国寄りに政策を
調整することを心配する者もいる。究極的には、西太平洋で支配的な中国中心の
ブロックが形成されるとみる。最近のアメリカ国防戦略報告もこのような憂慮を
少なくとも暗黙裡に反映している。

 このような戦略を実際の政策として明言した中国政府高官はいない。実際には、
彼らは正反対のことを言明している。しかし、中国の準公式的報道や研究機関の
言説の中には、関係が協力よりも対決に進んでいるという理論に支持を与えるも
のがある。

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  単純なイデオロギーに左右されがちな米中関係の危険性
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 アメリカの戦略的関心は、非民主主義国全般に対するイデオロギー的指向によ
って増幅されている。独裁的政権は本質的に国粋主義的対外膨張主義的主張と行
動で国内の支持を結集せざるを得ない、との見方がある。右翼と左翼ではこの理
論の適用に相違はあるものの、中国内で緊張と衝突が国内秩序を破って発展する
との見方をいずれも内包している。

 普遍的な平和は協力を通じてではなく、グローバルな民主主義の勝利を通じて
実現する、とこの論者は主張する。したがって、外交的なソフトなアプローチは
無益で、アメリカの戦略の重点は革命を促進し、一党制支配を一掃して民主主義
を実現することにある。

 中国側では、対決の解釈が真反対のロジックをとる。手負いの超大国アメリカ
が対抗者となる中国の台頭を妨害するとみる。中国がいかに熱心に協力を推進し
ようとも、ワシントンの不動の目的は、軍事力と条約によって中国の成長を抑え
込むことにある。この観点に立てば、アメリカとの持続的な協力は中国を孤立化
させるというアメリカの主目的に奉仕するので、自分の墓穴をほることになる。
アメリカとの技術的文化的協力は、中国内でのコンセンサスと伝統的価値観を弱
めることを意図する圧力の一形態とみられる。

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  過去は必ずしも未来の序章ではない
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 歴史上、新興国の登場は既成勢力との衝突につながることがしばしばあったが、
状況は変化している。現代では歴史が繰り返すという史観は通用しない。核保有
大国間の衝突は、いかなる目的を追求するものであろうとも、費用対効果によっ
て計算できない致命的損害をもたらさずにはおかない。

 挑戦を受けた場合でも、アメリカのような民主主義国は戦略的選択として対決
の道をとるべきではない。米中両国は、長期間の対決路線によって相互に与えう
る大損害を考えれば、今日直面している新しい任務に手を携えて取り組まざるを
得ない。すなわち、両国を重要な構成要素とする国際秩序を作り上げることであ
る。

 過去のソ連は軍事大国ではあったが経済力は弱体であり、経済的にその傘下に
入る国はほとんどなかった。対照的に、今日の中国は世界経済におけるダイナミ
ックなファクターであり、すべての近隣諸国と、アメリカをはじめ、ほとんどの
欧米諸国の主たる貿易相手である。中国とアメリカの長期的対決は世界経済を変
貌させ、すべての国の経済を混乱に陥れる。

 中国もソ連との対決で追求した戦略がアメリカとの関係に妥当だとはみなして
いない。中国はアジアからアメリカの影響力を排除しようとしていないし、同盟
国以外の多くのアジア諸国もその地域にアメリカのプレゼンスを望んでいる。

 中国の最近の軍事的増強自体は珍しい現象ではない。むしろ、世界第2の経済
大国がその力を軍事力に反映させないことのほうが驚くべきことである。もしア
メリカが中国の軍事力増強を敵対的行為として反応を繰り返せば、理解できない
非理性的目的を口実とする、際限のない紛争に巻き込まれるだろう。一方、中国
としても防衛と攻撃能力の間にはっきりした境界線がないことや、無制限な軍拡
競争の歴史の結果を認識すべきである。

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  新しい中国との付き合い方
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 地域的経済的格差の解消を目指す調和型社会の実現の課題や、一人っ子政策に
よって大事に育てられた新世代と旧世代の意識と文化の相違は、2012年に予
定される指導部交代による過渡期の挑戦をさらに複雑化するだろう。党主席、副
主席、政治局と軍事委員会の大半、さらには党と政府の各級期間の多数の幹部が
交代するが、新幹部の圧倒的多数は平和期に育った人たちである。

 このプロセスにアメリカが直接的に干渉することは生産的でない。日常的な接
触の中で民主的諸原則に対する選好を表明するのはよいが、外交的圧力や経済的
制裁で中国の制度変更を迫ることは逆効果であり、助けようとする民主派をかえ
って孤立させる。外圧はかつての外国による過去の介入を想起させ、多くの人は
ナショナリズムのレンズを通して物事を解釈するだろう。

 米中関係はゼロサム・ゲームではなく、強力で繁栄する中国の登場はアメリカ
にとっての敗北ではない。協力的なアプローチは両側にある既成概念に対する挑
戦となる。

 同様な地理的規模と比肩しうる国際的力量を持ちながら、政治的文化的に大き
く異なる国と向き合うことは、アメリカにっとってほとんど前例のない歴史的経
験である。これは中国にとっても同じ事であろう。

