-「アメリカ時代の終わり」と「自民党時代の終わり」-

■ 大いなる転換の年へ  久保 孝雄

-「アメリカ時代の終わり」と「自民党時代の終わり」-  ───────────────────────────────────

今年は、世界も日本も「大いなる転換の年」になりそうである。世界で
は「アメリカ時代の終わり」と「アジアの世紀の始まり」がより鮮明な姿
を現してくるだろう。昨年11月のオーストラリア総選挙の結果は、それを
示す先ぶれといえるかもしれない。日本では「自民党時代の終わり」と「ポ
スト自民党時代の始まり」が幕を開けるかもしれない。結党いらい50年、
ほぼ一貫して政権の座にあった自民党は、いまや明らかに国家統治能力を
失っている。「日本没落」を避けるには政権交代が不可避の状況になって
きた。昨年7月の参院選挙結果はそれを示す予兆ともいえる。


◆大転換の先ぶれとしての豪州選挙結果


  オーストラリアの総選挙では、「アジアにおけるアメリカの代理人」を自
任し、イラク派兵をはじめ、ことごとにブッシュに追随してきたハワード首
相率いる保守連合政権が大敗し、11年間続いた対米追従政権が崩壊した。ニ
ューヨークタイムスは「ブッシュ大統領のアジアでの最も強固な支持者の1
人が完全な敗北を喫した」(11.26)と報じたが、これでブッシュの最も
熱心な追随者だったスペイン・アスナール、イタリア・ベルルスコーニ、イ
ギリス・ブレア、日本・小泉、オーストラリア・ハワードら「ブッシュの盟
友」たちがすべて政権の座から去った。ハワード首相は議席も失うという屈
辱をなめて政界を去った。任期の最終年を迎え、すでに「死に体」となって
いる「ブッシュ時代」も今年かぎりで終焉を迎える。

 ハワードを大敗させた労働党ラッド党首は、イラク戦争を「誤った戦争」
と断じ、対米追従からの脱却、中国を中心とするアジア重視外交への転換、
イラクからの戦闘部隊の撤兵、京都議定書の批准促進など、ハワード政権の
内外政策の大幅転換を主張し、70%近くがイラク戦争に反対する有権者の圧
倒的支持を獲得し、過半数を大幅に上回る議席を得た。
  ブッシュ大統領はラッド党首に電話で祝意を伝え、「関係強化のために協
力できる機会を待ち望む」と同盟維持を訴えたが、ラッド党首は同盟は継続
するものの、対米追従は是正するとの方針は変えなかった。この選挙結果は、
アジア・太平洋におけるアメリカの威信の低下につながり、米豪関係のみな
らず、日豪関係にも、さらに日米豪印の安保同盟の結成により対中国牽制を
強めようとしていたチェイニー=小泉・安倍=ハワード戦略の挫折を招き、
アジア・太平洋地域の政治地図にも微妙な変化をもたらすことになる。


◆アフガン、イラクでの「敗北」、ドルの下落


  アフガニスタン、イラクに対するブッシュ戦略も破たんしつつある。アフ
ガニスタンにおけるNATOを巻き込んでのテロ掃討、治安回復作戦(国際治安
支援部隊=ISAFの活動を含む)はすでに6年に及ぶが、いぜん治安は回
復せず、むしろタリバン勢力の復活を招いている。NATO関係者の一部にはア
フガン作戦の「失敗」を認める意見が出はじめている。イラク戦争も、5年
近くを経たいまも泥沼状態から脱却できず、宗派対立による内戦状態も広が
り、「治安好転」との米側発表に反し、イラク市民、米兵の死傷者がいまな
お連日続いている(開戦いらい米兵の死者は3800人を超え、イラク人の
死者は15~22万人に達する。WHO推計、1月10日各紙)。イラク戦
費だけでも6200億ドル(68兆円)を超え(07年12月現在)、アメ
リカの財政危機に拍車をかけている。アメリカ国民の6割はイラク戦争にお
けるアメリカの「失敗」、「敗北」を認めている。

