■ コラム
 米国同時多発テロから7年              荒木 重雄 

~9.11への対応を誤り世界を「文明の衝突」に導いた米国~  

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  ニューヨークの世界貿易センタービルに2機のハイジャックされた民間航空機
が突入し超高層ツインタワーがあっけなく崩れた9・11米同時多発テロから7年目
を迎えた。その間に世界はどう変わったのだろうか。
  同時テロをイスラム過激派組織アルカイダの仕業としたブッシュ政権の米国は
、1ヵ月後、首謀者オサマ・ビンラディン容疑者をかくまうとするアフガニスタ
ンのタリバーン政権を攻撃し、さらに1年半後、「無差別テロをたくらむ相手に
は先制攻撃を辞さない」と独り善がりな方針を掲げてイラク攻撃に向かった。


◇「対テロ戦」で消耗する米国


  「大量破壊兵器の保有」と「国際テロ組織との連携」が米国のイラク侵攻の大
義名分だったが、その二つとも実際には存在しなかった。「パンドラの箱を開け
るな」との中東専門家の忠告に耳を貸さず開けてしまった米国は、フセイン政権
は倒したものの、根強い抵抗とイラク人同士の対立に巻き込まれ、すでに4千人
を超える米兵と16万人に及ぶイラク住民の犠牲者を出しながら、決着の道筋さえ
見えないない泥沼にはまっている。
  アフガニスタンにおいても、いまだビンラディンの拘束もできないばかりか、
最近はタリバーンの復活がめざましく、国際治安支援部隊の死者数も民間人の死
者数も増加の一途をたどっている。
 
  「戦果」が挙がらぬばかりか、米国は多くのものを失った。その最たるものは
、この間に示された軍事力偏重や単独行動主義の横暴な外交路線に加え、「疑わ
しき者」をことごとくアブグレイブ刑務所やグアンタナモ基地など人権や国際法
の目の届かない収容所に送り込んで拷問を重ねた非人道的行為や、星条旗と「ゴ
ッド・ブレス・アメリカ」の歌声が渦巻き異論を許さぬ社会への変容が、世界に
おける米国への信望を著しく損なったことである。アーミテージ元国務副長官ら
が昨年末に出した報告書の中では「米国は『悲劇的な攻撃を受けた偉大な国家』
ではなく『怒りに駆られ報復を求める国家』になってしまった」との反省を記し
ている。「戦争で民主主義を輸出できるという思い込みは自国も他国もファシズ
ムに陥れる」と警告したのは昨秋死去した米文学界の巨人ノーマン・メーラーだ
が、事態の経緯をめぐる米国内の亀裂もまた深い。


◇米国が「文明の衝突」に導く


 「テロは犯罪とみなし、法の下に警察力で対処しながら、テロの温床となる社
会的・経済的な要因を取り除く」のが、テロに対する従来の常道であった。とこ
ろが9・11同時多発テロへのブッシュ政権の対応は違っていた。キリスト教右派と
ネオコン(新保守主義者)を基盤とし、「祈りと確信の大統領」を自負するブッ
シュは「対テロ戦争」というスローガンを立ち上げ、これを「自由と民主主義の
ための十字軍」と表現し、また側近の一人は「対テロ戦争はキリスト教と悪魔の
戦い」とまで言い放った。こうして一つのテロ事件は一気に欧米キリスト教世界
とイスラム世界の対立へと転化されたのである。
 
  1993年にサミュエル・ハンチントン米ハーバード大教授が外交専門誌に発表し
た論文「文明の衝突?」は、冷戦後の国際政治は宗教を基礎とした文明間の対立
が軸となる可能性を指摘し、とりわけ儒教やイスラムなど非西欧文明からの挑戦
への警戒を訴えていた。この論文はタイトルに添えられた「?」にもかかわらず
大論争を巻き起こし、96年に単行本にした際には、批判の強さから、文明の衝突
を必然とはみなさずむしろ回避を主張する立場に移った。その「文明の衝突」の
悪夢をまさに現実にしたのがブッシュ政権の9.11への対応であった。
 
アフガニスタン、イラクへの道義を欠いた武力侵攻や、米国および欧州で展開
されたイスラムに対するネガティブ・キャンペーン(否定的な宣伝)は、欧米在
住の移民イスラム教徒を含め、テロには反対の大多数の穏健なイスラム教徒にも
反米(もしくは反西欧)感情を広め、その一部から自爆テロ志願者やアルカイダ
の模倣犯をもうむことになったのである。
 
  2年前のデータだが、米ピュー・リサーチセンターの調査の「米国がいつか自
国の軍事的脅威になるかもしれないと心配しているか」との質問に、インドネシ
アでは80%、パキスタン71%、ヨルダン67%、トルコ65%、レバノン59%の国民が「
心配」と答えた。他方、米コーネル大の調査では、「イスラムは暴力を奨励する
」とみる米国民は47%、「米国内のイスラム教徒に対する監視が必要」と考える
米国民は44%にのぼった。イスラム世界と米国民の相互不信の悪循環は絶望的で
すらある。


◇いつまで続く「危険な世界」


 「イラク戦争とその後の米軍駐留がイスラム過激派によるテロの脅威を地球規
模で激化させた」と結論づけたのは06年の米情報機関の機密報告書であったが、
脅威は中東関連に限らない。ロシアのチェチェン紛争や中国・ウイグルでの分離
独立運動への弾圧などに人権面から懸念を示してきた米国が「対テロ戦争の一環
」として支持に回ったことから、両国のみでなくアジア各地で政権と少数派との
紛争が激しくなり、また、パキスタンのように対米路線をめぐって国内対立が深
まったところもあって、9.11以降の世界は急激に危険の度を加えてきた。
 
  9.11への本来の処理は、アラブ・イスラム世界の支持を得つつ国際テロ組織ア
ルカイダを孤立させ追いつめることにあったはずだが、思惑から「敵」を間違え
たことによって引き裂かれたこの傷口の修復には、いったいどれだけの時間と努
力が必要となるのだろうか。 

◇註 アルカイダ、オサマ・ビンラディン、タリバーンは、より正確にはアル・
カーイダ、オサーマ・ビン・ラーディン、ターリバーン。

         (筆者は環境フオーラム21代表)

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