~韓国の教育事情~

ソウルから   

-韓国の教育事情-       チョウ・ヤン・ユウ

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  韓国で子供を名門大学に入学させるには三つの条件が必須であると言われてい
ます。その三つの条件とは、第一に「父親の経済力」、第二に「母親の情報力」、
そして最後に「子供の体力」。

 一見笑い話のようにも見えますが、韓国で実際子供を育てていると、そう簡単
に笑いながら聞き流せないところがあります。最近は父親の経済力では足らず、
お祖父さんの財力が追加されたバージョン(父親の収入だけでは教育費を賄い切
れないからだとか)もかなり共感を得ているようです。中学校への入学を目前に
している小学校6年生の息子がいるワーキングママの私も、この「母親の情報力
」という項目で挫折感を感じるこの頃です。

 まずは「父親の経済力」から検証してみましょうか。
  韓国では政府の「教育平準化政策」によって30年ほど前に中学と高校の入試
制度がなくなり、住んでいる住居地によって進学する学校が決まることになって
いますが、十数年ほど前に学力の低下が著しいと指摘され始めました。結局「特
殊目的高校」(韓国ではこれを略称「特目高」と呼んでいます。)という名で「
外国語高校」と「科学高校」というものが全国で10校ほど設立され、こういっ
た高校だけが中学の内申と入学試験で優秀な学生を選抜することが許されました。

 「特目高」と政府が名づけた理由は外国語と科学分野で特殊な能力を持つ学生
を早い段階で選び抜き、優秀な人材として育成するためです。しかし、一般の高
校よりはるかに高い授業料を支払う代わり、実力のある先生と競争的な教室の風
景によって、これらの高校の生徒たちの一流大学への進学率は素晴らしく、結果
的に特殊分野の英才を教育すると言う趣旨は色あせ、単なる進学校になってしま
ったわけです。

「特目校」への進学は名門大学と言われる「SKY大学」(SKYはソウル大学、高
麗大学、延世大学の頭文字です)への入学予約を意味し、このため中学生の子
供を持つ親の中でこの「狭き門」ともいえる「特目高」への進学を目指して全
力を尽くす人が増えているわけです。中学の内申で上位3%、加えて志望する
高校の入試で要求する英語や数学、科学科目の実力を達成するためには、
学校の授業を受けるだけでは到底足らず、「私教育」と呼ばれる学習塾や高額の
家庭教師を通じてその目的を達成しようとします。そして小学校、さらには幼稚
園の時から「特目校」に備える傾向が出ており、「小学校4年生の成績が一生を
左右する。」という本がベストセラーとなり私教育を助長しています。

 このため、「特目校」入試を準備する子供たちは学校の授業が終わると、すぐ
に科目別の学習塾を転転し帰宅するのは夜10時以降というのが一般的です。実
は数ヶ月前までは、夜の12時とか、中学の試験期間中は午前1時とかまで授業
を行う塾が多かったのですが、「私教育費の家計への圧迫」「青少年の健康に対
する心配」という批判を免れようと、政府が「学習塾の夜10時以降の授業禁止
」を法律で定め、これに反する塾を申告する人には1件当たり50万ウォンの褒
賞金を支給すると発表してから10時までになったと言う笑えない経緯がありま
す。一説では10時以降には取り締まりが難しい家庭教師稼業はむしろ繁盛して
いるとも言われています。

 こうなると通う塾の数や家庭教師のレベルによって「私教育費」負担はまちま
ちですが、一般的に投資額が多いほど効果があるのが「私教育」と言われていま
す。ここで所謂「父親の経済力、お祖父さんの財力」がものを言うことになるの
でしょう。昔から韓国の教育熱は高く、それが国家の発展の原動力になったこと
は否めませんが、昔の韓国では貧しい家や寒村出身であっても、頭が良ければい
い大学に進学でき、立身揚名を通じ「身分」の上昇を果たすことができました。
しかし、今は「経済力の格差」が「私教育の格差」を生み、結果として「身分と
経済力の世襲」をもたらしていることを否定できる人はそういないと思います。

