【北から南から】
中国・吉林便り(14)

10年目の吉林

今村 隆一


 吉林での私の生活は、今年で10年目を迎えました。まさか10年も中国に住むことになるとは最初から想像だにしていませんでしたが、鈍感なせいで時の流れが気にならなかったのです。しかし10年は「さして長くはない」のが実感。「たった10年、まだまだやりたいことがある。怪我と病気さえしなければ。」という思いが強く、そのうえ周囲の景観が美しい吉林という街と、通っている北華大学の教職員及び学生との程よい関係が何より心地よく、また日頃から中国人以外、韓国、蒙古、ロシアの近隣、インド、パキスタン、アフリカ、泰国、ベトナム、時にフィリピン、西アジア、ヨーロッパ、など様々な地域からの留学生と一緒にいることで、異文化圏の人との時間と場の共有が気持ち良く、又新鮮な緊張は捨て難いという思いに至っております。

 2月23日午前11時、成田飛行場を発って、上海浦東経由で長春の龍嘉(ロンジャー)飛行場に午後7時到着。スーツケースを取り出し、飛行場の地下から、夏でも空気がヒンヤリしている長い地下道を高速鉄道の龍嘉駅まで徒歩で渡り、すぐに二等の座席チケットを25.5 元(約360日本円)で購入、動車(ドンチャー)と呼ぶ高速鉄道の電車7時55分発に乗って、30分後の8時25分に吉林駅到着。吉林駅改札を抜けそのまま地下道にあるタクシー乗り場で行列の約20番目に並んで4~5分ほどでタクシーに乗車、午後9時に吉林の我が借家の面前に到着しました。午前7時半に日本の千葉の家を出てから吉林の家まで13時間半を用したことになります。

 成田から龍嘉まで飛行機が直通なら8~9時間(飛行時間は約3時間)で済みますが、成田・長春間の航空は日曜の1便だけで、往復航空運賃は季節によって違いますが日本円で約10万円から16万円(最高で24万円位)します。それが今回は上海経由で往復で約7万2千円でした。直通と経由(通常上海又は北京を利用します)ではトラブルに会うリスクが1対2程ですが、しみったれな私は少しでも安い運賃の選択をしているのです。飛行機以外では船便も考えられ、以前は天津近くの唐沽(タング)港・神戸港間があり、2度利用したことがありましたが、3年ほど前に本航路は廃止され、現在は上海港・神戸港間しかなく2泊3日の日数を要しますので利用していません。船賃は最低の大部屋で片道2万円位です。船の場合2人、4人、6人部屋などもありますが最低運賃は大部屋です。
 
 今回は春学期開始の2月27日(月)に間に合うよう余裕を持って吉林入りしたつもりでしたが、23日の上海浦東飛行場でスマホを見たら「明日24日11時半に大学事務室で日本語教科書の確認突き合わせをする、授業計画書を27日までに作ってください」と日本語学科のWF先生から連絡が入っていて、その瞬間から吉林での生活モードになってしまいました。これまで飛行機の乗り換えや、スーツケース受け取りが遅れたりした経験もあり、乗り換えの旅行は到着まで気が休まりませんが、現地到着前にせかされるのも疲れることです。
 なお、航空便は2011年3月の東日本大震災以前は中国の航空会社による仙台・長春間がありましたが、震災以降運行が停止されたままです。その理由は地震と福島原子力発電所爆発後の放射能汚染の危険が払しょくされないから中国の航空会社は運行を開始していない、と聞いています。

 吉林到着後、我が家で眼にした中国のTVニュースは早速「安倍小学校」のタイトルで大阪豊中市の国有地スキャンダルを安倍晋三夫人がらみで報じていました。日本関連ニュースで目立ったのは「安倍小学校」と東京電力福島第一原子力発電所2号機・核燃料の取り出し内部調査の状況の二つでした。この東電福島第一原発2号機は、震災以降一貫して専門家の多くから危険な状態が指摘されていたのでしたが、黙止していた東電も最近やっと情報を出し、日本マスコミも小さいながら報道するようになったと感じます。中国政府は人民日報でもTVでも6年前から当地の放射能汚染を報じ始めて現在に至っています。2020年東京オリンピック誘致の際、「アンダーコントロール」と言う語彙を当て安全を吹聴したのは安倍晋三首相です。私には彼は嘘つきでしかなく、卑劣極まりない戦後最低の政治家・首相でしかありません。「安倍小学校」国有地売却問題については、私が未だ日本にいた2月20日頃、TVが報道を始めました。大変粗末な出来事で、2016年当初の甘利明・前経済再生担当相をめぐる千葉県白井市道路工事の用地に関した都市再生機構(UR)との間で発生した補償交渉スキャンダル同様、政治家と官僚と業者の三者共謀による政治犯罪だと思います。