 昨年は、アメリカの世界覇権を支えてきた基軸通貨としてのドルの信任も
大きく揺らいだ。不動産神話を煽って低所得層に戸建ての邸宅を買わせるた
め、金利の高いサブプライムローンを貸し付け、最新の「金融工学」を駆使
してこの債権を組み込んだ金融商品を世界中にばらまいたが、不動産バブル
の崩壊で、アメリカはもとより世界の金融機関が莫大な損失(バーナンキF
RB議長は1500億ドル、EUアナリストは4000億ドル=44兆円、
と推定)を蒙った。国際金融・債券市場は大混乱に陥り、ドルへの信任は大
きく下落した。金融支配による覇権強化の世界戦略も大きく揺らいでいるば
かりか、アメリカ経済自体が危機に直面し、世界不況の引き金をひく危険が
高まっている。
  湾岸産油国は、原油のドル決済から、ユーロを中心に各種通貨のバスケッ
トによる決済に切り替えようとしているし、1兆4000億ドルと世界一の
ドル保有国をとなった中国も一部をユーロに切り替え始めている。株安、ド
ル安が続いており、ドル暴落の悪夢の影もしだいに色濃くなってきた。原油、
穀物の高騰に見られるように、実体経済の3倍以上に膨れ上がったファンド
マネーの暴走も始まっており、世界経済を揺るがすマグマがうずきだしてい
る。


◆日本も転換の年へ


  日本も今年は大きな転換の年を迎える。昨年の参議院選挙における与野党
逆転にひきつづき、政権の行方をかけた総選挙がおこなわれるはずである。
昨年の参議院選挙の結果は、安倍首相への不信任にとどまらず、小泉・安倍
内閣が進めてきた構造改革路線への拒否回答でもあった。最近の北海道新聞
の全国世論調査よれば、小泉・安倍内閣が進めてきた構造改革に対するする
否定的評価が65%を占めていた。最大のマイナス点は所得格差や地域格差
の拡大、公共サービスの低下などであり、一番の犠牲者は高齢者、障害者、
定職につけない若者たちとする答えが、いずれも30%近くを占めていた
(北海道新聞12.7)。安部首相のあとを継いだ福田首相は、小泉内閣の
官房長官として小泉改革を推進した責任者の一人であり、「新テロ特措法」の
衆議院再可決を強行したように、対米追随はじめ(対中国外交以外は)小泉・
安部路線からの大きな転換は不可能であり、その官僚依存、優柔不断ぶりと
相まっていぜん国民世論の強い逆風にさらされている。
 
  去年の『労働白書』によれば01年から05年までの5年間で、企業の経
常利益は1.8倍、役員賞与は2.7倍、株主への配当金は2.8倍と大きな伸びを
見せたが、労働者への報酬はこの間3.8%減少し(中小企業は5.8%減)、
労働災害件数は過去最高を記録している。この間フリーターは400万人に、
臨時・派遣が1600万人に増え、民間企業従業員のうち年間給与が200
万円以下(生活保護水準以下のいわゆるワーキングプア)が、02年の19%
から06年の23%に増えている(国税庁調査)。非正規労働者の労働条件
は、半世紀前の無権利時代に逆戻りした感さえある。

 所得階層別の格差は60年代の最大6.9倍から05年には1000倍以
上に急拡大している。さらにこの間、各種減税措置の撤廃や医療費はじめ社
会保障費の負担増加など、国民負担増は10兆円を超えている。生活保護所
帯は95年の54万世帯から05年に104万世帯に倍増し、貯蓄ゼロ世帯
も90年代の5~6%から05年には24%に増えている。福祉・医療制度
の後退がこれに拍車をかけている。
  95年には世界第3位だった一人当たりGDP(41,823ドル)も06
年には18位(34,125ドル)に低下し、世界GDPに占めるシェアも
年々縮小(06年は9.1%)している。国力の衰退も明らかである。

 さらに重大なことは、周辺事態法、テロ特措法、国民投票法制定、教育基
本法改悪など、「戦後体制」の根幹をなす憲法、教育基本法を侵害、破壊する
立法を強行し、イラク戦争に陸海空の自衛隊を派遣したことである。これら
が7年に及ぶ小泉・安倍政治の実態である。この結果、平和、民主、人権を
柱とする「戦後体制」は大きく切り裂かれ、競争至上、弱肉強食経済のなか
で「一億総中流社会」はぶっ壊され、社会の荒廃、劣化が進んでいる。凶悪
犯罪の増加をはじめ、政府・自民党の政治家、高級官僚、大企業、有名企業
などに汚職、腐敗、隠蔽、偽造、粉飾が頻発する一方、事故、災害、いじめ、
自殺が多発するなど、殺伐とした世相が現出している。


◆下野すべきだった統治能力喪失の自民党


  ここまで国民生活をないがしろにしておきながら、05年の総選挙で小泉首
相が国民に問うたのは、郵政民営化の是非であり、昨年の参議院選挙で安倍
首相が問うたのは「戦後レジームからの脱却」、憲法改正、愛国心教育など、
国民の切実な関心事とはかけ離れたテーマであり、国民の不満が爆発したの
は当然であった。安倍首相は選挙大敗後も「私の基本政策が否定されたわけ
ではない」と強弁して居座りを続けたが、万策尽きて政権を投げ出し、自滅
した。
 