 二つ目の「母親の情報力」に関しては個人的にも持っている苦い経験を少し紹
介したいと思います。息子が幼稚園に入学し、父母会後に同じクラスの20人の
園児のママたちが親睦を深めようとファミリーレストランで集まったのですが、
私ともう一人のママ以外は専業主婦でした。ここで私は対話についていけないカ
ルチャーショックを初めて感じました。幼稚園の入る前からハングルの読み書き
と同時に英語を教えるのは当たり前で、ピアノやバイオリン、美術教室にサッカ
ー、水泳などなど、想像もつかないほど皆私教育に没頭しているように見えまし
た。どの英語学院がよく教えるのか、有名な元サッカー選手が運営するサッカー
クラブがいいとか、互いの情報を交換する場面に初めて遭遇したわけです。この
時は私もそれなりに信念を持っていて、小学校に入るまでは息子にハングルの読
み書きぐらいさせてのびのびと遊ばせたいと思い、他のママたちは「異常だ」と
内心批判的な視線を向けていたものです。

 ところが幼稚園に通い始めて二ヶ月ほどして息子が自分もサッカークラブに入
りたいと言い出したので、サッカークラブに通っているママ友達に連絡し、加入
する際の手続きについて聞いたら、7人ぐらいのグループを作り加入しなければ
ならないが、サッカーが好きな園児たちは既にグループを作っているので欠員が
なければ入れないと言うことでした。そしてママが専業主婦じゃないと難しいと
も言われました。幼稚園が終わった後、サッカークラブへの送迎をママたちが交
代で担当しているのでワーキングママは歓迎されないのだそうです。このように
幼稚園時代から構築される母親たちのネットワークは小学校、中学校以上まで続
き、後から実態をつかんだ私は、信念はどこやら最低限2,3人の親しいママ友
達をキープし、不足な私の情報力を補充するため努力をすることになりました。
現在も息子の英語学院を決める上で、重要なファクターが送迎バスの有無である
私は「結局は子供の頭脳と誠実さが一番大事よ」と自分自身をなんとか説得しよ
うとしています。

 「母親の情報力」は子供が中学に入った後はさらにグレードアップされ、各学
習塾で主催する「特目校入試説明会」を一年に何回も参加し、子供の入試戦略を
練って行きます。特定科目の成績を上げるためにはどう勉強すればいいのかを教
えてくれる「入試コンサルティング」ビジネスも盛んで、数百万ウォンの費用も
惜しまないそうです。「特目校」や名門大学の入試で求められる所謂「スペック
」と呼ばれるものを満たそうと、学業以外でも社会奉仕活動、学生会の委員、国
家認定試験の合格などを達成するためのスケージュールを組むのもやはり「母親
」なのです。

 また、有名な学習塾が密集しているため「特目校」や名門大学への進学率が高
い中学校、高校が多い江南区の「テチドン」という地域の住宅価格はソウルで最
も高いのですが、この「テチドン」にある数多くのカフェやレストランに昼間行
きますと、お客さんの大半が母親グループです。子供を学校或いは塾に行かせて
いる間、母親たちは情報収集のため集まっているのです。
ある意味では「韓国のお母さんたちは偉いなあ」と思える時があるほど、子供
のためにあれだけのエネルギーをそそげる母親はおそらく世界のどの国にも存在
しないと思います。

 最後に必要とされる「子供の体力」ですが、母親たちはハードな毎日を送って
いる子供たちの健康にも気を使います。上で紹介した「テチドン」には「漢方病
院」が多いのですが、これらの病院は子供たちの体力を強めるための各種の「補
薬」の販売でかなりの収入をあげています。高額な「紅人参」の漢方薬も子供用
に処方されています。実はこういう私も周囲の母親たちから勧められ息子に飲ま
せたことがあります。頭が良くなると言う「聡明湯」というのも出回っています

  でもここで見逃してはならないのは、この「テチドン」には青少年を対象とす
る「精神科」や「心理クリニック」、「カウンセリング」も多いという点です。

 成績や入試の圧迫でうつ病になったり、情緒不安定の症状を見せる子供たちが
増える一方、自ら命を断つことも稀ではありません。「子供の体力」というのは
実は「子供の忍耐力」に置き換えるべきで、「子供の忍耐力」が破綻を迎えると
、子供の心は病んでいくのではないかと思います。

 以上、最近の韓国の教育事情について少し説明させていただきました。
  大学院での授業や国際会議の通訳、翻訳の仕事に追われながら、息子といられ
る時間はなるべく手作りのおやつを囲んで楽しくおしゃべりがしたい、私が小さ
い頃に面白く読んだ歴史小説や推理小説を一緒に読みたい、休み中はできる限り
長い家族旅行に出かけたいと気持ちを捨てきれない私は、この韓国で「成功した
母親」にはなれそうにありません。

    ( 在ソウル・梨花女子大学通訳翻訳大学院教授、国際会議通訳士)

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