 ただ中国のTVニュースは3月5日から始まった第12期全国人民代表大会(全人代)関連ニュースが一番大きく多く報道されています。TVニュースの放映時間の占める比率が、全人代が閉会する3月16日までは圧倒的に長いのは公営テレビならではです。
 この全人代に次いで今大きく扱われているTVニュースは韓国関連です。朴大統領の弾劾ニュースもあるのですが、それ以上に、韓国に配置される「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード:漢語では「薩徳(サダ)」)についての反発が中国内で猛烈に盛り上がっています。
 韓国と日本の大手企業ロッテがTHAAD配備用地を提供したとのことで、ロッテのボイコットに加え韓国商品の不買運動が呼びかけられています。実際ロッテは、漢語で「楽天瑪特(ラティエンマタ)」、大規模店舗「ロッテマート」が中国に広く、勿論吉林にも進出していることから、「ロッテマート」の営業停止ばかりでなく韓国商品不買運動に発展しています。その異様な盛り上がりは2012年の尖閣列島事件(民主党野田政権時代の尖閣列島国有地化)時の反日運動を彷彿とさせるものです。ただ、TVニュースでは韓国国内での韓国民大衆によるTHAAD配備反対運動の存在も度々伝えています。
 一方日本政府についても、アメリカ政府との同盟関係を強めるため日本が韓国に倣ってTHAAD配備を目論んでいるとも指摘しています。更に中国政府は中国人の韓国旅行も禁止したとのことです。韓国観光公社によると、昨年韓国を訪れた外国人観光客1,720万人のうち、約半数にあたる806万人が中国人観光客だそうで、自動車や携帯電話、化粧品など、多くの中国人がこれまで買い求めた韓国製品の不買運動と合わせ、今後韓国の受ける経済的打撃は予想がつかないほど大きなものと心配されます。

 中国のネットユーザーによる韓国排斥の主張が顕著なこともこの運動の大きさを感じさせます。微信(ウィチャット)では韓国とロッテへの抗議集会・行動の文章と動画が頻繁に登載されています。先週3月5日コーヒー豆の粉末を買いに外出した帰路、昼の1時頃バスの中から世紀広場で赤い旗を中心に100人位の集団を見ました。私は「この時間でダンスかな、珍しい」と思って見たのでしたが韓国批難の集会だったことを後から知りました。隣の吉林省都長春ではロッテマート長春の店頭に身動き出来ないほどの車両と群衆が押し寄せて激しく叫んでいる光景をスマホの動画で見ました。

 反日運動時も今回の反韓運動も大衆行動でその意を示すものですが、商店で働くほとんど全ての人は中国人なのですから、商店や車などの破壊行動は同じ中国人を傷つけることに他なりません。私には気持ちは判るのですが、他にやり様があるのではないかと思わざるを得ません。韓国はサード配置を取り止めるのが良策だと思うのですが、顔がアメリカを向いている以上、残念ながら無理かもしれません。しかし中国政府としては、2千キロまでを射程とする武器は中国ばかりかモンゴルとロシアまでを包括する以上は脅威であり、反対するのは当然です。中国が自国の原爆保有に触れないのは私には矛盾だと思うのですが。
 一方日本政府は韓国に露払いの任を押し付け、自国にもサード配置を画策しているから、韓国に反対しないのでは?と全く先が思いやられます。
 3月12日の夜のTVニュースでは弾劾された韓国の朴槿恵大統領が大統領府から私邸に戻る様子を、偶然でしょうが中国時間午後6時から7時近くまで、ここではサーズには一切触れずライブ中継で紹介しました。失職した大統領とは思えない笑顔と大観衆に迎えられる様子は私には不思議な光景に映りました。

 吉林は2月末26日から28日の3日間、最高気温が零度を上回る日が続いたのですが、その後雪も降り最高気温も零下が続き、3月8日からまた零度を上回りはじめ、13日の朝は又降雪でした。氷結と氷解が繰り返され、舗装道路の損傷が毎年のように表面化しました。この時期いつも道路の損傷は中国東北地方の共通の悩みとなります。道路損傷は市中より郊外が明らかに頻度は高く、ドライバーばかりでなく生活者の多くに不便が及んでいることが、戸外活動に参加した帰路、バスの中から散見されるのがこの時期です。

 (中国吉林市・北華大学漢語留学生・日本語教師)


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