 もっとも単純なアプローチは、相手を物量の力で圧倒することである。しかし、
これは現代においてほとんど実行不可能である。中国とアメリカは現実に耐え続
けるほかに道がない。両国は独自の利益を追求しながらも、実際の政策だけでな
く、用いる言辞においても、相手の抱く悪夢に配慮し、疑心を煽らない責任を負
っている。

 過去20年間のアメリカの戦略は、主として全面的核戦争の破滅的結末を回避
するために、アメリカ軍の駐留による局地的地域的防衛に依存していた。近年の
議会と世論の趨勢は、こうしたコミットメントに終止符を打つことを余儀なくし
ている。今や、財政的考慮がこれまでのアプローチをさらに制約している。アメ
リカが今採ってはならない路線とは、予算上制約されている防衛政策を、無限の
イデオロギー的目的に基づく外交政策と結合することである。

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  衝突を避け、太平洋共同体の形成を
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 現行の世界秩序は中国の参加なしで形成されたもので、中国がそれにあまり拘
泥しないと感じる時もある。中国の参加が継続的となり、多くの活動に広がって
行けば、競合的な世界秩序が進展してゆくかもしれない。

 抑制的な合意による共通のルールがなければ、競合が体制化され、指導者の計
算や意図を超えてエスカレートしかねない。かつてない攻撃能力と破壊的高度技
術の存在する時代においては、対立の道の代償は増幅し、取り返しのつかないも
のとなる。内外からの様々な圧力を受けながらグローバルな性格を持つ関係を持
続させることにたいして、危機管理という短期的観点ではもはや対処できない。

 アメリカと中国が普遍的な関心事対して一定の共通目的を作り出し、太平洋共
同体を形成することを希望している。しかし、両者が相手を打破することや、弱
体化させるための効果的な方法を追及することに主として努力しているのであれ
ば、このような共同体は到達目標となりえない。敵対的傾向に留意し、抵抗しな
ければ、アメリカも中国もこの協力という挑戦に系統的に取り組めない。

 オバマはTPPに参加するよう中国に呼びかけている。しかし、アメリカ側が
説明している加盟条件は、中国の国内的構造の根本的な変更を迫っているように
見える。TPPは中国を孤立化させる戦略の一環とみなされうる。だからこそ、
中国は対抗的な措置を提起している。

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  誇張された言辞のリスク
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 両国ともに、その構想や計算に関する言辞のインパクトを認識する必要がある。
アメリカの指導者は国内的な政治上の必要性から、敵対的な具体的提案を含めて、
中国に対する一斉攻撃を行うことがある。穏健な政策が究極的には意図されてい
る場合にも、特に意図して攻撃的言辞がとられることがある。それらは一般論を
述べているので、具体的な問題の解決を迫っているわけではない。

 ところが同じことなのに、中国側の声明は準公式的な報道を含め、それが国内
的な意味を持つものやそれから派生したものであれ、行動の意図という観点から
アメリカでも解釈されがちである。

 アメリカ人は政治的な立場の違いはあっても、中国を「新興」国とみて、成熟
と世界のおける責任を自覚するように期待しがちである。しかしながら、中国は
自らを新興国とは見ておらず、植民地勢力によって一時的に奪われていた、20
00年以上にわたる域内での指導的な地位を「回復」途上にあると自覚している。
経済的文化的政治的軍事的影響力を行使する中国の強大化を世界秩序に対する異
常な挑戦ではなく、正当な地位への復帰ととらえている。

 ところが、歴史的に中国の宗主権に従属していた近隣諸地域において中国の高
揚感をノスタルジックにとらえる国はほとんどない。近年の反植民地闘争を経験
したほとんどのアジア諸国は、洋の東西を問わず、外部の勢力から自らの独立と
行動の自由を維持することにきわめて敏感である。これらの国は域内におけるア
メリカをバランス役として期待するが、対決や十字軍を望んでいるのではない。

 中国の興隆という現象は、その軍事力の増大によるものであるよりも、インフ
ラの劣化、研究開発力の低下、政府行政の機能障害などに起因するアメリカ自体
の競争力減退からくるものである。仮想敵国を非難するよりも、アメリカは自ら
の欠陥を是正することに真剣に取り組むべきである。

 両国は胸襟を開き、相互の活動を国際的な関係における正常な一部であるとみ
るべきであり、警戒感を高める理由とみるべきである。相互に角を突き合わせる
不可避的傾向は、相手を封じ込めたり、支配する意図的な策謀と同一視すべきで
なく、それらを判別することによって行動が制御できる。中国とアメリカが大国
による角逐を必ず克服できるとはかぎらない。しかし、両国はそのために努力す
べき責任を世界に対して負っている。

  (訳者はソシアルアジア研究会代表)

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