  当時の海外新聞のいくつか(韓、独、伊など)は「もともと総理の器
でないことを知りながら、選挙に強いというだけで安倍を総理にした自民党
の責任は大きい」という趣旨の論評をしていたが、まさに正論である。この
とき、自民党は「総理の器でないものを総理にした」自らの不明を国民にわ
びて潔く下野すべきだったのだ。しかし、自民党に下野を求める世論は盛り
上がらず、自民党は免責されてしまった。それは、厳しい海外論調とは対照
的に日本のメディアが自民党の責任を問わず、国会の会期を空費しながら演
出された後継総裁選びの空疎なキャンペーンに大々的に協力し、自民党政権
を支え続けたからである。

 もう一つ、自民党が国民に不明を詫びて下野すべき大きな問題がある。そ
れは変化する国際情勢に対する判断ミス、というより判断能力の喪失によっ
て、国際社会で日本が占めるべき位置を見誤って国際的威信を大きく損ない、
孤立を深めていることである。「アメリカ時代の終わり」が始まっているの
に、依然としてアメリカ一極支配の残像にしがみつき、大義なきイラク戦争
の泥沼に加担し続けている。さらに、綻びつつあるアメリカの世界戦略再構
築の一環である米軍再編に3兆円の負担を確約し、米国の専門家(コイル元
国防次官補)が「無意味な浪費」(12.18 NHKニュース)と断じ、隣国
カナダさえ離脱しているMD(ミサイル防衛)計画に8000億~1兆円も投じ
て参画するなど、世界も驚くほどのアメリカ追随を続ける日本は「アメリカ
の代理人」(マハティール元マレーシア首相)と見られている。

 一昨年の安保理常任理事国選挙でもモルディブ、ブータンの支持しか得ら
れなかったのはそのためである(選挙運動に多額の国費を投じており、これだ
けでも総辞職ものではないのか)。昨年12月、バリ島でのCOP13の会議
でも、国際世論に逆らって数値目標設定に反対したアメリカを支持し続けた日
本は、京都議定書の主催国だったにもかかわらず、世界のNGOから「環境問
題の後進国」との烙印を押され、国際社会での存在感をいっそう低下させてし
まった。

 しかも、日本がこれほど忠勤を励んでも、アメリカは自らの国益を損なっ
てまで日本を尊重することはしない。アメリカ下院は従軍慰安婦問題で日本
非難を決議したし、政府高官は「隣国と首脳会談も開けない日本は、アメリ
カにとっても利用価値がない」と、対中関係の手直しを求めるサインを送っ
ていた(手直ししてよかったのだが)。あげくの果てに、安部首相は拉致問
題解決まで、北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除しないようブッシュに陳情
した(昨年4月訪米時)が断られてしまった。
 
  北朝鮮の非核化で一番利益を得るはずの日本が、拉致問題にこだわりすぎ
て強硬姿勢をとり続け、当面する最大かつ緊急の核施設無能力化の課題に消
極的とみられており、6者協議の場でしだいに「カヤの外」に出されつつあ
る(07年の初め、当時の麻生外相は「日朝関係の最優先事項は拉致問題に
あり、2番目が核問題である」と発言している。姜尚中<アジアの中の日本
>『潮』2月号)。アメリカは北朝鮮の核兵器放棄を条件に平和条約を締結
し、米朝韓中の間で朝鮮半島の平和体制を構築することを決断し、すでに朝
中韓と協議を始めている(読売、07.6.26)。北東アジアの非核化、
地域安保体制づくりの好機が訪れているにもかかわらず、日本はなんら見る
べき役割を果たしていないのだ。日本外交の「幼稚化」には目を覆いたくな
るばかりである。


◆ 日中関係における2つの構造変化


  これまでのところ、福田内閣の最大の功績は、昨年末の訪中でも示された
ように小泉首相の対中国挑発・けん制の「幼稚外交」を改め、「戦略的互恵
関係」を強めようとしていることである。この端緒を開いたのは一昨年(0
6年)秋、就任直後の安部首相の訪中であるが、この年、政府の対中政策が
変わった背景には、アメリカ側からのサインとともに、06年に起こった日
中関係における2つの構造変化からの強いインパクトがあったと見ることが
できる。この年、日本の最大の貿易相手国が、戦後60年続いたアメリカか
ら中国に代わった。香港を含めると04年から中国が第1位を占めていたが、
06年には中国本土だけで第1位を占めた。これは日中関係における記念す
べき変化であり、中国に進出した日本企業3万社、日系企業が中国で雇用す
る労働者が800万人から900万人といわれることも含めて、日中が経済
関係でいかに緊密な互恵関係を築いているかを如実にしめす変化であり、小
泉「幼稚外交」によってこの互恵関係が崩されることへ反発する力学が強く
働きだしていた。

 もうひとつの重要な変化は、06年に海外に出かけた日本人の渡航先の第
1位が、やはりアメリカから中国に代わったことである。これも戦後初めて
のことであり、日中関係における記念すべき出来事だった。この年、海外に
出た日本人の総数は1750万人であるが、国別では中国への渡航者が37
7万人で第1位、第2位のアメリカ367万人を上回った。しかも、アメリカ
への渡航者は11年前に比べて100万人減ったのに対し、中国への渡航者
は300万人増えている(アメリカへの渡航者のうち6割がハワイ、グアム
まで)。来日外国人でもトップのアメリカ人が81万人だが、中国人もほぼ
同数で並んでいる。中国政府は、は2020年までに日本への旅行者を30
0万人にする計画なので、来日外国人でもいずれ中国人がトップを占めるこ
とになる。
  昨年9月から、羽田―上海・虹橋間に1日4便のチャーター便が飛んでおり、
さらに北京オリンピックを機に、羽田―北京間にチャーター便を就航させる
交渉も始まっているので、日中間の人事交流はさらに大きく発展する。


◆「日米」から「米中」に軸足を移すアメリカ


  すでに毎日1万人以上の日本人が中国に行き、毎日3000人の中国人が日本
に来ているが、やがて年間500~700万人の両国民が往来する日中大交
流時代が来る。日本の最大の貿易相手国がアメリカから中国に代わったこと
と合わせると、これは日中交流2000年の歴史で画期的なことであり、「日
中関係ルネッサンス時代」が始まったといってもいい。経済面における緊密
な互恵関係、人事往来における日中両国民大交流時代の幕開けを考えると、
日本にとって日中関係が「最も重要な2国間関係」であることは明らかであ
る。

 アメリカは「21世紀は中国、インドに率いられるアジアの世紀になる」
(米国家情報会議・NIC報告書 05年)と考えており、対アジア戦略で
は従来の日米同盟・日米基軸から、米中連携、米中基軸に軸足を移しつつあ
る。戦後60年、政府・自民党が国家戦略の根幹として、金科玉条にしてき
た日米同盟、日米基軸が、アメリカによって米中基軸の下位に置かれ始めて
いる(アーミテージ元国務副長官ら超党派の外交・安保研究グループは、最
近「中国との2国間関係はアメリカにとって最重要」との提言を発表してい
る。東京、07.11.7)。この現実をみても、もはや自民党の対外戦略の座標
軸は崩れており、日本の政権党としての資格、能力を喪失しているというべ
きである。

 さらに言えば、津波のように押し寄せるグローバリズムや、日増しに拡大、
深化する脱工業化社会=知識・情報化社会にどう対応するかの国家・社会戦
略もいぜん空白の状態である。戦後日本は農業社会から工業社会へ、農村型
社会から都市型社会への歴史的転換をなしとげてきた。この転形期の課題に
向けて政治も行政も、市民団体、労働団体、業界団体も懸命に対応してきた。
欧米のモデルもあって、このパフォーマンスの結果、日本は経済規模で世界
第2位、アジア第1位の近代国家をつくりあげた。

 しかし、いま眼前にあるのは工業社会から脱工業社会に移行しつつある社
会であり、先行モデルなき社会である。工業社会時代の政治、経済、社会戦
略はもはや通用しなくなっているにもかかわらず、自民党はこの歴史的転形
期に対応する新たな戦略も描けないでいる。この点でもすでに政権担当能力
を失っているのだ(かつて社会党はブルーカラーが多数を占めた工業社会型
政党として一定の成功を収めたが、工業社会の衰退とともに衰退し、脱工業
化社会への移行期に消滅した)。

 「アメリカ時代の終わり」と「アジアの世紀の始まり」という世界構造の
激動、脱工業化社会への移行という社会の構造変動に対応するには、大胆な
国家・社会戦略の転換が必要であり、そのためにはアメリカ追随しか能のな
い、農村型体質から抜けきれない「自民党の時代」を終わらせ、政権交代を
実現することが不可欠になっているのだ。
(アジアサイエンスパーク協会名誉会長、元神奈川県副知事)

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